PHASE-4 独奏 ―Solo―
「さっさと俺を出せ!」
「出撃許可は降ろせません、上からの命令です!」
ハンガー内に怒号が響く。無理も無い。
“ユニウスセブン落下への報復部隊に編入が決定した為、現在進行中の全ての作戦を中止せよ”
上層部からの命令は、一度敗北した相手からの雪辱に燃えるブロス・レミングにとって承服しがたいものだったからだ。
「邪魔をするな!俺はあいつを殺りに行く!」
「それでは命令違反に――」
「黙れ。俺は“凶つ天狼”の名を継いだ男だ、ここで退けばランド・レミングはおろかあの男にさえ敵わなくなる」
制止する整備兵を突き放し、専用カラーのウィンダムに飛び乗った彼は、ハッチを斬り破り黄昏の空へと出撃した。
*********
カルの遺した整備用品を頼りに、ガーベラの簡単な修理を施し。
ソウのジンの重斬刀を、形見代わりに腰の空きスペースに佩き。
全ての準備が済んだ後。
俺は今一度、ミクが最期に渡してきたデータを確認した。
ここを襲った連中は、別働隊だったようだ。
本体の予想戦力は陸上戦艦一。MSは推定二、三十機か。
生還率は――止めだ、考えても仕方が無い。
どの道、俺は華々しく散るつもりは無い。
仲間に誓ったんだ、俺は。
生き延びてやる、絶対に。
落日は疾うに入り果て。
夜もたけなわ。
夜陰の中、一隻の艦が現れる。
次々とMSを吐き出す地上戦艦に、俺は銃を構え。
生きる為の戦いが、始まった。
**********
襲い来る銃弾。
迫り来る敵機。
狭まる勝機。
広がる絶望。
一面を焼き払う“ゲッテルフンケン”をもってしても、敵機の数を減らせてはいないように思えた。
辺りが暗い、こちらには不利だ。
鮮やかな薄紅色の装甲は、暗闇での視認性も頗る良いだろうから。
予備砲身も、後二本。
何かに近付かれた。得物の刃先に、砲身が叩き潰される。
サーベルで切り裂いた後、身を翻しリロード。
予備砲身、残り一本。
またも弾丸を受けた。装甲表面が抉れかける。
埒が明かない――そう思い、一気に突っ込む事にした。
大きく飛翔し、辺り一面にビームをばら撒く。
敵が守りに入った隙に、敵艦の真上へと――
敵艦の主砲が咆哮した。
バーニアを思い切り噴かす。ギリギリで躱した。
ビームを連射タイプから単発タイプへと切り替え、艦橋へと狙いを絞る。
迸る火線。
肩装甲が吹き飛ぶ。
新型、バビに一撃を許した。
体勢が崩れる、しまった――着地点を集中して狙われる、身を隠す物も見当たらない。
咄嗟に火力を地面へ向けた。
噴煙が機影を覆ってくれる。
向こうはこちらを捕捉出来ぬし、同士討ちを恐れて撃てないだろうが、俺には影響無い。
周りは全て敵だ、どこに撃とうが当たる。
辺り構わず引き金を引き続ける。
間断無く、周りを撃ち照らす。
エネルギー切れ、リロード。
残り本数、零。
土煙が薄れた。一気呵成に攻め立てられる。
頭上に陣取った新型が厄介だ。
跳び上がる。
撃たれる――回避。
サーベルを執りバビの首を落とす。
視界が塞がったままであろう敵機を踏みしめ、真下の敵群を撃つ。
隙を見て、着地。
射撃による光の中鳥瞰した為、向こうの様子が大体掴めてきていた。
辺りの敵の数は減ってきている。
徐々に、敵艦との距離も縮まっていた。
〈ザク隊、準備整いました〉
〈さっさと出せ、あの化け物を止めろ!〉
通信が洩れ聞こえる。回線が混線しているのだろうか。
ありったけの火力を叩きこんで来るガズウートが二機。
ミサイル迎撃に乗じて接近、斬り倒す。
単機右往左往するジンは、胴を切り払い一閃。
――ここからなら、敵艦を沈められる
銃口を向けようとした直前、現れるザクの部隊。二三、五・・・六機か。
全機ガトリング砲に、大斧といった出で立ちだ。
一斉に射掛けてくる。負けじと撃ち返す。
だが、数の不利は圧倒的だ。幾発ものビームが、各所に食い込む。
新手に気を取られていた俺は、ぎりぎりまで背後からのバクゥの接近に気が付かなかった。
咥えられたサーベルが、ガーベラを引き裂こうと迫る。
――避けきれない!
反射的に、あるスイッチへと俺の手は伸びていた。
銃が根元から両断される。
そのまま刃先はコクピットへ吸い込まれ――直前で弾かれた。
機体の周りに、眩い光輝の鎧が生まれる。
体勢の崩れたバクゥを、ビーム剣で串刺す。
「間に合った・・・・・」
ハイリッヒトゥム、起動完了。
ザク部隊は射撃を止め、斧を構え出した。この兵装の特性を知っているのだろう。
巨大な質量を誇るあのデカブツは、拒絶障壁をもってしても灼き尽くせない。喰らえば、ただでは済むまい。
時間はかけられない、装甲がどれだけ保つか――急いで勝負を決める。
最大加速、突撃。
反応しきれていないザクを切り裂く。
振り下ろされた斧を躱し距離を詰め、敵機に指先を突きつける。ビームフィールドに包まれたガーベラの腕が、強靭な刃と化す。
胴を貫いた腕を引き抜くと、主の消滅したザクが両の膝を付く。
甲板上で未だビームを放ってくる一機に飛びかかり、手刀で一閃。
艦橋に辿り着いた。
「悪いが・・・・・消えてくれ!」
両腕から弾丸を叩き込む。
目標は即座にひしゃげ、大小様々の破片を散らす。
ふと目をやる。そこに赤い飛沫を認めた俺に、自分のやった事の罪悪が圧し掛かってきた。
生きる為に殺す――それが俺のやっている事だ。それが許される筈はない。
真に死すべきは、俺じゃないか?
仲間を守れず。
生きる為に人を殺し続けている、俺が。
――今更悩んでどうする。
俺が、俺自身に語りかけてくる。
――今お前が死ねば、仲間の死も、お前が殺した奴の死も無駄になる。
――――生きろ。
自分の心の声が、あいつ等の忌み際の言葉と重なる。
残りの敵が、向かい来る。
向こうは考える暇は残してはくれない。殺るか、殺られるか――か。
咲かせてやろうじゃないか。
命の花を。
*********
ザク二機が挟み撃ちの形で攻め来つつ、同時に斧を振り回してくる。
僅かに遅れた方を咄嗟に蹴飛ばす。足先まで覆っている光輝により、単なる蹴りも必殺の一撃たりえる。
反動を使い、逆側へ加速。勢いにまかせ、もう一機を刈り取る。
後一機、間に合え、ガーベラ。
その機はじりじりと後退していく。
逃がさない。加速。
追いつき、刃先を最後の一機の心臓部へと捻じ込もうとしたその時――そいつは現れた。
相手のコクピットから、何かが伸びてきた。ガーベラの腹が抉られる。
そいつが対艦刀だと気付くまでには、多少時間を要した。眼前のザクが、剣に振り払われるように地面へ叩き付けられる。
俺の目に映る光景が、かつてのものと重なった。黒と青が、大剣のビーム刃に照られ禍々しく光る。
アンノウン――ガーベラのデータベースはそう表示したが、前にミクのデータで見たことがある。
連合の新型量産機・・・・・・名前はよく覚えていない。ガンダムだったか?
性能的にはガーベラが抜きん出る、だが。
パイロットの腕、疲労度に加えて本体のエネルギー残量の差、おまけにハイリッヒトゥムの稼働限界の接近。
とても有利とは言い難い。
「逢えて嬉しいぞ」
ブロス・レミングの声。
「安心しろ、いたぶりはしない。直ぐに噛み殺す。この新たな“シリウス”が、貴様を貫く牙だ。
全力で来い、そうでなくては意味が――」
サーベルで斬りかかった。誇りの為に戦える程、余裕は無い。
俺の攻撃をいなしながら、奴は言う。
「面白い。このブロス・レミング、逃がしはせんぞ!」
*********
奴の装備はソードタイプ。大質量を誇るあのだんびらが、一番厄介だ。
こちらの状況も、厳しい。
脇腹の損傷が、思いの外大きかったようで、既に熱が入り込み始めている。
早く倒さなければ――
だが、相手の速さは異常だ。重量級の機体時のスピードを軽く上回るため、視界に捉えるのが精一杯である。
向こうの牙が迫る。
正確な攻撃だ、前よりも。避けるのも困難な速度で深く、襲ってくる。
その理由を、遅れて察する。奴の目的は、捕獲から撃破へと変貌しているのだ。殺すつもりの一撃と、そうでないものとでは、ここまでの違いが出るものらしい。
二撃目へ移るのも素早い。隙をついてカウンターは出来ない、ならば――
わざと避けず、ビーム刃部分を腕で受け止めた。
対艦刀は構造的に後部が脆弱だ、ダメージ覚悟で受け止め、圧し折るのは不可能では無い。
もう片方の手で、刀身を殴りつける。
ひびを入れることは出来たが、剣はまだ力を残していた。手元へと引き戻されてしまう。
「温いな!」
またも剣撃。鋭い横薙ぎ。
屈んで回避、低く重心を保ったままバーニアを半ば無理やり噴く。
体当たり――転ばすのが目的だ。
倒れながら、奴は地に刃を突き立てた。その勢いを維持し、空中回転してのけたのだ。
逆に俺はバランスを崩した為、二機は奇妙な形で背中合わせに対峙した。
その膠着は長くは続かない。
こちらに向かってくる。先ほどのアクロバットの衝撃によるものか、大剣は折れているにも構わず。
防ごうと腕を突き出した刹那。
剣を投げつけてきた。
予想外だったが、なんとか受け流せよう。
更に投げナイフの要領で、二本のビームサーベルまで飛び込んできた。
何のつもりだ、武器を棄てるような真似を?
何の為に――
視界に映り込むロケットアンカー。
致命打になりかねなかったその一撃は、意外にも明後日の方向へ逸れた。
今だ、反撃に転ずる時は。猛加速、光剣を突き出すも――
腕が斬り落とされた!? 馬鹿な、奴にはもう――
我が目を疑う。新たな得物を構えているとは。
アンカーを俺の背後で残骸となったザクへ放ち大斧を奪った、そういう事か。
背後からの一撃。
サーベル付きの片腕で済んだだけマシだったかもしれない。下手すれば、死んでいた。
その後も数撃を放ってきた。受け流しては機体を掠める、その繰り返し。
「クソ、限界か・・・・?」
コクピットが焼け付くように暑い。視界も覚束なくなりつつある。
コーディネーターで無かったらもうお陀仏だったろう。
各部の装甲は、損傷した部分から徐々に融解していっている。
保ってくれ――
突撃。相手の来るのを見計らい、斧を自由に振れない零距離へ最大加速。
衝突。襲い来る衝撃に耐え切り、隻腕を敵新型へと向けて狙いを定める。
仰け反った所を、機関砲で――
ブロス・レミングは遥か上方へと跳んでいた。
射程外。
弾丸は手前で失速、虚空に消えた。
突然光が消える。強制終了、の文字と共に。
「! ――こんな時に!!」
メインカメラは既に焼き切れ、自動でサブカメラに切り替わっているが、こちらも調子は良くない。
それでも、モニターには巨大な刃を携えた黒を見て取っていた。
仲間の遺志も継げず、ここで散るのか? 俺は?
仲間の――
「終曲だ」
悪魔が囁く。現実か否かの区別も付かない。
死を運ぶ斧が、振りかぶられた。
――俺は・・・・・まだ死ねない!!
*********
光を失った花に喰い込む刃。鮮血がモニターに朱を残す。
「こんな所で、そう思っちゃいたが・・・結構な、最期じゃ、ねぇか・・・・・・」
ブロスの声が、響く。
勝ったのか? 俺は。
頭から斧を叩き付けられ膝を折った自機から、やっとの思いで抜け出す。
朧な瞳に、急所を一閃された天狼の姿。
あの時――
必死に抗い、御守りとして持って来たソウの重斬刀を抜き放って――
ああ。俺は漸く理解した。
勝った、と。
激しい痛み。
頭から、生暖かいものがどろりと滑ってくる。
血――
立ち止まる暇は、無い。
逃げなくては――何処へ?
血――
当て所無く彷徨う。
歩いて、歩く。
血――
壁に、激突。
やっと、目の焦点が合ってきた。
目前には――
「輸送機・・・・待てよ」
*********
輸送機のコクピットまで、何とか行き着いた。
まだ、この機は飛べる。
目的地設定。オートパイロット、起動。
駄目だ、また目が眩んできやがった・・・・・・
血も止まらない。
「くそっ・・・・痛覚だけは、しぶとく残りやがって」
最期の操作も、完遂できたかはっきりしない。
微かに開いた眼に、光が差し込む。暁の光か、天上の楽園の光か――俺には知れない。
だが、その崇高なる美しさは、全身に感じられる。
本当に、美しいものだ・・・・・
疲れた、少し眠ろう――――
≪●FIANL-PHASE(エピローグ)へ続く●≫
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