(後編)

ロンファンはいつも以上に神妙な面持ちでその重大なる事実を告示する。

「・・・先日、プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル氏から全地球圏へのテレビ中継があった事は知っとるかの。

それを受け、我々東アジア共和国はこれより、氏が世界共通の敵と公言した軍需産業複合体”ロゴス”壊滅のためにザフト軍と共同戦線を結ぶ事となった・・・!」

一時的な事かもしれないが、それは事実上プラントとの停戦・・・そして同盟和議である事に他ならない。
ティエン達は思いもかけない突然の話に、ただただ絶句する他なかった。

「公式発表は勿論の事まだじゃが・・・元々”ロゴス”のやり方に異を唱える者の方が大多数を占めていた我が国が、世論も大きく反ロゴスに向かっていくと推察される今、それに賛同しない理由もない。

・・・これは、わしが”第二次核攻撃”に大きく異議をぶつけようと直接出向いた首都・南京で、上層部の連中から直接聞き出した情報じゃから確かなモンじゃよ。」


そう、ティエンとアロイスが死闘を繰り広げていたちょうどその時、既に東アジア共和国は”示された世界”の流れの中にあったのだ。
後に歴史に語られる事になるあの”デスティニープラン”へと向かう大いなる時代の流れの中に・・・。


アロイスは矢継ぎ早にロンファンに一番重要な事を問い質す。
ロンファンは髭を数回さすりながらニコリと微笑み返した。

「安心せい、アロイス。勿論の事”核攻撃計画”は白紙に戻った。元々大西洋連邦の一部の連中から持ち上がった話じゃ。それに、よもや友軍に牙を向けるような真似はすまいよ。」

アロイスは大きく胸を撫で下ろし、安堵の表情を滲ませる。
しかし、こんな形で大儀が失われてしまうとは思いもよらなかった。
そして、それと同時にアロイスは気付いてしまう。

「アロイス・・・。よかったね。これで、プラントも・・・」
「近づくな!ティエン!!」

アウローラで歩み寄ろうとしたティエンを、アロイスは冷たく突き放した。

「ティエン。それに、皆さん・・・。すみません。
僕はもう、取り返しの付かない事をしてしまいました。
多くの人を巻き込んで死傷者まで出してしまった挙句、今やその大義もありません。」

アロイスは、自分の犯してしまった行為を一つずつ確かめるかのように語り続ける。

「その上、僕は既に”核攻撃計画の詳細が入ったデータ”を持ち出してザフトに渡してしまった・・・。
これはザフトと同盟を結ぶ際に不利となる材料になってしまうかもしれない。
・・・これ以上みんなに・・・この”魁龍クワイロン”に迷惑をかけるわけにはいきません。

僕は・・・・僕はここで自爆します・・・!

そうすれば、或いは・・・『一人の”ロゴス”配下の者による同盟和議を破綻する為の計画的暴走であり、”魁龍クワイロン”もアルフォード隊も、どちらも利用されていただけだ』と、でっち上げて事実改竄することだって出来るかもしれない。」

それはあまりにも幼く稚拙な決心であったが、アロイスは本気だった。
彼は確かに優秀なコーディネイターだ。
一人で考え、一人で悩み、そしてここまで綿密な計画を一人で練り上げて祖国を守ろうとしたその想いと能力は確かである。


しかし、それでも彼は・・・・ティエンと同じ、まだ16の少年なのだ。


普段は冷静沈着を装っているアロイスも、全てを悟り、全てに正しい判断が下せるほどにはその精神は成熟してはいない。
また、それを今改めて思い知ってしまったからこそ、アロイスは余計に自分自身が情けなくて惨めであった。

せめて、最後だけは自分で責任を取らなければ。今のアロイスは、そんな思いでいっぱいだった。

「そ、そんなっ!何言い出すんだよ、アロイス!!!そんな事・・・」
「近づくなと言ったはずだぞ、ティエン!!・・・僕が・・・僕が責任を取らないと、全てはこの僕が・・・!」


「フン!何かと思えば、そんな事で責任が取れるとでも思っているのか!?だから貴様は”俗物”だというのだ。恥を知れッ!!」


そんなアロイスの幼い決意を、”その男”は一笑に伏した。
振り返ると、シャライのランチャーウィンダムがゆっくりとこちらに向かって歩いてきているのが見える。
その足取りは、何処となくふらついているようだ。
取り乱したのはティエンだった。

「シャライさんっ!そ、そうだ!怪我!!怪我はっ!?大丈夫なんですか?」

「う、五月蝿いぞ、ティエンっ!情けない声を出すでないわっ。
こんなもの、”怪我の内には入らん”。唾を付けとけば治ると言うものだ!
・・・分かったか、アロイス!!だから、馬鹿な真似はこの私が絶対に許さんぞ。」

「シャ・・シャライさん。」

「フン」と恥ずかしそうに鼻を鳴らすシャライに続けるようにして、今まで沈黙を保ってきたアムルがアロイスに声をかける。

「データって、アロイス君の量子コンピュータの事でしょ?アレ持ってったのって、もしかして黒い色のアッシュじゃない?」

「え・・・そう・・・ですけど・・・?」

アムルの突然の問いかけにきょとんとするアロイス。
アムルはその答えに満面の笑みを浮かべてポンと掌を叩く。

「やっぱね〜。うん!なら大丈夫。私が海で沈めちゃったから、安心して?
老師からさっき内緒で聞いちゃったんだけどー・・・量子コンピュータアレってね、アロイス君に内緒で発信機が入ってたらしいんだ。
・・・海でね、レーダーにどうしても映りにくいアッシュ2機に会ったんだけど、黒い方は妙に映りがよかったの。多分、ソレ、積んでたんじゃないかな〜と思ってさ!」

「アムルさん、本当・・・ですか!?」

「ホント、ホント!・・・まぁ、青いアッシュの・・・”怪盗☆年増で嘘つきな超最低オバサン(あだ名)”には騙されて逃げられちゃったケド・・・。
・・・アロイス君、この貸しはおっきいからね〜〜〜〜。返しきるまでは、”絶っ対、逃がさない”から覚悟してよねっ。・・・地獄の果てまで取り立てるんだから。」

アムルはそう言うと、”お金”という合図なのだろう、人差し指と親指でわっかを作るようにして見せながらニッコリと微笑む。
それを聞いたロンファンは、目をくわッと見開いて後方に立つディープフォビドゥンに大声を上げた。

「こ、こりゃ!アムル!!お前さん、発信機の事は黙っとれとゆーたろうに!!わざわざ小遣いまでやって口止めしたと言うに、ホンにしょうのないやつじゃな。全く。

・・・まあ、ええわ。そういう事じゃ、アロイス。発信機の件は・・・まぁ、アレじゃ。保険みたいなもんじゃ。すまなんだが、これでもう充分じゃろう?
これ以上皆を困らせるようなら、流石にわしも怒るぞい?」

ドグーのかろうじて生きていたモニターで、ロンファンが、ブルースが、アムルが、そしてシャライまでもが笑顔でアロイスに笑いかけていた。
そして、倒れこんだドグーの目の前までやってきていたティエンが、アウローラの右手をアロイスに向けて差し出す。

「そうだよ、アロイス。・・・いくらでもやり直せるよ。だって、僕達にはみんながいて・・・まだ、魁龍かえるばしょがあるんだからさ。
・・・あっ、コレ、義兄さんの受け売りだけどさ。へへへ。」

照れながら笑いかけるティエンの言葉に、アロイスは大きくうなだれた。
仲間達が自分を気遣ってくれるその声が、とても、とても嬉しくて・・・顔を上げる事が出来なかった。


でも、僕は連合にもザフトにも・・・多くの犠牲を・・・。


「”くよくよしないの”!アロイス!!」


その澄み渡るような女性の声に、アロイスはびくっと体を反応させた。
声だけでもその主がアロイスには分かってしまう。
その声は、アロイスが想いを寄せる声―。

シンシアの声だからだ。

「アロイス君。過ちを償いたいと思うのなら、二の轍を踏まないために何かを為したいと願うのなら、貴方は生きるべきです。」
「シンシアさん・・・。ですが・・僕は・・・それだけじゃないんだ・・・!僕は・・・2年前!!!」

「!・・・アロイスっ!!それはいいよっ!!今はそんな事は・・・!!」

言葉を遮ろうとしたティエンの声を聞いてアロイスは一瞬ためらったが、意を決して懺悔する。

「シンシアさん。2年前のあの日、あの高雄カオシュンの街を襲撃したザフトの中に・・・僕はいたんだ・・・!
僕達は・・・・僕は、貴方の街を焼いた・・・。貴方の大切な人は・・・そのせいで・・・」

アロイスは消え入るように言葉を詰まらせながら自分の胸を押さえつける。

ずっと・・・今までずっと言わなければいけないと思っていた。
でも、言えなかった。言えるはずが無かった・・・。
苦しくて苦しくて仕方なかった。
だって、僕は・・・・。


一番大切な女性ヒトの一番大切なヒトを奪ったコーディネイターなのだから・・・。


アロイスのそんな思考をかき消すかのように、シンシアの言葉は力強く、それでいてとても優しくアロイスの耳にその想いを届けてゆく。

「・・・確かにあの日、私は大切な人を失ったわ。
ザフトの・・・コーディネイターとの戦いに巻き込まれて・・・。
でも・・・・・・。
私は2度もそのコーディネイターにこの命を助けてもらってもいるのよ。

一度目は、あの日の高雄カオシュンでティエンと一緒に見た、あの”ガンダム”に・・・。

そして、2度目は・・・高雄カオシュンから上海まで無茶して飛んできてくれた”ダガー”
・・・アロイス君。貴方でしょう?」

シンシアは少しだけ目を伏せ、過去の記憶を思い出すかのように微笑する。

「それにね・・・。私はコーディネイターを恨んだりはしない。
いいえ、私もティエンもそんな事はできはしないのよ?」


それはどういう事なのか―。


「だって、グレンも・・・・死んだ私の夫、”グレン・G・オルビス”も第一世代のコーディネイターだったのだから。」


「・・・え。」

驚くアロイスの言葉を尻目に、シンシアの言葉を悲しげな声でつないだのはティエンだった。

「・・・グレン義兄さんのご両親はね、両方ともナチュラルなんだけどコーディネイト技術に対して推奨派だったらしくて・・・。それで、義兄さんは調整を受けて生まれたらしいんだ。
・・・よく言ってたよ。

『両親共に黒髪なのに銀髪なんて、変だろう?』って。

ファースト・コーディネイター、ジョージ・グレンにあやかって付けられた”グレン・G”って名前が嫌いだったって。それでよくからかわれてたってさ・・・。」

「ティエンくん・・・。」

ハーフコーディネイターであるアムルには、ティエンが言わんとしていた義兄の気持ちが十二分に分かる。
お義兄さんも、地球育ちのコーディネイターであるが故の苦しみがきっとあったのだろうな、と・・・。

ザフトに故郷を焼かれているのにも関わらず、コーディネイターに対して驚くほどに寛容だったティエン。

その場にいる全員が、ティエンの心の中にあったその真意に改めて納得がいった。
そして、ティエンがアロイスに初めて出会った時に一瞬見とれるように見つめていたのは、その美しい銀色の髪だったのだろうという事も・・・。


アロイスは少しだけその顔を上げて、モニターに映るシンシアの顔を恐る恐る覗き込む。
シンシアはいつもと変わらぬその美しい瞳で、優しく微笑みかけていた。

「・・・ずっとちゃんと言えなかったけれど、感謝してるのよ。アロイス君。
助けてくれた事だけじゃなくて・・・暫くの間、私と一緒にいてくれた事も。
私は、直ぐ勝手に早とちりして失敗ばっかりしちゃってたみたいだけどね。

貴方がザフトだっていう事は少し驚いたわ。でも・・・
貴方にはグレンの事を・・・亡くなってしまったあの人の事を心の枷にして欲しくない。

きちんと前を向いて、お天道さんに向かって”どん”と構えなさい!

そうじゃないと、亡くなっていった人達が浮かばれる事はないと思うの。
少なくとも私は・・・・今はそう思って生きています。」

「・・・・・シンシア・・・さん・・・!」

シンシアは亡き夫と同じ美しい銀色の髪をしたその少年に向かって、今の精一杯の言葉を投げかけた。



何度僕は、聖母のようなこの人の声に救われるのであろう―。
僕は・・・



アロイスは無言のままに何度も何度もその肩を揺らして嗚咽を漏らす。
両の膝を強く握り締め、瞳から溢れて留まる事のない大粒の涙を拭う事もしないままに、ただただ、静かに俯き続けた。


その時、ティエンがふと思い出したかのように声を挙げる。

「そ、そう言えば姉さん!なんでこんな所にいるのさ?
フジヤマ社のエネルギー部門に務めてるって言ってたよね?・・・どうして・・・?」
「そ・・・それは・・・」

その会話に割って入ったのはロンファンだった。

「もうええじゃろう、ティエン。
シンシアはお前さんの乗っとるアウローラの開発主任じゃ。MS研究者なんじゃよ。
その道に入った理由も似た者姉弟、お前さんと同じ事。
ただ、お前さんの軍入りを反対していた分、言い出しにくかったのじゃ。勝手に『お前さんには認めてもらえはせん』と思いこんどったんじゃろ。察してやれい。

・・・お前さんも、シンシアも、アロイスも・・・。大事なモンを失ってしもうた事で、それを守るには軍だのMSだのという”大きな力”に頼らんと出来んモンだと思っておったという事じゃ。」

「「老師・・・。」」

ティエンとシンシアの似通ったその声がシンクロした。
そして、ロンファンがコホンと一つ咳払いをして一つの言葉を口にする。



「守る事の要とはその手段に非ず。その対象にこそ真なる意味がある。」



突然のその言葉を聞いて、ティエン達は眉間にしわを寄せた。
ロンファンは3人の顔をそれぞれ一瞥し、ゆっくりと問答し始める。

「さて、アロイス。
お前さんを引き取った理由を前に話したのぅ。じゃが、その真意は実はもう一つあった。なんじゃと思うね?」
「もう一つの・・・真意・・・?」

「シンシア。
お前さんは高雄カオシュン基地陥落後・・・即ち、フジヤマ社でのMS研究の初期からMS開発に携わっておったわけじゃ。そして、分野転向してたった数年で博士号まで獲得したのは見事と言えよう。
じゃが、その即席新米工学博士のお前さんが”東アジアガンダム”プロジェクトの責任者として高雄カオシュンに派遣されたその真意、わかるかの?」
「ろ、老師?」

「最後にティエン。
こう言ってはなんじゃが、士官学校を出たばかりの大して取り得のないお前さんが、一芸も二芸も極めた者のみが招かれる東アジアを先駆ける部隊、”魁龍クワイロン”に何故新卒採用されたと思うかの?」
「?・・・・・・・・・・・・。!えぇっ・・・ま、まさか!」

察した3人の驚く表情を目にしたロンファンが、ニヤリと微笑む。


「機を見る”機人”は”関わるモノの情報の全て”を把握しとるものなんじゃよ?
アロイス。お前さんと出会った時には既にフジヤマ社のシンシアとも数度会っておったし、弟のティエンが士官学校に所属しとった事も把握しておったのじゃ。
・・・嫌らしい爺じゃろう?ほっほっほ。」

「それでは・・・!」
「老師が私たちを・・・」
「集めたんですかっ!!?・・・で、でも、なんで!?」

ロンファンは微笑みながら罰の悪そうにコクリと頷く。

「まぁ、アロイスが軍に入ると言い出した事がキッカケじゃがの。

お前さん達は若く純粋な心を持っとる。
じゃが、如何せん不器用すぎじゃ。
戦争の脅威に対抗する事ばかりを考えすぎてしまっておるのじゃろう。

それは、この時勢では無理からぬ事じゃが、”守る手段”に固執して本当に大事な”守るべきモン”とすれ違ってばかりで意味を成さんじゃろう?

じゃからの。どうせならみんなまとめてこのお節介爺が心身ともに渇を入れてやろうと思うたのじゃ。この”魁龍クワイロン”で。
下手に放っておいて妙な事をされては敵わんからの。
・・・まぁ、ちぃと遅かったようじゃがな、アロイス?ほっほっほっほ!」


ロンファンは自分の息子達に語りかけるかのようにそう言って優しく微笑んだ。
ティエンもシンシアもアロイスも・・・。
目の前で優しく笑う一人の仙人の好意を複雑に捉えながらも、その気持ちをしっかりと受け止めた。
既に両親がこの世にいない彼らにとって、それはとても暖かいものだった。

「・・・いや、これも”わしの負うべき業”の一巻のようなもの。耄碌爺が勝手な事をしたもんだと思ってくれればそれでええ。
話がちぃ〜とばかし逸れてしもうたが、兎に角これで終いじゃ。この一件は全てわしが預かる。
良いな、皆の者!」

魁龍クワイロンのメンバー全員が隊長であるロンファン・リゥに敬礼を返す。


周りを見渡すと、その顔を少しだけ覗かせ始めた朝日の光が、静けさを取り戻した高雄カオシュンの大地と海原をうっすらと赤く輝かせ始めていた。
そう、その長く先の見えなかった漆黒の闇夜に、ついに終わりの時が訪れたのだ。

天を仰ぐようにしながら、ティエンはつぶやく。

「うん・・・そうだよね・・・。やっと、終わったぁ・・・・・・」

そうだ。やっと終わったんだ。アロイスとの望まぬ闘いが、やっと・・・





「さて、茶番はもうよろしいですかな?・・・・”裏切り者”の諸君。」





安堵の空気に包まれかけたその大地に、唐突に響き渡る男の声。
その声の方に全員の視線が集まる。

そこには、2門の大型ビーム砲をそれぞれティエン達とロンファン達に向けて構える巨大移動型砲台”ジークフリートMk.91”の姿があった。
その脅威の機動兵器の上に乗り、声の主であるスパンディアは口元を大きく緩ませる。

「ククク・・・それにしてもよくもまぁ派手にやってくれたな、アロイス・ローゼン。

所詮はコーディネイター。

我々の存在など、踏み潰しても獲るに足らんものとでも思っているのだろう。」

スパンディアのその突然の言葉に、アムルとティエンは激昂する。

「何その言い方っ!ちょっとヒドイんじゃないですかっ!!?」
「アロイスはそんな事考えてないっ!!!アロイスは、ただ・・・」

「唯、プラントを守るために戦った・・・とでも言うのかね?シュプリー少尉、ライ曹長。その為なら軍を裏切り、多くの善良なる同胞のダガーを落としてもいいと言う理由には到底ならんな。
仮に君ならば、許せるのか?当然の迎撃に出ただけの友人や家族が、敵国人の義の為になら殺されても構わないとでも言うのかね?」

「う・・・。」「そ・・・それは・・・。」

ティエン達はそのスパンディアの正論足る意見に言葉を詰まらせてしまう。
見かねたロンファンが愛弟子スパンディアに諭すように語り掛ける。

「やめんか、スパンディア!
お前さん、今まで何を聞いておった!?この件は、わしが納めると言うとるんじゃ。
もう既に、状況はザフトとの停戦に向かいつつある。時や情勢はおろか、この場の状況判断までも今だ禄に読みきることができんとは、それでもわしの教え子か、お前さんは!」

「・・・ええ、存じておりますよ、老師。私も先ほどの貴方達の言葉、”一言一句逃さずに”聞いておりましたしね。

『幸い、あの核計画と新型のデータ流出は免れた。』

ココが一番重要なポイントでしたよ。
だからこそではありませんか、老師?今が正にその”好機”なのですよ。・・・撒いた”機の種”が”好機の実”になったのですから。クククク。」

「・・・なんじゃと?」

スパンディアは高笑いをしながら、その真意を口にする。

「これからのザフトとの共同戦線。その中で我が軍の立場を優位に進めてゆくためにも、この事件はザフトに報告しなければならんのですよ。
”何の理由も証拠もなく、いきなりこの高雄カオシュン基地を襲撃してきた”のですよ?ザフトは。ククク。
この事実を当方で内々に処分するその代償として、我が軍の立場をより高くする為にね!」

「何が、迎撃に出た兵がなんとやらじゃ・・・!スパンディア。お前さん、アロイスを犠牲にして自分一人うまく立ち回ろうという心算なだけではないか。浅はかな・・・。」

「いいえ、違いますよ老師。”機人”の眼も老いてしまわれたのですかな?」
「・・・!スパンディア、お前さん・・・!!!」

含み笑いを漏らしながらスパンディアは雄弁に語りだす。

「”裏切り者の諸君”と言ったはずです。
犠牲になるのはアロイス・ローゼンだけではない。”貴方達”もですよ、老師。

・・・ブレイク・ザ・ワールドのあの日・・・。
何のために”コーディネイターの幼い少年”を軍に入れさせたと?
そして・・・クククク。
何のために貴方の量子コンピュータにあった”第二次核攻撃計画のデータの決行予定日を密かに改竄し、ファイルロックを解除しておいた”と思っておられるのです?」

「・・・なんじゃと!?」「なん・・・だって・・・!?」

それはアロイスにとって驚愕の事実であったに違いない。
スパンディアは感情を覆い隠すためのバイザーグラスを最早不要と投げ捨て、笑いを堪えきれないままに話を続けてゆく。

「クッククク・・・そこのコーディネイターはものの見事に私の思惑通りに動いてくれた。まさかザフト軍まで巻き込んでくれるとは思いもよらなかったがね。
そして、ここにきてギルバート・デュランダルのロゴス打倒宣言。

目の上のタンコブである貴方を”基地を攻撃した裏切り者の部隊”として始末するために撒いた種が、ザフトとの大きな交渉道具になるまでの甘い果実に熟してくれたのですよ!!
これが時代の流れを組み込んだ”機”と言わずになんと言いましょうか。
正に私の策が呼び込んだ一石二鳥の”好機”でありましょう?」

全てはこの男の思惑通りであったのだ。
自らは動かず、手を汚さずにいくつもの”好機”の種を撒き、それが実るかどうかは運次第。

腐れば拾わず、熟れた物だけ口にすればいい。

そうやって自分にだけ都合のいい”好機”のみをモノにしてのし上がってきたのがこの男、スパンディア・エルディーニであった。

ロンファンは”アロイスが早まった理由”を漸く悟る。

「なるほどの。決行日が早くに改竄されておったのを見たからこそ、こんなにも急いでおったのじゃな、アロイス。・・・すまなんだ。わしのミスじゃ。」

スパンディアは自分の策にまんまと嵌り、自らの非を認める師を見下すようにして高らかに笑い出す。

「クハハハハハハ!!!!!
そう、それでいい。負けを認める貴方の姿をどれだけ望んできた事かッ!
さて、ロートルの”機人”にはここでご退場願いましょうか、ロンファン・リゥ!!

今日からはこの私が東アジアの誇る新たな”機人”となる!!

貴様ら”魁龍クワイロン”もこの話を聞いてしまった以上、反逆者としてロンファンと共に焼き尽くしてくれるッ!

2年前、あの”高雄カオシュンの街で使った”この”ジークフリート”の業火でね・・・!

ロンファンよ、貴方も良くご存知だろう!?」

「!!・・・スパンディアッ!やはり・・・あの時、”業と街を焼いた”のじゃな!!お前さんというヤツはッッッ!!!!」



「え・・・・?」「ま・・・さか・・・あの光・・・!」



シンシアとティエンは一瞬その言葉を疑った。
あの時、街を赤く染める事になった”あの大きな光”は・・・まさか・・・!?



その通りであった。
あの2年前の”高雄カオシュン”襲撃事件の日―

当時から試作されていた東アジア共和国初の対MS”固定式光学兵器”、単装高エネルギー収束火線砲”ジークフリートMk.88”。
その悪魔の一発が、あの街を”戦場に変えた”のだ。

ちょうど街の上空を飛行していた一機のディンに向かって放たれたその火線は、その照準軌道を大きく逸れ、街を焼いただけだった。
不運であったのだろう。ロンファン不在の隙に引き起こされた一瞬の出来事であった。

それをザフトの攻撃と勘違いした連合の戦車部隊がその場所に急行し、ザフトMSと遭遇。さらなる戦闘が生まれてしまったのである。


当時、基地統括“補佐”の地位にいたスパンディアにとっては正にそれこそが狙いであった。
火線の餌食となる対象など、どこでもよかったのだ。


勝ち目のないザフトのMS部隊にただ無血降伏の白旗を揚げるのではなく、一つの惨劇たる戦場を作り出す。
それによって国内に反コーディネイターの感をより一層煽り、自らが悲劇の軍人として世論を味方につけて台頭するというシナリオだった。
そして、『スパンディアは転んでも唯では起きない。政治的にも応用の利く人間だ』と上層部の人間に示すために。

・・・即ち独断での発射であった。

勿論、ロンファンはスパンディアを問い詰めたが、彼がやったという証拠はおろか、故意に町を焼いたなどと言う確たる論拠もなく、推測に過ぎないという事で不問となっていたのだった。
そして、スパンディアはその日以来、東アジア共和国の上層部と世論の両方から大きな支持を得る事となる。

止める事も咎める事もできなかった。
それが、ロンファンの心に深く残る背負うべき業―。

今でも悔やみきれないあの事件の真相であった。


その場に力なく崩れ落ちるシンシア。そしてティエンもまた、頭の中が真っ白に染まっていた。

シャライも歯軋りしながら拳を握り締める。

「そ・・・それでは、私のいた戦車部隊は・・・ガスティン隊長達は一体・・・何の為に・・・!!クッ!!!」

シャライだけではなかった。ブルースもアムルもその真相に怒りの色を隠せない。
全員が戦闘態勢に入ろうとするが・・・

「ククク。おっと、全員動くなよ?
アウローラとドグーだけはなるべくこれ以上の破損なく残したかったからこそ、さっきもわざわざ照準を逸らしたのだが・・・君達が動けば仕方がない。優先順位の問題だ。

ロンファン達”魁龍クワイロン”もそこに横たわっているドグーも、この2門の砲で”2方向同時に”焼き払う事にするよ。

ドグーは幸い動けないようだしねぇ。
この意味、わかるね?・・・誰かが動けば、少なくとも今全く動けないアロイス・ローゼンは確実に死ぬ、という事だ。」

既に2門の照準はそれぞれの方角へとピンポイントで当てられている。

動けないドグー。そして、 ”ジークフリート”から大分距離が離れた所に佇む他の”魁龍クワイロン”のMS達。
例え、シャライの射撃やブルースの”獣拳”の運歩、そしてアウローラの特攻を用いたとしても・・・



この距離では、最早”間に合わない”。
今の僕達に・・・全員が揃って助かる見込みなんて・・・ない。



アロイスは、そう分析していた。

「まずはロンファンと”魁龍クワイロン”。あんた達から逝くかな?おっと、Dr.オルビスもいらっしゃいましたな。
・・・申しわけありませんねぇ、とんだとばっちりで。
それほどにお美しいというのに、行く道は厄災ばかりとは。全く持って運のない方だ。
ベタですが、日頃の行いでも悪いのでしょうかなぁ。同情いたしますぞ?ククク・・・」


その時、一人の少年の絶叫が弾けるように木魂した。


「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」


アウローラがその悪魔の兵器に向かって飛んでいたのだ。
スパンディアの警告を聞いていなかったわけではなかった。
しかし、ティエンは翔けた。
それは激情に突き動かされた、ティエンの内なる心の衝動であった。

正に満身創痍のアウローラで、ティエンは決死の特攻をかける。

「よすんじゃ、ティエン!!!」
「無謀也!!」
「ティエンくんっ!!?」
「チィ!!この俗物がァ!!!」

ロンファンが、ブルースが、アムルが、シャライが、声にならない悲鳴をあげる。
そして、アロイスも・・・

「・・・ダメだ。逃げろ・・・逃げるんだ、ティエン!!!君だけでも逃げろォォォォ!!!」

ティエンは必死に翔ける。猛るように、そして、願うように。


「僕は諦めないっ。
これからもずっと!”どん”と構えて頑張るよ。
だから、お願いだよ義兄さん!”ガンダム”!!
一度だけでいいから、僕に姉さんを・・・みんなを守るだけの力を貸してっ!!」


しかし、無情にもスパンディアの処刑宣告の咆哮がその場に響き渡る。

「フン、愚か者めッ!!”ジークフリート”2門同時斉射!・・っってーーーーーーー!!!!」

その悪魔の砲口に光が収束し始めた・・・その時だった。



「ティエン!!キーボードにこのパスコードを入力しなさい!!」

それは最愛の姉の・・・星霞シンシアの声だった。
そのパスコードとは・・・



「・・・”GREN”っ!!」
「!!・・・グレ・・ン・・・義兄さんの・・・!」



迷っている暇などはない。
ティエンはとっさにキーボードを展開させてその最愛の義兄の名足る4文字のアルファベットを素早く入力し、そして最後にエンターキーを叩き込む


”東アジアガンダム”のカメラアイが一際大きな赤光しゃっこうを放った―


そして、その装甲が少しずつまばゆいばかりの光を放つ黄金色に染め上げられ変異してゆく。
いや、黄金、紅、瑪瑙、純白・・・どれも当てはめるにはしっくりこない。

言うなればその色は・・・・燦然と輝く太陽色―。
朝の曙光に劣る事なくあたり一面を照らすその装甲の光は、正にもう一つの大いなる黎明そのものだ。


その時、斉射された”ジークフリート”の高エネルギー収束火線がアウローラへと突き刺さる。

火線の途轍もなく激しいビーム流にアウローラの怒涛の勢いが止まり、押し返されそうになる。
しかし、その光の装甲に触れた悪魔の光線はティエンを貫く事はできなかった。
なんと、燃え盛る太陽に小さな光をかざすかの如く、あの”ジークフリート”の強大な熱量を誇るビームが少しずつ少しずつ霧散してゆく・・・!

「こ・・れは・・・!?シンシアさん!?」

目の前で、いや、親友の乗る機体に起こっているこの信じがたい状況に、アロイスは驚愕の色を隠せなかった。


あんな機能は、スペック表にもデータにもなかったはずだ。


そして、シンシアがそのアウローラの大いなる力について語り始めた。

「・・・これが、”東アジアガンダム”・・・アウローラが持つ守りの力。
実弾攻撃を無効化するPSフェイズシフト装甲の技術を高度応用して開発された、ビームを無効化する装甲。

RSラジエートシフト装甲”―。

装甲面に展開する事によって、従来のラミネート装甲の放熱性能を飛躍的に高めるという特殊効果を生む。
そう、装甲表面積の小さなアウローラでも、その身に受けたビーム光のほぼ全てを熱還元して装甲面から排熱する事が可能な脅威的防御システムよ。

・・・でも、スペック表からもデータからもその項目だけは削除していたわ。何故なら・・・」

”ジークフリート”の火線を弾きながら飛ぶアウローラの体から火花や煙が噴出し始める。
そして、シンシアがその悲痛な声をあげ、捕捉した。

「未完成なのよ・・・!!
装甲が光を放つのは、常に機体が強力な放熱状態にあるため・・・!
その状態維持にかかる莫大なエネルギーは、機体内部に過剰なオーバーヒートを引き起こす。
つまり、場合によっては短時間の使用でもコクピット内部は・・・パイロットはその影響でどうなるか・・・。
だから、ティエン!!!なるべく早く・・・アウローラを停止させてぇ!!」

苦渋の決断でその機能を教えざるをえなかったシンシアの薄紅色の頬が涙で濡れる。
しかし、ティエンは止まる事はなかった。


「こんなものが・・・こんなものがあるからっ・・・・街が・・・義兄さんが!姉さんが!!・・・みんながァァ!!!!」


真っ直ぐな心を持ったティエンの行く道を遮る ”ジークフリート”の猛烈なる火線―。

それは過去の忌まわしき因縁の元凶にして、今再び大切なものの全てを焼かんとする悪魔の光だ。

しかし、シンシアの想いを具現化し、正に”どんな厄介ごとをも弾く”小さな太陽となったアウローラは、その悪魔の光を真っ向から受け止め、かき消してゆく。
その過去の悲劇すらも浄化して乗り越えてゆくかのように、強く、強く・・・!


そして、アウローラがその小さな体を有らん限りに大きく広げたその瞬間、ついに”ジークフリート”の火線の全ては太陽から迸る紅炎プロミネンスのように中空へと散り、完全に消滅した。



すぐなる天道てんとう”―。
それは、後に表立って語られる事はないであろうティエンの勇壮なる姿であった。



夢でも見ているかのようなその奇跡の力をスパンディアは暫くの間惚けるように見つめていたが、我に返り再び指揮を取り始める。

「え、ええい、何をやっている!!?あのアウローラバケモノにどんどん撃ち込まんか!!”ジークフリート”第2射用意!!ってぇぇぇぇ・・・」

しかし次の瞬間、その悪魔の兵器”ジークフリート”の2門の砲は、”刃の如く鋭き砲撃”と”獣の如き荒ぶる鉄拳”によってそれぞれが粉砕された。
2門の主砲門が爆ぜ、誘爆の危険すらあったその移動砲台の中からクルーらしき士官達が大慌てで避難をし始める。


「フンッ。戦車とはこの国を守護するつわものの象徴。
このような忌々しく醜い移動砲台せんしゃなど、散っていった者達への冒涜以外の何物でもない。恥を知れ、この愚物がッ!!」

「・・・我も同感也。実に不快な鉄屑であった。」


ティエンが飛び出したのを追うようにして、シャライとブルースは己の身も省みず攻撃態勢に転じていたのだ。
命からがら甲板から地面に飛び降りていたスパンディアは、鉄屑へと変えられたその”切り札の成れの果て”をただ呆然と立ち尽くして傍観するのみだった。

遠方でシールドを構えたままのディープフォビドゥンの足元から、一人の老人の声が響く。

「・・・スパンディア。お前さんには心底失望したぞ。」

「な、ロンファン!!!?な、何故だ?何故生きている!??
そ、それに、そうだ!何故、ワイルドダガーとランチャーウィンダムが攻撃に回ってこれたのだ!!?
あのタイミングでジークフリートをかわせたとでも言うのか!!!?」

ジークフリートは2門同時斉射したはず。一発はアウローラに防がれたが、もう一発は確実に”魁龍クワイロン”を貫いていたはずだ・・・。
スパンディアの頭の中は激しく混乱していた。
呆れ返るようにロンファンはスパンディアに問う。

「わからんか?スパンディア。」
「う〜〜〜、う〜〜〜〜・・・・。ハッ!・・・そ、そ、そうか!
”ゲシュマイディッヒパンツァー”だな!?
そのディープフォビドゥンのエネルギー偏光能力を使って・・・」

アムルが小さな頬を膨らませながらそのスパンディアの言葉を愚答と斬り捨てる。

「バッカじゃない?
対水圧用に量産化された”ゲシュマイディッヒパンツァー”で、戦艦の主砲クラスの火線なんて防ぎきれるわけないし!
それに、私の”アンフィトリテ”、もうエネルギー切れ寸前だもん。仮に防げても、全部のビームを捻じ曲げきる前にボンっ☆よ。
そんな事、ちょっと考えたらわかると思うんですケド?」

それでもアムルは、決死の覚悟でそのエネルギー偏光盾を構えてロンファンとシンシアを守ろうとしていたのだが・・・。


では、何故全員が無事であったのか―。


ロンファンは深いため息をつき、ゆっくりと語り出した。

「・・・やはり、”ジークフリートMk.91”の欠点も知らなんだようじゃな。
何、簡単な話よ。
あれは、”移動可能な戦闘車両に搭載しておる事”と”高威力”であるが故に、エネルギーチャージに時間がかかって連射はさほど効かんのじゃ。外付けの大型エネルギー増幅装置とコンジットケーブルで繋がっている状態でなら別じゃがの。

忘れたか?
お前さん、さっきアロイスの”酒樽”に向かって一発放っておろう。

こんな短時間でチャージなぞできるものか。
じゃから、二門の内一門のみしか発射できんかったのじゃ。」

「そんな・・・・バ・・・バカなぁぁぁ・・・」

「馬鹿モンはお前さんの方じゃ。
これは言わば、全てを最後まで諦めずに飛び込んだティエンの行動力が呼び込んだ”幸運の機”。

・・・やはり、お前さんには”機人”は名乗れんよ。

千変万化の”機会”を先読み、あらゆる類の”機械”を知る者にのみ、その資格があるのじゃからの。」

「な、何を・・・」

そしてロンファンが言い終わるや否や、輝きを放つ一機のMS・・・東アジアの誇る”ガンダム”が、スパンディアの目の前に荒々しく舞い降りた。

今だ太陽のような輝きを宿したままのその装甲は、最早機動限界とも思えるほどに傷つき、あたかも異形の悪魔の様だ。
アウローラの真紅の双眸が、おのずと腰を抜かしてその場にへたり込むスパンディアに視線を落す。

「ひっ、ひぃっ!や、止めろ、ライ曹長!!お前、何をする気だ!?
今自分が何をしているのか、わかっているのか?私はこの基地の最高責任者だぞ!?
・・・ド、Dr.オルビスに言った事なら失言だった。あ、謝るッ!この通りだ。な?

そ、そうだ!!!

お前にはこれから私の直属の部下としてのエリートコースも約束しよう!!
あのアロイスやロンファン達をその力で葬れば、2階級・・いや、特別昇進で大尉の階級をやってもいい!!どうだ?お前にとっても絶好の”好機”だろう!?」

”ジークフリート”を放熱しきったアウローラの体内が悲鳴を上げている。
コクピットは既に高温の蒸し風呂だ。
目と咽喉はカラカラに乾ききり、唇はひび割れ、そして密着した軍服と共に皮膚が焼けてゆくように痛い。
機体もパイロットも・・・もう限界だった。


アロイス・・・・アムルさん、ブルースさん、シャライさん、老師・・・・
姉さん・・・・・・義兄さん・・・・・・
ぼ・・・く・・・は・・・


その朦朧とする意識の中、ティエンは吼える。



「・・・僕はっ!!大切な人達を守りたいだけなんだ!!!!!!」



そして、輝光を湛えたアウローラのボロボロの右腕がスパンディアに向かって断罪の鉄槌を振り落とした。

「ひ、ひぃ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

スパンディアの断末魔の悲鳴と共に、振り下ろされたその右腕が・・・・間一髪の所で停止する。
それと同時にアウローラの体を染め上げていた太陽の衣が消え、ついにはそのカメラアイからも光が失われていった。



・・・それは、乗り手であるティエンの叫びを機体が聞きとってくれたかの如きタイミングで訪れたRSラジエートシフトダウン・・・・アウローラの”エネルギー切れ”であった。



「ティエン!!!!!」

ドグーから必死に降りてきたアロイスが、アムルの操縦するディープフォビドゥンの掌に乗り、ボロボロになって立ち尽くすアウローラのコクピットへと向かう。

ティエンはナチュラルだ。
そして、急な出撃であったためにパイロットスーツも着てはいない。
短時間とは言え、耐え難い高熱のコクピットの中でその身がどうなっているのか・・・・。

シンシアは大粒の涙を流しながら哀願するかのように弟の無事を必死に願う。


「グレン、お願いよ。あの子を・・・ティエンを無事に返して下さい。
あの子まで失ってしまったら、私は・・・!」


アロイスは、アウローラの溶けかけた高熱の装甲に触れて火傷をすることすら厭わずに、なんとかコクピットハッチを外部から解放する事に成功した。
幸い強制解放機能は生きていたようだ。

中からむわっとした熱気が外気に流れ出る。

「ティエン!!しっかりしろ、ティエン!!!」

コクピットで微動だにせず横たわるティエンに駆け寄るアロイスのその声は、既に涙でかすれている。
アロイスは、ピクリとも動かないティエンの体をしっかりと抱きかかえた。
・・・涙が次から次へと溢れ出て止まらなかった。

「ティエン・・・。僕は、僕は・・・!!!」


その雫の一粒が、ティエンの頬にひたと落ちる。


「・・・嫌・・・だなぁ。僕・・・そのは・・・ないんだけどね、アロイス?・・・」
「ティ・・・ティエン!よかった・・・!本当に・・・!!!」
「へへ・・・君こそ・・無事で・・よかっ・・た。」

無理をしながら微笑するティエンを見て、アロイスは心からの安堵の息を漏らす。
そして、それはティエンも・・・。


東アジアの地を赤く染め始めていた黎明の光は、いつしか燦然と輝く大いなる朝の陽光となり、少年達をいつまでも優しく照らし続けていた。



≪エピローグに続く≫