FINAL-PHASE −AURORA− 黎明 (前編)
網膜に焼きつくほど強烈な閃光と削られ続ける鉄屑が、寿命を迎えた花弁の如く見る見る内に枯れ落ちてゆく。
耐え難い轟音と激震による苦痛を伴いながら・・・。
それが、シールドを削られ続けているアウローラのコクピットで感じられる現況であった。
僕は今ここで何をしているのだろう?
何で僕がこんなにも痛い思いをしなくちゃならないんだ・・・。
ああ、もう嫌だ。何もかも投げ出してしまいたいよ。
僕にはのっけから無理な事だったんだ、やっぱり。
激しい衝撃に意識が薄れ掛けていたティエンの目は、朦朧とした鈍色の光を湛えていた。
流れては消え、消えては流れ・・・。
走馬灯のように駆け巡る数々の想いが、その弱りきった虚ろなる脳裏によぎる。
物心付く頃に父と母を亡くしてしまっていたティエンにとって、その思い出は歳の離れた大好きな姉と、憧れだった”姉の伴侶である男性”と過ごした穏やかな日々ばかり。
ティエンにとっては、その2人が両親代わりのようなものだったから・・・。
そういえば、海によく出かけて行ったっけ。
”綺麗な銀色の髪をした義兄さん”の大好きだったあの海に・・・。
僕と姉さんと義兄さんの三人で。楽しかったなぁ・・・。
もう一度あの日に帰れたなら、どんなにいいだろう・・・。
―なっさけねぇなぁ。男だろう?そんな事で泣くなぁ。そんなんじゃあ、栄えある”防人”には入れてやれねェな・・・お、泣き止みやがった!だはははっ!!―
そうだよ、僕はあなたのようになりたかった。
だから、精一杯背伸びしてたんだ。
―いつまでもくよくよすんな!家と一緒さ。お天道さんに向かって土台を”どん”と構えていりゃあ、厄介事なんて何でも弾き返しちまえるってもんよ!―
もう見る事すら叶わないその背中を忘れないように、必死に追いかけた。
でも、僕には・・・・
―”天”・・・。
いい名前だよなぁ。お前の行く”道”は、文字通り”お天道さん”じゃねぇか。
そんないい名前持ってんだ。頑張ねぇとお天道さんに笑われちまわぁ!だはは!!
・・・だろ?ティエン。―
グレン・・・義兄・・・さん。
フラッシュバックを繰り返す懐かしき男の笑顔。
その数多の記憶は次の瞬間、”まばゆい大きな光”によって一瞬にして紅蓮の業火に包まれてゆく。
眩しいよ・・・。
どうして、僕の家が燃えているの?
姉さん?
なんで、泣いているの?
・・・義兄さん・・・・は?
ねぇ、姉さん。何処へ行くの?
”痛い”ほど強く、僕の手を引いて・・・。
僕にもっと力があればよかったんだ。
僕にもっと・・・みんなを守れる力があれば・・・。
・・・・・・・そうだった。
誰かを守るための力が欲しかった。
太陽のようにあったかくて、
海のように大らかで、
風の様に爽やかで、
大地のようにドンと構えたあの義兄さんのような・・・
そんな大きな力を手に入れようとあの時誓ったんだ。
だから・・・!
「・・・今僕はここにいる!
決めたんだ。もう二度と大切な人を失わないって!
姉さんを泣かせるような事はしないって!!
そして、今度は僕が守るんだって!!!
”防人”だった義兄さんの代わりに、僕が姉さんを・・・この国の事を、大切な人を!
必ず守るために強くなるんだって!!だからぁぁぁ!!!!!」
ティエンの瞳に普段の力強さと透き通るほどに澄んだ純粋なる輝きが再び宿る。
そして、ありったけの力を振り絞り、ティエンは叫んだ。
「僕はこんな所で負けられないっ!!
この基地も!僕の故郷も!”魁龍”のみんなもっ!
全部僕が守るんだ!!そして、アロイス!君の事だって、止めてみせるっ!!!!!」
左盾を突貫され続けていたアウローラが、右足をドグーに掴まれたままその身を乗り出した。
そして、ビームチェインソード”シィサンジン”で目の前に立つ親友の駆る巨体を渾身の力で斬り付ける。
蘇るかのように放たれたその突然の斬撃に流石のアロイスも不意を付かれ、その鈍色の鋼刃がドグーの左肩に深々と突き刺さった。
「くっ・・・!ティエン!もうこれ以上抵抗をするな!!僕は・・・アウローラの動きを止める事が出来ればそれでいいんだ!!
はっきり言おう。未熟な君では僕には勝てはしない。
僕は・・・いや、君には戦争を失くす為に戦うと言う大儀があるんだろう!?君にはもっと・・・そういう所で力を使って欲しいんだ!!」
「アロイス、ダメだよっ!それじゃあ、僕はあの日のまま何も変わらない!
失ってゆくものをただ見ている事しか、逃げ出す事しか出来なかったあの時と同じなんだ。
僕は、もうそんなのは嫌だ!!!
だから、全てを守るっ!もう、何も失わないっ!!
決めたんだ。いや、・・・決めてた事なんだっ!!!」
ドグーの肩に突き刺さった”シィサンジン”に鋸状の鋭き光が宿る。
チェーンソーの如く凄まじい勢いで高速回転をするビームエッジが、ドグーの左肩をそのまま大きく裂き、斬り飛ばした。
大地に堕ち行く巨人の左腕からスっと力が失せ、アウローラの体が漸く自由を取り戻す。
しかし、それと同時にアウローラの華奢な左腕もまた、ドグーのスパイラルビームピックによってシールドと共に粉々に砕かれていた。
「アロイスゥゥ!!!」
「ティエンッ!!!」
2人はそのまま返す刀で互いの近接武器―”シィサンジン”とスパイラルビームピック―を相手に向けて繰り出す。
激しくぶつかり合う必殺の光剣。
ティエンは”シィサンジン”を巨大なスパイラルビームピックの2本のビームドリルの間に滑り込ませ、なんとその刀身をビームドリルの横っ面にぶつけるようにして攻撃の動きを完全に受け止めて見せた。
そして、”シィサンジン”をそのままビームピックに滑らせるように奔らせ、ドグーの右腕をその拳から大きく両断する。
ドグーの右腕が大きく爆ぜ、そして、ビームドリルに思い切り接触して螺旋破壊を受け続けていた”シィサンジン”の刀身もまた、柄の部分からバラバラに砕け落ちた。
ティエンの言葉を否定するかのように、アロイスが叫ぶ。
「全てのものを守る・・・・。確かにそれは誰もが望む事かもしれない。
でもね、ティエン!それは理想論にすぎないんだよ!!
何かを守り抜くためには・・・何かを捨ててでもやり遂げる、そういう確固たる決意と覚悟、そして実現できるほどの力と戦略が必要なんだ・・・!それが、現実だ!!!」
そう、それはかつて、自分の心をズタズタにしてまでもプラントのために戦い抜いた彼の悲痛な過去。
そして、自分にしか出来ない”故郷を守るという大儀”のために、愛する人を守りぬくという個人的な決意を犠牲にした今の彼の真実。
しかし、勿論の事ティエンはそれを知らない。
そして、認めなかった。
「そんな事、君が決める事じゃないっ!出来るか出来ないかは・・・やってみなくちゃわかるもんかっ!!
・・・もしそれが現実なんだとしても・・・・僕は一度や二度じゃ認めない、諦めない!!
何度だって守るんだっ!!!」
「ク・・・!!!だから君は子供だと言うんだッ!!!」
「じゃあ子供でいいさっ!それでも僕は・・・君を止めるっ!!」
2人の勢いは留まる事は無かった。
2人は距離を取ることもせずに、すかさずお互いの胸部ビームバルカン”ファブスペーナ”をその至近距離から乱射する。
その体格差から放たれるビーム弾の大きさの差は歴然だ。
しかし、アウローラはその小回りの利く性能を最大限に発揮させ、ドグーから放たれる巨大なビーム弾雨をスラスターを巧みに切り替えながら空中でステップを踏むようにかわし続ける。
その様は、まるで・・・。
「!!・・・その動き・・・ブルースさんの”餓狼包囲”・・・!?ティエン、君は・・・!!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
ティエンはその未熟な経験の全てを振り絞って歴戦のアロイスにぶつけようとしていた。
アウローラはドグーの周囲の中空を飛翔しながら、自らの豆鉄砲の如きビーム弾をドグーの胸部バルカン目掛けて放ち続ける。
そして、その一点連続集中砲火がついにドグーの胸部バルカンを破壊した。
「ど、どうだ!アロイス!!」
「・・・本当に大したものだ。・・・でもねティエン・・・!」
拳から砕けて半壊したドグーの右腕が裏拳を繰り出すかのように空を割く。
「忘れたのかい?・・・君の見てきた経験は、”魁龍”で一緒にやってきた僕だって全部知っているッ!!!」
その壊れた巨人の右腕が、空中を高速で舞うアウローラの体に強烈なカウンターとなって見事に炸裂する。
アロイスは完全にティエンの動きを見切っていたのだ。
「うわぁぁぁぁ!!!」
小柄なアウローラはバルカンごと胸部装甲を大きく潰し、キリキリと回転しながら大空へと弾き飛ばされた。
2人の間に再び少しだけ距離が開く。
正に、お互いの持つ力をこの場でぶつけきろうと言う総力戦だ。
それは、引くことも譲る事も出来ない、信念の激突。
それぞれの想いの強さだけが、彼らの背中を後押ししてその場に踏みとどまらせているかのようだ。
しかし、その攻撃が繰り出される度に、自分自身の体や機体よりも目の前に立ちはだかる相手の事を想う心の方が激しく痛む。
ティエンとアロイス。
今、この闇夜に包まれた東アジアの大地では、確かにその2人が命を懸けて哀しき死闘を繰り広げていた。
それは、この戦争の歴史の中で総じて見るならば、どんな場所でも起こりうる”ありがち”とまとめられてしまうような些細な光景だったかもしれない。
この2人と同じように、”友との望まぬ死闘を繰り広げた悲劇の英雄達”も、もしかしたら存在したかもしれない。
しかし、一度始まってしまったその死闘の結末は、”ありがち”であろうとなかろうと必ず訪れるものである。
例え、それが最悪の結末で締めくくられる事になったとしても、皆諸共に・・・。
「ハァ、ハァ・・・もう充分だろう、アロイス!!このままじゃ・・・僕達は!!!」
ティエンは言い放とうとしたその最後の言葉を飲み込んだ。
勿論、アロイスにもティエンの言いたい事が痛いくらいに伝わってくる。
アロイスの口元が、一瞬ティエンに何かを語ってしまおうかと動き出す。
しかし、アロイスはその唇をきつくかみ締めるかのように言葉を飲み込むと、断固たる決意をした。
「ティエン・・・僕は・・・。僕は・・・!・・・君を退ける!そして、あのマスドライバーだけは必ず破壊するッ!!!」
ドグーの体中に刻まれた無数のレール孔から淡い光が放たれ始める。
アロイスがマイクロビーム照射システム”ライトニングレイ”を起動させたのだ。
シールドもない今のアウローラでは、完全武装したウィンダム達を難なく貫くほど強力な無数の高出力レーザーを防ぎきる術はない。
性能試験のデータを整理していたアロイスはよく知っていた。
アウローラに採用されているラミネート装甲などは、単なる気休めにすぎない事を。
その証拠に、ゼーヤのグフに付けられたのであろう銃創や、先ほどかわし切れなかったライトニングレイの傷跡が装甲の随所に深々と刻まれている。
そもそもラミネート装甲はMSには適した装甲とはいえないものだった。
それは、戦艦と違ってMSには絶対的に足りないものがあったからだ。
そう、それは”表面積”の大きさだ―。
それ故、装甲表面全体にビーム熱量を拡散させるというラミネート装甲の放熱効率が、戦艦と比較してすこぶる悪いと言える。
同じくラミネート装甲が採用されている105ダガーですら、PSを量産採用する事が出来なかったからこその苦肉の策に過ぎなかったのだろう。
そして、アウローラはその105ダガーよりも遥かに小さいのだ。
いや、万が一攻撃を防げたとしても、今のアウローラには既にドグーを落とす事の出来る武装すらない。
正にアウローラは丸裸同然の姿。
アロイスはそう分析する―。
もう勝ち目がない事は明白だろう?
・・・頼む。これを見てこの場を引いてくれ、ティエン。
もう気持ちの問題じゃない。既に君のMSの状態が全てを物語っているんだ。
”ライトニングレイ”はその狙いが大まかにしか絞れない、いわば周囲の敵を一掃するための殲滅型光学兵器である。
如何にコーディネイターであり、あのヤキン・ドゥーエ戦を生き残ったアロイスのMS操縦技術が優れているとは言え、うまく急所を避けながら相手の機体を貫く事が出来るかどうかはわからない。
いや、そうでなくともこのドグーの操縦は非常に複雑で難しいものだった。
山の如き巨体とその強力な重火器の制御は、搭載されているドグー専用のOSサポートだけでは追いつかない。
今なら、ハーフコーディネイターのアムルがパイロットに選ばれていた本当の理由もよく分かるというものだ。
アロイスは祈るように目の前に立つ親友の乗るその小さなMSを見つめ続ける。
しかし、ティエンは・・・彼の駆るその”東アジアガンダム”は、その場を引く事はなかった。
ティエンは思う―。
今引けば、小回りの利くアウローラの加速力ならあの無数のレーザー網を掻い潜る事のできる間合いにだって逃げ出せる。
でも・・・。
この場で、もし引いてしまったら・・・。
未熟な僕にとって唯一誰かと渡り合えるこの距離での攻防で、一歩でもこの場を退いてしまったなら、きっとその先はアロイスのドグーに付いていく事なんてできはしない。
MS性能の問題でも、武装の問題でも、操縦技術の問題でもない。
むしろ気持ちの問題だ。
それに、ここから引いてしまったら、もう二度とアロイスに会えなくなってしまうような・・・そんな気がするんだよ、姉さん。だから・・・!!
「僕は、絶対に!・・・引かないんだぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ティエンは翔けた。
自らのその決意と命の全てを、その守護神たる己の愛機”東アジアガンダム”に任せて。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
激しい絶叫の如き咆哮とともに、ティエンはドグーの巨体へアウローラで決死の特攻を掛ける。
それは、今のティエンに残された唯一の力。
どんな困難にも真っ直ぐに立ち向かう、”勇気”という名の剣だ。
しかし・・・
「ク・・・!ティエンッッ!!そんな特攻は無駄だという事は先ほど実証済みのはず!
この・・・バカ野郎!!!」
アロイスの悲痛な叫びを合図にして、ドグーの体から無数のマイクロレーザーが放出された。
全てを貫く、光糸結界―。
アウローラの体に次々と糸状のレーザービームが襲い掛かる。
しかし、今度のアウローラの特攻の勢いは決して衰える事はなかった。
先ほどよりも一直線に、放たれる無数のレーザー網をかわす事なく真正面で受け止めながら飛翔しているにも関わらず、だ。
・・・・真正面で・・・受け止めている!?
アロイスはその異変に漸く気付いた。
「!!・・・そ、それは・・・ドグーの・・・左肩・・・!?」
そうであった。
ティエンは先ほど”シィサンジン”で斬り落としたドグーの左腕・・・即ち左肩の大盾を片腕のアウローラでなんとか拾い上げ、それを真正面に構えて特攻していたのだ。
あれだけ巨大な盾ならば、小柄なアウローラの機体を覆い隠すようにして特攻できる。
そしてドグーの盾であればこそ、自機のマイクロレーザーに貫かれるほどに脆弱には出来ていないのも道理。
光糸結界は、見事に破られた。
アウローラはシールドを構えたまま最高速に加速し、眼前に悠然と聳え立つドグーの巨体へと迫る。
その狙いは・・・”立つ”事を可能にしている巨木の根だ。
「倒れろぉっ!!”酒樽”!!!!!」
アウローラの強烈な体当たりが、ドグーの無防備な左足に突き刺さった。
ぶつけた大盾と共にドグーの左膝が大きく砕け、悲鳴を上げる。
それは正に、ティエンの命を懸けた魂の一撃だ。
大きくよろめくドグー。
・・・巨神が、倒れる―
しかし・・・アロイスは吼える!
「倒れはしないッ!!この程度の事で、”僕の大義”は折れたりなどはしないッ!!!!!」
その咆哮に呼応するかのように、ドグーはその両足で大きく大地を踏み締めた。
アスファルトに無数の大きな亀裂が走り、その巨体が沈み込む。
そして、ドグーはアロイスの執念を体現したかの如く、大きく仁王立ちをして見せたのだ。
「そ・・・んな。」
身を守る大盾は砕け散り、聳え立つ巨神の足元で動きを止めてしまったアウローラは、あまりにも小さく見えた。
そして、止めを刺すべくドグーの体からマイクロレーザーの淡い光が再び迸り始める。
「僕の・・・・勝ちだ。ティエン・・・!!」
アロイスの悲痛な声が響く。
その声と共に、”まばゆい大きな光”がティエンの視界に飛び込んできた。
「この・・・光・・・・どこかで・・・・?」
ティエンがそうつぶやいた次の瞬間、その体は大地と共に大きく爆ぜた。
視界を染めた”大いなる光”・・・1筋の巨大なビーム火線が、大地と”その体”を掠めるようにして放たれたのだった。
吹き飛んだのは、ドグーの巨大な右足だ。
”背後からのその砲撃”に片足を奪われ、先ほどのアウローラの特攻で大きなダメージを受けた左足だけとなったドグーは、マイクロレーザーを放出させたままその巨体を前のめりに地面に沈めこんだ。
そして、自らの放った無数のビームがその行き場をなくして内部砲門などの誘爆を招き始める。
小規模とは言え、繊細なレール孔内部での爆発が重なった事により駆動系が完全にショートしてしまったのであろう、ドグーはついにその機動を完全に停止してしまったのだった。
宇宙への架け橋道を踏み潰さんとするその東アジアの巨人は、ついに落ちたのだ。
しかし、被弾したアロイスは愚か、相対していたティエンですらその状況を飲み込めない様子だった。
「え・・・。か、勝った・・・の?僕が??一体、何で・・・?」
「・・・ハイドロ応答なし!再起動しない・・・!!!く、くそっ!!」
そのドグーを撃った火線の正体とは・・・。
「もう、その辺で終いにせい。アロイス。」
ドグーとアウローラのコクピットに、しゃがれた老人の落ち着き放った声が響く。
あたりを見渡すと、そこには左拳のないワイルドダガーと、陸に上がってきたのだろう、ディープフォビドゥンが立っていた。
そして、その足元には一台の戦闘用ジープに乗り、愛用している老木の杖の代わりに右手に通信用マイクを持った老仙人の姿・・・・
否、”魁龍”隊長、ロンファン・リゥの姿があった。
「・・・使えるようにはしておいたようじゃな、”スパンディア”。ご苦労じゃった。この局面でその”禁忌砲”使ったのは見事な判断じゃ。」
ロンファンが目をやったその先は、先ほどの謎の火線が放たれた先であった。
そこにあったのは、大型のMA程の大きさはあるだろうか、異形の機動兵器の姿。
単装の大型ビーム砲を左右に一門ずつ、計2門搭載した巨大な戦闘車両だった。
そして、戦車の上にはその顔をバイザーグラスと軍帽に隠した男、高雄基地統括司令、スパンディア・エルディーニが腕組みしながら立っている。
「”禁忌砲”とはまた奇妙な字で呼ばれるものですな、老師。
・・・ふぅ。まぁ、これで少しは”機人の弟子”としての意地とやらも見せられましたかな?
これでも一応私は貴方の上司なのですがね。全く人使いの荒い。
それにしてもこの”ジークフリート”。
実戦に使うのは2度目だが、いつ見てもとんでもない威力だ。その2機の新型を吹き飛ばさないように照準調整するのも一苦労でしたよ。
間に合ってよかった。」
そう、ドグーの右足を貫いた火線の正体とは、東アジア共和国で独自に研究開発がなされていた新型の対MS移動型砲台、140mm単装高エネルギー収束火線砲”ジークフリートMk.91”の火線であったのだ。
自らを不意撃った物の正体に気付こうが、今更後の祭り。
それでもアロイスは、倒れた巨神を何とか再起動させようとしてコクピットのキーボードを必死に叩く。
「くそっ、動け!!動いてくれ、ドグー!!!僕は・・こんな所で終われないんだッ!!!頼む!頼むよ、ドグー!!!”プラントを救う”ために、動いてくれ!!」
「プラントを・・・救うため・・・!?アロイス?なんだよ、それ・・・?」
つい口を付いて出てしまったその言葉をティエンに聞き取られてしまったアロイスは、はっと口をつぐむ。
その時、透き通るような声が、ティエンとアロイス、二人の元に響いた―。
「もう止めなさい、2人とも!」
呼びかけられた二人がその声に誘われるように向けた視線の先。
ロンファンのジープの助手席に座るその白衣の女性は・・・
「・・・シンシアさん!?」 「星霞姉さんっ!!?」
異口同音に放たれたその見知った女性の名前を聞いて、アロイスとティエンは「え!!!?」とお互いに感嘆の声を漏らす。
シンシアさんが・・・ティエンのお姉さん・・・!?
じゃあ、2年前・・・僕のエオスの目の前にティエンと一緒にいたのは・・・!!
フジヤマ社の研究員であり、ティエンの姉であるシンシア・L・オルビス・・・いや、シンシア・ライ・オルビスは、ロンファンから通信マイクを受け取ると静かにティエン達に向かって語り始める。
「間に合って・・・ほんとに良かった・・・。
アロイス君、ティエン。よく聞いて。もう既にこの争いには何の意味もないの。そう、”意味がない”事なのよ。」
「どういう・・・事ですか。シンシアさん・・・?」
アロイスの問いに答えたのは、ブルースだった。
「アロイス。お主の軍属経緯も、今何故に必死になり闘い続けようとしておるのか・・・その大筋も、既に我らは老師より聞き及んでおる。
お主、この高雄マスドライバーを使った地球連合軍の”第二次核攻撃隊”の出陣を止める為、或いは引き伸ばす為故に、このような破壊工作に及んだのであろう?
お主の祖国を守らんが為に。・・・お主の義の心には、我も痛く感服した。」
「か、核だって!?ブルースさんっ、それ、本当なんですかっ!!!!!!?」
ティエンの中で、漸くアロイスのしようとしていた行為に合点がいく。しかし、それならば、何故・・・!
そんなティエンの疑問を察したのか否か、ロンファンがアロイスのその真意を推察する。
「アロイス。お前さんの事じゃ。大方、仲間に話せば止められる・・・いや、逆に巻き込んでしまうとでも思うとったんじゃろう。
特にティエンは後先考えずにお前さんに協力しかねん。そうなれば、多大な迷惑をかけるとでも思っとったんじゃろ?
何でもかんでも一人で背負い込もうとしおって。この大馬鹿モンが。
わしの事が信じられんなら、溜め込まずそう言えばよかったんじゃ。別に減るわけでもなし。
そうやって直ぐに一人で考えて”早まる”のはお前さんの悪い癖じゃて、アロイス。」
「ろ、老師・・・し、しかし!現にあの計画は・・・!!」
アロイスの言葉は、次の瞬間に凍りつく事になる。
ロンファンの口から言い放たれたその事実は、ここにいる全ての者にとって・・・いや、東アジア共和国全土にとって正に驚愕の報であった。
≪後編へ続く≫
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