深いまどろみの海に浮んでいる。
絡みつく安息が四肢の自由を奪っている。

もう何処にも倒すべき敵はいない。

あの戦いはなんだったのか。
覚醒間際の働かない脳髄が、覚醒間際の働かない脳髄に問いかけている。

当然と言うべきだろうか。
答えなどそこには無く。

当然と言うべきだろう。
しかし、答えはすぐそばにある。 眼を開けば答えはそこにある。

目蓋の奥の眼球を刺激する僅かな、しかし明るく、暖かい光。
それに引き摺られるように安寧の時を振りほどいて彼の目蓋は開かれる。





―十三夜の月― 





目蓋が開くと同時に違和感に襲われる。 

ヴァージュ。 ウサギもどき。 夜。 在るべきものが、何もなく。
ベッド。 部屋。 光。 無いはずのものが、そこにある。

先ほどまでのコワシアイ、コロシアイを否定する全てが、彼を一気に目覚めさせる。

「こ、ここは・・・?」

「フジヤマ社特機開発局よ」

「っ!?」

すぐそばからの女性の声にベッドから起こした半身がビクッとする。 こんなにそばにいたのに全く気付かなかった。 

夢と現実の境界での疑問が、吹き飛ぶ。

女性は、ベッドの側の小机に小さな花の入った花瓶を飾っている。 その声と、仕草から、その女性が自分の相棒ではないことを認識する。

誰だ。

自然と身を強張らせる。
敵か。 味方か。 いや、味方のはずが無い。 リャン以外の人間が味方なはずがない、と。

ならば、幾通りかの手段を頭の中でシミュレートする。
勿論、目の前の女性を無力化する手段を、そしてどこかも解らない「此処」から脱出する手段を、だ。

「おはよう、ヨウくん。 気分はどう?」

だが、殺意どころか敵意すらなく、それどころか親しささえも感じさせる笑顔がそこにあった。 その笑顔が作り物でないことは、すぐにわかる。 ヨウは人の悪意に馴れすぎているから。

「あ! お腹すいたでしょ? 運動した後だものね」

年上の彼女は、無邪気に的違いなコトを言う。

「え、あ? お前は・・・? ってか何でオレの名を・・・?」

覚醒、警戒、善意。
寝起きの頭に、一気に状況が舞い込んできて混乱する。

ヨウ自身でも、何を聞いているのかわからない、そんな質問に答えるべく、か。 
この騒動の、全ての発端たる人物がドアから入ってきた。 それも、室内のなんの接点もないはずの両者に馴れ馴れしく。

「あ、ヨウ! 起きたか~! あ、お世話様です、シンシア先輩」

相棒、依頼人。 リャン・フレクシー。 彼女がここに無事でいるなら、大丈夫だ。 リャンの顔がヨウを安心させる。

「あ、彼、お腹すいたって」

「えぇ!? オレ、言った!? ・・・って! リャン! お前なんで・・・!? あ・・・」

嗚呼。
言ったあと気付く。
言ってしまった、と気付く。 

どうか、リャンが聞き逃してくれていますように。
そんな、コトを思いながらヨウはリャンの表情を窺う。

リャンの顔には笑顔。 だが、これはマズい笑顔だ。 
そう、ヨウは人の悪意に馴れすぎている。 
リャンの顔に浮ぶ・・・、いや、張り付いている笑顔がどれほどデンジャラスものか、コンマ以下の世界で理解する。

リャンが一瞬にして、ヨウの元へ詰め寄る。
超高速で突き出された右手の指先が、輝いたり、真っ赤に燃えたりはしないものの、それでもガッチリとヨウの頭部を圧搾する。

必殺のアイアンクロー。

「い、いだだだだだだだだだだっ!?」

万力のようにリャンの指がヨウのコメカミに必ず殺す勢いで食い込んでいく。

「・・・・・・!」 

もはや、声も上がらない。 
その代わり頭蓋骨がギチギチと悲鳴を上げている。

「それじゃ、後、お願いね」

「はーい♪」

苦しむヨウを尻目に、女二人は微笑を交わす。 
BGMは骨のきしむ音。

「・・・・・・!」

当然、アイアンクローをしたままで。
まるで、リャンの右手とヨウの存在を無視するかの如く。

ある種、生命の危機をヨウが感じ始めたとき、ふっ、と頭部を締め付けていた力が抜ける。

・・・死の危機から生き残ったぜ、俺! 

やられた人間にしかわからない悲しい感動を覚える。

「ったく。 心配したゾ」

「っつ~~ぅ。 つかどうなってんの?」

いまだ痛む側頭部を庇い心配したならもっと労って欲しいと思いながらも、何故相棒が、そして自分がここにいるかを問う。

リャンはその問に答える。
全ての経緯を全て彼女の2つの目で見たかのように、はっきりと。

「あんた『霜月』つかったでしょ? それが見事に暴発しちゃったみたいねぇ」

気軽に言う。 アレを使うという以上、その覚悟はしているが、あんなエネルギーの塊が暴発したのだとしたら自分がここにいられること自体、運が良かったでは済まされない事態じゃないか。

・・・あれが決まってれば勝てたのに。

ヨウは不満げな心持ちを表情に出さず、先を促す。

「で、気絶したアンタをアロイス君が運んでくれたってワケ」

「アロイスって誰だよ」

聞いたことのない、恐らく名前であろう単語にヨウは食いつく。

「あんたと戦ってたって言ってたわ」

つまり、アロイスとはあの白兎のパイロットである、とヨウは理解する。 

「アイツかっ! で、さっきの勘違い女は?」

あれ? オレ何かいけないこと言っちゃった・・・?
なんか拙いことを言ってしまったのか、と瞬間下がる室内の温度と煌く相棒の眼光で察知する。

今度の返答はグー。 
ポカンという音が部屋に響く。

「ゴルァ! フジヤマ社のシンシア博士よ。 なんと、私の工業カレッジの先輩だったの!」

丁度痛いで済む程度に加減の聞いた拳が炸裂し、再び頭をおさえるヨウにリャンが二人の関係を簡潔に説明する。
知らないリャンの過去。 自分と出会う前の彼女の人生。 あの女性は、それに関わっていたという。

「あっそう・・・?」

こぶが出来た頭を撫でながら、現状を理解しようと勤める。
必要な情報を整理。 一つ一つの情報というピースを記憶のパズルに順番にはめ込んでいく・・・と、すぐに。 

「あっ!」

と~~っても大事なことに思い当たった。

「ヴァージュと『閏月』は!? つか任務はどうなったんだよ!」

「うっ・・・、あ~それね。 それはもういいの」

「はぁ!?」

「ヴァージュは先輩が直してくれるってさ。 『霜月』もついでに見てくれるって。 私のコネに感謝しな!」

・・・。
どうにも腑に落ちない。
リャンは絶対何か隠してる。

直感ではなく、仲間として培った時間がヨウにそう囁いている。

「で? 任務は!? どういう事だよ!?」

こればっかりは引くことは出来ないといわんばかりに、ヨウは言葉を強めて聞き返す。

「だ~か~ら~・・・」

しどろもどろに話題を変えようとするが、結局、ピンポイントでヨウの意識を違う方向に向けるピンポイントなネタが思い浮かばずに語尾がしぼんでいく。

そのとき、リャンを救うかのように二人の言い合いに割り込むノック音が部屋に響いた。

入ってきたのは幼さが残る少年と・・・もう一人も、男か?

「こんにちわっ! 姉さんから目が覚めたって聞いて!」

「思ったよりも元気そうだね」

と、入ってきた二人の男が言う。

「・・・誰?」

「右がティエン君、シンシア先輩の弟君。 左の『美少年!』がアロイス君よ!」

誰に聞くでもない呟きにも似たヨウの問いかけにリャンが答える。
なんか一箇所、妙なアクセントがあったようだが無視する。 ・・・それよりも、だ。

目の前の長髪の男がアロイス。
先ほどまで、殺し合いを演じたあの白兎のパイロット。 

こうして刃をぶつけ合った者同士が面と向かうことは珍しいを通り越して、本来ありえないことだ。

戸惑いと興味、警戒心。
複雑な感情がヨウの心中を交差する。

「それじゃティエン君達、ヨウの相手してあげてね」

そんなヨウのことなど知ってか知らずか。 ここぞとばかりに部屋を飛び出していくリャン。

「はい」

「おい、話がまだ」

「ヨウ! 噛み付いたりしないのよ?」

「するかっ! オレはケモノかっ・・・あっコラ! 逃げんなリャン! 説明しろって! オイ!」

バタン。

人の話を全く聞かず、リャンという嵐が通り抜けていく。
後に残されたのは、三人の男たち。

一人は涼しい顔で、一人は苦笑いを浮かべ、もう一人は今にも噛み付きそうな表情だった。





「ふ~、何とかごまかせたか」

ヨウ達がいた部屋とはうってかわって静かな廊下をリャンは一人呟き声を上げながら歩く。
そして今回の任務の『本当の目的』を思い返す。

今回の任務。
それは、とある高名な刀鍛冶がつくった刀剣『斬暦刀』―。

時代を切り開くほどの刀。 そう願いを込められた漆黒の刀剣にはそれぞれ東洋の古い暦の名が与えられていた。

その数・・・十三。

その内の一振り。 行方が不明だった最後の一振り『十三の閏月』―。

それを取り戻すのが今回の任務だった。

だけど。

「本当に貰ったままでいいの?」

「シンシア先輩」

・・・なんて因果だろう。
それが、この人の下にあるなんて。

考えながらふらりと足を運んだ格納庫でシンシアと出会う。
コーヒーの入ったコップを渡され、そのままアウローラが収められたスペースのタラップに身をゆだねる。

「それにしても驚いたわ、あなたが傭兵になっているなんて知らなかったもの」

「先輩こそ! エネルギー部門にいるって聞いてたのに、特機開発局にいるなんて・・・。 でも先輩が出てきてくれて助かりました。 戦ってでもヨウを助けようと思ってたので」

数時間前の自分の素人同然の戦闘モードの姿を思い返し恥ずかしくなる。

「確かにすごい格好だったわね。 私てっきり、新聞の勧誘だと思って追い返そうとしたの!」

それは、シンシアですら苦笑いを浮かべざるをえないほど。 

「・・・それで会うなり間にあってますって言ったんだ。 ・・・こんな夜中に新聞はないだろ・・・」

だが、同時に彼女の天然ちゃんっぷりにリャンも苦笑いを浮かべ、本人に聞こえない程度で突っ込みを入れる。

「ヨウ君に会ったのがアロイス君だったのも幸いね。 でも彼、結構へこんでたわ。 ペルセースは壊されるし、殺されかけたしって」

「いや、ホントごめんなさい。 お詫びにはならないかもですけど『閏月』そのまま使ってください」

「いいの? だってあれは・・・」

一瞬、言いよどむ。

「名工フェイ・フレクシー。 あなたのお父さんが打った形見の刀なんでしょう?」

そう。 あれは親父が最後に、その命の最後の一滴までを吹き込むように鍛え上げた最終最高の一振り。

・・・でも。

「『真なる名刀は、自ずと相応しき主の元にあるものだ』――。 親父の口癖、ふと思い出しちゃって」

今では一字一句間違える事無くスラスラといえるほどに覚えてしまった、亡き父が言い続けた言葉。

懐かしそうに、名残惜しそうに、寂しそうに。
それを思い返すリャンの瞳にはまだ、傭兵もなにもしていなかった幼い頃の記憶が映し出されている。

「『霜月』が暴発したのも余計なことするなって親父が怒ったのかも。 そう思ったんです。 今更ヨウにいったらそれこそ怒られそうだケド・・・」

彼女と彼の名工の魂が篭った刀の決めた道だ。
シンシアもそれ以上の追求はしない。 定められた道に従い、運命の流れを受け入れる。 

「そう。 ・・・じゃあ、ありがたく頂くわね。 『十三の閏月』・・・いえ『十三刃』」

一と二よりも美しく。
三と四よりも鋭く。
五から八よりも早く。
九と十よりも強く。
十一と十二を超えて。

数多の思いという、まさに闇夜を照らす太陽にも似た炎よって鍛え上げられた、黎明の剣。

今まさにアウローラの左腕に輝く、『十三刃』―。 それこそが十三番目の時代を切り裂く刀『閏月』なのだ。

「ええ、使ってください。 それに・・・」










「へっ。 もう半月か、早いね」

月の無い夜を疾駆するヴァージュ。
そのコックピットにはたった一枚、隠し撮りのようなアングルから撮られた写真が貼り付けられている。

映っているのは、ヴァージュを操っている少年と、もう二人の少年たち。 その誰もが笑っている。 

その写真を見つめ、少しだけ嬉しそうに。 
このあと起こるであろう戦いなど意に介さない強気な笑みをヨウは浮かべている。 

友達が出来た。 ライバルが出来た。 
同年代の子供ならなんてことのない、当たり前のように日常に転がっているようなことだったろう。 
だけど、ヨウにとってはかけがえのない小さくて大きな絆だった。

「死ねない理由が増えちまったな、ティエン、アロイス」

また会う日まで。
戦って、生き抜いて、強くなってやる。 

「リャンさん、目標が見えた。 行ってくるよ」

『OK! ヴァージュも『霜月』も完全完璧に修理済みよ。 さっと決めて来なさい』

「ああ!」

そのためにも。
さぁ、行こうぜ、相棒!



≪-十三夜の月- ~完~≫


[あとがき]

あとがき
随分とお待たせしちゃいまして申し訳ありません。
基本はほとんどブラオバウムさんの十三夜の月の後半部分をそのまま文に直しただけになってしまいました。
今回は、漫画1コマの情報量の多さに驚かされながらの作業となりましたので、漫画を読んでいる前提で若干省いた描写なども多々あったりと、結構苦戦しました。
 
今回も若干のオリジナルも交えてはいるんですが・・・。 
ラストのコマを写真に見立て、ちょっとしたアフターストーリーを書いてみたり、とかですね。 

是非、ブラオバウムさんの本編、wataのSS版戦闘パート編と合わせて読んでいただけたら幸いです。
それでは。



[ブラオバウムより一言]

なんと、頂いちゃいましたよっ!^^
後半のフジヤマ社パートのSS版です。

漫画を完全SS移植してくださったwataさんのご好意には、感謝の気持ちでいっぱいです。
そして、随所に散りばめられた漫画では語られなかったヨウ、リャンの心、フェイの打った閏月とは・・・!

ガンダムって、『本編とMSV等をどちらも見る事ではじめて分かる真実』みたいな2重の面白さ(サンライズさんとバンダイさんの戦略。後付とも言いますがw)があると思っています。
今回、こういう形で同作品を両補完して表現してゆくWコラボレーションの作品となった事が非常に嬉しいブラオバウムでした。

wataさん、ありがとうございました。