夜。

何処までも深い夜。

銀に輝く十三夜の月が舞台を薄く照らす。

「はぁはぁ」

僅かな明かりの中、白き月兎〈ぺルセース〉が大気に跳ねる。
黒き刀剣〈ヴァージュ〉が、それでも深い闇に融ける。

「はぁはぁ」

その動作のたびに飛び散る飛沫のような火花と響く剣戟。 
そして聞こえるはずも無い呼吸が空に消える。

向かい合い、斬撃を打ち合わせること既に数合。
この数は、互いに予定外。 それゆえに、次の一手に必殺を誓い、それに裏切られ続ける。


ヴァージュを巻き込むようにうねり襲い来る、ぺルセースから放たれた『何か』を、ヨウは愛刀〈一の睦月〉〈二の如月〉の両の刃によって辛うじて弾き返しながらも、この面倒な敵と対峙した原因を思い返す。

「くっ! いつになくマジメだったから話受けたけどっ! こんな面倒な事を頼みやがって・・・」

ヨウの目蓋の裏には今回の任務の依頼主の顔が浮ぶ。 

「リャンのヤツぅ!!」

彼のパートナーこそが、今回のクライアントだったのだ。





――十三夜の月――





「はぁ? 今回の依頼主はリャンさんってこと!?」

いつものように突然の、けれどいつもとは違う相棒のトンデモない発言にヨウは耳を疑う。 

「ま、そゆコト。 サクッとよろしくぅ!」

相棒ことリャン・フレクシーは、あくまで当然だと言うようにヨウに再確認させる。
その気軽さは、ちょっとお使いにでも行ってもらうかのようで、その任務の危険さなどまるで匂わせてはいなかった。

それはいつものこと。
彼女は、ヨウに出来ることしか頼まないし、自分たちに出来ない依頼を受けることはしない。 それ故に、彼女は必要以上の心配などはしないのだ。

だが、依頼主が相棒と言うことは、それでも生きていくのに必要な金が、自分等二人の中でサイクルするだけという無意味極まりない状態なのだ。 しかも、必要経費はどこかへと飛んでいってしまう。
それくらいは、その手の仕事をリャンに任せきりにしているヨウにも解る。

「ばっ・・・、それ仕事じゃねぇじゃん。 ただ働きなんてゴメンだね」

「何よ! 必要な資金は私が払うってんの! なんか文句あるの?」

その言葉に込められた、圧力に相変わらずヨウは圧倒される。

「い、いえ別に・・・」

一応、出資は彼女のポケットマネーから出るようで、安心・・・、と言うことで無理にでも納得しておく。

「ま、それはいいけどさぁ。 で? 何させようっての?」

金より重要な、何よりも重要な依頼内容。
リャンの依頼に首肯するもしないも、それ次第なのだ。

「あるものを・・・」

リャンは、先とは違う雰囲気で、その内容を語り始める。

「あるものを取り返して来て欲しいのよ」

彼女の言いようから察すると、今回は奪還のカテゴリーに入るミッション。
だが、それをMS乗りである、自分たちの手で行うということは、それだけで十分特殊な状況だといっているようなものだ。

「あるもの?」

「そう」

遠くを、過去を思い浮かべるように。 
その名を口にした。

「・・・〈閏月うるうづき〉を」 





「それが・・・、これだもんなぁ」

未体験の機動。
まるで生き物のように宙を遊ぶペルセースの三次元の動きに対応しきれない。 常にヴァージュを中心に動かれ、後手に回ってしまっている。 ヴァージュの刃は虚空を切り裂くのみ。

一撃必殺、存在を悟られる前に全てを終わらせる戦闘こそがヨウの身上。 だが、触れることすら出来ない相手に、そんなことは言っていられない。

「これ以上、フジヤマ社に近づくな――」

一瞬の停滞。 
飛行ではなく、滑空でもなく、アルス・マグナが生み出す簡易反重力場に身を委ね、月夜に浮遊するペルセース。

遥か高空。 
夜の空に浮かび上がる白き機体は、そこに存在するだけで神々しいまでに圧倒的な存在感を放っている。

「引かないと言うならば、ここで消えてもらうことになる・・・!」

闇夜に舞う白兎を操るパイロット、アロイス・ローゼンの威圧的な声がヴァージュのコックピットに届く。

「くっそ! ピョンピョン跳ね回りやがって! ・・・このウサギもどきっ!!!」

月を背に、ヴァージュを見下ろすアロイスからの警告に、ヨウは、『五の皐月』と『六の水無月』の投擲による拒絶を示す。

超高速で飛来するその二本の投射剣を、ペルセースは反重力場を足場にすることで、さらに上空に飛翔することで回避する。

明確な反抗の意思を見せるヴァージュに対し、アロイスもこれまで以上の戦意を発揮する。

「ならば僕も、容赦はしない・・・!」


凛とした高い金属音と共に、これまで以上に高速に振り下ろされたオピオンが光の螺旋を描き、ヴァージュに迫る。 
しかしヨウには、今まさに襲い来るその光の動きが見えている。 
数度とみせられ、漸くその武装が何なのかを理解する。

――弧月の軌跡・・・。 ビームウィップだったのか・・・――

欠けた月のように動く、輝ける熱量に隠されたオピオンのその本体は、意思を持つ蛇。 先端に搭載されたスラスターに導かれるように軌道を変えていたのだ。 

「喰らうかよっ!」

読み取ったからには、それを喰らってやる道理はない。
光鞭の先端だけに神経を集中し、それのみを正確に剣で弾き返す。

明後日の方向にオピオンを弾かれ、懐どころか、その奥のコックピットまで見えてしまいそうなペルセースに突撃を仕掛ける。
特殊な機動方法をとるペルセースよりヴァージュのほうが直線的な瞬発力は上。 突進の速度を維持したまま、超速の横薙ぎを打ち込むが、寸でのところでペルセースは再び空に舞い上がる。

――ちぇっ、オレの太刀を・・・――

――やはり、偶然じゃない。 オピオンを見切っている――


「「こいつ、強い」」


奇しくも、眼前の敵を認める呟きが、二人の唇から同時に零れ落ちる。

だが、両者引くことは出来ない。 引ける理由など、何処にも落ちてなどはいない。
敵の力を認めたからこそ、さらに自分の肉体と思考、そして愛機に限界の突破を要求し、立ち向かう。
ただ、敵を倒す、それだけのために。

始動すら同時。
二機の足が。 腕が。 全てが加速する。 

先刻までの戦いが、まるで幼児の遊戯のように見えるほどに。
二機の全てが、二人の全てが加速していく。

先手はヴァージュ。 
『三の弥生』『四の卯月』――。
一直線の刀身が黒き流星雨の如く、白い装甲目掛け突き出される。

だが、手応えは皆無。

ペルセースは、その剣先を実体のない虚像のように回避する。 さらに踊るような動きの中からオピオンを振るう。 剣の間合いから打ち込まれた目視不能の一撃は、甲高い音を響かせヴァージュの手から剣を弾き飛ばす。 

さらに追撃。 
ペルセース本来の間合いまで後退しながら、二本のオピオンを叩きつける。

アロイスは敵機の武装が、腰周りにマウントされた剣のみだと確信した。
暗い夜と同色の装甲は、そんな単純かつ明確な弱点までも今まで隠していたのだ。

――この刀剣類を壊しさえすれば、こいつを無力化できる!―― 

狙いは、黒き剣。
しかし。

「なっ!?」

アロイスが予想した結果とは真逆。
剣を打ち壊そうと放たれた、オピオンが逆に、ヴァージュの剣に引き裂かれる。


「へへっ!」

ヨウが咄嗟に腰から引き抜いたのは、対構造物剣『十の神無月』――。
太い刀身に絡み付いたオピオンの本体、鎖の連結部を鋸状の細かい刃で引き千切ったのだ。

先端から分断された、片腕のオピオンは使用不能。
さらに力の拮抗を失いバランスを崩したペルセースの脚部目掛けて投げつけた『七の文月』と『八の葉月』の短い刀身が左足に突き刺さる。

だが、逆の手に持っていた剣は、奪い取られていく。

攻防は、互いの武器を奪いながら一進一退。
一つを奪えば、一つを奪われる。

足を奪われたペルセースは、片足での飛翔で、不安定ながら一気に剣の間合いを離れ、腕に内蔵されたビーム砲とオピオンの連携で、ヴァージュを近寄らせない。 ビーム攻撃に過敏に反応したヴァージュの隙を突き、剣を弾き飛ばす。



「『一』から『十』まで使い切っちまったか」

ヴァージュの回りには、ビームを纏った鞭と打ち合ったため刃が欠けた剣が墓標のように地に突き立っていた。

「片足・・・、見事に潰されたようだね」

ダメージを受けた以降も酷使し続けた左足は、既に黒煙を放って、使い物にならない状態になっている。

互いにエネルギーも残り少なく、残りの武装も少ない。 
そして、操縦者の体力、精神力すら途切れてしまいそうだ。
互いに、翼を捥がれた鳥。 まさに満身創痍。
 
息も切れ切れなアロイスは、同じく肩で息をするヨウに質問を投げかける。

「君は何者だ? 一体何が目的なんだ?」

「姿を見られたからにはアンタも消す」

その、自らの言葉がキッカケか。 
彼の裡から溢れてくる、黒より暗い、闇のペルソナ。 
インという名の、ヨウの欠片が姿を現していた。

「だから教えてやるよ・・・。 返してもらいに来たんだ『最後の月』を」

――『最後の月』・・・? この『玉兎』のことか・・・――

一瞬の思考が命取りとなった。

「はっ!」

ヴァージュは、通常のブースターに加え、テールバインダーに隠された緊急用のブースターまでを使用し、これまでにないほどの突進力を発揮する。

最短距離を、最高速度で。 ただ一直線に。 
それゆえに。 最も速く、最も鋭く、最も強く。 

それを立ち遅れたアロイスに、片足を失ったペルセースに避けることなど不可能。
ヴァージュの手は、既に最後に残された二本の内の一本『十一の霜月』の柄を握っている。

すでに防御の姿勢をとる暇すらない。

「しまっ・・・!」

ゼロコンマ数秒後に訪れる死を理解することは出来ても、覚悟を決めることすら出来ず・・・。


「さよなら」

瞬き一つ許さぬ、僅かな、本当に僅かな時間のうちに、ヴァージュは零の間合いに辿り着く。 
それは、剣を振るうことのみを許された距離。 そこでは光の鞭もビーム砲も無意味でしかない。

超高速で地を駆け抜けたヴァージュの中で、ヨウ・・・、いやインは勝利を確信しつつ、超高エネルギー抜刀剣『十一の霜月』の破壊の刀身を鞘から解き放った。

莫大な閃光が、夜に輝く。

もう、誰も逃げられない。

勝利の光か、死の光か。
二人の視界が、膨大な光に包まれた・・・。



≪後編へ続く≫


[あとがき]

こんにちは。
皆さんお久しぶりです。 wataです。

今回はブラオバウムさんの素晴らしいマンガに触発されまして、この「十三夜の夜」のSS版を書いてみました。 
絵から溢れてくる迫力を、少しでも拾おうと努力して文を起こしてみましたが、いかがだったでしょうか?

月下の白兎VS漆黒の刀剣。
普通のMSではない2機の戦いは書いててとても楽しいものでした。
この戦いを創作なさり、自分にこの話を書く機会を与えてくださったブラオバウムさんに厚く感謝を申し上げます。



[ブラオバウムより一言]

つД`゚)゜。 正に感涙モノの頂き物です^^

よもや、コラボのお願いをしたwataさんが、私の描いた漫画をSS化してくださるとは想定の範囲外w

まさかの漫画・SSによるWコラボレーション。
逆にサプライズを頂いた形です^^

しかも、ここまで私の漫画の小さなコマの中を読み取って昇華して下さるとは^^
素晴らしい作品をありがとうございました。