PHASE-05 逸らさず偽らず

小型特殊強襲戦艦『ウリエル』の艦橋で、
彼女はヘル・ガリバルディとアスタロトの戦闘を見ていた。
その眼差しは常に冷たく、全てを凍てつかせるようだった。
彼女はソルート・ソロモン。ある任務を帯びて、宇宙にいる。
その任務とは・・・

――ヘル・ガリバルディを殺すこと。

完璧主義者の彼女には、それを成し遂げなければならない理由があった。
過去の過ち、拭い去ることの出来ない罪が彼女を動かしている。

「我々連合が作り出したとはいえ、恐ろしいものですね。
 まったくもって危険すぎる・・・。アズラエルの方は巧くやっているようですし、
 こちらもいい加減結果を出さなければなりませんね・・・。」


ヘルは戸惑いながら戦っていた。
初めて戦いたくない者と相対したとき、どうすれば良いのか。
自分にははじめてのケースにより完全に混乱していた。
どうにかしてアスタロトを、かつての友を止めたかった。

『やめてください!!アスタロト・・・!
 いや・・・ヘヴン・ガリバルディ!!
 どうして君が僕と戦うんですか!?』

必死に止めようとするヘルの言葉を聞かずに、アスタロトは攻撃をし続ける。
その猛攻をヘルはかわすのが精一杯だった。

『ククク・・・。ヘヴン・ガリバルディ?
 違うな。俺はアスタロト!!
 お前達という『罪』に裁きを下す『罰』だ!!』

そう叫ぶとヘルに向かって突進を仕掛けるが、辛うじてかわしたヘルは
反撃の引鉄を引こうとした。
しかし、ヘルには引くことは出来なかった。

『クッ!!どうすればいいんだ!!?』

ヘルのためらいを見て、アスタロトは反転して
エクステンション・アレイスターをコクピットめがけて放出した。

『!!』

迫ってくるゲイツのアンカーは確実にヘルを貫く軌道だった。

――このままでは死ぬ。

ヘルは咄嗟にブースターを逆噴射させ
コクピットへの直撃をうまく増加装甲のみで防いだ。
ヘルのジンに衝撃が奔る。

『くぅぅぅぅぅ!!』

衝撃を堪えたヘルがキッと前方を睨むと
眼前にはすでに紫色のゲイツがビームクローを展開させ迫っていた。
ゲイツがその左腕を振り下ろした瞬間、ジンは左脚でその左腕を蹴り払い
更に右脚でゲイツを蹴り飛ばし、距離をとった。
目の前のジンを見て、アスタロトはニヤリと笑った。

『どうした?このままで終わらせるつもりか?
 もっと楽しませてくれよ。』

そう言って再びアスタロトはトリガーを引いた。
そのライフルから放たれる光線がヘルに襲い掛かる。
攻撃の手は休むことなくヘルへと向けられる。

『僕は・・・どうすれば・・・。』


その戦闘の傍らでフェニクス・リッチーとエドワウ・ディバッツも
連合のモビルスーツと交戦していた。

『ハハハハハ!!そら!!とっとと墜ちればいいんだよ!!』

ツェップ・ソロモンのロングダガーとストライクダガーの連携は
今までとは違い、あっという間にリッチーとエドワウを包囲していた。

『おいおい・・・。囲まれちまったなぁ・・・。』

『あぁ・・・。ちょっとこれはマズイかもな・・・。』

リッチーのジンと、エドワウのシグーは背を向け合った状態で
自分達の状況を打破するための策を練っていた。

『あのクソガキ・・・。高見の見物決め込んでやがる。
 しかし、どう切り抜けたものかな・・・。』

エドワウはヘルメット越しに後頭部をコツコツと叩きながら、
行き詰った顔をしていた。

『このままじゃ一斉射受けて、宇宙のチリってパターンだな。
 仕方ない。まだ出さなくてもいいと思ってたけど・・・。』

エドワウは回線を開きテキスト通信をした。

『何をした??』

リッチーがそう聞くとエドワウはニッと笑い答えた。

『アンタ達の作戦と同じだよ。』

そういったエドワウは、ビームライフルを勢い良く
ストライクダガーに向かって投げた。
ツェップは以前この攻撃に似たものを見た。

『テメェ等!!防御姿勢だ!
 新手が来るぞ!!』

投げられたライフルをキャッチしたのはM1アストレイだった。
そのアストレイは二挺のビームライフルをストライクダガーに乱射した。
エドワウとリッチーはビームの雨の中、
M1アストレイに気をとられていたストライクダガーを
数機切り裂いた後その包囲網から脱出した。

『フゥッ。やっぱり良いセンスしてるな。ディスク。』

エドワウがアストレイからビームライフルを受け取りながら
そう言うと、通信モニターにパイロットスーツを着た
ディスク・バイオレットの姿が映し出された。

『私だってモビルスーツパイロットですからね。
 でも気を付けて、まだ半分は残ってますよ。』

レーダーで確認できた敵機の数は7機。
うち一体はツェップである。

『クソッ!あの赤いのと銀のヤツ!!
 相変わらずしぶといぜ!!』

ツェップはミサイルポッドのハッチを開き、
リニアガンの充電を開始した。

『いくぜ!!各機目標を殲滅!!』

ツェップは全ての兵器のトリガーを引き、
リッチー達にめがけ攻撃を開始した。
ストライクダガーもビームライフルを放った。

『ム!来たな!!お前達はあの大群を頼む。』

『リッチーさんはどうするんですか??』

リッチーはニヤリと笑って答えた。

『モチロン・・・あのクソガキを叩き潰すんだよ!!』

そう言って飛び出したリッチーのジンを見たツェップは、
ニヤリと笑ってリッチーの後を追うように飛び立った。
その眼は享楽と憎悪の光の両方を帯びていた。

『テメェら邪魔するんじゃねぇぞ!!
 コイツは俺の獲物だ!!』

ツェップの眼前に迫るリッチーは、ロングダガーの頭部めがけて
パルデュスを三発発射した。リッチーとツェップの間に爆炎が奔る。
確実に仕留めた。そう思ってリッチーは笑ったが、
ツェップはその爆炎から飛び出し、ジンに斬りかかった。
至近距離での砲撃は確実に頭部を捕らえていたが、
ツェップの超反応はその直撃の瞬間に盾を差し出したのだ。
リッチーはロングダガーのサーベルを咄嗟にチャッキー・ブレードで
受け止めてロングダガーを睨み付けた。
ツェップも不敵な笑いと共に、赤いジンを見た。

『へへっ。相変わらず楽しませてくれるなぁ!アンタは!!』

『フン。俺も楽しくはないがお前の戦いぶりには驚かされるぜ。』

『そうかい?ならもっと驚かせてやるよ!!』

ツェップはその咆哮と共に左手でビームサーベルを抜き、
リッチーを切り払おうとしたが、リッチーは右脚でロングダガーを蹴り、
その斬撃をかわし、距離をとった。

『やっぱりアンタならそうすると思ったぜ!!』

後方へ移動するリッチーのジンにツェップは肩に装備しているリニアガンを発射した。
狙いは確実に致命傷が免れないポイントを捕らえていた。

『チッ。巧い具合に攻撃を仕掛けたみたいだがな・・・。』

リッチーはチャッキー・ブレードをしたから振り上げ、
ビーム部分でその砲弾をかき消し、ブレードを肩に背負った。

『そんなんじゃあこの“不死身”のリッチーは殺せないぜ??』

『ハ!面白ぇ!!尚更殺してみたくなってきたぜ!!』

そう言って笑うツェップを見て、リッチーも笑って見せた。
二人ともただ純粋にその戦いを楽しむだけになった。

『来な。この喧嘩どっちかがぶっ倒れるまで終わらねぇぜ!!』

再び、リッチーはチャッキー・ブレードを、ツェップは二本のビームサーベルを構えた。
リッチーとツェップはバーニアを吹かし、互いに猛スピードで接近した。

一方で、エドワウとディスクはストライクダガーの大群を大方片付けたようだった。

『ひゃ〜。疲れましたね。久しぶりにこんな事するのは・・・。』

M1アストレイに乗っているディスクは、ため息混じりに周りを見た。
そこに広がるのは無数のストライクダガーの残骸だった。

『ディスク。そっちの被害のほうはどうだい?
 俺は盾がちょっと使い物にならなくなった。』

『私も同じくかな?やっぱりビーム兵器相手は消耗が早いですね・・・。』

エドワウはリッチーとヘルの戦況を見た。
リッチーは善戦をしているが、ヘルのほうは明らかに押されている。
そこまで強敵なのだろうか?ヘルに反撃の暇を与えない。

『援護の必要はなさそうだと思っていたが、
このままではヘルは勝てないだろうな・・・。行こう。』

『了解です。』

そう言ってエドワウとディスクはヘルの所へと向かった。

ヘルはアスタロトのゲイツのビームクローをかわすのに精一杯だった。
ヘルには反撃に出たくなかった。どうしてもアスタロトを、いやヘヴン・ガリバルディを
止めようと必死に呼びかけていた。

『どうして僕の声を聞こうとしないんですか!?ヘヴン!!』

アスタロトは攻撃を止めて口を開いた。

『聞くも何も俺はアスタロト。ヘヴン・ガリバルディはもう死んだんだ!!
 このコロニー・メンデルでな!!』

『どういうことですか?』

自分を逃がしたあとに何かがあったに違いない
ヘルは思い出したことをつなぎ合わせてその答えを探そうとした。
しかし、あの夢のあとの記憶はメンデルには無かった。

『この場所が全てを教えてくれるさ!!
 さぁ!その“罪”の重さを思い知るがいいさ!!ヘル・ガリバルディ!』

その時、ヘルの後方から援護のビームが降り注いだ。

『退け、ヘル!ここは俺達に任せるんだ!!』

エドワウとディスクの援護が到着した。
それを見て、フッと笑いアスタロトはその宙域から離れていった。

『テメェ!!何で持ち場から離れてるんだよ!』

ツェップはアスタロトの行動を見て、怒声を荒げた。

『数的不利ってやつだ。
 ザフトも来ていることだし、お前ら連合にはちょっと厳しい状況ってヤツだろう。』

その通信に割り込むようにソルートからも通信が入った。

『ドミニオンも退きました。こちらもこれ以上戦闘の継続に意味はありません。
 こちらにも上層部からの指令を疎かに出来ない理由もありますからね。』

ツェップは舌打ちをして、リッチーのジンと距離をとった。
アスタロトの言うとおりにするのは癪だったが、
仕方ないと言う顔をしてサーベルをしまった。

『悪ぃ、アンタとの決着はまた今度みてぇだな!
 次こそ殺してやるから覚悟しとけよ!!』

そう言って、リッチーの前を去っていった。
もっとあの3人の生体CPUがしっかりしていれば・・・
とも思ったが、自分が生き残り、そしてツェップ・ソロモンのアイデンティティーを
守りきれたことを嬉しく思った。
しかし、ツェップには自分と言う存在の違和感は拭い去れなかった。

『フン!テメェも覚悟しておくんだな!!』

リッチーもコロニーへと戻っていった。

コロニーに戻ったヘルはシートに座りタバコを片手に考え込んでいた。
アスタロトの言ったこと全てが気になっていた。

どうして彼はあんなにも変わってしまったのだろうか?

この『メンデル』でヘヴンは死んだとはどういう事なのか?

彼の言っていた“罪”とは一体何なのか?

考えれば考えるほど、全てのことが分からなくなっていく。
ヘルは頭をかいた(フケが・・・)。
そこへリッチーが入ってきた。

「随分、お悩みみたいだな?」

リッチーはタバコに火を点け、煙を吐き出した。

「分からないんです・・・。」

「あぁ?」リッチーはヘルのほうを見た。

「彼の言っていたことの全てが・・・。
 ヘヴンは死んだ?“罪”?何がなんだか全く・・・。」

ヘルは俯いて、頭を抱え込んだ。
最近の夢と合わせても自分に何が起きているのか、
そしてアスタロトが言ったことが分からないとリッチーに告げた。
それを聞いてリッチーは煙を吐きながら答えた。

「成る程ねぇ・・・。
 じゃあ確かめに行くか?」

ヘルは顔を上げてリッチーのほうを見て、驚いたような顔をした。

「考えて分からなかったら行動だよ。
 ここが全てを教えてくれるんだろう?
 それで後で自分がどうするべきか決める。それが一番早いんじゃねえ?」

「・・・分かりました。行ってみましょう、研究所に・・・。」

ヘルは立ち上がりモビルスーツのデッキへと歩いていった。
それに続くようにリッチーもタバコの火を消し、歩き出した。


『気をつけてくださいね。コロニー内にザフトが侵入したみたいですが・・・?』

コロニーは閑散としていて、過去の痛ましい事件の傷跡を
今でも残しているようだった。
まさに歴史の渦に飲み込まれ、かき消されたような
殺伐とした光景が広がっていた。
ヘルとリッチーはコロニーの隅にポツンと建っている施設の前に、ジンを着陸させた。

「ここが・・・研究所です。」

ヘルは扉の中へ吸い込まれるように入っていった。

「うっ!臭い!!」

リッチーは何かが腐ったような強烈なにおいに思わず鼻を押さえた。
ヘルが電灯のスイッチを点けようとしたが、点かない。
ポケットの中から電灯を取り出し、辺りを照らすと異様な光景が目の前に広がった。

「ウゲッ!?どういう事だ??
 死体の山じゃねぇか!?」

そう、彼らの目の前には、十代の少年や白衣を着た人達の死体が
累々と横たわっていたのだ。

「・・・一体何が起きたんでしょうか・・・。
とにかく先に進みましょう。」

ヘル達は研究室のような所へと足を向けた。
Laboratoryと書いてあったようだが、血で読み取れなかった。
ゆっくりと扉を開けるヘル。目の前には何人かの科学者だったであろう人の死体。
かなり前の死体だったのだろう、エントランスのものと同じように
腐っているか、白骨化しているかのどちらかである。

「ヒデェな・・・こりゃあ・・・。」

ヘルはコンピューターを起動させ、自分が脱走したあとの全記録を調べ始めた。
次々と羅列されていく項目。その中で目に付く項目があった。

検体No.002 コードネーム:ヘヴンの戦闘中の変化について

「どういう意味だ・・・?」

ヘルは恐る恐るその項目を開いた。

――先日、処分されてしまった『コードネーム:ヘル』の損害はかなりの損失だった。
しかし、我々はユーレン・ヒビキ博士と共に、その対極として作られた『コードネーム:ヘヴン』の戦闘中の目覚ましい変化を発見した。その戦闘中の変化を記録することにした。

画面が急にモビルスーツコクピットの内部に移った。

『さぁ、今日も張り切っていこう。ヘヴン。』

『はい。ガリバルディ博士。』

リッチーはその博士の名前を聞いて驚いた。

「お前らは家族だったのか?」

ヘルは首を振って画面を見ながら答えた。

「いいえ・・・。あの博士が僕らに名前を付けてくれたんです。
 プラントに地獄をもたらすヘル・ガリバルディ。
 そして、地球をナチュラルの為の天国にしようという意味の
ヘヴン・ガリバルディ。と言う意味で・・・。」

リッチーが「成る程ねぇ。」と言っていると戦闘が開始された。
ヘヴンのジンの向かい側にはもう一体のジンが重突撃銃を構え、ヘヴンへと向かってきた。ヘヴンはその瞬間、ジンの懐へと潜り込み。そのジンの右腕を切り落とし、
武器を奪いその銃をコクピットに向けて、発砲した。
ジンはその場で機能を停止させ、その場に倒れこんだ。

画面は再び報告書のような文のみの画面に切り替わった。

――これは初期の段階だが、実験を繰り返していくうちに『ヘヴン』の反応速度はより速くなり、瞬時の判断力もより高いものにと成長していった。
他の検体とも比べて、能力値は高い。どうやらヒビキ博士の『コーディネーターを超えたコーディネーター』を生み出すと言う計画の一環で生み出された『ヘル』と『ヘヴン』のみに見ることの出来る成長ではないだろうか。

『コーディネーターを超えたコーディネーター』?
ヘルにはその意味が分からないまま、また模擬戦闘の映像に切り替わった。

『今日は実験の最高レベル。同時に10体のモビルスーツと戦ってもらうよ。』

『・・・はい。・・・博士。』

ヘルはこれまでのヘヴンの反応とかなり変わっていることに気がついた。
しかし、そのまま戦闘は始まっていった。

順調に1体、また1体と破壊していくヘヴン。
しかし5機のジンを破壊したところで、ヘヴンの乗るジンの動きは止まった。
コクピット内の映像ではヘヴンが頭を押さえて、もがいていた。

『どうした?ヘヴン?』

『くぅぅ・・・!!頭が割れそうだ!!くそぉ・・・・!!』

ヘヴンの悲痛な叫び声が止まったその瞬間、
2体のジンが動きの止まったジンに斬りかかった。
しかしその2体のジンからは、何故かお互いの重斬刀がコクピット部分を貫いていた。
爆炎を巻き上げるジンの上方からヘヴンの乗ったジンが降り立った。
それはまるで大地に降臨した悪魔のようだった。
ヘルはそのジンから、感じ取ったことのある負の情念が出ているような気がした。

『大丈夫・・・か?ヘヴン・・・?』

ガリバルディ博士がそう尋ねるとヘヴンはニッと笑って答えた。

『・・・ああ。大丈夫だ・・・。』

その瞬間ヘヴンの動きは見違えるようだった。
瞬時に相手のジンの腕を切り落とし、容赦なく発砲する2体のジンからの盾にした。
そして、蜂の巣にされたジンから重斬刀を抜き取り、
発砲をしている1体のジンへと投げつけた。
それはコクピットを突き抜けた。
一対一になったジンに勝ち目は無かった。
正確に発射される弾丸はジンの頭部、腕部を機能させなくし、
接近してきたヘヴンのジンに胴を真二つにされ爆炎とともに、破壊された。

――以上のように、戦闘により『ヘヴン』の能力は進化を続けてきた。
戦闘用コーディネーターとしてより完成体に近づいたのではないかと思われる。
しかし、模擬戦闘中に見られた頭痛については依然調査を続ける必要がある。
戦闘が終わった後も頭痛は止むことが無かったため、恐らくは極度の緊張による精神が安定していないためであろう。どちらにしろ、引き続き彼については研究をしていかなければならないだろう。

画面がフッと暗くなった。

「おいおい!これで終わりなのか!?」

リッチーがそう突っ込むや否や、ヘルは検体室の映像記録を探し始めた。
ヘヴンの部屋の映像を探しているようだ。

「どうしたんだよ?人の部屋覗くなんて、いい趣味とは言えねぇぞ!?」

「ヘヴンの部屋の映像を探しているんです。
あの頭痛から・・・いや、そのちょっと前くらいからヘヴンに変化があった。
 そう考えるのが妥当でしょう?」

ヘルはヘヴンの検体室映像を見つけ出し、すぐさま再生した。
ヘヴンはうずくまって、何かを言っているようだった。
しかし小声で聞き取れない。
その次の日もその次の日もうずくまり
何かを言っている映像しか流れなかった。
模擬戦闘の前の日を再生すると、ヘヴンには明らかな変化があった。

『くそぉ!出てくるな!!何なんだお前は!?
 アス・・・タ・・・ト・・・。』

そう言ってもがき苦しんでいるところに、科学者が入ってきてヘヴンに何か注射をした。
そこで映像は終わっていた。
ヘルは驚いたような表情になった。

「なんとなく・・・分かってきましたよ・・・。
 模擬戦闘の日を・・・見てみましょう・・・。
多分、最後の映像です・・・。」

部屋にはヘヴン一人しかいなかった。
今までのようにうずくまって、何かを言っているようなことはなかった。
ヘヴンの部屋に誰か科学者のような男が入ってきた。

「ガリバルディ博士か・・・?」

ガリバルディ博士は椅子に座りなにやら話していた。
しかし音声は何故か入っていなかった。
しばらくしてガリバルディ博士はヘヴンが言ったことに驚いたように立ち上がった。
ヘヴンは次の瞬間、隠し持っていたナイフでガリバルディ博士の喉を掻き切った。
吹き出す血をかぶりながら、ヘヴンを止めようとした二人の連合兵士をヘヴンは、
瞬く間に切り殺した。

映像はブツリと切れた。

「おいおい・・・。コイツはどういうことだ??」

ヘルは画面から目を逸らし、口を開いた。

「たぶん、ヘヴンは訓練や模擬戦闘などの極限状態まで追い詰められた精神の中で、
 戦闘時に発動できる何かを開花させたのでしょう・・・。
 しかし、その能力に打ち勝てる精神力は無かった・・・。
 そこで能力と共にそれに耐えることの出来る人格を無意識のうちに生み出した。
 それが・・・彼、アスタロトです。
 そして、その強い精神であるアスタロトは戦闘時のみの人格として抑えられなかった。
 アスタロトも考えてたのです。ヘヴンという肉体を自分のものにしようとね・・・。
 そして、彼は戦闘のときならば、自分の人格を抑えられないことを知っていた・・・。」

「ふ〜ん。でもお前を狙う理由になっちゃいないだろう?」

「恐らく、アスタロトはヘヴンの負の感情から生まれたものなんでしょう・・・。
 ヘヴンは口には出さなかったが、僕を逃がさなければこんな事にはならなかった。
 そう思って当然なはずです・・・。」

キッとリッチーはヘルを見た。

「お前はヤツを殺すことが出来るのか?
 これは、ヤツをあんな風にした責任云々の問題じゃねぇ。」

ヘルはリッチーの眼を逸らすことなく答えた。

「分かっています。僕は彼を殺します。
 僕が僕として生きるために・・・。」

「ヘッ。信じてるぜ、相棒。」

ヘルとリッチーは笑いあい、腕を組み合った。
リッチーはふと画面を見ると一通のメールが未開封であることに気づいた。
それは連合からのメールだった。

「・・・?メールか・・・開けてみるぜ。」

そのメールを開くとリッチーは驚いた。
その差出人は連合軍でもよく知っている人物だった。

――ガリバルディ博士。先日逃走してしまった『コードネーム:ヘル』の損失は非常に大きく残念なものです。しかし、ヒビキ博士と共に作られたもう一人の『ヘヴン』の研究は順調なようで、こちらとしても安心しています。
話を戻しますが、『コードネーム:ヘル』は生まれた経緯やその能力を鑑みても非常に危険な存在であるため、我々連合軍特殊強襲部隊が処分いたします。
ご理解の程よろしくお願いします。

「あの女〜!!だからヘルを殺そうとしぶとく追いかけて来るのか!!」

「完璧主義者っぽいですからね・・・。彼女も・・・。」

そこにエドワウから通信が入った。

『ヘル、リッチー!戻ってきてくれ!!
 黒い足つきとザフトがまた攻めてきたんだ!!
 これは・・・囲まれて・・・。』

「おい?エドワウ!?」

突然エドワウの声が聞こえなくなった。
二人はお互い頷いて、ジンに乗り込み急いでエターナルへ向かった。
そこではエドワウの白銀のシグーと黒いゲイツが交戦していた。
黒いゲイツに乗っているのは、カーペンタリアで出会ったザフト軍兵士。
シルバ・スミス・ハインドだった。

『大丈夫か?エドワウ!!』

そう言ってリッチーが銃口を向けると、エドワウは声を荒げた。

『来るな!これは俺とアイツの問題だ!!
 二人はエターナルへ戻っていてくれ!』

『何!?』

食って掛かろうとするリッチーをヘルは止めた。

『分かりました。必ず戻ってきてくださいよ。』

『あぁ・・・。必ずな!!』

そういうとエドワウはニッと笑って見せて、
目の前のゲイツと対峙した。

『エドワウか・・・。任務中の偽名だったな。
 まぁ良い。ザフトを裏切った報いを受けてもらおう!ケヴィン!!』

そうして何度もビームの応酬が続いた。
シルバは何度も急所を狙ったものの、エドワウはそれを悉くかわす。

『お前はどうしてあの艦についていった?
 あの時の約束はもう忘れたのか!?』

『覚えているさ!だから俺はエターナルについていった!!』

お互いのビームは宇宙の闇に消えた。
シルバは声を荒げた。

『だったら何故、核を撃つ奴等を討とうとしない!?』

『討つ?討ったところで何が変わる!?
 また、戦争が続くだけだ!!』

エドワウは、いやダーク・ケヴィン・ハインドは思い出していた。
血のバレンタインの後にかわした約束のことを。
――戦争を終わらせること。
それが何故こんなにも違った道をたどってしまったのだろうか?
自分と弟の正義は違うところを見ていたのかもしれない。
自分はただ終わらせる事を正義として、
シルバは復讐を正義として戦ってきたのだろう。

『そしてまた戦争は始まってしまう。それでは何も変わらない!!』

シルバは右脚でゲイツの頭部めがけて蹴りこもうとしたが、
黒いゲイツはそれを右手だけで止めた。

『あぁ。続くだろう。だが目の前に敵がいるのなら・・・
俺は討ち続けてやるさ!!』

シルバはビームの刃で右脚を切り払う。
そしてエドワウの防御も間に合わないうちにゲイツはシグーの頭部を突き、
両腕を切り落とした。

『これまでだな・・・。ケヴィン・・・。』

機能をほとんど失ったシグーに、シルバの声がこだました。
エドワウは自分の死を覚悟した。
そしてシルバがビームクローを振り下ろそうとした瞬間、退却命令が出された。

『退却?ヴェサリウスが墜とされたのか!?
 ・・・命拾いしたなケヴィン。次に会うときはお前を必ず殺す。』

そう言ってシルバの乗る黒いゲイツは去っていった。
エドワウもエターナルに着艦した。

「こっぴどくやられたみたいだな?」

ため息混じりに休憩室に入ると、リッチーが皮肉そうに言った。
ヘルと共にタバコを吸っていた。
ディスクも心配そうな顔をして、エドワウの顔を覗き込んだ。

「大丈夫?あなた達双子はやっぱり
危なっかしくて見てられないよ。」

「すまない・・・。だが俺もアイツも互いを殺すことに
 後悔はないみたいだな。」

エドワウはヘラッと笑った。
ディスクはそんな。としょげていた。
ヘルは立ち上がり、リッチー、エドワウ、ディスクそれぞれの顔を見た。

「これからの僕達の戦いはそれぞれの決着の為の戦いになりますね。
 次の戦いで最後にしましょう。
お互い気持ちよく次の日を迎えられるように・・・。」

「あぁ。お互い死なないように頑張ろうぜ。」

次の戦いで全てに決着を着ける。
ヘルもリッチーもエドワウもその心に迷いは無かった。
たとえどんな結果が待っていても、後悔をしないことを誓った。

To be continued to…



≪PHASE-06へ続く≫


[あとがき]

ようやくヘルとアスタロトそしてヘヴンの謎が解けました。
やっとクライマックスに向かいます。長かった。
なんと言うかヘル抹殺計画はそんな頃からできてました。
女王様はスゲー人です。

ヘヴンの能力とはキラの種割れ「パリ〜ン」と同じものです。
ヘルとヘヴンはスーパーコーディネーターを作る過程で出来た
副産物みたいなものです。それがたまたま天才だったわけですね。
ちなみにクルーゼたちの入っていった施設とヘルたちのいた施設は別物です。