黒いモビルスーツ。
一夜の悪夢。
地下の格納庫に眠っていた力。
壊れた現実。
裂かれた機体から覗く赤。
揺るがぬ真実。
鼠色の機体から見下ろす光景は、まさに地獄そのもの。
眼を背けても、破壊の爪痕が目蓋に焼きついている。
仲間たちが朽ちて倒れ、唯一立つのは、黒い悪魔。
炎も上がらず、ただ命だけが失われている。
「誰か! 返事してください! 先輩、ジエル、フォニッカさん!! 誰でもいいから返事をしてください!!」
千切れそうな喉で搾り出すように呼びかける。
「誰か、お願いします! 返事を! 返事をしてください!! 生きているなら! 声を聞かせてください!! お願い・・・」
無音。
応答はない。
静寂を貫くスピーカーが、希望の代わりに絶望を運んでくる。
暗い空より暗い闇。
青い心を持つ青年は、黒に染められていく・・・。
『グロリア』と名付けられたこの機体と共に、暴力による報復を誓う。
復讐。
胸に湧いた黒い念を成就させよう。
PHASE-04 Dawn 〜夜明け前〜
ダガーではない。
現在の主流のウィンダムでもない。
一切の色を失ったかのような予定外の機体。
『アナタが・・・、アナタがやったんですか』
仲間を求める悲鳴に似た声は消え、平坦な声が届く。
彼が未熟な恐慌状態のままだとしたら、そのまま死を授けようとしていたヴァージュはある種の警戒から一定の間を取り、歩を止める。
『どうして』
言葉が意味する内容とは異なり、返答など求めていなかった。
もはや、それは疑問などではない。
裡に溜まったモノを吐き出しているだけ。
『許さない』
この声に懐かしさを覚え、インの仮面に罅が入る。
「せめて、早く、逝け」
その罅からヨウという素顔が溢れ出して来たかのような言葉。
声に連動した『弥生』と『卯月』による刺突。
情けも容赦も油断も無い必殺の一撃。
しかし、ギィンという不協和音と共に、異様な手応え。
眩しいほどの「サンライトイエローの」装甲に双刃の先端が拮抗している。
「・・・なッ!?」
押す力と跳ね返された力に耐え切れず双子の刃が同時に中央で砕け散る。
装甲の色が変化した眼前の機体の特殊性に驚愕し、仮初の人格が崩壊していく。
彼の、インの世界が壊れていく――。
そして、ヨウの世界が動き出す――。
『許さない』
フェイズシフト装甲という一部のモビルスーツのみに搭載された実体兵器に対しては無敵の装甲にして、それ自体が盾。
渾身の一撃すら意に介さないように、スピーカーから届く呟きはなおも加速していく。
『殺す! ころす!! コロス!!!』
爆裂した叫びと共に振るわれた、振り向き様のビームサーベルの横薙ぎの一撃を咄嗟のステップで回避。
「こいつ!」
未熟な一振りに、実力は自分のほうが圧倒的に上だと、ヨウは揺ぎ無い実力差を確認する。
動きは緩慢ではないが鋭くも無い、と言った程度で避けることなど造作でもないが、サーベルに込められた憎悪に、冷たいものがインの仮面を棄てたヨウの背を伝う。
体勢を立て直し、再び腰に下げられた二つの剣を掴む。
『九の長月』と『十の神無月』―。
鋸状の細かいジグザグの刃を持つ、対MS用ではなく対構造物用の大剣なら或いは。
上段からの追撃の一撃をかわし、隙だらけの左脇腹に『長月』の一撃を奔らせる。
哭き叫ぶような金属音と、飛び散る火花。
山吹色の装甲には、黒い傷跡が掘られている。
フェイズシフト装甲といえど、人の作りし技術。
持久戦に持ち込めば、確実に装甲を打ち破り勝利を得ることが出来るだろうし、同じ箇所に何度も斬撃を与えられたならPS装甲を突き破れるかも知れない。
敵の基地のど真ん中で、あの機体エネルギー切れまで逃げ回り、確実に屠れる時間が与えられているという生易しい前提が、この世の何処かに存在するのならば、だが。
絵に書いたように楽観的な戦術をすぐさまに放棄する。
そもそも、一方的な「暗殺」を目的とする作戦で敵と相対し「戦闘」に発展した時点で、経過はこちらの負けなのだ。
短期決戦での残務処理が、絶対条件だ。
可能性を模索し続け、ヨウは機体を前進させる。
『このッ! ちょこまかと!!』
仲間に遺された者として、地下に残された仲間を守るため与えられた絶大なる力を行使しているはずなのに。
ラディ・ニスキアという名の青年パイロットの心に焦りが生まれる。
どれほどサーベルを振りまわし、ショートバレルビームライフルを掃射しても、連装ビーム砲を撃っても、跳ね返ってくるのは、勝利の光景ではなくグロリアのコックピットを揺るがす衝撃だけ。
正義は自分達にあり、悪はあの黒い機体。 ならば勝つのは自分だ。
実戦を知らない暴走した思考が、グロリアとラディ自身の不利を認めず、絶対の勝利を掴もうと足掻き続ける。
「いい加減に、しろぉぉッ!!」
冷静さを失った感情は、彼を前進させ続ける。
狙うのは首。 そして肩と膝裏か。
関節が露になっている、見るからに装甲に守られていない脆弱そうな部分。
ヴァージュは胸元で二本剣の鋸刃を鋏のように交差させで頸を剪断するべく突撃するが、敵も荒い動きながらそれを食い止める。
関節のみを守るように腕を盾とするように動かし、距離をとる。
「クッ!」
終わりが見えない。
パイロットの実力をモビルスーツの性能が埋めて拮抗している歯痒い展開に、ヨウも次第にイライラと焦りを感じ始める。
彼もPS装甲というモノを初めて目の当たりにしたのだ。
それでも次の手、また次の手と、脳細胞をフル回転させて眼前の敵を斬り倒す手段を構築していく。
その時、新しい声がコックピットに届いた。
『・ウ・・・ヨウ!!』
傍受されにくい特殊な手法で、こちらの動きをモニターしていたリャンが、枝をつかまれることを覚悟の上で、通信を繋いできたのだ。
「馬鹿っ! お前、なんで!?」
『・・・お前・・・じゃないでしょ・・・? っと、そんなことじゃなくって。 ヨウ、私も状況はわかっているつもり。 だから言うわ。 「十一」と「十二」を使いなさい』
通信の中のリャンは最後の二振り、『十一の霜月』と『十二の師走』の開放を迫ってくる。
「だけど、あれは」
過去に一度しか使ったことの無い最後の二振り。
アレは自らも危機に陥れる禁断の刃なのだ。
『大丈夫。 今は、即時殲滅&速攻撤退&休息安眠が最優先よ。 ただし、二回。 それ以上使うと帰って来れなくなるわ』
「・・・。 わかった」
『じゃ、頑張って。 ・・・待ってるから』
回線が閉じる。
この程度の時間なら、探知される可能性は限りなく低い。
「やっぱり、リャンが一番怖い」
口元が緩む。
さぁ、幕を引こう。
両手に持つ『長月』と『神無月』を地に突き刺す。
『ははは・・・、諦めたのか?』
その動作を降参と見たのか、ラディの喉から壊れかけの笑い声が上がる。
「言ってろよ、この雑魚!」
『・・・ッ!? 馬鹿め、そんなナマクラ刀でこのボクとグロリアに勝とうなど・・・』
右の腰に備えられた最後の一振り『十二の師走』の柄に手を添える。
上体を低くした抜刀の構え。 鞘走りからの超速の一撃を見舞うための型。
奇しくもグロリアが背のジョイントから取り出した武器も刀。 シュベルトエンリヒト・ビーム対艦刀の赤い刀身が夜に揺らめき剣先には光が溢れている。
構えは正眼。 打ち込まれるであろう刀身ごと、ヴァージュの装甲を、この最大出力の対艦刀で切り裂こうと言う思惑だ。
何が合図になったかわからない。
しかし、ヴァージュとグロリアは同時にブースターも全開にして奔る。
振り下ろされる刀身。
抜き放たれる刀身。
最後は静かに。
一瞬の拮抗も無く、刃は砕け装甲は当然のように斬り裂かれる。
・・・そう、山吹色の装甲が、それ以上に眩く光り輝くビームの刃に。
『・・・え? な!?』
そして最後の一振り『十一の霜月』の超高エネルギーの刃が鞘から抜き放たれ、何か言いたげな声諸共、グロリアの右脇腹からコックピットのある胸部を通り左肩までを駆け抜ける!
ラディに与えられた死は一瞬だった。
グロリアの断面は白熱し、次第に冷めてきたのか赤色が浮き出てくる。
鞘全体で生成、集束したエネルギーを抜刀の一瞬にだけ、柄に乗せる。 暴発の恐れさえあるこの凶悪な光刃に斬れない物などあるはずが無いのだ。
此処に立つのはマットブラックとダークブルーの配色が成されたモビルスーツのみ。
もう、今度こそ、動くものは無い。
全目標の撃破を確認。
建造物に与えた被害も、思いのほか少ない。
時間はかかったが、結果はパーフェクトに近かった。
「さぁ、帰ろうか」
屠った敵に抱く思いも無く、振り返ることも無く、ヴァージュは十二の刃を鞘に収め、月の無い黒い空に同化するように静かに惨劇の舞台を後にする。
明日は、山の向こうに。
待ってくれている人の下へ。
何時終わるかも解らない。
だけど、次の新月の晩には答えが出るかもしれない。
それに、今夜出た答えもある。
もう、インの冷たさに頼らなくても戦えるかもしれない。
何処にいても、月の無い空の下でもオレはオレだと、ハッキリ言えるから。
リャンが抱える不安にも向き合えるかもしれない。
「あー、お前って言ったこと真っ先に謝んなきゃ」
彼女のことを思い出したとたん、背筋が冷える。
・・・早く帰ろう。
きっとリャンが、心配してる。
・・・『十二の師走』までを使用したヴァージュのことを、だけど。
・・・はぁ、少しくらいは「ヨウのことも心配してたよ〜」って感じの素振りをしてくれると嬉しいんだけどな。
まだ、終わる事無く続いていく。
足元と前だけを向いて、ホンの少しの過去と後悔を背負って生きて行く。
溜息を一つ。
呼吸の一つ一つが、夜を越えたことを実感させる。
続く日々。
ヨウとリャンの日々は続いていく。
月の無い夜の、この一言から・・・。
「ただいま」
「お帰りなさい」
≪-月の無い空- 〜完〜≫
[あとがき]
読んでくださった皆さん、ありがとうございました。
夜が舞台の傭兵モノのお話でした。
えー、主人公機の切り札がビームサーベルです。
・・・たまにはこういうのも、悪くは無いと自分では思っていましたが、皆さんはどうだったでしょうか?
闇に紛れ敵を殺すモビルスーツがビームなどのヒカリモノを持ってちゃいけないよな、という意味では、まさに禁断の武装なのです。
ヴァージュとの対比の意味を込めたサンライトイエローの機体、グロリアとそのパイロットであるラディ。
本来なら、彼らこそ主人公の座に一番近いコンビです。
なぜなら、襲撃された基地に隠された機体と、その基地最後のパイロットという王道のコンビなのですから。 ゴメンね。
はい、そんなこんなで ―月の無い空― は終了です。
全4話、お付き合いいただきありがとうございました。
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