モビルスーツなら楽な行程でも、生身での移動は決して楽ではない。
それでも、なんとか日の出前に依頼主の持つ街から程近い土地に停泊させた住家兼ドック兼移動手段たる重装甲偽造航空機にたどり着く。

殺すべき者達を、自らの目に収めてから数時間。
その日は泥のように眠り、朝を迎える。

日が昇り、緩やかな朝の風が吹き、少しばかり遠くに見える街には徐々に人の数が増えてくる。
そんな当たり前の外の光景とは、一切関係なく、夜に生きる彼と彼女の朝は訪れる。



何か重たいモノが、段差から落ちるドシン、という音と共に・・・。



「バーーーッカ!! こっちは寝不足なんだよ! 昼過ぎまで寝かせろって言ってるだろ!? ってか起こすなら普通にしようよ、人として!」

「馬鹿はどっちよ、この馬鹿ヨウ! 報告もなんもしないで帰って来るなり寝やがって! こっちの準備ってのもあるって何回言わせんのよ! この馬鹿!!」

掛け布団を奪い取った二十歳前後の女性と、ベッドから転げ落ちた少年・・・、正確に言うと女性に蹴飛ばされベッドから落下した少年は、寝坊学生の朝を髣髴とさせるやり取りを始める。

「ああ、そうかよ! 装備はA-4。 じゃ、もっかい寝るから。 後、よろしく・・・」

陸戦装備のタイプ4。 
「対地狙撃からの奇襲用戦術兵装」の略号。 
ヨウと呼ばれた小柄な少年は、それだけ言って閉めようとしたドアが左手一本によって引き止められ、右手で襟首を掴まれる。

「残念でした。 ちゃーんと帰ってすぐにそう報告すれば、よかったのにねぇ。 ・・・時間無いからキリキリ手伝いなさい。 ハイ、これ命令。 逆らう者には・・・」

視界がいつもより高い位置にある。
ニヤリとした笑顔を浮かべた目の前の女性の顔が自分の目と平行の位置にある。

「楽しい楽しい罰ゲーム、よ」

足が宙に浮いている。 
細腕からは考えられないような腕力で持ち上げられているのだ。

「ばっ・・・、お前、コラっ、離せ!」

「・・・・・・。 お前・・・、じゃないでしょ?」

一瞬の停滞の後、究極の笑顔と場が凍るような殺気。

目をあわせられない!
ヨウも背中から心臓を掴まれたような錯覚に足をジタバタするのも忘れ、縮こまってしまう。

「リャン・・・さん? 離していただけると、非常に助かる上に、今夜の作戦の成功率が大幅にアップするのですが・・・?」

「ハイ、宜しい。 でも、命令は絶対だから10分以内に着替えて格納庫にいらっしゃい♪ 遅れたら、わかっているわよね?」

閉まる扉の向こう、悪魔の足跡が遠ざかっていった。

「はぁぁ。 目ぇ、完っ全に覚めちまった・・・」





PHASE-02 PERSONA 〜仮面〜





リャン・フレクシーの眼前に鎮座する巨大なる機械兵。
闇夜に紛れ込むための、光沢の無いマッドブラックとダークブルーのカラーリングから暗殺者たるモビルスーツの雰囲気が滲み出ている。

「ったく。 アンタのご主人その二は、相変わらずというか、なんと言うか・・・」

当然、その一はリャンだ。

パシパシと巨大な足を叩きながら見上げるその異形は、地球軍の旧式の量産型であるダガーの骨格をベースにしているが、その時手に入る可能な限り良いパーツと、ミッションに応じて変更する兵装によって、見るたびにその姿を変える。
当然、ダガーの面影など微塵も無くなってしまっている。

しかし、彼女たちは唯一変ることのないモノを愛機に授けている。
それは名前。 とはいっても型式番号でもコードネームでもない、ただの愛称。


『ヴァージュ』


それは「境界」――。

マーセナリというよりはアサシンの如く。
日中と闇夜の境界にハッキリとした線を引き、闇夜と自らとの境界を曖昧にする。 
そんな彼らと彼らに付き従う巨人の在り方を表したストレートな名前だと命名者たるメカニックの女性は思っている。

「はぁ・・・、A-4っと」

リャンは18mクラスのモビルスーツ一機と乱雑に置かれた武装群で一杯になる、小さな格納庫の操作室からクレーンを巧みに操り、指定された装備に換装していく。


機体と同じ、光を吸収するような黒塗りの大小6種類の刃が2対。 計12本。
睦月から師走まで。 ある島国の古い暦の読み方が名付けられた12の刀剣が、鞘に収められたまま両腰に備えられていく。
 

そして、超長距離用狙撃銃。
比較的に射線を悟られにくい、液体炸薬式を用いた旧式の狙撃銃をカスタムした物。 
徹底的にマズルフラッシュを抑え、射撃音も限りなくゼロに近い静粛性に富んだ代物だ。
 
武装を着け終わって一旦席から立ち上がると、彼女の後ろ、すぐそばに彼がいた。

「・・・っ!?」

「終わった?」

まだ、漆黒の髪から寝癖が取れ切れてない頭と眠たそうな灰色の瞳のヨウが、さも当然というように此処にいる。

リャンの背筋は一瞬冷える。 
まったく解らなかったのだ。 部屋に入ってくるのも、自分のすぐ後ろに立っていることも。

どんなに集中していても、物音が聞こえれば、いや、それ以前に自分のすぐ後ろに人が立っていれば気づくハズなのに。
人間とはそういう風に出来ているハズなのだから。

「な、何よ! 来てるんなら言いなさいよね!」

リャンは平静を装おうと搾り出すように声帯を震わせる。
声まで震えてしまわないように、ゆっくりと深呼吸もする。

「ん〜、でも集中してたし、お邪魔かな〜ってね。 あ、一応言っておくけどタイムは中々上出来な9分45秒ね。 という事で罰ゲームは無しだから」

当たり前のように、ヨウはサラリと言ってのける。

自然体にして、決して水面に揺らぎを生み出さないのではないかという程の身のこなしと呼吸。
屈強な戦士でも、職業的暗殺者であったとしても死線を幾つも潜り抜けて、初めて得ることのが出来るであろう境地に、幼さの残るこの少年はたどり着いてしまっている。

幾十の屍を踏み越え、幾百の流血に耐え抜いた証。

先のギルバート・デュランダルの声明にあった「デスティニー・プラン」なる計画ならば、この職業こそ、ヨウにとっての天職だと、断言できるほどの底無しの才気。

彼の特異性が悲しくもあり、怖くもある。

リャンは巡る思いを悟られまいと、ヨウを少しばかり遠ざけようとする。

「あー、もうこっちはいいから。 ランチの準備でもしておいて」

「はぁ? 何でさ! せっかく来たってのに!?」

「突っ立てるだけで何もしない少年に与える食料など何処にもないのだよ。 という事で、サクッとよろしくぅ! さぁ、行った行った!!」

無理に明るく振舞い、少しばかりの慙愧の念と一緒に小さな背中を押して、部屋から追い出す。

「はぁ・・・。 今夜か」

一人になった空間で呟いた言葉は大気に消える。

新月の夜。 小さな背中に許されざる罪を背負い、小さな手に肉を斬り裂く感触を与え、彼はまた彼の過去に多くのモノを刻むのだろう。
絶対に帰ってくると信じているからこその不安は決して尽きることは無かった。

たとえ、彼の才を持っていても、仕事と割り切っていても、こうしなければ生きていくことが出来ないと解っていても。
いつか、その重みに耐え切れず、潰されてしまうかも知れない。 
そんなヤワな彼ではないと解っているが、それでもまだ彼はホンの16歳。 子供なのだ。




そんな彼女の思いとは関係なく、時計の針は容赦なく進んでいく。

空は青から赤に染まり、そして黒に沈む。

月は姿を見せず、星明りは小さく、遠くに。
一日ぶりの夜にして、一月ぶりの完全なる闇。



深夜の強襲に備え、ヨウは一人、愛機、ヴァージュのコックピットにて破壊すべき敵を思い出し、破壊の手順を思い浮かべる。

哨戒に当たっていたのはダガーが2機。 ユーラシア連合の基地と聞いている。 
それ以上の話は聞いていなかったが、かなりの規模の格納庫らしき建物も見えた。 
そこから湧いてくるモビルスーツどもを全滅させるのは骨が折れるだろう。

だが、迷いは無い。
やることは全部頭の中に入っているし体に染み付いている。
敵を撃ち抜き、敵を斬り裂き、帰還する。 それだけだ。


コックピット内のデジタル時計が、日付の変わる深夜24時を、出撃の時刻を告げる。

「ヨウ・・・。 時間よ」

「わかってる」

「気をつけて・・・」

「うん」

これ以上の会話は無用。
昼の時間は既に終わっている。

ここからは本当の夜。 一人だけの世界。
通信を切り、目蓋を下ろし、呼吸さえも忘れる。

心臓の鼓動や体中の血流の音さえ聞こえそうなほどの静寂を小さく溢れ出した音色が染める。

それは唄だった。
短く、しかし重い、彼の儀式。




夜の住人に逆らうこと無かれ。
今、「陽〈ヨウ〉」は眠りにつき「陰〈イン〉」は目覚める。
闇に惑うこと無かれ。
 感情が凍れば、迷いは生まれず。
殺戮を否定すること無かれ。
 其れのみが、我が存在意義。




禍唄を口ずさみ、ヨウはインの仮面を被る。
 
殺戮を肯定するための仮初の創られた人格。
多重人格などでは無く、暗示によってヨウの内側から呼び出した破壊者。


それが、イン。


――さぁ、行こう。 私の刃よ――


誰にも届かない目覚めの声は、熱を持たず。
漆黒の機動兵器が十二の刃を携えて、闇に溶ける。

月の無い夜。
誰にも知られることの無く、たった一人の待ち人と、たった一機と一人の少年が脈動を始める。



≪PHASE-03へ続く≫


[あとがき]

主人公ズの日常&武装解説のような感じになってしまった第二話です。
どちらかというとリャンのほうが主人公っぽいシーンも少々ありますが、主人公はヨウです^^;

インの設定については登場人物紹介の方を参照にしていただきたいです。

実はTV版に全く触れないようなストーリーは初めて書くので正直、「主人公達が此処にいる必然性」を表現させたりするのが大変でいつもと勝手が違います。 

一応、ヨーロッパが舞台のつもりですが、地名とかも曖昧どころかハッキリとは明記していませんが、その辺りはご容赦ください。

えー、次回はバトルパートです。
お付き合いください。 では。