Prologue 翼を持つ龍は何を願う 整備士達が慌しく動く中、一人の青年、ギュスタフはじっと見ていた。 遂に形を成した"黒い龍"の姿を。 その時、一人の整備士がギュスタフに気付き、傍まで歩み寄った。 「おや?今日も見に来たんですか?」 「ああ。コイツの完成をずっと待っていたんだからな」 「まだ動かせませんよ。テストも行ってませんから」 「…何だと?」 険しい表情のギュスタフに整備士は呆れたように言葉を続けた。 「何しろ未知の兵器ですからね。こんな物をザフトが隠し持っていたとは…」 「"翼"のデータは取っていないだろうな?俺に嘘は通じないぞ」 「勿論ですよ。そんな事したらこの基地毎爆破するんでしょう?」 整備士はおどけた風に言うが、ギュスタフには感じ取った。 その言葉、その瞳の中に微かな怯えを持っている事に。 「ふっ。当然だ」 (貴様らに"龍の翼"を纏う資格など無い…) 簡単に言ってのけるギュスタフに整備士は肩を竦めた。 ********* ズバァッ!! アポカリプスの攻撃はリックの駆るグフのウィングを確実に捉えた。 飛行能力を失ったその機体は地面へと落ちていく。 『わあぁぁぁっ!!!』 「へっ!!そのまま潰れちまいなっ!!」 ギュスタフの記憶に鮮明に残されたヴィジョン。 今でも耳に焼きついた忌々しい歓声。 ― 14…7%…越えた!!!お前だけだぞ!この最果てまできたのは!!!… ― ― でしょう?やっぱり彼は本物だったわ!!… ― 過去の記憶に険しい表情を露にするギュスタフ。 機体のレバーを握る手に力が篭もる。 (アイツも落ちて死ねば良かったんだ!あの男のように!) 暫くして彼はお目当てのデストロイの輸送戦艦を発見した。 護衛のウィンダムも数機確認する。 「見つけたっ!!」 "ドラッヘン・フルーク"を展開させ、ウィンダム、そして陸上戦艦の武装を切り落としていく。 ズバァ!ズバァ!ズバァ!ズバァ!…… 当の戦艦の中はパニック状態に陥っていた。 「おい!護衛の部隊はどうした!あいつを止めろ!」 「ぜ、全機撃墜されました。伏兵部隊も応答ありません」 「なっ……!?」 「艦長!全ての砲門が切り落とされました!」 驚きの余り、言葉を失う艦長。 その時、戦艦にMSからの通信が入った。 『よぉ、連合さん…俺の名はギュスタフ・リントヴルム。お前達に話がある』 「な、何だ貴様!?ザフトの連中が何の用だ!!」 『…黙って聞け』 「ひぃ……!?」 モニター越しのギュスタフの睨みで艦長は竦みあがった。 構わず話を続ける。 『今この艦に武装は殆どない。俺が全部切り落としてやったからな。 このまま他の連中に襲われたりしたら、この艦は持たない…そうだろ?』 オペレーター達も黙ってギュスタフの話を聞いた。 その沈黙を肯定と受け取り、さらに話を進めた。 『そこで俺はお前らに商談を持ち掛ける。 お前らの護衛を俺が引き受けよう。ザフトの連中からもな…』 「「「!!!!」」」 その場にいたクルー全員が驚いた。 『俺の要求は基地に着いてから話そう』 「ふん!そんな話が信用でき………」 その言葉は最後まで続かなかった。 いつの間にか近くまで迫ったディンをアポカリプスが襲い掛かったからだ。 味方にやられると思わず、避ける暇もなく真っ二つにされた。 『これでも信用できねぇか…ならっ!!』 地上部隊の援軍として現れたバビとディンの大群に特攻するアポカリプス。 次から次へと落とし、あっという間に全滅させてしまった。 再び陸上戦艦に着陸する。 『…なんならこの場で貴様らを始末してもいいんだぜ…?』 了承の言葉を得るのに時間は掛からなかった。 ********* 「しっかし、上の方も好都合でしょうね」 「何の話だ」 表情一つ変えないギュスタフにやや驚きつつも話を続ける。 「デストロイの事ですよ。アレを失ったなんて本部に知れたら大変でしょうから」 「ふん。俺には関係のない話だな」 「…あなた本当に諜報員だったんですか?」 「少なくとも"デストロイ"の量産化の件もお前よりは詳しいぜ」 「そーですか。疑ってすいませんね」 「…あまり俺を怒らせない方が身のためだぜ…?」 そう言ってニヤリと笑う。 整備士の男はそれを見て顔を青ざめる。 「じゃ機体の最終チェックに入るんでこれで」 「任せた」 作業現場に戻ろうと歩き出す。が、途中で立ち止まり振り返る。 「それと!"お前"じゃなくて"アキラ"です!アキラ・ナカモト!いい加減覚えてください!」 「ふん。それは"お前"が名を呼ぶに値しないからだ」 アキラの必死の抵抗もギュスタフにあっさりと切り捨てられた。 「勘弁して下さいよ〜」と呟きながら作業中のMSの元に走っていった。 アキラが去った後、ギュスタフは再びMSに目を向ける。 復讐のために生まれた"黒い龍"は憮然としたまま立ち尽くしている。 「カイ…お前を倒して、俺が"龍の飛翔"に相応しい事を思い知らせてやる」 そう言い残してMSデッキから出て行った。 ********* 一方、その頃。 「失礼します。ガイル総監」 「よく来たなカイ」 短い挨拶を交わす2人。その口調から決して明るいニュースではない事を知る。 尤も、この仕事に"明るい"ニュースなどほとんど存在しない。 諜報活動は言うならば影の仕事。 「今日はどういった件でしょう」 「ふっ相変わらず話が早くて助かる」 そこでガイルは言葉を区切った。 「……ギュスタフの所在が分かった」 その言葉にカイの表情から笑みが消える。 「…それで彼は?」 「どうやら反ロゴス同盟のジブラルタル基地集結を阻止するつもりらしい」 「するつもり…というのは?」 「その前に知っておいて欲しい。彼の捜索に行ったGOSは全員帰ってきていない。 彼はどうやったのかは知らないが、我々の内部の人間の顔を知り尽くしている」 諜報員は全員が顔を合わせることはない。 それでは自分の素顔がばれてしまうからだ。 ギュスタフのような裏切り者が情報を漏らすと潜入調査がより難しくなる。 「では彼は…」 「そうだ。自ら所在を明かした。しかも我々に向かって直接…」 そう言ってPCを操作し、機密データを開いた。 ********* 俺は今、地球連合軍に世話になっている。 もう直、反ロゴス同盟軍がヘヴンズベースに向かい侵攻するだろう。 だが、カイ・シャオルンにはルドラワイバーンで別の場所に来てもらう。 これが俺の要求だ。 拒否すれば当日、反ロゴス派の連中だけでなく多くの都市が焼かれると思え。 先日のデストロイを起動させる準備は整っている。 ギュスタフ・リントヴルム ********* 「果たし状…ですか」 先程の緊張感が解けてしまったように苦笑するカイ。 しかしガイルは真剣な表情で話を続ける。 「だがこのまま奴を野放しにする訳にもいかん。 それにデストロイを保持していると言うのなら尚の事だ」 「分かってますよ」 カイは笑顔を絶やさなかった。 ガイルも安心したかのように頬を緩ませる。 「カイ・シャオルン。お前に指令だ」 「はい」 「内容は"ギュスタフ・リントヴルムの排除、及びデストロイの破壊"だ」 裏切り者には死を。 この仕事の絶対的なルールであり、暗黙の了解である。 彼も重々承知の上だろう。 「はい。お任せ下さい」 やはり笑顔は絶やさなかった。 「応援は必要か?」 ガイルが小さく呟く。 「いえ。彼もきっとそれを望んでいるでしょう」 「ふっ、お前も強情な奴だ。そういう所は親父そっくりだな」 「ははは。やめて下さいよ、こんな時に」 突然、カイの表情から再び笑みが消える。 「唯、彼を相手しながらデストロイの進攻を止めるのは難しいでしょう」 「それには近くの地上部隊を当てる。こちらからも援軍を送ろう」 「先日の件を知っていて、ですか?」 ベルリンに現れた一機のデストロイ。 その巨人は現地の部隊を都市ごと壊滅させた。 あの時、ミネルバやアークエンジェルが居なかったらと思うとゾっとする。 その言葉にガイルは遠い目をする。 その時の彼は、一体何を見ているのか。 少し理解できる気はするが、カイはその考えを無理矢理かき消した。 「戦争に犠牲は付き物だ。 犠牲を無くそうと戦地に赴く者、彼らもまた同じく戦争の犠牲者だ」 「…………」 「彼らのその心を夢物語と笑うつもりはない。 だが現実は、そんな希望さえも打ち砕く程、残酷なのだよ」 「……分かりました」 その考えが理解できるからこそ、カイはそれ以上追及しなかった。 失礼します、と言い部屋を出て行こうとする。 「カイ」 ガイルに呼び止められ硬直するカイ。 構わず言葉が続けられた。 「今のお前に大切なのは犠牲を無駄にしない事だ。分かっているな?」 無言のまま振り返る。 「分かっています。ガイル総監」 「こちらの援軍には精鋭を当てる」 それを聞き、彼は微笑んだまま部屋を後にした。 残されたガイルは椅子にもたれ掛かり宙を見上げる。 「ヤン、お前の息子は立派だよ。私の部下には勿体無いくらいだ」 ********* 総監室を出たカイはまっすぐMSデッキへと足を運んだ。 厳重なロックを解除し、奥へと進んでいく。 スイッチを押すと照明が一斉に辺りを明るく照らした。 そこにあるのは進化した"龍"の姿。 「ルドラワイバーン…この機体を見るのも久しぶりかもしれない」 (ギュスタフさん…あなたは一体、何を考えているんですか?) カイには彼の行動が理解できなかった。 ≪-翼を得た龍は何を望む- 前編 へ続く≫
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