-翼のない龍は何を思う- 前編
今回の任務は唐突なものだった。
いつも通り、射撃訓練を行っている最中。
「リック、お客さんだぞ」
彼が属するリバーズ隊の隊長、フランダー・リバーズが現れた。
リックはヘッドホンを外し、銃を仕舞うとリバーズに向き直った。
「え?僕に…ですか?」
「そうだ。彼がその…」
そう言って何時の間にか傍にいた青年に自己紹介させた。
彼は深いブルーの瞳でリックを真っ直ぐに捉えた。
その鷹のような鋭い眼差しに、ほんの少しだけ恐怖を覚えた。
「俺はGOSから派遣されたギュスタフ・リントヴルムだ、」
そこで一旦区切り、リックに歩み寄る。
何かしただろうか、と不安になり困惑するリックに彼は、
右手を差し出した。
「よろしく」
「よ、よろしく…」
おどおどと彼の手を握った瞬間、『何か』が身体に流れ込んできた。
( ――――――――ッ!!!)
リックは驚き、慌てて手を離してしまう。
しかし、そんなことは嘘のようにギュスタフは心配そうな顔をする。
「どうした?気分でも悪いのか?」
「……い、いえ。何でも、ありません…」
「……………」
「……………」
お互い言葉もなく暫しの沈黙が続いた。
周りに不穏な空気が立ち込み始めた。
が、リバーズが偶然にも流れを断ち切った。
「あー、リック。今回はお前に特別な指令が下った」
「……特別な、指令ですか?」
「ああ。詳しい話はブリーフィングルームで話す。後で来るといい」
「はっ」
それだけ言うとギュスタフと一緒に訓練所から去って行った。
リックは呆然と立ち尽くし、自分の右手を見た。
何の変化もない。いつも通りの自分の右手だった。
(何だったんだ……?)
リックには理解できなかった。
彼の手を握っただけで、身体中から危険信号が流れた。
ギュスタフから感じた『禍々しい殺気』が、理解できなかった。
*********
リックは訓練を終え、ブリーフィングルームに辿り着いた。
其処にいたのはやはり、リバーズとギュスタフだけだ。
一瞬、彼と目が合った。
彼の顔に笑みは無いが、殺気も何も感じなかった。
(やっぱり気のせいか…)
作戦会議用のテーブルに寄り、椅子に座った。
念には念を入れて1人分離れて座る。
その時、ギュスタフは一瞬だけ不敵に笑みを浮かべる。
(本当に何なんだ…コイツは!)
リックは久しく感じていなかった苛立ちを覚える。
どうやらリバーズが気付かないようにやっているみたいだ。
流石はプラント評議会直属の諜報機関の一員と言ったところだろうか。
「あー、コホン。今回の作戦は…」
リバーズが作戦内容の説明に入った。
すぐに頭を切り替えた。作戦内容を事細かに頭の中に叩き込むためだ。
どんな戦いでも情報が物を言う。
例え一騎当千のエースパイロットであろうと罠に掛かればお終いだ。
どんな作戦でも有利に立つためには相応の情報が必要不可欠である。
「地球連合軍が開発した超巨大MS、デストロイ…」
「「…………」」
(そんな物聞いたこと無い!?)
叫びたい気持ちをぐっと堪えリバーズの話を聞く。
作戦に関する質問は最後に行うからだ。
「奴らはコレの量産に成功し、現在最前線に輸送する準備を行っている。
そこで彼…リントヴルム君を中心に地上部隊がこれを阻止する。
既に別の最新鋭機を投入した先鋭部隊が西ユーラシア地方で交戦中らしい」
もうそこまで話が進んでいるのか。
リックは驚きを隠せない。
リバーズはさらに言葉を続ける。
「このデカブツの戦闘力は化け物だ。火力は戦艦どころか基地一つを凌駕する。
俺も昨日初めてデータを見たんだがな。さらに搭載されている武装についてだが……」
立体ホログラムに映し出されるデストロイの姿。
その漆黒のボディから伺える迫力がギュスタフのそれと重なって見えた。
「…それじゃあ、起動したデストロイに対抗手段は無いという事ですか?」
「いや、無い訳じゃないんだが…
あの火力じゃ近付くことさえもままならないからな…」
「それで起動前に破壊するという作戦に?」
「そうだ。それに何しろ評議会からの命令だ。
今回の作戦はGOS、それに地上部隊がメインだが、リック、お前も選ばれている」
そこで疑問が浮かび上がった。
「どうして僕だけ選ばれたんですか?」
「そりゃあ、まぁ……」
そこで先程まで黙っていたギュスタフが口を挟んだ。
「お前の実力が評議会から認められているって事さ」
「僕が……?」
「上の人間は"白銀の騎士"様なら何とかなると思ったんだろうよ」
「…………」
"白銀の騎士"――――
どうやら何時の間にかそんな二つ名が付いたらしい。
こう呼ばれるのはあまり好かないんだけど……
「ま、まぁまぁ2人とも。その辺にして今日はゆっくり休んでくれ」
リバーズは、自分も感じ取った不穏な空気から逃げるように部屋を出て行った。
リックとギュスタフが対峙する……
「精々楽しみにしてるぜ。お前の実力をな…」
見下したような眼差しを向け、ギュスタフも出て行った。
ギュスタフの本性を垣間見たリックは明日の作戦に不安を覚えた。
*********
真夜中 ―――――
ギュスタフは一人、デッキで夜空を見上げていた。
物思いに耽るほどの思い出もない。
彼の人生は自由も希望も無い。彼の人生は軍の中にしかなかった。
戦うこと、欺くこと、陥れること、壊すこと。
生きることに楽しみや喜びもない。
ましてや悲しみや苦しみなんてもっての外だ。
「俺は所詮、籠に閉じ込められた鳥のままなんだ…」
夜空に煌く星、あるいは輝く月を掴もうと手を伸ばしてみる。
届くはずが無い。
知っていながら結果を望んでしまう。
ふと今日出会った情けない面をした優男を思い出す。
手を握った時、俺とは違う強い『意志』を感じ取った。
「カイ。あの男ならお前を超えられるか?」
しかし彼にはとてもそうは思えなかった。
彼だからこそ知っている『彼』の本当の力。
それはリックとは比べ物にならないものだ。
(だが俺は超えてみせる…)
「ククク、アーッハッハッハー!!」
満月が輝く夜に彼の笑い声が木霊した。
≪後編へ続く≫
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