-遠い記憶の欠片- 後編

発進して艦から出たリックはすぐに隊長のザクファントムに合流した。
レックスとチェイのガナーザクウォーリアは後方待機している。

「隊長!」
「…リック、様子がおかしいぞ」
「どういう事ですか?」

リバーズは一瞬、考え込むように黙っていたが、すぐに口を開いた。
リックは黙って隊長の言葉を待った。

「此処が指定ポイントだが、ホルクハイマーからの連絡もない。
 …予定時刻を5分も過ぎているというのに艦の姿すら見当たらないぞ」

確かに辺りにシュプランガー以外の戦艦の姿は無かった。レーダーにも反応は無い。
隊長とリックの間に妙な胸騒ぎが起こり始めた。
(まさか…先回りされたのか…?)
と、そこにシュプランガーから通信が入った。

『パイロット全員に通達!ホルクハイマーからの救援信号を確認!』
「ど、何処からですか!?」

オペレーターの話によると指定ポイントからかなり離れた場所だった。
リバーズはすぐに全員に指示を出した。

「レックス、チェイ、リック、俺について来い!ホルクハイマーを援護するぞ!
 マリア、トーマスはシュプランガーと一緒に来い!絶対に艦から離れるなよ!」

『了解!』

2機のゲイツRを残して、指示通りに3機は隊長機と共にホルクハイマーへ向かっていった。





ホルクハイマーは窮地に追いやられていた。
指定の合流ポイントに着く前に戦闘が起きるのは許容範囲内だった。
しかし予想は裏切られ、敵の戦力が報告よりも倍以上であった。
この辺りは一部のテロリスト達のアジトとなっている廃コロニーがあったのだ。
ノークス隊の隊長、フリック・ノークスもこの状況に手詰まりであった。

「現在の戦況を報告しろ!」
「敵艦、ナスカ級3隻、ジンハイマニューバ2型が12機です!」
「我が隊はMSを1機失い、現在はゲイツR1機、ザク2機が交戦中!」
「かなりの劣勢です!このままでは…!」

ノークスは考えていた。
撤退命令を下すか、それとも直進しリバーズ隊に救援を求めるか……
どちらが生存できる可能性が高いのか。
この見極めが、部下の命を左右する重要な決断になるのである。

「ホルクハイマーはこのまま全速力で直進する!
 パイロットに通達!全機、艦を護衛しつつ敵MS群を撃破しろ!」

この決断が吉と出るか凶と出るか、今の彼らには知ることは出来なかった。





『…隊長!見えました!』

先行していたレックスのザクのセンサーが敵を捉えた。
しかし、レックスはその数に言葉を失った。

『どうしたレックス!?』
『す、すいません!敵ナスカ級3隻、ジンハイマニューバ2型10機を確認』
『戦艦3隻にMS10機だと!?
 報告書の内容とは全然違うじゃないか!!上層部の奴らは何を考えている!!』

激しい怒りを露にするリバーズ。
その中でもリックとチェイは何時もと同じ冷静さを保っていた。

「隊長、僕とレックスさんが先行してホルクハイマーを護衛します。
 チェイさんは敵艦の方をお願いします。隊長はチェイさんの援護をお願いします!」
『おっけー!まっかせなさーい!』
『わ、分かった。リック、俺はお前を援護するぞ』
『お前が仕切るな!まあ、後は俺に任せろ!』

普通なら2人だけで大勢の敵に向かわせるはずがない。
リバーズはそれ程までにリックのパイロットとしての腕前を評価していた。
4機のMSは二手に分かれて行動した。

「どりゃぁあああっ!!」

ビューン、ビューン、ビューン!!

「ぐわぁっ!!」
「う、あ、あああっ!!」
「た、助けてくれぇーっ!!」

リバーズの正確な射撃が次々とジンを落としていく。
しかし、倒しても倒しても敵艦から出てきて減っている感覚が全く無かった。
予想外の状況にリバーズも焦っていた。

「ちっ!敵の巣穴に潜り込んだか…チェイ!気を付けろ!」
「了解っ!行くわよ!」

「う、ああああっ!!」
「これまでか…無念!!」

チェイのザクはオルトロスを巧みに操り、ジンの壁に突破口を開いていく。

そして高出力のビームが敵の本体であるナスカ級の1隻を捉えた。

「これで、チェックメイトよっ!!」

大きな爆音を立てながら戦艦は崩れていった。
チェイは、隊長と共にすぐに別の艦に狙いを定め、ジンを倒してながら進んでいった。



リバーズ達とは別行動のリックは次々と飛んでくるビームをかわしながら様子を伺った。

(敵艦が4隻…ジンハイマニューバ2型が9機か)

「隙ありっ!!」

刀を振りかぶったジンの斬撃を避けると、後ろ腰から『ドラゴンフライ』を手に取った。
まっすぐに伸ばした槍を大きく振り、ジンの身体を真っ二つに斬った。

「なっ!?うわあぁぁっ!!」

パイロットは状況も理解できないまま、機体は爆散した。

「…まずは1機」

シグーは大きな槍を握り締め、ジンの群れに切り込んでいった。



3分後、戦況は大きく変わり敵のジンは大半が撃墜された。
敵の戦艦も残り2隻となり、撤退しようと進行方向を変更し始めた。
リバーズはすぐに指示を与えた。

『奴らを逃がすな!ジンに構わず艦を叩け!』

すると、敵の部隊は二手に分かれ、ジン4機はリバーズ達とは違う方向を目指した。
その先には、遅れて到着したシュプランガーの姿があった。

ビューン!ビューン!ビューン!
ジンのライフルから放たれるビームが無常にもトーマスとマリアのゲイツRを貫いた。

『お、わわ、わあぁぁぁあっ!!』
『きゃぁぁぁあっ!!』

動力系を打ち抜かれた2機は大きな音を立てながら爆発した。

「トーマスさん!?マリアさん!!」

今まで一緒に戦ってきた仲間の、目の前での死。
軍人なら避けられない道であったが、リックには初めての経験だった。
しかし、リックが反応する前にチェイが動いていた。

『隊長!私は艦を守ります!隊長達は作戦の続行を!』
『チェイ!?……分かった。俺達は奴らを追うぞ!』

確かにここで奴らを追わなければ確実に逃げられてしまう。
しかし、リックにはどうしてもチェイを一人にしておけなかった。

「隊長!僕はチェイさんの後を追います!後はお二人にお任せします!」
『あっ!?おい!!リック!?』

(幾らチェイさんでも一人なんて無茶だ!!)

リックは遅れを取り戻そうとするかのように、バーニアの出力を上げた。





「このぉーっ!!」

チェイは自棄を起こしたようにオルトロスからビームを連射した。
しかし発射するまでのタイムラグがあるため、ジンにかわされてしまう。

(不味いわ…このままだとこっちが持たない)

ピーピーピーッ!!

オルトロスの反動で動きが止まっている所を、背後からロックされた。
振り返ると、そこにいたジンのライフルからビームが放たれた。

(ダメ!避けられない!)

チェイは直撃を覚悟した。
しかし、ビームはザクの身体を貫くことは無かった。
直前に、間に入ったリックのシグーがシールドでビームを防いだ。

「チェイさん!!大丈夫ですか!?」
「え、ええ。私は平気よ」
「良かった…全く……心配させないで下さいよ!」

「うおおぉぉぉっ!!」

斬機刀を取り出したジンの追撃に、シグーはドラゴンフライで腹部を貫いた。

「がはぁっ!?」

そして素早く槍を抜き取り、その頭部に目掛けてドラゴンフライの斧を振り下ろした。

ズバァッ!!
「ぐわぁぁぁっ!!」

真ん中から真っ二つに切り分けられたジンはオレンジの光を発しながら爆発した。
しかし、すぐにもう1機のジンが斬り掛かって来た。

ガキィィィン!!

ジンの斬撃をドラゴンフライの柄で受け止めた。
それでもジンは力一杯押し切りに掛かった。

「ぬぅぉおおおっ!!」
「くっ……!!」

シグーは槍を握る右手を軽く捻り、右腕に備えられた小型ガトリング砲をジンに向けた。

バババババババッ!!
「ぐっ……!?わあああぁっ!!」

ガトリング弾はジンの装甲を貫通し中のパイロットを撃ち殺した。
この時、リックは不覚にも機体の動きが止まっていた。
動きが止まったシグーを2機のジンが狙っているのが分かった。

(しまっ……!!)

反応が間に合わないと思ったリックは固く目を瞑った。
その時、突如強い衝撃が伝わり、機体全体を大きく動かした。

驚いて目を開けると、そこには自分の身代わりに撃たれているザクの姿が目に映った。

「チェイさん!!!」

ビューン!ビューン!ビューン!
連射されたビームはザクの右足を落とし、

ビューン!
一筋の閃光がザクの左肩を貫きガナーウィザードのエネルギータンクに命中した。
途端に大きな爆発を起こしザクの頭部と左腕を吹き飛ばした。

『きゃああああっ!!!』
「チェイさん!?チェイさん!!?」

大きな爆発音とチェイの悲鳴を最後にザクとの通信が途絶えた。

「くっ…!う、あ、あ……」

自然と、今まで一度も流した覚えのない涙が溢れてきた。
周りが暗転し、唇は震え、足が動かなくなり、頭の中が真っ白になった。

そして、リックの中で何かが切れた。

「……うあああああぁぁぁあああっっ!!!」

今まで以上の雄叫びを上げ、ジンに飛び掛かった。
ドラゴンフライを捨て、猛スピードで突撃しながらビームライフルを乱射した。

ビューン!ビューン!ビューン!ビューン!
「あ、あわ、あああっ…!?」

次々とビームが命中していくジンの胴体を重斬刀で切り捨てた。
さらに近くのジンの腹に剣を突き刺し、その胴体にバルカン砲を撃ち込んだ。

ガガガガガガガガガガガッ!!
「ぐはあ、わあああっ!」

怒りの収まらないリックは蜂の巣になったジンのボディをシグーの拳で砕いた。
戦艦から離れシュプランガーを狙ってきた残りのジンが集まってくるものの、
鬼神のような強さを見せるシグーを前に1分とて持つことは無かった。





「……チェイさん」

リックはシグーのコックピットを開き、半壊したザクに近付いた。
電気回路がやられていたので手動で、祈る気持ちでハッチを開いた。

「チェイさん!!」
「あれ……りっくん?どう、して…ここに?」

中にいたチェイはまだ意識があった。
一筋の希望が見えたリックだったが、それはすぐに絶望へと変化した。
チェイの左わき腹に、ザクのパーツと思われる金属片が深々と刺さっていた。

「チェイさん…だい…」
リックは「大丈夫ですか」とは聞けなかった。
どう見ても大丈夫じゃない上、チェイなら無理して大丈夫、と答えると分かっていたからだ。

そんなリックの悲痛な表情を見たチェイは優しく微笑んだ。
いつもの、茶化すような表情ではなく、本当の弟を想うような笑顔だった。

「……どうして」
「…りっくん…」
「どうしてあんな無茶したんですか!?こんな…」

リックの問いにチェイは答えなかった。
二人の間に、暫し沈黙が続いた。

「りっ、くん…」
「何ですかチェイさん?」
「私…ずっと、りっくんに、黙ってた…」
「…………」
「私には、ね…弟が一人いたの…」
「やっぱり…」
「それでね………」

チェイの話はこうだ。

C.E.70 2月14日… 数多くの悲劇を生んだ『血のバレンタイン事件』。

チェイの家族や友人たちもその犠牲者の一人であった。

その日、父と二人で旅行に行っていたチェイは帰る故郷を失った。

中でも可愛がっていた弟の死は彼女の心を大きく傷付けた。

そんな娘の姿を見ていられなくなった父は家族の仇を取るためにザフトへ入隊した。

しかし、そんな父もオペレーション・スピットブレイクの際に命を落とす。

唯一の家族にも見放された彼女も、周囲の協力を得て過去の傷から立ち直った。

それ以来、彼女は誰かを支えてあげられるような人間になる努力をした。



リバーズ隊に入隊してから三ヶ月後、初めてリックと出会った時、彼女は目を疑った。

リックは、死んでしまった弟によく似ていたのだ。

それから彼女はリックに興味を持ち、彼が自分の弟の生まれ変わりのように錯覚していた。



しかし、日に日に成長していくリックを見ているのが嬉しい半分、辛かった。

また自分だけ置いて行かれそうな不安が毎晩のように襲い掛かった。

だから彼女は努力を積み重ね、リックの背中を追い続けていた。

それでも開き続けるその差に涙を流したこともあった。それ程までに苦しかったのだ。



「……ごめんね…りっくん…」
「……チェイさん…」
「…私…やっぱり、自分、勝手な、お姉さんだった、みたい…」
「…………」
「ホントに…ごめんね…」

リックは息を呑んだ。
ヘルメット越しでよく分からないが、チェイの顔色が青ざめているのに気付いた。
リックはチェイを抱えるとシグーのコックピットへ移動した。

「…りっくん…」
「喋らないで。もう少しだけ我慢して下さい」
「…私…」
「…チェイさん。僕はあなたの弟にはなれません。
 でも努力します。あなたの弟さんを…超えられるように」

「…―――― 」

彼女の小さな呟きは彼の耳に届くことはなかった。


『リック、聞こえるか?作戦は成功した。直ちに帰艦しろ』

シグーの隣にリバーズのザクファントムとレックスのザクウォーリアが到着した。

「隊長っ!!チェイさんが…僕を、庇って…」
『…分かった。レックス、すぐにシュプランガーへ戻るぞ!!』
『了解!』





それから2時間後。

あの後すぐに緊急手術を行ったが、チェイが二度と目を覚ますことは無かった。











それから、さらに二ヶ月後。

リックは短い休暇を利用して集合墓地に来ていた。

そこは、戦争の犠牲者や先の大戦で亡くなった兵士が弔われる場所であった。

同じような墓石が並ぶ道を歩き、その一つの前で足を止めた。

亡き人に、数秒の黙祷を捧げてから静かに口を開いた。



「チェイさんお久しぶりです」

「遅くなってすいません。なかなか休みが取れなくて」

「今日はチェイさんに話したい事があります」



そこで一旦、言葉を切り目を閉じた。

瞼の裏に映る景色は遠い昔の記憶のように思えた。

リックはゆっくりと目を開き、再び口を開いた。



「僕は、僕は…あなたの事を決して忘れません」

「例え遠い記憶になろうとも決して色褪せたりしません」

「あなたが助けてくれたから今の僕があります」

「だから、僕はあなたの分まで生きて、生きて、戦います」

話し終えたリックは墓碑に向かって敬礼した。



「…最後に一つ、聞いてもいいですか」

「僕は…僕は…」







「――― 少しでもあなたに近付けたでしょうか」



答えは返ってこなかったが、リックは満足そうに墓碑から離れた。



(りっくん!頑張れっ!)



リックを励ます、優しい『姉』の声が聞こえた気がしたからだ。



だからリックは一度も振り返らず、墓地を後にした。


≪-遠い記憶の欠片- 完≫



[あとがき]

遠い記憶の欠片、後編を読んで下さってありがとうございます。

このストーリーの半分くらいは去年から作って放置してあった物です。
丁度、ぴったりな企画があったので参加させて頂きました。
気に入ってもらえたでしょうか?
やっぱりシグーは強いです。連ザ最高!(ェ
 
最後にもう一度、私のSSを読んで下さり、ありがとうございました。