PHASE-3 鎮魂歌 ―Requiem―


「連合の部隊・・・・全く、ザフトだけでも厄介だってのに」

ソウが叫んだ。

恐らくザフトの新型があると知って仕掛けてきたのだろう。

「俺が出撃る。 ソウは残っててくれ」
「何でだよ! 二人で戦った方が――」
「ガーベラの火力は強大すぎるんだ、味方を巻き込みかねない。 だから単機で行く。
 更に、ザフトがいつ来るかも分からない。
ここを手薄には出来ない、脱出に差し支えるからな」

新型の奪取を任務とする部隊ということを考えると、奴等は精鋭部隊の可能性もある。
敗北も有り得るだろう。
万が一の時の犠牲は俺だけで済む、その考えは極力匂わせないようにした。


ソウは完全に納得した訳では無さそうだったが、カルの
「俺たちはロイを信じて、移動の手筈を整えよう」
という言葉に引き下がった。

「皆で一緒に生き延びよう」

カルの声に、俺たちは頷いた。


俺は戦いへ向かった。

血に飢えた狼が待つとは知らず。 


*********

敵は六機。 その内、ストライクダガーが五。
ガーベラのデータベースによれば、残りの一機はデュエル・ダガー。
少数生産された、ストライクダガーの上位機種らしい。
フォルテッシモか何とかという、増加装甲を着込んでいる。

加えて、ノーマル機では灰色の部位が漆黒に染まっている。 パーソナルカラー――エースの証。

その乗り手が誰か、俺には分かった。 この辺りで、彼を知らぬMS乗りは稀有だ。

ブロス・レミング。
“凶つ天狼”の二つ名で知られる、ユーラシアの凄腕パイロットの名だ。


その彼の愛機らしき重装MSに砲口を向ける。
だが、そこにデュエルダガーの姿は無い。

敵機が大外から回り込みつつ近づいていた。 厳つい機体の割に、大したスピードだ。
俺は敢えて、そいつではなく後方のダガーに照準を合わせた。

光の槍が無数に降り注ぐ。

ストライクダガーのパイロット達は、よもやこの機がビームマシンガン装備で、その上自分達が狙われるとは考えもしないだろう。
そう思ったが故の選択だ。

それでも、咄嗟に盾で防御した機もあり大打撃には至らなかった。
不意に、デュエルダガーのパイロットから通信が入る。

<なかなか凶悪な機体だな・・・面白い、殺り甲斐のある事だ>

若い声だ。 俺より数歳上な程度だろう。

<パイロットに用は無い。 コクピットだけ潰して奪い取ってやる>

饒舌な奴だ。 戦闘中にこれ程話せる余裕も、彼の実力を表しているのかもしれない。

その機を狙い、ゲッテルフンケンを撃つ。
向こうは地を蹴り、跳んだ。 重そうな機体で、よくもそこまで!


空中からレールガンの弾頭が撃ち出される。
躱し、こちらを狙撃せんとしていたダガーに飽和射撃、撃破。


続けて、着地したD1型が僚機共々突っ込んで来た。
無謀な行為だ。 気でも触れたか?

俺は敵機に大量の花弁ビームを放った。 こちらに突撃している彼等には回避は困難だろう。
爆炎が、視界を遮る。

エネルギー切れ――砲身を直ぐに取り替える。


視界が開ける。
そこに一機のMSが無傷で立ちはだかっている理由を俺が察したのは、暫く後だ。


「味方を盾にした、のか・・・・」

俺は愕然とした。

戦争に犠牲は付き物、そんな事実はガキでも解る。
だが、味方を盾に自分の身を守るなど――

それ以上考えは深まらなかった。 黒い機体が、既に至近へ近付いている為だ。

<そいつの力、俺に見せてみろ>

ビームサーベルが揮われた。

バックステップで回避も、避けきれない。 銃身が高熱で融解、切り裂かれる。

俺は銃を手放した。 この距離で狙えはしないし、そもそもリロードさえままならない。

サーベルを両手に、相手に連続して斬りかかる。

しかし二本の光刃は、シールドに軽くいなされ。
驚きに、防御が滞った。

<青いな、新型!>

叫びと同時に、モニターにMSの脚部と思しき影が映った。

遅れて、激しい衝撃。
全身が大きく揺さぶられ、内臓が潰されそうになる。

再び衝撃が襲う。 地面に激突したようだ。
俺は必死に耐えた。


直ぐに起き上がろうとしたが、俺はガーベラの動きを止めた。

コクピットに、サーベルが突き付けられていた。 あと数メートル程の距離だ。
腕を動かそうにも、踏み付けられており叶わない。

<降りろ>

パイロットからの通信。
<さもなくば、消す>

その声音は、言葉が脅しでは無い事を示すかのようだった。

降りたところで生き延びれる保証は無い、どうすれば――

俺は打開策を求め辺りを見回す。
あるスイッチに目が行った時、出撃前にカルの言った事を思い出した。

*********

「“ハイリッヒトゥム”?」

俺は聞き返した。 聞いた事の無い言葉だ。

「うん、それがコイツの切り札らしい。
 って言っても、詳しくは分かんないんだけど」

「分かってる事は?」

「一つは、ザフトが威信をかけて機密化しようとした代物だって事。
もう一つは長時間の使用に耐えないって事。 何でも、大量の熱が問題だとか。
だからこの装備は絶体絶命の時だけ、使ってくれ――――」

*********

俺はスイッチを力いっぱい押し込んだ。
システムの起動音がコクピット中に響く。

瞬間、機体が眩しい光に包まれた。

煌めくモニターの中、敵機がこちらの纏った結界に弾かれ仰け反るのが見える。

気付いた。 この“ハイリッヒトゥム”は、機体表面にビームの防壁を展開する装備だ、と。

更に、俺の読みが正しければ――

多数のミサイルが浴びせられる。 その弾頭は直前で相殺される。
そのまま相手へ、体当たりをかました。


――思った通りだ。
敵機の姿で、俺は確信した。

ぶつかっただけで、奴の黒と青の分厚い増加装甲は灼け落ちている。
まるでビームサーベルで抉られたかの如く。

この装備は、身を守る単なる鎧ではない。
あらゆる物を拒絶する障壁――“排撃の聖域”とでも呼ぶべき代物だ。


一気に加速、二本の光剣を袈裟懸けに振り下ろす。
一本目が相手のシールドを押し切り、二本目がデュエルダガーの首を断ち切った。

「止めだ!」

続けての突きがダガーのコクピットを貫こうとした直前、視界がホワイトアウトする。

――閃光弾か!?


敵の反撃を予想し身構えた俺だが、目前に奴の姿は無かった。

残った追加装甲を脱ぎ捨て、見る間に小さくなってゆく機体をモニターに認めながら、俺はガーベラを停止させた。


<このままでは終わらん、直ぐに殺してやる>
ブロス・レミングの発した捨て台詞が、妙に耳に残った。



心なしか、コクピット内が暑い。
装甲の表面温度が急上昇している為だろう。

“ハイリッヒトゥム”が排撃するのは、敵だけでは無い。
時間が経つにつれ自機の装甲をも蝕み、最悪乗り手ごと融解の危険性もあるのだ。

「こいつはとてつもない代物だな・・・・・」

ザフトの必死さも頷ける。


ライフルを拾い上げた後、帰還しようとして隠れ家へ通信する。

「敵部隊は蹴散らした、今から帰投する」


・・・・反応が無い。 ハイリッヒトゥムの影響で通信機がイカれたのか?


違う。

凶つ天狼からの通信は、はっきりと届いていた。
という事は――


不快な焦燥に駆られ、俺はガーベラを疾らせた。

*********

眼前の光景を、俺は信じられなかった。
先程まで使っていた建物が炎上し、大きく形を違えている。

地獄の如き、様相。

「・・・・・ソウ? ・・・ミク? ・・・・カル?」

俺は戦慄していた。
辺りを見回す。MSの残骸が映った。

ジン――ソウのでは無さそうだが・・・・

――D装備?要塞戦用!?まさか!!
こんな奴らに襲われたら、皆は――

別のジンが、巨体を横たえていた。 数は少なくない。
その内の一機、建物に程近いジンが、継ぎ接ぎだらけのジンに折り重なるように倒れている。

―――ソウのジン!

急いで駆け寄り、覆いかぶさっていた機を引き剥がす。
外部からコクピットを強制開放しようとしたが、開放機能が作動しない。

当たり所が悪かったのか、別の理由か・・・

ガーベラに通信が繋がる。モニターには、頭から大量の血を流したソウの姿が見て取れた。

「ソウ!」

<――へっ。やっと繋がりやがって・・・・
 
 ・・・・・・悪い。
 何とか倒せたんだが・・・・だいぶ喰らっちまった>

「今助けに――」

「もう・・・手遅れだ・・・・・・ロイ」

音は途絶えた。


画面は未だ、血塗れのソウを捉えている。
口許が蠢く。

イキロ、と。

耳障りなノイズを残し、彼の姿は消えていった。

「ソウ・・・・・くそっ!!」

俺の力が、足りなかったせいで――
「一緒に生き延びよう」と言ったばかりなのに!

うなだれる俺の前で、半壊した構造物が崩れ出す。

「まずい!!」

*********

舞い上がる噴煙。
散乱する瓦礫。

鉄骨やらケーブルの剥き出しとなった施設内を、手探りで進む。
広い空間に辿り着いた。

人影――カルだ。
しゃがみ込んでいるその近くには、寝そべったミクらしき姿も見られる。

「カル! ミク!」

近寄ると、破片がカルの全身に深々と突き刺さっている。

「・・・・・ロイ」

弱弱しい。 もう長くはないだろう。

「ごめん・・・・・生き延びれ・・・そう・・に・・・・い・・・・・」

「もう喋るな」

急ぎ応急措置を施す。

「ロイ」
「喋るなって言っただろう」
「・・・必ず・・・・生き・・・・・て・・」

「カル?・・・カル!」

返事が無い。 身体がゆっくりと、冷たくなっていくのを感じる。
目を閉じたカルは、静かに倒れこんだ。


「戻って、ロイ」

ミクが話し出す。半身を瓦礫の山に挟まれた状態だ。
上の瓦礫を取り除こうにも、少しでも動かせば完全に崩落しかねない危さの為、助け出せない。

「あたしはもう駄目みたい。 ロイだけでも生きて」
「馬鹿野郎、何でそんな風に諦めるんだ・・・・」

「直にここは崩れるわ、その前に、早く」

ミクは淡々と告げる。
自分を見捨てて、逃げろと。

「それを持っていって」

机に置かれたディスクを指差してくる。
俺は掴み取った。 中身は知れない。

直後天井が落ち、俺とミク達との間を完全に塞ぐ。

「ミク!」

「早く!!」
ミクが怒鳴る。


轟音と共に再び崩壊が始まり、俺は建物から逃げ出した。


*********

施設は、全く崩れ落ちていた。

埋もれたのか、ソウの機体も見つからない。


俺は三人の墓を作った。 装甲板の破片にあいつ等の名前を彫り、ひっそりとした場所に建てただけの代物だ。

泣きながら作業していた筈だったが、終わる頃には涸れ果てていた。


半ば埋もれかけたガーベラのコクピットに入る。
そこでミクから受け取ったディスクを再生した。


――あいつ等を殺った奴等のデータだ。
恐らく会敵時の情報から調べ上げたものだろう。

このデータを、あいつ等は俺に送らなかった。 俺が戻れる状況じゃない事を知り、もし送れば、俺がなりふり構わず戻ろうとし討たれてしまうだろう、と知っていたから。

その事が、酷く哀しかった。



それから。
俺は生き延びんが為の方策を考えていた。

こいつを手土産に連合へ降るか?

だが、あのパイロットに殺される事も起こり得る。
それ以前に、俺はコーディネーターだ。 ブルーコスモスに抹殺される可能性は高い。

それともザフトに投降して――

論外だ。 確実に機密保持の名目で消される。


やはり、残る選択肢は一つ。 追っ手を全て叩き、逃げ切る。

生き延びる為。

そう、あいつ等の分まで――――




≪PHASE-04へ続く≫