PHASE-2 狂詩曲 ―Rhapsody―


ザフトの正規軍がこちらに向かっている。
仕事柄、この事自体はさほど衝撃的ではない。

いや、衝撃的ではあるが、今までも幾度かその事態は起きているし、全て潜り抜けてきた。

だが、今回は規模が問題だった。


「ゲイツ、五。バクゥ三機に、後は――ザク!?
 新型よ!」
「新型込みのMS九機!? 冗談だろ、なんでそんな数――」

そこまで言いかけて、ソウは何かを悟ったような表情を浮かべた。

俺も同じ感情だ、彼の思った事は想像が出来た。


「こいつが、途轍もない機密だという事か・・・・」

おそらくは、新技術。
それもザフトが流出を恐れるほどの。


「俺たち、とんでもないことをしでかしちゃったんじゃ・・・・・・」

カルの呟きは、俺達の思いを代弁しているようだった。

「どうする? ・・・逃げるか?」

ソウは尋ねるも、答えは分かっている筈だ。
逃げようと立ち向かおうと、生き残る確率にそう差異は無い、と。

しかしながら、生を諦むつもりは毛頭無い。
生きるための組織が、死を選ぶなど馬鹿げている。

「俺たちは生きる、絶対に生き延びてやる」

うわ言のように繰り返す俺に、考えが閃く。

「勝つ可能性はある」
「何だ? 俺のジンとお前のレイスタだけであいつら迎え撃つつもりか?
 この状況じゃ、あの“機人”だって逆転は――」

「奴等があれだけ消したがるんだ。
逆に言えば、ガーベラはそれに見合う性能を秘めているかもしれん。
俺はそれに賭けたい」

ソウは渋々といった様子で承諾し、継ぎ接ぎだらけの愛機へ乗り込んだ。
俺も、ガーベラへ舞い戻る。


「ロイ、“ガーベラ”出る!」

俺達は出撃した。

生き延びる為。


*********


俺は長銃身のライフルを構え、静かに敵を待った。

銃声、轟音と共に、ジンがこちらに向かってくる。

時折眼を灼く輝き。
ソウのジン目掛けて、射かけられている。

彼は、所謂敵を呼び込む囮だ。
ガーベラで敵部隊を奇襲するための。


――とは言え、一機ぐらい墜としてくれると楽なんだが。

直後、俺の希望は無反動砲の炸裂音と共に達成された。


「ロイ、そろそろ限界だ」

ソウの台詞。だが、まだ早い。
もっとぎりぎりまで引きつける。

ソウの機が俺の後方まで退いた、今だ――――発射。

数多のビームが、ターゲットに襲い掛かる。


ビームマシンガン、珍しい装備だ。
ユーラシアの機体が運用していた噂があると、以前カルが言っていたような気もする。

対多数戦闘で、真価を発揮する代物だ。


亜光速で迫る無数の火線は、そうそう躱す事は出来ない。
先頭のゲイツが隣のバクゥをも巻き込み、盛大に爆ぜる。

別の機体を狙い、続けて発射す。
驟雨の如く降り注ぐビームに、ゲイツが二機、餌食となった。


無数に咲き乱れるビームの威力に、俺は半ば酔いしれかけていた。
神々の火花ゲッテルフンケン”――あながち、大袈裟な名でも無いようだ。


バクゥが、単機向かい来る。
全身のバーニアを軽く噴かす。
それのみで、バクゥの背後に大きく回りこんでいた。
そのまま敵機はゲッテルフンケンの火力に飲み込まれる。


圧倒的な火力。
比類なき運動性能。

舌を巻く性能だ。



相手に攻撃の猶予を与えぬ為に、間断なく撃ち続けていたところ、コクピット内にアラートが響く(澄んだ警告音だ。ノイズ雑じりだったレイスタのそれの比では無い)。
放熱が限界に達する、という旨のメッセージと同時に。


ただでさえ強力なビームを高速連射するのだ、代償は大きい。
砲身が過熱し、冷却が追いつかなくなってしまう。

「ロイ!」

通信機からのカルの声。

「砲身を換装するんだ!」

砲身? 何処にそんなモノ・・・・・。

あるじゃないか。
腰に佩かれた数振りの筒。
こいつらの事か。

一本引き抜き、前の砲身を排除パージ
新たな銃身を取り付け、再び撃ち始める。

エネルギーの心配も無い。
予備の砲身にエネルギーパックを積んでいるらしく、リロード時にチャージが済んでいる。


五機目のゲイツが、舞い散る花弁に消える。


バクゥが背後に回り込んでくる。
ザクと挟撃する気だ。


ミサイルポッドから、多量の弾頭が放たれる。

避けきれない。
尤も、直撃コースのミサイルのみを撃墜すれば済む話だ。
あちらも承知だろう。

その隙にザクが仕留める腹づもりか。
だが意図が読めれば、対処も困難ではない。


直撃コースのミサイルを落とし。
通り過ぎたコース外のミサイルを、ゲッテルフンケンで残さずロック、破壊。


爆煙が舞いザクの視界を塞いだ隙に、バクゥを撃破する。


残るはあと一機。
ザクが手斧を振り上げ突進して来た。


煌めく光刃。

一拍早く、ガーベラのビーム剣がザクの胴を貫通した。


「何て性能だ、全く・・・・」

ガーベラの性能に、俺は驚愕していた。
正直、自分がやったと思えぬ程だ。

「でもよぉ」

唐突に、ソウが話し出した。
戦闘に殆ど介入出来なかった為、何処と無く不満気な声色だ。


「確かに凄ぇ機体だけど、ザフトがあそこまで拘る程のものか?
 他に理由があるんじゃねぇのか」


俺も薄々、その事は感じていた。

間違い無くコイツは強い。
だが、それだけだ。

それ以上の“何か”が無ければ、あの組織が機密保持に躍起になることはあるまい。

となると、考えられるのは――

「まだ、隠された能力があるのか・・・?」

通信。
「ソウ、ロイ。建物の中へ」

カルの誘導で、俺たちは乗機の歩を進めた。


*********

ユーラシア連邦辺境、ミゼ基地――

「レミング中尉、司令から通信です」
「回せ」
「はい」


「任務ですか?」
<情報屋から売り込みがあった。
 輸送中のザフトのMSが一機、何者かに奪われたそうだ。
 奴等は基地の戦力を結集して追撃しているらしい。>

「情報の信頼度は?」
<アンノウンと交戦中のザフト部隊を確認した。
 全くコーディネーター共め、どれだけ新型を造っておるのだか・・・
 端から停戦を遵守する気が無いと見える>
「それはこちらとて同じ事。
 恐らくそいつには新技術が使われている――しかも、余程我等に渡したく無い代物が。
 そいつを奪えば、青き正常なる世界も近付くというもの。
 やって見せますよ、“凶つ天狼”の名にかけて」

<戦果を期待している、ブロス・レミング>



「出撃するぞ!整備兵、新型の整備は済んでいるか」
「出力がダガー以下しか出ません。
 初期生産モデル故か、パワーパックが粗悪品だったようです。
 今交換します、数時間お待ちを」

「それ程待てるものか。
 D1で構わん、俺の“シリウス”を用意しろ!」

********

俺とソウは内部へと辿り着いた。

「ここは?」

「工場跡地っぽい。
 機能はそれなりに残ってるし、隠れ家には適してると思う」

「ひとまずは凌いだ、か」

「ええ、でも直に追手が来るはず。
 それまではゆっくり休んで」

「じゃあ遠慮なくそうさせてもらうぜ」

早々と、ソウは仮眠を取りにいった。

「俺も寝るかな・・・」

「ロイ」

ミクが呼び止めてきた。

「分かったわ、ガーベラ。コレよ」

ミクが画面をこちらに寄越した。
覗き込むと、薄紅の大輪が映っている。

「花?」
「ええ、花。別名は千本槍、花車・・・オーブの言葉かしら?
 ――花言葉は、崇高美」

「崇高美・・・・・」

――これだ。
あの機を見た時、俺が感じた気持ちは。


レイスタの調子を見に行こうとしたが、カルに遮られた。

「あれはもう駄目だ、全身の機能の寿命が来てる。
 バラして売るから、ガーベラ使って」


レイスタの冷え切ったそれとは大違いの、ガーベラの暖房が効いたコクピット内で俺は一眠りする事にした。


*********

同日、夕刻。

今後の行き先を話し合った。

「ジャンク屋は匿ってくれそうに無いわね・・・・」
「犯罪組織と裏で取引してたのが発覚すると拙いから、だね」


ジャンク屋ギルドとは頻繁に取引している。
俺達が手に入れた物を彼等が買い取り、転売しているのだ。
だから俺達との間には、浅からぬ信頼関係がある。

だが現在、ギルドは社会的信用のある組織だ。
当然、俺達との関係は表向き皆無だ。

それが明るみに出た場合、築き上げてきた信用は地に墮ちる。
しかもそのリスクを負ってまでの価値は、俺達には無い。

カルは言う。

「スカンジナビア王国にでも亡命するしか・・・
 あそこは今中立だし、拘束されはしないと思うけど」


確かに、ここからあの国までは近い。
が、問題もある。

「北海はどう渡る?港で船に忍び込むか、奪うか――
どちらにせよ、厳しそうだな・・・・・」
「ガーベラはどうすんだ、処分か?」
「今降りたら海まで辿り着けないし、港に着いてからしか決めようが無いでしょ?
 ソウ、あんたのポンコツジン一機で逃げ延びる自身でもあるの?」

ミクの辛辣な返しに、ソウは言葉に詰まったようだった。


「ザフトはどうするの」

「さっきのはまだ大丈夫だったが、このまま追っ手を倒し続ければより脅威となる部隊のお出ましだろう。
“GOS”の連中か、“エクスキューショナー”か・・・勝ち目は薄い」


「それまでに脱出しなきゃね」

カルも同意見のようだ。
それに頷く二人。


腹は決まった――脱出しよう。

最低限の荷物を纏め始めた時。


けたたましいブザーが、施設中に響き渡った。

「何だ!?」
俺とソウは素早く身構えた。ミクは直ぐにモニターへ向かう。

「接敵センサーだけ復旧させておいたんだ」

カルがまくし立てる。

「でも、もう来るなんて!?」

「兵力は?」

ソウが咄嗟にミクへ訊ねる。

「ちょっと待って、距離が――――え?」

「どうした?」
「おかしい、敵が現れたのは逆側なの」
「「何だって!?」」

先程と逆側――それが意味するのは。

「敵機捕捉、機種照合・・・・ダガータイプ、六――
 間違い無い、連合よ!!」



何処からか隙間風が首筋の辺りを掠め。

この時漸く、俺は事の重大さを理解し始めた。




≪PHASE-03へ続く≫