PHASE-1 奇想曲 ―Caprice―
“LIVES”――俺たちはそう名乗っていた。
生命達。
そう意訳されるこの呼び名は、誰からとも無く使い始めたものだ。
ソウ、カル、ミク、そして俺。メンバーはこの四人だけである。
生きる為の組織。まさに俺たちそのものだ。
十月一日。
いつものように、俺たちは思い思いにくつろいでいた。
俺は小説を読んでいた。
題名は“罪断者”。ある連合軍人の手記を基に書かれた物だ。
連合が否認している“ユニウス・セブンへの核攻撃”の記述があったため発禁処分となった作品だが、裏では普通に流通している。
ソウはレポートを読んでいる。
“切り裂きエド”に関する記事のようだ。
著者は……ジェス・リブル? 聞いたことの無い名だ。
カルは、寝てる。
ラクス・クラインが云々とか寝言を言っている様だが、いかんせん声がデカい。
ミクは――パソコンをいじっている。
相変わらず熱心な奴だ。
読み終わり、丁度次の作品に食指を伸ばそうとした時、
「ザフトの輸送計画の情報を掴んだわ。
今夜、アルバトロス級がガルオン基地に到着するみたい」
片手にキーボードを叩きながら、ミクがこちらを振り向き言う。
「輸送計画なんて……機密情報だろう。どこから盗み出してきたんだ?」
「そんなに難しくはないわ。セキュリティはかなりザル。
あの組織、防諜って言葉知らないんじゃない?
コーディネーターって言っても、完璧な訳じゃないもの」
確かにそうだ。
優秀な遺伝子を持つよう調整された理想の存在、コーディネーター。
当初は予想もしなかったのだろう、人が創ったそれには欠陥の可能性が生じると。
“設計”通りに生まれなかったコーディネーター。
目の色が違う、その程度の理由で親から見放された子どもがどれだけいた事か。
俺もその一人だった。
赤髪を期待されて産まれた俺は、赤い色素が足りなかった為であろうか、ピンク色の髪をしていた。
男に桜色の髪など望む所では無かった親は、子を疎んだ。
幼かった俺にも、両親が自分を必要としていない事は感じ取れた。
結局、俺は半ば追い出されるように家を出た。
当ても無い放浪。
行き場の無くなったコーディネーター達を受け入れてくれる組織があるのは知っていたが、その組織、“サーカス”が兵士養成機関だとも知っていた。
俺が望むのは、自分として生きる事だ。兵器として生かされる道は選べない。
その後俺は、仲間達と出会った。
“ライブス”を結成したのも、彼等と共に歩めるからだ。
ジャンク漁り、火事場泥棒、強盗。
やってる事は汚れた事ばかりだが、後悔は無い。
俺達は俺達らしく、自分たちのやり方で生きていくだけだ。
いつの間にか隣に立っていた、ソウが尋ねてくる。
「ロイ……行くか?」
「勿論」
俺は即答した。
*********
同日、夜。
廃工場の裏に隠れ、レイスタのコクピット内で俺は輸送機を待ち伏せていた。
寒い。だいぶ冷え込んできた。
俺の愛機はジャンク屋ギルドから引き払われた物だ。
あちこちにガタが来てるし、空調に至っては端から死んでる。
一応カルに直させたが、機能しているとはとても思えない。
すっかり髪と同色となった俺の耳に、先行していたカルのバギーからの報告が飛び込む。
「見つけた!時間ぴったり。でも妙だな?」
「どうした?」
「ディンが三機も随伴してる。護衛かな? でも、何で……」
何故だ?ここはザフトの勢力圏、護衛のMSなどそうは要らないのに。
俺達への罠か?
いや、ここ最近はザフトの基地は襲っていない。恨まれる可能性は薄い筈だが……
「カル、ロイ。分かったぜ」
傍らのジンの中から、ソウが自身気に言う。
「自分達の縄張りですら、あんだけ警戒しなきゃなんねえ程なんだ。
あの荷物はお宝に違いねぇ!」
その考えには多少の疑問も残ったが。
「そう考えるのが妥当か。よし、仕掛ける」
レイスタがビームライフルを中天に向け構える。
先日ダガーから物色したものだ。
カルの調整で、レイスタでも数発は撃てるらしい。
トリガーを引く。銃口が閃き、光の線が飛ぶ。
敵が使うと恐怖この上ないが、自分が使えるならばこれほど頼もしい物は無い。
隊長機らしきディンを貫いた自らの銃の威力を、俺は実感した。
敵の隊列は乱れていた。間髪容れずに、第二射を放つ。
ディンが一機、墜ちた。
最後のディンが、上空から襲い来た。
ミサイルを躱しつつ、第三射を狙う。
しかし、急速にパワー供給がダウンする。
本体側のパワーユニットの稼動限界だろう。
動き自体も鈍る。
最悪のタイミングだった。
弾雨がMSを捕らえた。
銃撃を受けた機体は崩れ落ちてゆく。
ソウのジンが、俺と対峙していたディンを撃ち落としていた。
「無事か?」
「何とか、な……」
ただ、レイスタは機能を完全に止めていた。
威嚇の為、ソウがアルバトロス級に向けて発砲した。
それでも向こうは止まらず、高度を上げ逃れんとする。
「やっぱりお宝積んでるな、あいつ」
ソウは呟きながら、バズーカに持ち替え、撃ち込んだ。
それなりに損傷はあるようだ。乗組員を脅すには十分過ぎる。
煙を上げる輸送機は、そのまま着陸した。
「はやくお宝の見物と行こうぜ」
ソウが急きたててくる。
仕方ない、降りるか――……降りれない。
電源切れで開かないハッチをこじ開けてもらってやっと出れた事は秘密だ。
*********
俺達が乗り込んだとき、乗員は皆逃げ出していた。
自爆を試みた形跡もあったが、着弾の影響か作動していなかった。
貨物室に入る。暗がりの中、大型のコンテナが鎮座している。
人影がうずくまっていた。何か作業をしているようだ。
「止まれ」
俺はそいつに銃を向けた。
「お前、何をやってるんだ?」
部屋の電源を点けたソウが、呆れ顔で俺に言った。
俺は、カルに銃口を向けていた。
「あ……悪い」
「俺、ビビってチビりそうだったんだけど……
お宝が台無しになる所だったよ、もう」
「お宝は?何だった?」
ソウが無視して訊く。
「人の話聞いてるんだか、全く……
これだよ、これ」
カルが指差した先には、珍しそうな形の、何かのパーツらしき物が幾つもあった。
「これは?」
「MS、しかも新型っぽい。
さっきの廃工場、まだ設備残ってたからそこで組み立てれるかもしれない」
「造るのか?」
「当たり前じゃん、造りたくてたまらないもん」
*********
「やった! 漸く完成したぞ!!」
十月二日、明け方。
カルの歓喜の声で、俺たちは叩き起こされた。
あれから夜通し造り続けていたようだ。
――くそっ、何で徹夜した筈なのにやけにハイなんだ?
俺のぼやきは、完成したMSを見た途端収まった。
曲面を主体とした、全身桜色の装甲。
各所にスラスターをあつらった、そのMSの手には長銃身の得物が握られている。
腰には――砲身だろうか?
両腰二本ずつ、後腰四本。計八本の、筒状の物体が存在していた。
朝日を受け、機体が悠然と光を湛える。
その佇まいは、俺から言葉を奪い去るに十分だった。
「カッコいいだろ、な?」
「ああ……」
美しい。正直、相応しい言葉が見つからない。
「でもこれ、どうするの?」
ミクがやって来て言う。
「一品モノだから売り払えないんじゃない?」
「とりあえず、乗ってから決める」
俺は言った。
乗りたくて仕方がない。
早速乗り込んだ。機体を立ち上げる。
“ZGMF-X4000”の型式と共に、文字列が浮かぶ。
Grand
Envoi of
Refuse
Barrier
Equipped
Reinforce
Armed
――拒絶障壁を装備した強化武装の偉大な使者――
大層なOS名だ。その頭文字で“ガーベラ”。
4000を表す“テトラリア”を加えて、“ガーベラ・テトラリア”、か。
ザフトの機体はフリーダム然り短絡な名前が多いが、この名は優美で好感が持てる。
開発者の違いか?
「ガーベラって……何だ?」
俺は訊いてみた。
「ちょっと待ってて、調べるから……」
ミクがコンピュータをいじり出す。
それから直ぐの事だった。
「ロイ!」
急に名前を呼ばれた。何だよ、そんなに衝撃的なモノだったのか?
俺の思考は、ミクの次の句に掻き切られた。
「MSがこっちに向かってる! 恐らく、ザフトの正規軍よ」
≪PHASE-02へ続く≫
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