(-Nightmare-後編)

カタパルトから射出された真紅と漆黒を纏った機体、ギンヌンガガプのツインアイが眼前を捉える。

どうやら戦いはすでに幕を開けているようだ。

飛び交う砲火。
飛び散る鉄片。

死よって形成されたその戦場は美しかった。
あちらこちらで巻き起こる炎が、舞い降りる雪と鉄に反射してキラキラと輝いている。

残酷で幻想的なその光景を一目見てブラドは血が体の奥底から沸きあがるのを感じる。

呼吸を一つ。 二つ。
そして今からの限られたパーティタイムを楽しもうと・・・、開幕の叫びを上げる。

「YEAH! YEAH!! 往くぜ、相棒! OPEN COMBAT!!!」 



PHASE-02 Slumber



カタパルトで打ち上げられた高空から最大速で一気に敵陣に急降下。

ギンヌンガガプの右手には攻防複合兵装『スキーズブラズニル』
一見、ランスと呼ばれる中世の騎兵が持つ上馬槍を模した物だが、その先端の刃の部分が存在せず、空洞のような内部が覗けるような造りになっている。

一列に並んだジンの群れに向け、右腕と騎上槍を振るう。


一薙三殺。


ジンは完全な間合い外からの攻撃に胴を両断された。


『スキーズブラズニル』―。
外見は、槍のような物。
しかし、その実は、スーパービームサーベルジェネレーター。

長い筒状の内部でコロイド粒子を生成し、同じく内部で発生させた強大なエネルギーを制御。
内部から溢れたエネルギーに指向性を持たせ機体の2倍の長さはあろうかという特大のサーベルとしているのだ。

「ク・・・はははははッ!!」

実戦では初使用となる、そのエネルギーのカタマリの威力に顔が綻び唇から笑いが零れるのを隠せない。 

「いきなり景気がいいじゃねぇか! なぁ、相棒!?」

着地した位置はまさに敵群の中心。 
四方八方を敵に囲まれていようが恐怖も何も感じない。

それどころか、楽しくてしかたないっ!

「よう、お前等!! 楽しんでるかぁ!? ハハハハハハハハハッ!!!」

機体の全長を遥かに超えるビームの刃が圧倒的な破壊力を持つ嵐を巻き起こす。

敵に触れれば敵を刻み、大地に触れれば大地を裂く。

瞬く間にザフト進行部隊の隊列に残骸によって描かれる円ができる。
 
その外周円上にガナーザクがオルトロスを構え、近距離からの一撃を放つ。

必中必殺を誓った熱線がギンヌンガガプに向かって奔る。

だが、「必ず殺す」と約束された一射はその絶対の理を曲げ、ギンヌンガガプを貫くことは出来なかった。

現れたのは盾。

巨大な剣は、いつの間にか盾となっていた。

筒が花弁のように四方に広がり、やはり、そこに生成されたコロイド粒子によってエネルギーを定着させるビームシールドジェネレーターと化す。
これが、『スキーズブラズニル』のもう一つの姿。

「ハ! 楽勝だぜッ!!」

『スキーズブラズニル』は形状を筒に戻し、再びビームソードを発生させる。
攻防一体の大剣を掲げ、烈火の如き赤が敵陣を貫いていく。 

「ォラオラオラオォラァアア!!!」

たった一つの得物を振り回し、立ち塞がる全てを捻じ伏せ進む。

次へ。 次の敵へ。
定めた目標〈エモノ〉が一瞬のうちに過去のものになり、再び新たな目標〈エモノ〉を求め進む。

「足りねぇんだよッ!」

また一機を両断。 一瞬遅れた爆発がギンヌンガガプを照らす。
爆風と残骸には目をくれず、ただ前のみを見るブラドの視界には『5機の巨大MS』が遥か遠くに映る。 
それは、地球軍の最前線を支える最後の砦のように聳え立っていた。


――あそこが最前線か。 あれより前へでれば敵・・・いや、玩具が沢山いるんだな。 基地の防衛? 知ったことか。 オレが楽しめればそれでいいんだよ。


一瞬気が緩んだ瞬間に、敵のビームに愛機の肩を吹き飛ばされるが構わない。 
削がれた装甲の分、緊張感が増すというものだ。

目が血走り鼓動が速くなる。

もっと速く。 もっと早く。 もっと疾く。 もっとハヤク。

立ち塞がるものを切伏せながら、第1ラウンドのゴールにして第2ラウンドのスタートを目指す。

「ッ!?」

が、それは叶わない。

ギンヌンガガプのコックピットに警報が鳴り響く。
エネルギーの残量が、そこまで辿り着けない事を示している。
最強の剣と盾を生み出すには、それ相応の代価〈エネルギー〉が必要となるのだ。


悟る。
――そーかよ。 オレが連中を利用してたように、基地の連中もオレを利用したってことか。

命令を聞かない力だけの使えない兵士〈ブラド〉とエネルギーを大量に消費する力だけの使えない試作型武器〈スキーズブラズニル〉を併用、有効利用しようということだ。

以外に働く思考回路が導き出した一つの論。
その答えを知りながらも心が冷めることはない。 

――だが、最高の遊び場を提供してくれたことには・・・感謝するぜ!


「ううるぅううああああぁあああアアッ!!!」

イエローアラートが点滅するコックピットで、ブラドは最後の獅子吼を上げる。

まだ終わっていない。

「最後の最後まで付き合ってもらうぜ? 相棒よぉッ!」

『スキーズブラズニル』を棄て、両腕の手首からビームサーベルを発生させる。

2つの剣でもって獣のように暴れまわる姿こそ、ギンヌンガガプの本来のスタイル。

重い兵装を棄てたギンヌンガガプは此処に来て動きは鋭さを増す。 
機体強度限界寸前の乱数機動によって敵の砲火の全てをかわしサーベルをジンやザクの胸元に突き立て、顔も知らぬパイロットの肉を蒸発させる。

『うわぁぁ』

聞こえるはずも無い恐怖の絶叫が何故、死ななければならないのかと戦場に問い続ける。

「知るかよ」

――オレには問も疑問も迷いも必要無い。

爆発も無く、鉄の死屍が雪原に倒れ白い大地が占めるスペースがみるみる減っていく。

――後、数秒で消えるだろうこの命を、それでも無駄に使うだけだ!

苛烈な想いと共にザフトのモビルスーツを屠り続ける。



・・・そして、終わりを迎える。



機体機動限界突破―。
蒸気を巻き上げ、各関節が動きを止める。

盾も持たず、動きが緩慢になったギンヌンガガプはただの的に成り下がり・・・、弾丸の牙に装甲を食い千切られていく。

右腕と頭部がビームによって吹っ飛んで面影も無くなったソレにさらに弾雨が浴びせられる。
ギンヌンガガプはこの瞬間に死を迎えた。



「おつかれ、相棒」

コックピット内の電子機器の欠片が衝撃によって弾けたことによってヘルメットのバイザーには蜘蛛の巣状のヒビが入っている。

もはや必要なくなったソレを外すと、額の上からドロリとしたものが流れ、視界の半分が赤に染まる。

「・・・ああ」

そういえば、同じような赤い光景をどこかで見たことがある。
そうだ。 今朝の夢。 

参った。 一日で二度死ぬことになるなんてな。

「ククク・・・。 じゃあな、オレ・・・」



――遥か遠く。
目指した黒き巨人がすでに堕ちたのを知ることは無い。

――近い未来。
世界を巻き込んだ戦いが終結を迎えることを彼は知ることは無い。

――何時かの過去。
死んだ数多の仲間の名を彼は遂に思い出すことは無い。



多くの仲間が朽ち果てた戦場を唯の一機で作り上げた凶戦士を許すはずも無い、一機のジンのビームによって、四肢をもがれ、もはや胴体のみとなり、動くことさえ叶わないギンヌンガガプごとブラド・バルバドスは、その肉体を蒸発させられた。

「っへ・・・や・・・死・・く・・・ねぇな」

激しい光に飲み込まれながら呟いた無意識の一言が、彼の最後の言葉。
それは、誰の耳にも届かずに泡沫夢幻の如く消える。



その男の死など、存在しなかったように天国を護る戦いはまだ続いている。

赤と黒で彩られた彼の墓標も、今は雪で薄っすらと白に染められている。

戦争の歯車はまだ回っている。



――何時かの未来。
この世界から、消滅した男のことを知る者など、いるはずも無い――。



≪-Nightmare- 〜完〜≫


[あとがき]

前後2話構成の後編となります。 

唯一の登場人物と言ってもよいブラド・バルバドスですが・・・、結局、使い捨ての強化人間という扱いになってしまいました。
話に出てきていない偉い人的には「欠陥パイロットと欠陥兵器によって一定の戦果が得られれば僥倖」と言った感じです。
そして、ブラドは思惑通りの働きをして、アッサリと死んでいってしまいました。 
一つの駒として、それに従いつつも、自分の嗜好の為に戦った一人の男の話でした。


後編まで読んでいただきありがとうございました。 では、また別の機会に。