(-Nightmare-前編)

悪夢か現実か、曖昧だった。 

砕け、爆ぜた仲間の機体。 
今はもう鉄と肉のカタマリでしかなくなってしまったそれ等と彼等は、遥か後方。

その彼等の名前も顔も思い出せない。 

何故?

――それは、夢から覚めた時、その内容を忘れているように――
『もう必要の無いモノ』として記憶から締め出したからだ。 

故に流す涙など流れるはずも無い。 それに価値を求めることも無い。
自軍戦力−1。 彼等の死など、それ以外の何物でもない。

戦い、生き残り、そしてまた戦う。
殺し、生き残り、そしてまた殺す。

そのために切り捨てる事は必要なことだ。 
そう教え込まれている。 そう割り切っている。



だが、彼にも終わりは唐突に訪れる。 

「・・・ああ?」

どうして視界が真っ赤なんだ? 
ああ、そうか。 コレが死か。 コレでお終いか。
ああ、きっと彼等もこんな感じで死んでいったのだろう。

以外と冷静なままの心持で、終わりを受け入れる。



世界が、暗転した。




PHASE-01 Awakening




「はぁはぁ・・・」

壊れたバネ仕掛けの玩具のようにベッドから男の上半身が跳ね上がる。
開かれた眼。 天井のライトの明かりが目に入り瞳孔は引き絞られる。 

窓や壁紙もなく分厚いコンクリートが剥き出しの殺風景の部屋。 あるのは時計と、扉の向こうのシャワールームくらいだ。
常人よりはるかに強靭な肉体を持つオレを飼う為の檻と言った所だろうか。

暗い鼠色の空間が、今までのモノが夢だと教えてくれる。

「クソッたれが!」

荒々しく苦い思いを吐き出しベッドから降りる。 
寝汗で背中に張り付いたシャツが気持ち悪い。

「オレが、夢を見ていたなんて・・・な」

赤い夢。 鼠色の現実。
どっちもクソッたれだ。 反吐がでる。 


呼吸を整え、未だ夢と現実の境目を漂っている暗澹とした思考と四肢の感覚を、叩き起こそうとシャワーを浴びに奥の扉に消える。


十数分後、部屋に戻ってきた男は、タンクトップの上に地球軍男性用の制服を羽織り、ズボンを履き、最後に厚い膝下のフード付きコートを着込んだ、なんとも軍人らしからぬ格好で現れた。

室内では暑すぎるがこのコートを着ていないと、これから向かう所では厳しすぎる。
なんたって、此処は『この世の果て』だから。

男は迷うことなく鼠色の牢を後にした。



目的地格納庫の扉を開けると、やはり途轍もない冷風が襲ってくる。
その冷風を浴びて、やはり冷たくなっている鋼の相棒のコックピットに入り込む。
システムを起動させると監視の連中がわらわらと寄って集って来きてウザッたいから、コックピットの中は暗いままだ。

オレは与えられた自由の時間の大半を此処で過ごす。 眠ることも無く、ただ暗闇に身を任せているだけだが、此処が一番落ち着く。
暗黒と静寂のみが存在する閉鎖世界は視覚も聴覚も必要としない、一番楽な場所だ。

最近の基地内の慌ただしさも、廊下ですれ違った士官の爺たちの慌てた顔もこの空間にいるときは関係ない。



ただ、今日だけは違った。



突如、鳴り響くレッドアラート。 
暗闇に強制的に明かりが燈され、ディスプレイ上のモニターに桃色の制服の女が映し出される。
この女は知っている。 戦いの知らせはいつもこの女からだから。


「・・・やはり此処でしたか、バルバドス少尉。 出撃命令です。 至急パイロットスーツに着替え発進準備を。 では」

ニヤリ、と僅かに口元を歪める。


バルバドス・・・。  
久しぶりに聞いた名だ。 前の出撃命令以来だろうか。


『ブラド・バルバドス』


それが、オレ。 
とは言っても、バルバドスは、どこかの白衣のオッサンにつけられた、コードネームのようなものなのだが。



コックピットから出て、格納庫の隣にあるロッカールームに向かう。 


紅い血の色のパイロットスーツを見ると気分が高揚する。 

今日は何人殺せるのか。 それとも殺されるのか。 何人死ぬのか。 

楽しみで仕方ない。
なんたって、オレは、そのためだけに造られた強化人間の出来損ない。

そうだろう?
機械〈生態CPU〉が戦うことに嗜好を求めてしまっているのだから。

クク・・・、と口元がミカヅキを描いたのをヘルメットで隠しながら相棒の下へ戻る。


今度こそ、システムオンライン。
久しぶりに相棒が目を覚ます。 

「よう、久しぶりのお目覚めだな」

答えるように駆動音が大きくなっていく。 

戦いの前の一言を相棒にかける。

「さぁ、殺しにいこうぜ」

――ソシテ、殺サレニ、ナ―― 

心地よい振動は、決まってそう答えてくれる。


さすが、相棒だ。 言ってくれる。


オレの気分は上々。
相棒の目覚めも良好ときた。

唇が震えるのを抑えられない。
背骨の辺りがウズウズしているのがわかる。
脳神経の一本一本が相棒と繋がっていく気がする。

さぁ、殺しに往こうぜ!
さぁ、殺されに逝こうぜ!
さぁ、雪原を赤黒く染めに行こうぜ!!


再び、モニターに女が映し出される。 

「バルバドス機、発進してください」

ああ。 ああ。 だから早く錠を外してくれ。 
じゃないと全部ぶっ壊しちまう。 

「漸くかよ・・・。 ブラド・バルバドス。 ギンヌンガガプ!! 往くぜ!!」

我慢の限界で震えきった唇から、相棒の真の名が発せられる。

『奈落』の名を冠したそれは、その名に呼応するかの如く。
檻から開放された獣のように、2つの眼を光らせて白い世界へ飛び立って行った。



≪後編へ続く≫


[あとがき]

お世話になっています。 wataです。
『Nightmare』前編を読んでいただきありがとうございます。

悪夢から始まって出撃までの前編でした。 
戦闘は後編でお送りしますので、よろしければそちらのほうもよろしくお願いします。