PHASE-07 −NOCTURNE− 夜想曲 

それは近いようでいて遥か幾星霜の彼方に思えてしまうように遠く霞んだ追憶―。

宇宙を染め上げる業火と共に一つの闘いが終わりを告げた。


「ジェネシスが・・・落ちた・・・?」


その時、僕と”エオス”の動きが止まった。
いや、その瞬間宙域にいた全てのMS達がその役目を終えたのだ。


C.E.71. 9/23  戦争は、終わった―。


それと同時に、 僕を支えていた大義も消えてしまったように思えた・・・。


***


「どうしても、軍を抜けるというのか!?アロイスッ!!」

僕がザフトを抜けるという事を聞きつけて血相を変えてシャトルステーションに見送りに来てくれたのはゼーヤさん一人だった。
最も、地球圏に残してきた”腹心の部下だっていう女の人”を出迎えるついでなのだそうだけど・・・。
今や天涯孤独の僕には、まぁ、そんなものだ。
さして気になる事でもなかった。

この人と一緒に戦ったのはヤキン・ドゥーエ宙域戦だけだったというのに、なにやら僕の事を痛く気にいってくれたようだ。

「・・・ええ。僕にはもう、戦う理由もないですから・・・。」
「バ、バッキャロウ!お前の力があれば、ここん所よく聞け、このオレと並んで戦い抜く事が出来るほどのお前の力があれば、これからも充分ザフトの為に働く事が出来るんだぞッ!?
何、年少だからとお前を過小評価するヤツなど、このオレが渇を入れてやるさ!
だから・・・」

ゼーヤさんは僕の顔を見て言葉を止めたんだ。
・・・そんなに酷く疲れきったような顔を、僕はしていたのかな?
ゼーヤさんはそれ以上僕を引き止めようとはしなかった。

「・・・”エオス”は、どうする。」

「エオスは、・・・所詮はジン、シグーに次ぐ量産機開発の為に作られた戦時試作機の一つ・・・いわば”プロトゲイツ”の一機です。
連合軍から奪取したデータで生まれたビーム兵器を搭載した今の正式量産機ゲイツと比較したら旧式もいい所。用済みでしょう・・・もしよろしければ差し上げますよ。」

興味無げに言った僕を見て、ゼーヤさんは一呼吸置いた。

「・・・地球に降りるようだな。宛てはあるのか?」
「いえ・・・でも、行きたい所が・・・あって・・・。」
「そうか・・・。達者でな。何かあったら、いつでも連絡するんだゼ!?オレ達はあのヤキンを共に戦いぬいた熱き血潮の仲間なんだからなッ!!!」




シャトルの中で僕は、静寂を取り戻したその漆黒の宙をボンヤリと見つめながら思ったんだ。


エオスか・・・。
今まで数々の戦場を僕と共に戦った僕の愛機であり、そして・・・・僕と共に多くのナチュラルの命を奪った・・・


悪魔・・・。


僕は地球に降りた。


***


久しぶりに降りた地球の空気を、僕は思い切り吸い込んだ。
まばゆいばかりの太陽と黄砂の混じったその独特なアジアの風が、僕の肌を撫でるように包み込む。


東アジア共和国、高雄カオシュンの光と風だ。


戦後暫くして軍を辞め、地球に下りてきた僕は頼るものは愚か明確な目的すら全くなかった。
一年以上の間色々な場所を回った僕が、気付いた時に行き着いていたのがこの場所だったんだ。

もう何日もの間、僕はただただ、”この街”を見て回っている。
贖罪のため・・・と言うよりも、僕がエオスで焼いてしまったこの街を、なんとなくもう一度自分の目で見てみたかったんだ。
僕に”戦争というもの”を教えてくれた、この街を・・・。

いや、そう思い込んでいただけなのかもしれない。
それほどに、僕は今自分が何をしているのか、何をすべきなのかわからないでいた。

戦い続ける内に、殺し続ける内に、まるで呪縛のようになりながらも必死にすがり続けていた”戦う目的”も”意味”も、戦後の僕の歪んだ心の中では既に霞んでしまって忘却の彼方。
ただ、理由の抜け落ちた”してきてしまった行為”だけが、生々しくこの手に残るのみ・・・。

目に見える全てのものが色無く見える。
全ての音が遠くに聞こえる。
全ての思考が朧の如く霞んでいる。

何もかも、真っ白だった。


当然の事ながら、僕自身ここに来るのは2度目だ。
しかし、自身の2本の足で歩くのは、初めてだった。

久しぶりに訪れたその街はある程度の復興を遂げてはいたものの、やはり先の高雄カオシュンマスドライバー襲撃事件での傷跡が、まだ随所に残っていた。
その傷跡を見るたびに、僕の心がズキリと痛む。

僕が目指したのは、そんな街を抜けた一つの高台だった。
街外れにあるその高台からは大きく開けた海を臨む事が出来る。
正に、アジアの青く澄んだ大海原を一望できる絶景だ。
その高台の先には、一つの小さな石碑が建てられていた。


それは、高雄カオシュン襲撃の際に亡くなった人達のために作られた共同慰霊碑だった。


誰に言われるまでもなく、僕は気付くとこの場所に度々足を運んでいたんだ。
何がそうさせたのかはわからない。
でも、何故だか霧消にこの場所に来てしまいたくなる。

ふと、その石碑に目を落すと、今日もまた供えられた花が新しいものに取り替えられているのに僕は気付く。

「昨日も、おとといも・・・ここの所毎日供えかえられているんだな。」

つぶやきながらその花を手に取ろうと屈んだ僕の背後から、慰霊碑に一つの影が落ちたんだ。


「・・・あの、私もいいかしら?」


僕が振り向くと、そこには花束を持った長い黒髪の女性が立っていた。歳は20代半ばと言ったところであろうか。
僕に微笑みかけた彼女のその亜麻色の瞳は、優しさの中に一握りの哀しみを湛えているかのような、そんな不思議な色に見えたんだ。

僕は「どうぞ」と石碑の前から体をどけて、その女の人に場所を譲る。
「ありがとう」と言いながら僕の前を彼女が通ると、独特のコロンの香が僕の鼻先に心地よく残った。


今思えば、この時からだったのかもしれない。


僕が彼女の事を気になりだしていたのは。
そんな僕の様子を察してか否か、花を新しいものに供え変えた彼女が、突然僕に向かって話しかけてきたんだ。

「貴方も・・・誰かを亡くされたのかしら?」
「え・・・い、いえ。僕は、この土地の者ではないですから。」

たじろぐ僕を見て、彼女は口に手を当てながらクスクスと笑い出す。
その笑い顔は驚くほどにとても・・・・・・とても綺麗で、僕は自分の顔が真っ赤に染まっていくのを自分自身でもまざまざと感じていた。
すると、それを見て僕が不愉快に思っているものと勘違いをしたのだろう、彼女が急に大げさなジェスチャーで手を振りながら謝り始めた。

「ごめんなさい。急に笑ってしまうなんて、失礼だったわよね。
でも、この街の人間の顔なら、私、みんな知ってるから。あなたが土地の者じゃないって事くらい一目見たら分かるわ。だから、なんだか可笑しくって。本当にごめんなさいね。

・・・でも、貴方は” ここ数日毎日” ここに来ているでしょう?

だから、この前の戦争で、誰かを亡くされたのかなって。そう思って・・・。」

僕の事を見ていたとでも言うのだろうか・・・。
と同時に、僕の心がズキリと痛む。
とっさに僕は・・・”少しだけ”嘘をついたんだ。

「い、いえ・・・。実は両親を亡くしてしまっていて・・・。その・・・オ、”オーブ”で。」
「まぁ・・・・。そうなの・・・。それは、お気の毒ね。」

彼女は心底悲しそうな顔で伏せ目がちになる僕の顔を慈しむように覗き込む。
僕はその空気に耐え切れなくなって、ついつい、聞いてしまったんだ。

「あの・・・貴女は、どなたを?」

彼女は一瞬はっと目を見開くと、その瞳を青く澄んだ海原の方へと向ける。
太陽に煌く真っ青な水面が、とてもまばゆく輝いていた。

そして、彼女はそっとつぶやいたんだ。

「・・・夫を、亡くしたの。彼、太陽と海と・・・この街の事が大好きでね。この場所なら全部見渡す事が出来るから、無理言って共同慰霊碑はここに建ててもらったのよ。できたのは、つい最近の話だけど・・・。」
「・・・そうでしたか。すみません。その・・・嫌な事を聞いてしまって。」

彼女は一瞬僕の言葉にキョトンとしていたのだけれど、気付いたかのように首を大きく横にブンブンと振って言ったんだ。

「いいの、いいの。もう・・・過ぎてしまった事だしね・・・。あ!それに・・・ふふふ・・・最初に貴方に聞いてしまったのは、私の方だったわね。なのに、後から聞き返した貴方が謝るなんて、なんだか可笑しい。」

自分の言葉を思い出したかのように、再びクスクスとお腹を抱えて笑い出す彼女の笑顔に、僕もつい釣られて笑ってしまった。

不思議な空気を持った女性ヒトだな・・・。

こんなに自然と顔を綻ばせてしまったのは、随分と久しぶりだったような気がする。
すると、彼女の方から僕に名前を教えてくれたんだ。

「私はシンシア。シンシア・L・オルビス。貴方のお名前は?」
「僕は・・・アロイス。アロイス・ローゼンです。」
「そう・・・。」

シンシアさんは暫くじっと僕の方を慈しむかのように見つめていた。
なんだろう?と思った僕に、彼女ははっとしたのか、「なんでもないの」と首を横に振る。

「ごめんなさい。ぼうっとしてしまって。ただ・・・貴方の銀色の髪が、とても綺麗だったから・・・。」
「は、はぁ。」

気のない返事を返す僕に、シンシアさんは別の質問を投げかける。

「・・・ところで、アロイス君は何歳かな?」
「・・・今年で16・・・ですけど。」

何でそんな事を聞いたのだろう。そんないぶかしげな表情を、僕はしてしまっていたのかもしれないね。
また不愉快にさせてしまったと思ったのか、シンシアさんはニッコリと笑いながらお詫びに僕を家に招いてくれると言い出したんだ。
僕は勿論遠慮をしたんだけど、彼女は半ば強引に僕を連れて車を走らせた。


***


シンシアさんが車を走らせた先にあったその小さな家は、半分近くが・・・いや、ほぼ全壊のすすけた瓦礫の山だった。
人が住めるような代物とは、到底思えない。
これも、僕達ザフトがやってしまった事なのかと思うと、僕の心を締め付ける。

そんな僕の様子に、シンシアさんは気付いたようだった。
本当に人の事をよく気にかける人だなあ、とその時は思ったものだよ。
それが彼女の勘違いである事の方が、僕の場合は多かったかもしれないけれど・・・。

「あ、ごめんなさい。この家は、前の戦争のときに焼けちゃったのよ。だから今は別の場所に住んでいるんだけれど・・・。今日は月命日だから・・・こっちにもお花を・・・ね。ちょっと待っててくれるかしら?」

花・・・僕はそれを聞いて、ここで彼女の大事な人が亡くなったのだろうという事を悟ったんだ。
自然と僕はその場で深く深く頭を下げた。

「・・・オーブでは、こういう場所ではお辞儀をする習慣があるのかしらね?ありがとう、アロイス君。」

花を供え終えたシンシアさんがいつの間にか戻ってきていて、僕の取っていたその行為をまたまた勘違いしたみたいで、お礼の言葉を言ってきた。
僕は、無言で苦笑しながらその場をはぐらかすしかなかったんだ。


***


その夜、招かれたシンシアさんの家で、僕は彼女の手料理をご馳走になった。
何でも、最近就職が決まって家を出た家族の分までいつもの癖で食材を沢山買ってしまっていたのだそうだ。
ちょうど僕と同じ歳だったらしい。

シンシアさんは「久しぶりに腕を振るったから、お口に合うかはわからないけれど」という前置きをして、僕の反応を緊張の面持ちで見つめていたんだけれど、僕の方がもっと緊張してしまったのをよく覚えているよ。

とても、とてもおいしくて、とても暖かかった。
両親を失っていた僕にとって、こんなに暖かい食事は久しぶりだったのかもしれない。
いや、それ以上に、戦い詰めの毎日の中では食事がこんなにおいしいと思った事すらなかった。
戦いが終わった後も・・・それは同じだ。

そんな表情をしていた僕の顔を、シンシアさんは不安そうに覗き込んでいた。

「やっぱり、オーブの人のお口には、ちょっと合わなかったかな?なるべく香辛料の類は控えたんだけど、こっちの料理って外国の人には辛いってよくいうものねぇ・・・。えっと、あ!こっちのスープはきっと辛くないと思うよ。これなんか、どうかな?」

「い、いえ、シンシアさん。とてもおいしくて・・・感動していたんですよ。僕、・・・誰かとこんなに暖かい食事をする事ですら、とても久しぶりだから・・・。」

気まずい空気にしてしまった、と僕が気付いた時には後の祭りだ。
シンシアさんが、僕の”故郷”について話しかけてきたんだ。

「”オーブ”も・・・この前の戦争で焼かれてしまったと言うものね。アロイス君も大変だったでしょうに・・・・。」
「い、いえ・・・僕は・・・。そ、それより、シンシアさんだって・・・いや、その、なんて言ったらいいか・・・。」

僕はもうパニック状態だった。
嘘を付いている罪悪感と、申し訳ないと思う懺悔の念に心が押しつぶされそうだった。
そんな僕に哀しげな瞳を向けるシンシアさんは、元気付けてくれようとしたのだろう、むしろ明るい声で優しく語りかけてくれた。

「うん。でも、・・・・大切なものは沢山失ってしまったけれど、残ったものもある。
まだ、この住み慣れた故郷の街までは失ってはいないんですもの。
私は、この街が大好きなの。
技術職人ばっかりで、ちょっと油臭いような雰囲気。目にしみるような黄砂の風と太陽の光。その全部が、私にとってはとても懐かしい安らぎに満ちている。
・・・そして、色々な想い出に溢れている。

アロイス君だって、そうでしょう?
生まれ育った故郷の記憶は、大切なものよ・・・。

だから、
『まだやり直す事はいくらでも出来る。私達にはまだ、帰る事の出来る我が家ばしょが残っているのだから。』」

僕はその言葉に心が洗われるような思いだった。



・・・ああ、そうだ。思い出した。
僕も・・・プラントを、僕の生まれ育った故郷を守りたくて戦っていたんだ。



大儀が薄れ、人を殺してきた事にばかり囚われ、その闇に蝕まれてきた自分自身の心に、少しだけ明かりが差し込んだような、そんな気がした。

・・・彼女のその言葉は、正に聖母の御言葉みことばのように思えたんだ。

「シンシアさん・・・。」

僕のそんな神妙な様子を察したシンシアさんは、自分で言った事が恥ずかしくなったのかな。頬を真っ赤に染めて、はにかみながらその白い手を左右に大きく振った。

「いやね、死んだ夫の受け売りなのよ。夫は大工だったから、私が落ち込むといつもそんな事言ってたわ。

『ま、いつまでもくよくよすんな!家と一緒さ。お天道てんとさんに向かって土台を”どん”と構えていりゃあ、厄介事なんて何でも弾き返しちまえるってもんよ!』

・・・とかね。ふふふ。ホント、語彙も少ないし、がさつでしょ?
でも、”防人”なんていう有志で集まった街の自警団なんかもやったりしてね。この街の事が本当に大好きな人だった・・・。」

そう言って微笑んだシンシアさんの顔は何処となく・・・いや、明らかに寂しそうに見えた・・・。
シンシアさんは無理に話を変えようとパンッ!と大きく一つ手を叩く。

「・・・うん!そんな事より、今日はどんどん食べて?まだまだいっぱいあるから。」

せっせと料理や飲み物を運んでくれる彼女に、僕は「もう食べられないですよ」と苦笑しながらも、その後は久しぶりに和やかな夜を過ごしたんだ。


***


それから僕は暫くの間、シンシアさんのところでお世話になる事になった。
なんでも、家を出た家族の人が使っていた部屋がそのまま開いていたらしい。

ザフトで働いていた僕はまだ滞在費には困ってはいなかったし、最初は勿論遠慮をしたんだけれど、シンシアさんが「一人で住むにはこの家は広すぎるから」と半ば強引に僕を引き止めたんだ。

あの夜以来、僕はシンシアさんに家族の話は全く聞けないままにいた。
それは、シンシアさんの方も同様で・・・。
僕達はお互い、暗黙の了解だったのかな、あまり昔の話をしようとはしなかったんだ。
僕の場合は、身元が知れてしまう事がただ恐かっただけなのだけれど・・・。

彼女に対するなんの償いになるとも思えなかったけれど、僕は「旅行をしている間ならば」とお世話になる事にした。
勿論、『オーブから東アジアに傷心旅行をしに来ている』なんて事になっているのは、僕が言い出した事ではない。
シンシアさんが例の如く一人どんどん深読みし、勘違いを積み重ねた末に出来上がった架空の設定だ。

うんうんと頷いていた僕の方も悪いと言えばそうなのだけれど・・・流石に言える訳はなかった。


僕はコーディネイターで、元ザフトの人間で・・・そして、この街を焼いた張本人ですだなんて・・・。
その上今更、苦しくて、苦しくて・・・何をしているのかわからなくなって、この街にふらりと足を運んでみただなんて・・・到底言える筈がなかった。


***


その日はシンシアさんは出張していた。

シンシアさんが勤めているのは主としてMS開発に力を入れている日本の大企業”フジヤマ社”だ。
シンシアさんは、いわば”出戻り”でこの高雄カオシュンに戻ってきているらしい。
高雄カオシュン基地が側にあるためなのかもしれないな、と僕は推察していた。

その日、シンシアさんは「突然急な仕事が入ったから今日は戻れない」と言い残し、上海の方へ呼び出されていたんだ。

僕はさして気にとめることもなく彼女を送り出し、自分のものを洗濯したり、家の掃除をしたり、罰当たりとは分かっていたけれどシンシアさんの代わりに慰霊碑に花を供えに行ったりと、穏やかな日々を過ごしていた。

しかし、その時最悪の事態が起きてしまった。



空から一筋の大きな流星が落ちてゆく。



あの方角は・・・上海!?

シンシアさんからは勿論の事連絡はないし、僕は霧消に胸騒ぎがして止まらなかった。
僕は、意を決して車を走らせたんだ。
この大陸の離島である高雄カオシュンから本大陸の上海に向かうために、あの高雄カオシュン基地に向かって―。


***


僕はうまい事高雄カオシュン基地の中に忍び込む事に成功していた。
そして、あろう事か、警備の兵士の目を盗んで倉庫の外に留めてあった一機のジェットダガーLに乗り込み、そのまま空へと飛んだんだ。
これでも一応、元MSパイロットだ。
追いすがる追っ手を匠に振り切りながら、僕は一直線に上海のある本大陸を目指した。

今考えたら、なんてとんでもない事をやろうとしたのだろうと、不思議なくらいだ。

燃料は持つかとか、無事に辿り着けるのかとか、挙句の果にシンシアさんが今上海の何処にいるのかすら、その時の僕にはわからなかったのだから。
自分でも、そのとっさにとってしまったその時の行動力に驚いてしまう。

なんとかギリギリで上海上空に到達した僕は、その惨状に絶句した。
上海の街を、先ほど空を焦がしながら落下して行ったあの流星が、そのまま貫いていたのだから。

「シ・・・シンシアさん・・・!シンシアさんは、無事なんだろうな!!?」

僕は上空からダガーLの全カメラをその”上海だった街”に向け、必死にあるともしれない彼女の姿を探したんだ。

それは本当に奇跡だったのかもしれない。

ふと目に入った街外れのその場所に、僕は彼女の姿を見つけたんだ。
彼女は生きていた。
でも、瓦礫に足を挟まれたままぐったりと横たわっていたんだ。

僕は燃料切れに近いダガーLをその場所に向かわせて瓦礫を取り除くと、急いでMS昇降機ラダーを使ってシンシアさんの元に駆けつけた。

「シンシアさん!大丈夫ですか!?しっかりして下さい、シンシアさん・・・!?」

シンシアさんはゆっくりとその霞んだ目を開け、彼女の体を抱き起こしていた僕の”銀色の髪”にそっと手を当てながら、大粒の涙を流した。
そして、か細い声でこう言ったんだ。


「”グレン”・・・・グレンなの?
空から”また・・・大きな光が”・・・。私を・・・・助けに来て・・・くれたのね。ああ、グレン・・・!寂しかった・・・貴方がいなくなって、私・・・」


「シン・・シアさん・・・・。」

シンシアさんは、僕のその声にはっとなった。
そして、大粒の涙を流すその顔をそらして、振り絞るように言ったんだ。

「ごめん・・・なさい・・・。アロイス君・・・だったのね。そう・・・そう、よね。あの人は・・・もう・・・。
貴方のその綺麗な”銀色の髪”が・・・あの人と・・・グレンとそっくりで・・・・ごめんね・・・うっ・・うぅ・・・・。」

慰霊碑に毎日のように訪れる僕を見ていたのは、そういう事だったのか・・・。
僕の”銀色の髪”に、亡くした愛する人の面影を重ねていたのかもしれない。

僕の腕の中で声にならない嗚咽を漏らすシンシアさんに、僕は何もかける言葉がなかった。
ただただ、その震える肩を抱き続けている事しか・・・・僕には出来なかったんだ。


何故なら僕も・・・・霧消に切なくて切なくて、仕方がなかったから・・・。


***


ブレイク・ザ・ワールドと後に呼ばれる事になるあの事件の日、その場で救助活動をしていた連合軍の兵に僕は連行されて高雄カオシュン基地に帰ってきていた。

勿論シンシアさんはそのまま病院に搬送された。
外傷も右足の骨折と軽い打撲程度であり、命に別状などはないようだった。
ただ、連合軍に連行された僕の事を最後まで心配そうに見つめていたその瞳だけが、僕には気がかりだったけれど。

僕がMSに乗って上海に来たと知ったら、僕がコーディネイターである事がきっとばれてしまうだろうな、と・・・。

流星の落ちた事件の事でなのだろう、どことなく慌しい様子を見せるその高雄カオシュン基地で、僕はある一室に連行されたんだ。
僕の目の前には軍帽を深く被り、バイザーグラスをかけた壮年の男が向かい合うように座っていた。
その傍らには立派な長い顎鬚を携えた白髪の老人が杖を付いて立っている。


高雄カオシュン基地統括司令・スパンディア・エルディーニ大佐とロンファン・リゥ少佐だそうだ。


まさか、あの”機人”にこんな辺境の基地でお目にかかれるとは、僕も夢にも思っていなかったけれど・・・。
僕の話を聞き終え、話を切り出したのはロンファン氏の方だった。

「・・・で、お前さんは、その女性を助けようと思って、あの”羽付き(ジェットダガーの事)”を盗んでこっから上海へ飛んだと、そう言うんじゃな?
もしそれが本当の話じゃとしたら、お前さん、途方もない大馬鹿モンじゃよ、アロイス・ローゼンとやら。

”早まる”にも限度と言うものがあろうて。

まぁ、基地の者に一言声をかけたとしても、素性の知れんお前さんを現場に連れて行ってくれる程に暇で粋な者はおらんかったろうがの。」

ロンファン氏は心底呆れるように自らの顎鬚を二度、三度と撫でては、一つ大きなため息を漏らす。
そして、エルディーニ大佐が別の話を切り出し始めた。

「時に、アロイス・ローゼン君。
君はダガーを自在に操っていたね。いや、先ほど君を追撃して振り切られたダガーの記録映像をモニタリングしたのだよ。
実に鮮やかな操縦技術だ。あれでは我が軍の2流パイロットでは手も足も出ないだろうね。
・・・・君はコーディネイターだね?それも、しっかりとした戦闘訓練を受けているように見受ける。」

「・・・・・っ。」

やはり、その話に来たか―。
僕は最早言い逃れは出来ないな、とその時観念したんだ。


MSを強奪したんだ。それなりの覚悟はできている。


でも、エルディーニ大佐の口から出た言葉は意外なものだったんだ。

「・・・まぁ、そんな経緯などは過去の話。さして興味はないのだ。
私はね、アロイス君。
過去を振り返る事よりも、有益なる未来を見据えていたい物だと常々思っているのだよ。
・・・そこで君に率直に提案したい。我が軍に入隊する気はないかね?」

「・・・え・・・。」

僕は驚き、身構えた。
僕をコーディネイターであり、・・・そして恐らくザフトと関わりがある者だと見越した上での提案・・・。
一体何故?、と。

「僕に、地球連合軍に入れ、と・・・そう仰るのですか?」
「そうだよ、アロイス君。と、言うかね・・・・。君、このままだと”MSを盗んだコーディネイター”として厳しい処罰を受ける事になる。そうなれば・・・最悪極刑だ。」
「・・・!」

エルディーニ大佐のその言葉に少しだけ驚いて僕は一瞬眉間に皺をよせたよ。
そして、ロンファン氏がたまりかねて口を挟んできたんだ。

「スパンディア!何を言うとるか。この程度の事で極刑等になるものではないわ。
第一、上海の人間の報告によれば、彼奴はダガーLをそのまま操縦して人手不足の人命救助に当たってくれよったというではないか。
それだけでも、この件。人道的処置による不可抗力として扱うべきであろうが!」

「ククク・・・老師。だからこその”人道的処置を前提とした提案”なのですよ。分かりませんかな?」
「・・・何じゃと?」

クククと含み笑いを浮かべながら、エルディーニ大佐はゆっくりとその真意を語りだした。

「・・・二人とも、今日のあの大惨事で今どんな噂が飛んでいるか、知っていますかな?どうだね?アロイス君。」
「?・・・いいえ。」
「・・・あの上海に落ちた流星は、ユニウス・セブンの欠片だそうだ。」

僕はそれを聞き、苦悶に顔を顰めてしまった。
何故なら、ユニウス・セブンは・・・亡き僕の両親の墓標なのだから。

大佐はバイザーグラスの奥の瞳で僕のそんな様子を伺いながら話を続けてゆく。

「しかも、それは人為的に落とされたものだという噂でね。まだ公式に発表はされてはいないが、そこにはザフト製のMSと思しき機影が数機目撃されているらしいのだ。」
「ザ・・・ザフトがやったと!?そ、そんなバカな!!!」

その言葉に僕は驚きを隠せなかった。
ザフトが、そしてユニウス・セブンが・・・


”また”シンシアさんを傷つけ、苦しめてしまっていたというのか・・・。


まるで、僕が再び何かをしてしまっているかのような、そんな罪悪感を覚えてしまう。
ロンファン氏も、その時は確か無言で絶句していたんだと思う。
混乱していて、よく覚えてないんだけど・・・。

「お二人とも、察したかな?つまり、”MSを強奪しようとしたコーディネイター”であるアロイス君。今、君は極刑になる確率の方が高いかもしれないのだよ。

軍人など、戦争が法のような生き物でね。

この情勢下で君の安全を考えるならば、この基地の人間であるという事にして資料改竄する方がよっぽど早いし、上も見て見ぬ振りをするだろうね。

『ああ、またこれは”機人ロンファン”の何某かの策の一つなのだろう』

とね。ねぇ、老師。この基地には貴方がいるのですから。
・・・ククク。どうかな、アロイス君。書面上"ナチュラル"になってみる気はないかね?」

エルディーニ大佐はロンファン氏にそう釘をさした上で僕に問う。
でもね・・・。
僕はその時一呼吸もおかずに、こう答えたんだ。

「お話は分かりました、エルディーニ大佐。・・・・その話、お受けします。」
「な、なんじゃと!?」

ロンファン氏は僕のその答えに酷く驚いていたようだ。
エルディーニ大佐ですら、「ほう」と呟いていたほどだったしね。
それはそうだろうね、と僕も思ったけど・・・。

「お前さん、正気か!?軍に入れば・・・お前さんの祖国を、プラントを敵に回しかねない事態だってあるやもしれんと言うのじゃぞ!?」
「・・・覚悟の上、と言っておきます。リゥ少佐。」

僕のその言葉を聞いてエルディーニ大佐は口元を大きく緩ませて言ったんだ。

「そうか、そうか。いや、感服した。君の即時での英断と勇気ある決意にね。
君の地球連合軍入隊を私は心から歓迎するよ、アロイス君。
何、そうそうかつてのヤキン・ドゥーエ戦のような事態にはなりはしないさ。それに、不便などもさせないつもりだ。何でも言ってくれたまえ、同志よ。」

僕は大佐と握手を交わした。
・・・見かけだけで信頼も何もない、形骸的なその握手を、ね。

話がまとまりつつあったその時、ロンファン氏がある提案をしてきた。

「仕方がないの。ならば、アロイスとやら。お前さんはわしのクワイロンで預かろう。・・・ええな、スパンディア。ここは譲らんぞ。」
「・・・何をそんなにむきになっておられるやら。まぁ、いいでしょう。老師の元なら安全だよ、アロイス君。存分に励みたまえ。ククク・・・。」


何故僕を預かるような事を言ってくれたのか・・・。
その後、ロンファン老師と2人だけになったときに僕は聞いたんだ。

「ほっほっほっ・・・知れた事。馬鹿げてはおるが、”愛する人間のために一途になれるモン”をわしはほっとけんかっただけじゃ。軍人としては、失格者じゃがの。
わしがみっちりしごいてやるから覚悟せい、アロイス。」

老師の言葉を聞いて、僕は顔が急激に熱くなるのを感じていた。
その時改めて気付かされたんだ・・・僕は・・・シンシアさんの事を・・・。


僕はこうして、”魁龍クワイロン”に所属する”ナチュラル”になった。
勿論素性がばれるといけないという事で、MSパイロットではなくオペレーターとしてだったのだけれどね。

何故、話を即時で受けたかって?
命が危ないからかって?

いや、そうではない。
僕は、決めたんだ。僕が・・・ザフトが傷つけてしまったシンシアさんの事を、今度は僕自身が守るって。
この老師の元で地球連合軍の力を・・・その強大な力を利用してでも、不測の事態から僕は必ずシンシアさんを・・・。


好きな人を守りたいから。


こんな馬鹿げた単純な動機で、再び戦場に・・・しかも、今度はザフトではなく地球連合軍の兵士になってしまった事を他の誰かが聞いたら、きっと笑うか、激しく罵るか、はたまた意味が分からないと僕の事を軽蔑するかもしれない。

しかも、望まれてやっている事なんかじゃない。
シンシアさんにとって僕は、なくなった旦那さんと同じ髪の色をしているだけの弟のような存在でしかなかったという事も充分分かっている。
自分でも何やってるんだろうとバカバカしく思うけれど、それでも・・・。

僕は少しだけ、心が軽くなったような気がしていた。
本当に心から守りたいものが、また、僕には出来たのだから。


***


シンシアさんとはあれからなんだか気まずくて、実は一度も連絡を取れないままでいた。
あの日シンシアさんが口にしていた旦那さんの事もそうだし、ダガーLに乗っていた事がばれていないかとか、僕なんかがまた連絡を取っても迷惑なんじゃないかとか・・・色々な理由をつけて。

唯単に、会うのが恐かったんだ。

自分の気持ちに気付いてしまったから。
だからこそ、僕の本当の正体が知れてしまう事が何よりも恐かったから。
僕が、シンシアさんの故郷を焼いたザフト兵だという事を・・・。



ある日、フジヤマ社から新型のMSが2機、運ばれてきた。

アウローラとドグー。

僕達”魁龍クワイロン”で運用試験を行う事になっていた東アジア共和国の威信をかけた大作だ。
言うだけあって、ナチュラルが作ったとは思えないほどの性能スペックを持っている。
ロンファン老師曰く、まだ実用には遠いという新技術も幾つか搭載されているとの事だ。

その設計データをデータ整理のために老師から受け取った僕は、ふと研究責任者の欄にサインしてある一人の名前に目が釘付けになってしまった。


シンシア・L・オルビス―


シンシアさんの名前だ・・・!
そんな僕の様子を読んでいたのだろうね。僕の後ろで老師がおもむろに独り言を言い始めたんだ。

「ふむ。今度あの”東アジアガンダム”と”酒樽”の本格的な運用サポートのために、フジヤマ社から派遣されると言うとったあのシンシアという娘、なかなか出来た女子じゃったのぅ。」
「え・・・?」

老師のその言葉に、僕は一瞬耳を疑った。
シンシアさんが、ここに来るって!?
老師はにんまりと僕の顔に視線を移し、その話を自然につなげたんだ。

「ん?おったんか、アロイス。ちょうどええ。来月あたりにそのDr.オルビスがやってくるから、お前さんが協力してうまくやっとくれ。頼むの。オペレーターの仕事じゃて。
お、そうじゃ。親睦の意味も込めて何がしかプレゼントでもしてみたらどうじゃな?」

「ろ、老師・・・!な、なんで・・・!?」
「んん?はて、なんの話かの?」

何で知っていたのかは最後まではぐらかされてしまったけれど、きっと老師はもうシンシアさんと会っていたのだろう。
僕は目の前のこの老人には、隠し事は出来そうもないなとつくづく感じさせられた。


僕は、その時決めたんだ。
今度会ったら、なんでもいい。普通に話を切り出そう。


後で老師から聞いた話だと、アウローラの事を”東アジアガンダム”と呼んでいたのは老師じゃなくてシンシアさんが最初だったらしいから、それを聞いてもいいかもしれない。
いや、待てよ・・・。まずは、怪我の具合を聞くべきかな?

そうだ、今度会ったら、プレゼントを渡してみよう。
今までお世話になったお礼と・・・老師に言われたみたいで癪だけど、これからよろしくお願いしますって。
指輪はきっとダメだろうから、銀色のネックレスなんかどうかな? きっとよく似合うと思うんだ。

僕の胸は、躍っていた。


***


程なくして、ティエンが入隊してきた。
常に前向きで真っ直ぐな彼の事を見ていると、なんだかその生き方がうらやましくも思えたし、何よりも一緒にいて楽しかった。
ティエンとはついこの間会ったばかりだと言うのに、10年来の親友なんじゃないかって感じてしまう程なんだ。


こんな事は、一人きりで戦ってきたザフトにいた頃には決してなかった事だけれど・・・
ティエンと一緒ならどんな困難でも乗り越えられるような、そんな気すらしていたんだ。


そう、ここまでの僕は、毎日がとても目まぐるしくて、とても充実したものだったんだ。
でも、そんな日々はそう長くは続かなかった。

いつもの通り試験データの整理と移動をしていた時の事だ。
老師の量子コンピューターの中に隠されていた”とあるデータ”を、僕はふと目にしてしまった。
偶然なのか、ファイルロックがはずされていたそのデータを・・・。
あの日から、順調にかみ合いつつあった僕の歯車は、再び音を立てて狂って行ったんだ。


***


「な・・・なんだ、これ・・・・!冗談じゃないぞ・・・!!?」

僕が目にしてしまったのは、・・・”高雄カオシュンマスドライバーから核攻撃隊を宇宙へ向けて発進させる”という、”第二次プラント核攻撃作戦”の詳細な計画書だった。
どうやらブルーコスモスの圧力によるものようだ。
僕は大きな驚きの色を隠せなかったよ。

僕は今では地球連合軍の一員だ。
でも、国を愛するためだとか、連合軍への忠誠を誓っているからだとか、ましてやザフトを倒すためなんかではなく、それは一重にシンシアさんを自分に出来る事で守りたかったから。
自分には、士官学校で学んだ事しか何もないと思ってしまっていたから・・・。

僕は僕のエゴのためにここにいたんだ。

だから、ブレイク・ザ・ワールドの直ぐ後に、プラントに対して核攻撃を仕掛ける事で開戦を促した地球連合軍のやり方は、攻撃が失敗に終わったにしても、激しい憤りを感じていた。
それなのに、まだそんな事を繰り返そうとしているなんて・・・。

しかも、あの老師がその状況を確実に把握しているのにも関わらず、何も動こうとしない。
少なくとも、僕が見ている限りは何も・・・。

この基地の統括者であるスパンディア大佐は、戦場での老師の弟子の一人だと聞いた。
核攻撃計画を中止させる様な地球連合軍全体に弓を引くような真似など・・・。
弟子の出世に響くような差し出がましい真似など、もしかしたらしないつもりなのかもしれない。


僕は全てに失望した。


コーディネイターである事が既に知れているこの僕が、上層部の人間に今更申告しても無闇に拘束されてしまうだけだろう。

思い込んで早まっているわけじゃあないつもりだよ?
なぜなら、僕は意を決して老師にそれとなく聞いたんだ。
でも、老師は一瞬驚いていたようだったけれど、惚けたようにはぐらかすばかり。

「今はスパンディアに任せておけば心配いらん」

と言って、それ以上の事を何も語ろうともしない。
データを見ればその決行まで”ほとんど日がなかった”にもかかわらず、だ。


信じられない・・・。


老師の事をそう思ってしまった時、これは僕にしか出来ない事だと・・・思ったんだ。
止めるなら、今しかない。
今、この事実を知っている僕にしか、これは止める事など出来はしない、と・・・。
そう、例え力づくでも・・・。

ティエンやアムルさん達には絶対に話せない。
話せば、必ず巻き込んでしまうだろう。
特に、ティエンは後先考えずに付いてきてしまうかもしれない。

でも、そうなれば彼らは地球連合軍を・・・この東アジア共和国を・・・祖国そのものを敵に回してしまう事になる。
僕みたいな大バカでもない限りは、祖国に背くような真似なんて彼らに絶対させてはいけないんだ。

そんな事に、”魁龍クワイロン”のみんなを巻き込みたくはない。
だから、僕は一人でやろうと決めたんだ。

なるべく被害を出さないようにして、あの”マスドライバーだけを破壊する”。
核を宇宙に飛び立たせないよう時間を稼ぐ為に。
この計画データとフジヤマ社の新型の情報を流せば、きっとザフトも僕を信じてくれるはずだ。
それに、義に熱いゼーヤさんならきっと話を聞いてくれるに違いない。

僕は、綿密に調べ上げた。
警備や士官、凄腕のMSパイロットの配備がなるべく薄い日を。
勿論の事、シンシアさんがこの基地に来るよりも前に・・・!

そして、”グングニール”の出力をどれほど押さえ、何処にセットして起動させれば周囲に出来るだけ影響を及ぼさずにマスドライバーだけを破壊する事が出来るかを必死に計算した。


そして、今日をその決行の日に選んだんだ−。



シンシアさん。すみません。

僕は・・・何から何まで中途半端な男ですよね。
貴女を守ると一人で勝手に誓っておいて、結局僕は自分の故郷を守る事を選んでしまった。
それが、今、この僕にしか出来ないことだと思ったから。
貴方を守り、幸せにする事は・・・僕じゃなくてもできる気がしてしまったから・・・。
いや、僕では出来ないかもしれないと、思ってしまったから・・・。


ティエン、すまない。

僕も本当は君と一緒に戦ってみたかったよ。
そして、コーディネイターとナチュラルが心から共存できる日が、本当に訪れたらいいなと切に思っている。
すぐに考え込んでしまう僕と違って、君は何でも明け透けで純粋で・・・。
真っ直ぐに前に進んで行こうとするその姿が、僕には太陽のようにとても眩しかった。


でも・・・シンシアさん、ティエン。わかってくれますよね?
プラントを・・・両親を失った僕に残された最後の故郷を守る力が今の僕にしかないのならば、それは守らなければいけない。
いや、どうしても故郷を守りたいと思う・・・この僕の気持ちが・・・。

僕も、二人の故郷をもう二度と傷つける事はないように精一杯やって見せます。
計画は、完璧なはずなんだから。


僕はそんな思いを胸に、深夜のMSドックへと足を踏み入れた。


アウローラはおいてゆこう。
巨大なドグーなら、あの小さなアウローラを運ぶ事だって破壊する事だってきっと容易だろう。


でも・・・あれは”ガンダム”だ。


シンシアさんがつくり、そしてティエンが希望を胸に受け取った、そう、僕の大切な人たちの想いの結晶だ。
だから、僕はこの”東アジアガンダム”だけは、ティエンに・・・親友であるライ・ティエン、君に託す事にするよ。
僕の分までこの国を、シンシアさんを守ってあげて欲しい。本当に勝手な言い分だけどね。


そういえば、ティエン。
君は、あの高雄カオシュン襲撃の日にザフト兵に・・・この僕に・・・”助けられた”と言ってくれた。
僕と君はあの時、既に出会っていたんだね。本当に驚いたよ。


そして、それと同時に僕の心はとても救われたんだよ。


君は僕の愛機エオスの事を”ガンダム”と呼んだ。
そして、『あの日、僕達を助けてくれたザフト兵のように”戦争”からみんなを守りたい・・・。』って・・・

言ってくれただろう?

もし・・・もし仮に、そんな大いなる力と希望の光を持つ”守護神”の事を”ガンダム”というのならば、僕はなってみせる。
プラントも、高雄カオシュンの街も・・・僕は決して傷つけないような戦いを、必ずして見せるから。


こうして、僕の長い長いその夜が、幕を上げたんだ。


***


闇夜を飛ぶ一機の輸送機は、漸くその大きく聳え立つ宇宙への塔の姿を眼下に捉え始めていた。

高雄カオシュンマスドライバーの姿だ。

シンシア・L・オルビスは、隣の席で腕組みをするロンファン・リゥにふと独り言を言うかのように語りかける。

「老師。私は・・・高雄カオシュンの襲撃も、ブレイク・ザ・ワールドの余波も・・・その両方を経験しています。」
「・・・ふむ、そうじゃったの・・・。」

シンシアは目を瞑り、自らの歩んできた道を確認するかのように口にする。

「そして、夫を失ったあの日から私はMS研究への道に転向しました・・・。
今ではたった一人の肉親である”弟”にも内緒のままなんです。

あの日、私たちを助けてくれたあの”ガンダム”のように・・・。
”防人”として街を支えようとしていたあの人のように・・・。

・・・”誰かを守れる力を私がこの国に与えてみせる”
この国を守るための”守護神”を、私が作るんだって。・・・そう決意して。」

無言のままにその言葉を聞き続けるロンファン。

「特にブレイク・ザ・ワールドのあったあの日から私は・・・アロイス君や弟にすら連絡する間を惜しむほどに、より一層一心不乱に”あのMS”の研究だけに打ち込んできました。
全ては、この国を・・・大切な人達を、私に出来うる最大の力で守らなければと思ったから。
私がやらなきゃって・・・そう思ったから。でも・・・」

シンシアはそこで一端話を区切ると悲痛な表情を浮かべながらその澄んだ声を震わせる。

「あの”強力な力”を持った”東アジアガンダム”とドグーが・・・。
私の携わったあの二機が今・・・私の大切な人達を傷つけ合おうとしているなんて。私は・・・・!」

「・・・お前さんのつくった”東アジアガンダム”と”酒樽ドグー”は、そう簡単には落ちはせんよ。
・・・”国と人を守るための機械人形モビルスーツ”。
それが口癖じゃったお前さんが開発に携わった機械人形じゃ。何も心配は要らん。きっと、守ってくれるじゃろう。」

ロンファンは気休めのようにシンシアの肩にポンと手を置くことしか出来なかった。
今はそう、信じるしかないのだ。

最悪の事態にならない事だけを一心に祈る事だけしか、今の彼らには出来ないのだから。


≪FINAL-PHASEへ続く≫