PHASE-06 −COLLISION− 衝突/不一致
眼前に広がる無限の雲海。
今宵は新月だ。
故に、飛行する一機の軍用輸送ジェットを照らすのは銀色の砂粒の如き星の瞬きだけ。
”異変の報”を聞いて足早に南京を出発した”彼ら”は、今正に異変が起きているであろうその地を目指して航行していた。
その地とは勿論、地球連合軍・高雄基地―。
「・・・そう怖い顔をしていても、今はどうなる事でもないのじゃぞ?”Dr.オルビス”。」
出張先の南京から日帰りで急遽その帰路につく事となったリゥ・ロンファンは、隣のシートで窓の外をじっと見つめる白衣姿の女性に諭すように微笑みかける。
Dr.オルビスと呼ばれたその女性は視線をロンファンの方へと移すと、腰まで伸びた艶やかなその黒髪を揺らすように数度顔を横に振る。
東アジアを吹く春風のような優雅で爽やかな気品を感じさせる独特のコロンの香気が、彼女の周りにふわりと広がった。
「大丈夫。大丈夫ですよ、ロンファン老師。それに、私は無理矢理付いてきてしまった身です。そんなにお気になさらないで下さい。私は、大丈夫です。」
自分に言い聞かせるかのようにそう繰り返す彼女の言葉を聞いたロンファンは、「やれやれ」と小さくため息を漏らす。
「・・・どちらにせよ明日の昼頃には”フジヤマ社の研究員”であるお前さんも、高雄基地での軍議に参加する事になっとったろうが。”東アジアガンダム”と”酒樽”の運用の件でな。今行こうが、後で行こうが同じ事じゃ。」
「ええ、まあ、そうですが・・・。老師にはよくして頂いてますから、公私混同してしまってはいないかと気になってしまって。すみません。
・・・それと、老師? 私の事は”シンシア”で構いませんわ。私はMS研究者としてはまだまだ新米ですから、なんだか気恥ずかしくって。」
シンシアは気遣うロンファンににっこりと微笑んで見せる。
その亜麻色の瞳は、見つめた者を心から慈しむような優しさと憂いが混在しているかのような不思議な輝きを湛えていた。
「いや、わしとて上層部の連中にちと話があって南京に行っておっただけじゃ。
研究所の所用で出向しておったお前さんと向こうで会えた事は、偶然とは言え、むしろよかったのかも知れん。しかし、そう案ずるな、シンシア。」
「・・・老師。ええ、そう・・・そうですね。」
ロンファンはもう一度ゆっくりと頷くと、腕組みをしたまま瞳を閉じる。
”早まる”なよ、アロイス。せめて、わしらが到着するまでは・・・。
大いなる時代の流れに飲み込まれ、そのボタンの掛け違いによって歪みの生じた歯車を正すべく、”機人”を乗せたその飛行機は一路、高雄を目指す。
***
「お前、一体何をしたッ!?その動き、本当にナチュラルの動きだというのか!!!?」
ゼーヤ・アルフォードは、しっかとその四肢を大地に降ろした猛獣の如き眼前のワイルドダガーのパイロットに、そう問わざるを得ない衝撃に駆られていた。
それも無理からぬ話であった。
あの”見切り”のゼーヤが、致命傷を避けるだけで精一杯なほどに苦戦しているというのだ。
ゼーヤのグフは、既にビームサーベルによる無数の裂傷やバルカンによる銃創が刻まれている。
「ッセェ!!テメェに教えてやる義理なんざ、ねぇんだよ!!
・・・諦めな。こうなった俺はテメェを壊しきるまで止まりはしねぇ!!そして、悔やめ。俺と演り合っちまったテメェの不運と・・・
この俺の・・・”真なる獣拳”を解放させちまったテメェ自身の中途半端なその功夫になァッ!!!」
ワイルドダガー”白虎”のパイロット、ブルース・ネルフはゼーヤの言葉を愚問と一蹴するかのように激しく吐き捨てる。
その口調は、いつもの奇妙な古風言葉とは打って変わって荒々しく乱暴だ。
そう、この姿こそが彼の本当の姿なのだった。
元々彼は道場破りのような真似をしながら修行の旅に明け暮れる喧嘩拳法家であった。
『強きゃ奪えるし、弱けりゃ奪われる』
ユーラシアのとある貧困なスラム街で生まれ育ったブルースにとってはその言葉は真理であり、彼の座右の銘であった。
あるのは自分のみ。他者とは自分の欲望のための糧に過ぎない。故に、何の関心も示さない。
だからこそ、生きるために腕を磨き、奪うために体を鍛え、それを誇示するためだけに戦いの日々に明け暮れた。
しかし、そんな彼に唯一土をつけた人間がいた。
”拳神”バリー・ホー―。
これは後に知った事だが、かの第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦ではオーブ軍の一員としてクサナギに乗艦していたという英雄達の一人である。
手ひどい敗戦を喫したブルースは、その時から”自分には足りない強さ”が何だったのかを真剣に考えるようになってゆく。
俺の方が勝つ事への執念も殺意もこだわりも上だったはず。なのに、何故あんな男にオレは負けたのか・・・。
そして、ブルースは旅路の途中に行き着いた東アジアの地で、一つの門を叩く事となる。
己に足りないものは何であるのか。それを求めるために・・・。
それが、彼と”獣拳”との出会いであった。
そんな過去の出来事がふと頭をよぎったブルースに、ゼーヤは負けじと雄たけびを上げる。
「バ、バッキャロウ!!オレはどんな逆境に立たされようとも、絶対に諦めたりはしない男だゼ!!
何故ならオレは・・・ここん所よく聞け、オレは女神様に選ばれた”SEED”を持つ戦士(自己推定)だからだッッッ!!
うぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜、最大限まで燃え上がれ!オレのSEEDよッ!!!!」
グフの右腕が大きく唸る!
しかし、ワイルドダガーは四足獣形態のままステップを踏むかのように縦横無尽に駆け回り、”ドラウプニル”4連装ビーム砲から放たれたその無数のビーム弾幕を狼の如くかわして行く。
「ハッハハハハハッ!!!無駄だ、無駄無駄ァ!
テメェの攻撃なんざぁ、”獣拳で研ぎ澄まされた俺の五感”を持ってすれば、まるでスローモーション。丸見えなんだよっ!糞餓鬼がァッ!!
クゥ〜〜、最ッ高の気分だぜぇっ!!!」
”獣拳は五絶に及ぶ”
即ち、”獣拳”によって獣の如く研ぎ澄まされた”五感”を体現するという意味だ。
それは、その独特な修行方法にあった。
普段は極限までに節制して自らを律し、周囲に対して常に緊張感を絶やす事なく鍛錬に臨むという”理性による徹底的心身統制”。
それを解き放つ時、過剰に鍛え上げられた肉体と押さえつけられた感情が爆発し、脳内から何らかの興奮物質が放出される事によって一種のドーピング状態のような感覚に陥るというのだ。
もちろん、科学的な立証などはされてはいない。
しかし、”理性”を解放した”獣のブルース”は、ナチュラルとは思えないほどに優れた戦闘能力を発揮するのは事実なのである。
その様は、あたかも世間に公にはされていない存在である、生体CPU・・・
”強化人間”のそれに、限りなく似ていた。
「ハッハァ!まぁ、精々足掻きな!その方がこっちもやりがいがあるってモンだ。
テメェの全てを、今か俺がら糞味噌にブッ壊して粉砕してやるんだからなッ!!」
ブルースはワイルドダガーの獣頭から鋼鉄の弾丸を乱射しながらグフに迫る。
「熱い、熱いぜ!臨むところだ、獣戦士!!うぉぉぉ!!!唸れ!”焦熱鎖”!!!!」
燃え盛る薄紅色をその身に宿すグフの左腕の”スレイヤーウィップ”が、今までにない程に不規則かつ攻撃的な軌道で荒れ狂い始める。
うねり狂う大蛇のようなその高熱の鞭は、グフの正面で激しく動き回ってワイルドダガーから撃ち放たれたガトリング弾を悉く弾き落としていった。
「ケッ!弾ッコロ弾いたくらいで調子付くなよ、このド三品!!本命の牙はまだまだこれから・・・」
「今だッ!喰らうがいい、獣戦士ッ!!!」
ブルースの言葉を遮るかのようにゼーヤが吼える。
そして、”スレイヤーウィップ”が螺旋軌道を描きながら大蛇の如くワイルドダガーの体を包み込んでいった。
ブルースには確かにその不規則な鞭軌道がはっきりと見えていたのだ。
しかし、なんと四足獣状態で後ろ足が地面を蹴ったその瞬間を狙われてしまったために、”スレイヤーウィップ”の包囲をかわす事ができなかったのだった。
何度か見たブルースの四足獣の動きのパターンを見抜き、人間の反応速度の限界とMSの制御不能な中空での瞬間をついた、ゼーヤの見事な戦法であった。
”見切り”のゼーヤの真骨頂である。
「このオレの勝ちだな、獣戦士!!いかに、超人的能力を持っているとはいえ、MSで戦っている以上、死角は必ずあるッ!!
このオレに・・・ここん所よく聞け!この”見切り”のゼーヤに捉えられない物なんて、ありはしないんだゼッッッ!!!!」
「・・・ッチッ!」
”スレイヤーウィップ”が巻きついた四足獣形態のワイルドダガーは、それを無理矢理振りほどこうとしてMS形態に変形する。
しかし、それは逆に機体の圧迫を促し、ダガーの至る所から火花と煙が噴出しただけだった。
「お前ほどの戦士が無駄な事をッ!!
せめてその”ガイアもどき”が”MS形態でも充分に戦闘が出来る状態”だったならば、結果は違っていたかもなッ!
”バイザーアイが壊れ、MS形態でのまともな戦闘が出来なかった”お前は、四足獣形態に頼りすぎた挙句、その動きを”オレに見せすぎた”!!
それがお前の敗因だッ!!そ〜ら、バラバラに散逸しろッ!!!!」
ワイルドダガーを締め付ける”スレイヤーウィップ”がより一層赤い高熱を放ちだし、その束縛がダガーの五体を圧壊しようと締め上げる。
爆音が大地に轟き、黒煙が天を覆うようかの一際大きく如く立ち上る。
眼前の敵機の散る様をその双眸に捉えたゼーヤは、自らの勝利を確信した。
「殺ったゼ!みんな!!待っていろよ、今からオレもすぐにおまえ達の元へ駆けつけてやるからなッ!!」
ゼーヤは目の前の強敵を打ち破った事を誇りつつ身を翻し、グフのウイングを広げてその場を飛び立とうとバーニアを吹かした。
しかし、それが勝負の分かれ目であった。
次の瞬間、その黒煙の中から白い影が低空を飛翔し始めたグフめがけて飛来する。
「阿周ッ!!!」
背部バーニアを一気に噴出させて天をかけ昇る龍の如く一直線に空中へと飛び出したワイルドダガーが、その赤熱した右の拳・高周波マニュピレーター”シャイニングフィスト”を突き上げた。
その文字通り燃え盛る鉄拳を受けたグフの背部バックパックが大きく爆ぜる。
「バ、バカなぁーーー!!!!?こ・・このォ・・!」
「ハッ!!ッ遅ぇんだよッ!!。五体砕け散れ、このド腐れがァッ!」
反撃の動きを見せようとしたグフの背中の両翼が砕け、そして次々とその桃色の四肢が散り散りに宙を舞う。
ワイルドダガーの赤熱する右掌が、豪快に次々とグフの両腕・両足を跳ね飛ばすかのようにもぎ壊していったのだ。
その様、恰も猛虎の豪爪の如し。
ゼーヤのグフは正に為す術もないままにその機体を大地に沈めた。
そして、それとほぼ同時にヒラリとその両足を大地に着いたワイルドダガーは、”壊れた左掌”と赤熱した右拳を合わせるように合掌し、静かに残心する。
見る者を魅了するほどに鮮やかで荒々しい演武だ。
「・・・獣拳演武・”龍牙昇”より”片手虎爪拳”六連攻。・・・・・ふむ。終局也。」
戦闘を終えたブルースの口調は、普段のそれにいつの間にか戻っていた。
横たわる桃色のグフの一つ目は既に光を失い、もうそれ以上動く事はなかった。
ゼーヤは観念したかのようにブルースに通信を入れる。
「ふっ・・・負けたゼ、獣戦士。完敗だ。
・・・だが、一つだけ教えてくれ。お前、オレの”焦熱鎖”の束縛から、どうやって抜け出した?
例えば仮にその装甲が我が軍最新のVPS装甲であったとしても、最大出力のグフの高周波ウィップをその身に受ければ、無事になど済まないはずだゼ?」
ブルースは一息ついてから、「まあよかろう」とその問答に受け答えた。
「目には目。歯には歯。高周波兵器には高周波兵器―。
お主がその鞭の出力を最大にした瞬間、我のワイルドダガーの左の高周波拳も同じく最大出力とし、その威力を相殺したまでの事。
己の左拳と引き換えに、お主の鞭を破壊した。唯それだけの事也。」
瞬時にそんなできるか否かも定かではない判断を迷わず下したとでもいうのだろうか。
ゼーヤはワイルドダガーのその砕け散った左腕に目を向けると、口元を大きく緩める。
「肉を切らせて骨を断った、と言うわけか。熱い、熱いゼ、お前・・・!恐れ入った。
・・・さあ、トドメを刺すがいい。」
その独特の価値観からか、ゼーヤはあろう事かブルースに介錯を依頼する。
しかし・・・。
「・・・断固拒絶する也。」
「な・・・なんだとッ!!オレは熱い戦いの果てに破れる事が出来たなら、この命、戦場で散らせる事も惜しくはないッ!お前、このままオレに生き恥を晒せというのかッ!!」
ゼーヤはブルースの情けの言葉に激怒するが、今のブルースはもう滾る事はなかった。
そして、飽くまでも自分を律する普段の彼のままに語りだす。
「かつての我であったなれば、お主に言われるまでもなくそのようにしておったやもしれぬな・・・・。
しかし、今の我の仕事はこの国を守護する事。動けぬ者を破壊する事に非ず。
お主は、無用な殺生で我が拳を汚せと申すか?」
そのまま隻腕のワイルドダガーは横たわるグフにくるりと背を向ける。
「それにな・・・。
ティエンに斬り壊されしお主の盾を横目で垣間見た。また、戦いの最中においてもお主は口にしておった。・・・お主、恐らく”歌姫”を慕っておろう?」
ブルースはバーニアを吹かし始めながら一呼吸おき、そして頬を赤らめながらその真意を告げた。
「・・・我はナチュラルなれど、彼女の歌には好意を持つ者也。彼女のために戦う志がある成れば、その命、粗末にするな。暑苦しき者よ。」
オー・マイ・ゴッデス!!!!
飛び去ってゆくワイルドダガーの背中を見つめるゼーヤの瞳からは、大粒の涙があふれ出て止まらなかった。
「バ、バッキャロウ!・・・熱い、熱過ぎるゼ!!あの男!!!
おお、ラクス様!!
やはり貴女は世界中の全ての人間に変わらぬ愛を注ぐ本物の女神なのですねッ!!!このゼーヤ・アルフォード、貴女様に救われたこの命、決して無駄にはしませんッ!!必ずッ!!!!」
自らの慕う女神の多大な影響力(唯単に、ブルースが意外にもラクスファンだっただけ)と慈愛を(勝手に)感じながら、ゼーヤは吼えた。
***
マスドライバーに向かってスラスター移動をするワイルドダガーのコクピットの中で、ブルースは自己を見つめなおす事を怠らない。
「ふむ。先の戦闘、及第点には程遠い。我もまだ、未熟な証也。今より先は己を益々律し、精進を積まねば。
さもなくば、常に己を磨き続けるあの寡黙な男の持つ”神の如き拳”には到底追いつく事はできぬのだから。
・・・然れど、師よ。貴方の仰っていた”獣拳の極意”。我にも少しだけ分かって来たように思う・・・。」
”我は彼也。彼は我也。己を律し、周囲を捉え、自他一如と為す”
師からはこれが獣拳の極意と言われていた。
自分自身にしか興味がなかったブルースにとって、この言葉は初めは全く意味が分からないものであった。
しかし、今ではなんとなく分かり始めていた。
周囲の者も自分自身のように見つめ、助け、学び合う事でより一層の幅広い見解と武を得る事が出来たと、ブルースはそう信じていたからであった。
それがかつての自分には足りなかったのだと。
故に、ブルース・ネルフは様々なものに目を向け、色眼鏡をかけてものを見る事はない。
そして、仲間を裏切らない。決して見捨てる事はしない。
奇人変人で通るこの男が、本当は幅広い柔軟性と熱い激情を持つ男である事を知っているのは”魁龍”の仲間達だけだ。
「待っておれよ、ティエン。そしてアロイス。今、我も加勢する也。」
その仲間が待つ遠方に聳え立ったあの”宇宙への玄関”に向かって、その白き猛虎は一路駆けた。
***
「う〜〜〜〜ん、”見にくい”なぁ、あの一つ目ちゃんの姿って。なんでなんだろうなぁ〜〜〜〜。」
漆黒に染まるその闇夜の海中で、アムル・シュプリーは襲い来る一機のアッシュの姿を捉え切れずにいた。
この闇夜では目視はほぼ効かず、索敵は勿論ソナーに頼る以外に方法はない。
しかし、ステルス仕様となっていたライアのアッシュは、かなり接近した状態でないとソナーにその影すら映さないという高性能なものだ。
何とか当てる事が出来た最初の一撃以降、アムルの攻撃は敵に掠る事はなかった。
空間認識能力を悟ったライアが、絶妙な間合いをとってアムルの認識領域の外から攻撃を仕掛けているためだ。
そのため、”アンフィトリテ”のサーチライトの光も間合いをとったアッシュの姿を照らし出す事はなく気休め程度に輝くのみ。
下手をすれば自分の居場所を的確に教えてしまう可能性すらあった。
しかし、焦りの色を隠せないのはライアの方も同様だ。
「ちぃ・・・!あの”人間レーダー”の小娘、なんて勘してるんだい!?
こちとら、わざわざ間合いの外から”目に見えない”フォノンメーザー攻撃をしてるってのに、さっきから全部かわしやがる・・・!」
致命的な攻撃のヒットがないのはライアも同じであったのだ。
アムルはなんと、フォノンメーザー砲の放たれる瞬間の微細な海中振動を察知し、その砲撃の方向を”なんとなく”把握してかろうじてかわしていた。
中にはかわしきれずに被弾する事もあったが、海中で致命的になるほどのダメージは一切負ってはいない。
勿論、アムルはそんな事を意識的にやっているわけではなかった。
ライアの言う通り、アムルにとってはその大部分を今までの経験などから来る勘に頼ってやっている動きなのだ。
正に、戦闘中の研ぎ澄まされたアムルの空間認識能力のなせる業といっても過言ではない。
そんな攻防が、随分長い間続いていた。
アムルはコクピットの計器にちらちらと目を向ける。
エネルギー残量を気にしているのだ。
その針の刺す目盛は、無情にも既にその半分を悠に切っていた。
アムルの駆るディープフォビドゥンという機体は、その耐水圧性能の多くを”ゲシュマイディッヒパンツァー”によってまかなっている。
試作機であるフォビドゥンブルーと比較すれば、コクピット周りにチタン合金製の耐圧殻を採用する事で装甲の強化が図られてはいるが、多くの負担がかかる海中戦闘を続けられる程に余裕のある装甲強度であるとは言えない為だ。
その上、ディープフォビドゥンはTP装甲である。
TPは被弾時のみに機体内部で相転移する代物であるとは言え、展開している以上は待機電力を少なからず消費してしまう。
故に、ディープフォビドゥンは常に解放しているこの2種類の装甲によってエネルギー消費がすこぶる激しいと見ることも出来るのだ。
アムルが今までこの機体を乗りこなしてきたのは、必ずそれが短期決戦で決着していたからに他ならなかった。
「う〜〜〜ん。しょうがないか。思い切って、切っちゃお。」
そう言うと、アムルはTPの展開を打ち切り、エネルギー消費を最小限に抑えようと試みる。
しかし、それはこのまま長期戦を想定した後ろ向きな戦術ではなかった。
「こうなったら、縦横無尽にめっちゃくちゃ動き回って絶対に見つけてやるんだから!鬼ごっこだったら、私、負けないし!」
意を決し、アムルはスケイルモーターをエネルギー消費度外視でフルスロットルに吹かす。
そして、あたかも海中を優雅に泳ぐ人魚の如く、あたり一面に美しい螺旋軌道を描きながら舞い始めた。
もし今日のこの海が、闇夜の漆黒に染められていなければ、その様は誰しもが見とれるほどの鮮やかな遊泳であっただろう。
アムルの間合いの外で身を潜めていたブルーカラーのアッシュの中で、ライア・エリシュはニヤリとほくそ笑む。
「かかったね、小娘ェ!!この距離じゃあ致命的攻撃はあんたには当たらない。じゃあ、何であたしがあんたに不用意に近づかなかったのか・・・!
それは、あんたが痺れ切らして動き回んのを首を長くして待ってたからさッ!!!」
ライアはアルフォード隊をゼーヤの代わりに纏め上げてきた策士である。
前大戦時から既にロールアウトしていたディープフォビドゥンの欠点など、とうにお見通しであった。
必ずエネルギー消費を気にして、こっちを探すために目茶無茶に動き回り始めるだろう、と。
そして、その際エネルギーを機動力に回すはず。
ライアはしっかりと間合いを取って戦いながらも常にその時間を気にしていた。
相手の機体エネルギー残量を推察すれば、うまくいけばTPを切るはずだと。
完全にライアは読みきっていたのであった。
これが、ライア・エリシュの手口。
MSパイロットとしての実力だけではなく、その策を持って臨機応変に対応する魔女の手口だ。
彼女の能力は、単にフォノンメーザーによる不可視狙撃の事を言うのみではない。
目に見えない、相手にもわからないような巧みな策で敵を操り、確実に仕留めるからこその”インビジブル・ハンター”である。
ライアは一箇所にじっと身を潜めたまま、ソナーだけをじっと見つめていた。
そして、導き出された勝利の方程式を目にして大きく高笑いし始める。
「あはははははははは!!わかったよ、あんたの”パターン”がさッ!育ちが上品なのか、優雅に泳ぐもんさ。でも、そのキレイすぎる遊泳パターンが命取りだよ、小娘ェ!!」
忘れてはならない。
彼女はゼーヤに常に付いて戦ってきた戦闘パートナーだ。
長年見続けてきたゼーヤの”見切り”の技術ですらも、狡猾に観察してゼーヤ程ではないにしろ独自に解釈・昇華して会得していたのだった。
アッシュのモノアイが輝き、MA形態に変形して急加速をし始める。
勿論狙ったその先は、先ほど解析したアムルの遊泳パターンで彼女が切り返しを図るポイント。即ち、こちらに確実に背を向ける瞬間だった。
「!・・・何、一つ目ちゃん?・・・え・・真後ろっ!?」
「感づいたかい、小娘!!でもねぇ、もう遅いっつの!この至近距離からお返ししてやるよ、さっき”あんたがジョーンズにしてくれた事”を、そっくりそのままねェェェ!!!!」
アッシュの背部推進装置先端のミサイルポッドから無数の魚雷が発射され、頭部からは二筋の見えざる砲、フォノンメーザーが放たれる。
ライアの海中フルバースト攻撃は、獲物を食いちぎるピラニアの如く群れを為してアムルに襲い掛かった。
至近距離からこれだけの攻撃が直撃してしまっては、TPを切っている今の”アンフィトリテ”の装甲ではひとたまりもない。
そして、切り返し直後の今からでは避けきれないはず。ライアはその改心の攻撃に勝利を確信して吼えた。
「あはははは、”殺った”よ!ザマァないねェ!!!」
しかし、その魔女の咆哮に小悪魔少女は自らのペースを崩さない。
「・・・あのね、私はまだ、貴女が”盗った”もの、返してもらってないんですケド?
・・・ハァ・・・。”人魚の唄”は気持ち悪くなるからイヤなんだけどなあ・・・。」
ディープフォビドゥン”アンフィトリテ”はクロークを前方に展開し、両腕で自らの両足を抱きこむようにして体を丸めて2枚の大型シールドを正面に構える。
「回れっ、”アンフィトリテ”!」
アムルのその声に反応するかのように、体を丸めた”アンフィトリテ”はその場で高速で前後左右に螺旋回転し始める。
あまりの高速回転のために、周囲の海水が機体の表面で小さな海流となって流れ始める程だ。
そして、それと同時に”アンフィトリテ”は、クロークの先端からフォノンメーザー砲を拡散させながら発射した。
それは、抱いた我が子を優しく包み込む人魚の子守唄―。
拡散発射された唄は”アンフィトリテ”の高速回転により、自機を中心として周囲に広がってゆく。
そして次の瞬間、アッシュから放たれたミサイルとフォノンメーザーの群れは、なんと、”アンフィトリテ”に着弾する前にその全てが悉く爆散していったのだった。
眼前で起こった予想外の出来事に目をまん丸くしてライアは叫ぶ。
「”全方位の・・・簡易音波障壁”!?
あの小娘、あの一瞬に即席でそんなものを作ったっていうのかい!?なんて、非常識なヤツなんだ!!」
「・・・あのさー、さっきから人の目の前でズケズケと・・・。陰口っていうのは、ヒトに聞こえないところでするもんでしょ。ザフトの”オバサン”?」
ふとライアが気付くと、魚雷の爆発を目くらましにした”アンフィトリテ”が、いつの間にかアッシュの真後ろに佇んでいた。
あれほどの不規則な高速回転をして位置感覚がなくなった状態の直後に、ライアに気付かれるよりも早くアッシュの位置を捕捉してその背後に的確に回り込む―。
それは正に、アムルの誇る脳内三次元レーダーの賜物だ。
ライアが気付き、その場を離れようとした時には最早手遅れだ。
”アンフィトリテ”のシールドから展開された2本のハサミのようなクローが、アッシュのか細い両腕を背後からしっかりと挟み込んで身動きをとる事ができない。
なんとか振りほどこうと足掻くライアであったが・・・
既に”アンフィトリテ”は、右手に持った実体矛”トライデント”の三叉の刃の先端をアッシュの背中に当てるようにして構えている。
下手に動けばどうなっても知らないよ、と言わんばかりだ。
「もう観念しなさいって、オバサン。じゃないと、ホントに刺しちゃうよ?さぁ、どーする?このままおとなしくして”私のドグー”を返してくれるか、それともプスっといっちゃうか。
うふふふ・・・・・う、うっぷ、ヤバイ。やっぱし、酔ったみたい・・・き、気持ち悪い。」
「この・・・・!!!!・・・ちっ・・・仕方がないねェ。あーあ、あたしの負けだよッ、こんちくしょー!」
最後まで締りのないマイペースな雰囲気を崩す事のないこの少女の声に、ライアは内心煮えくり返りながらも大人しく従う他なかった。
魔女と小悪魔少女の海中決戦は、アムルに軍配が上がったのである。
「はぁ。あたしはもう終わりだねぇ・・・。」
ライアはがっくりとうなだれると、どういうわけか急にしおらしく大きなため息をつく。
まるで別人のようにすら思えるほどに。
「あたしゃこうして捕らえられ、そして・・・あんたに・・・”大切な人”まで沈められてしまった。
もう、お先真っ暗。生きる希望すら見当たらないよ・・・。
もう、いっその事、ここで私も沈めてくれないかい?あの人の・・・”あんたが沈めた”あの黒いアッシュに乗ってた、あの人の元に・・・あたしも・・・。」
それを聞いたアムルは、珍しく大きな動揺の色をみせてたじろいだ。
あの黒いアッシュに乗っていたパイロットが、恋人だったとでも言うのだろうか。
「え。そ、そんな・・・。でもでも、私はただ・・・」
「そうだよ。あんたは悪くなんてないさ。あたし達は戦争やってんだからねェ・・。気にしないどくれよ。
それよりも、最後のお願いだ。あたしを、ここで死なせておくれ。
あんたに出来ないって言うんなら、あたしが自分自身ででも、ケジメ・・・付けたいんだよ。」
「でもでも!そんな事ダメよぅ!!生きてたらきっといい事あるって・・・」
「後生だから・・・・頼むよ。若いあんたにゃ分かんないかもしんないけどさ。
”幸せの形”ってのはね、人それぞれ。色々あんだよ・・・。あたしの場合は、今・・・ここであの人と逝くのがそれなのさ。きっとね。」
ライアの声は震えるように掠れていた。
アムルは何か言いかけたがその言葉を飲み込み、ライアの気持ちを汲むかのようにクロウによるアッシュの拘束をそっと解いた。
ライアは「ありがとう」と言うと、アムルに背を向けたままでもう一つだけ最後の通信を入れる。
「そうだ、あたしはライアってんだ。あたしの最期を看取るあんたの名前・・・聞かせてくれないかい?お譲ちゃん。」
「私は・・・アムル。アムル・シュプリー・・です。」
「そうかい。アムルって言うのかい・・・。」
その瞬間、アッシュの後頭部から強烈な閃光が輝き、”アンフィトリテ”のモニターを真っ白な光で染めた。
そして、アムルが気付いた次の瞬間には、その場にいたはずのアッシュの姿は忽然と消えてしまっている。
しばらく呆然と海中を漂っていたアムルだったが、唐突に大きな声で叫びだした。
「や、やられたーーーーーーーーー!!!!あのライアってオバサン、騙したのねっ!!!あれが演技!?ホント許せないっ!なにそれ!?ずるいっ!!意味わかんないしっ!!!」
そう、まんまと逃げられてしまったのだった。
その時、一人でキーキー言っていたアムルの元に、ちょうどいいタイミングで一緒に出撃していた友軍機から帰還命令の通信が入る。
どうやら、エネルギー補給のために第二陣と防衛を交代するという指揮官命令のようだ。
「ちぇっ、なんか骨折り損よね。結局私、騙されただけみたいじゃんっ!
・・・ま、いっか。終わっちゃった事だし。それよりも、早くみんなのところに戻らなきゃ!
・・・この”アムルちゃん武勇伝”を聞かせてあげよっと。勿論、” 拝聴代”は高くつくわよ〜〜。うふふ。」
いつもの静けさを取り戻したその東アジアの領海。
その漆黒の海を一路高雄基地に帰還する”アンフィトリテ”のコクピットの中で、アムルのいつも通りの小悪魔な笑い声だけが響いた。
***
まんまと逃げ延びたアッシュのコクピットの中で、ライアは一人ほくそ笑む。
「フン、腕は確かだけど、まだまだ青いねぇ。まんまと引っかかってやんの。あはははは!
・・・ジョーンズがやられたのは確かに隊としては痛手だけど、ゼーヤの唐変木と比べたらまだまだ付き合いも浅いしねェ。悪いけど、成仏しとくれよ。」
そう言って手を合わせたライアは、自らの用意してきた逃げの”切り札”に一人満足する。
「でも、アッシュに付けといた特別製の閃光装置がここに来て役に立ったよ。流石はあたしだね。
それはさておき、あのレーダー小娘、アムルって言ったか。覚えときなッ。今度あったら完膚なきまでにブッ潰してやるッ。
不意討ちで沈めるってだけじゃどうにも気持ちが納まらないからねェ!!
・・・ちっ。あたしも、こういうトコあの唐変木に似てきちまったか。末期だね。」
ライアもアルフォード隊の副官。ゼーヤの事をなんだかんだ言いながら認めているからこその戦闘パートナーなのだ。
いつあるかも知れない正々堂々(?)のリベンジを誓ったライアは、一人東アジアの領海を抜けて帰還して行ったのだった。
***
2年前、僕は終戦と同時にザフトを辞めた。
戦うのが恐ろしくなったとか、そういう事ではなかった。
ただ・・・分からなくなってしまったんだ。
僕が戦ったその理由は、プラントを守りたかったから。
故郷を守るために戦っていたんだ。
でも、戦争は終結し、僕の戦う理由もそれと同時に消えてしまった。
戦う目標がなくなった途端、押さえ込んでいた感情が爆発したのかもしれない。
”僕が今までしてきた事”に対するその大儀が消えてゆくようで、何故だか苦しくなったんだ。
口に出したくはなかった。でも・・・・。
僕は、”故郷を守るために”沢山の命を奪ってきました。沢山の故郷を、奪ってきました。
『故郷を守るために』・・・平和になった事で、この部分が僕の記憶の中からどんどん消えてゆく。
耐えられなかった。
だから、軍を抜けて地球に降りたんだ。
テスト機のパイロットを任された経験があるとは言え、軍内でも最年少と言っても過言ではない若輩者だった僕を引きとめようとする人も殆どいなかった。
そして、心がバラバラになりそうになっていた僕が気付いた時に立っていたのが、あの街だったんだ。
そう、僕が参加した作戦で壊滅的被害を出してしまった、あの高雄の・・・・あの”初めて”の街だ。
僕が・・・あの”ナチュラルの子達”の故郷を奪ってしまったという事に気付かされた―
ナチュラルだって同じ人間なんだと思い知った―
僕には一方的に多くの人を傷つける程の強大な力があるんだと知ってしまった―
・・・”初めて”の街。
僕はこの街に何を求めていたのだろう。
償い?偽善?言い訳?開き直る為?それとも・・・。
そして、僕は出会ってしまったんだ。
僕の運命を大きく変える事になるあの人に。
綺麗な黒髪と、優しさの中に何かを憂うような哀しみを湛えた亜麻色の瞳がとても印象的な・・・あの女性に・・・。
***
・・・シンシアさん。
アロイスはそう心の中でつぶやくと、固く固く閉じていたその双眸を見開いた。
そして、目の前に立つ道を違えた友を乗せたその小さな”ガンダム”をじっと見据える。
「ティエン。君とは・・・君とだけはこうして戦いたくはなかった。
でも、ゼーヤさんはここにはおらず、援護してくれたアルフォード隊も全滅したこの状況では、僕にはもうぐずぐずしている時間がない。
・・・すまないが、これ以上僕の邪魔をするというなら、例え君でも・・・・僕は戦う・・・!」
「アロイス!!なんでだよ!?せめてワケを・・・理由を聞かせてよ!
だって・・・今日だって・・・!僕の故郷の話を聞いて、辛そうな顔をして悲しんでくれたじゃないか!?
コーディネイターとナチュラルが手を取り合った戦争のない世界が来たら良いって・・・そう言っていたのは嘘だったのか!?」
ティエンと2人で語ったその言葉は・・・
「・・・本心さ、ティエン。
何故なら、僕は・・・本当はコーディネイターなんだ。
この事は僕と老師・・・そしてエルディーニ大佐以外誰も知らない事だけどね。」
「コーディ・・・ネイター・・?君が!?
で、でも!!それがなんだって言うんだ!!僕にはそんな事、関係ないよ。
コーディネイターでもナチュラルでも、アロイスはアロイスだろっ!?
僕に理由も話せないっていうのか!?」
ティエンと話した数々の他愛もない会話の記憶がアロイスの脳裏に走馬灯のように走り、その心を締め付ける。
しかし、アロイスはその記憶を頑なに心の奥へと押しやり、ティエンを突き放そうと残酷なる事実を告げる。
「ああ・・・話せない。いや、話す必要もない。
それに・・・・教えてあげるよティエン。僕は君にとって忌むべき存在なんだ。
僕は・・・元ザフト。
・・・2年前、君の故郷の街を襲った張本人なんだから・・・!」
「・・・!!・・・何・・・だって!?」
アロイスが心を押し殺して口にしたその言葉は、明らかにティエンを動揺させた。
「本当だよ、ティエン。・・・僕が憎いだろう?
そして、高雄を・・・お姉さんを守るんだろう?
それなら、僕なんかに構わず君の今すべき事に全力を注ぐべきだ。
・・・その気がないのなら、この場を引け・・・!」
沈黙と共に重く苦しい空気と緊張感があたりを包み始める。
そして、ティエンは・・・
「・・・だ・・・」
「?・・・」
ティエンのうめく様なその声に、アロイスは戦闘体勢をつくって聞き耳を立てる。
「嫌だっ!!!」
ティエンの突然の咆哮―。
「アロイス!君は嘘つきだっ!嘘つきの言う事なんか、聞くもんかっ!!」
「嘘じゃないさ、ティエン。僕は確かに2年前・・・」
「違う!そんな事じゃないよっ!!」
その声に怪訝な表情で返すアロイスを歯牙にもかけず、ティエンは続ける。
「君がコーディネイターだとか、元ザフトだとか・・・
2年前、高雄を・・・僕の・・・僕の故郷を襲ったザフト兵だとか・・・・
そんなの今更・・・そんな”過去”の話、今更どうでもいいんだっ!!
それより君が”今”!何故こんな事をしようとしているのか。君はその理由を隠してる。
本当の事を言わずに、一人で何かをなんとかしようとして自分を偽ってるじゃんか!
僕にとって大事なのはアロイスッ!君自身の事さ!!」
「ティ・・・エン。」
親友であるからこそ、何か理由があるはずだ―。
ティエンはそう信じて疑わず、自らの思いを隠す事なく口にした。
ティエンのその言葉にアロイスは絶句し、心の底から熱い何かがこみ上げてくるのを必死に押さえるので精一杯になっていた。
ティエンが助けられたと言ってくれた”ガンダム”のパイロットは・・・あの”エオス”のパイロットだったのはこの僕だ。
でも、そんな事、ティエンには一言も言っていない。
いっそ恨まれても仕方ない。いや、むしろ僕が元ザフトだと公言する事でティエンの僕に対する未練を・・・いや、僕のティエンに対する未練を断ち切ろうとさえ考えていたのに。
それなのに君は、”そんな事は関係ない”と・・・大事なのは僕自身の事だと・・・そう言ってくれるのか?
でも、言えないよ。言っては・・・いけないんだよ、ティエン。
親友であるからこそ、巻き込めない―。
アロイスはその感情を言葉にする事をグッと飲み込む。
ティエンはそんなアロイスを責め立てる様に言葉をぶつけ続けた。
「それに・・・君にだって、この国に大切な人がいるって言っていたじゃないか!!ほら!あの銀色のネックレスの・・・」
「!・・・彼女は関係ないっっ!!!!!!!そして、勿論君も・・・”関係ない事”だ。
おしゃべりはここまでにしよう。最早、時間が惜しい。
君がどうしても引かない、戦わないと言ったとて僕には関係ない。
君を退けて、僕はマスドライバーを破壊するだけだ。・・・いくぞ、ティエン!!」
ドグーの両肩の大型シールドが開き、内部から6基の小型ビーム榴散弾ミサイルがアウローラ目掛けて一斉に発射された。
アウローラの両肩に搭載されているものと同型の・・・それでいて二回り以上巨大なミサイルである。
空中で外装が爆ぜたその6基のミサイルの中からは、無数の流星の如きビームの雨が大空を覆うようにして降り注ぐ。
「ア、アロイス。・・・くそっ!この分からず屋ぁっ!!」
正面を埋め尽くすかのように迫るビームの雨。
しかし、ティエンは怖気づく事はなかった。
そのブラウンの瞳に映るのは、親友の乗る巨人の姿だけ。
ティエンはアウローラの小さな体を前傾させ、頭部正面にシールドを構えるようにしながらバーニアを全開にし、巨大なドグーに向けて文字通り頭から特攻をかけた。
その様は、大気圏突入時のMSの姿と何処となく似ている。
「アロイスッ!!!」
「シールドを構えて頭から飛び込むことで、正面から迫るビーム被弾を最小限にしたか・・・。やるな、ティエン。・・・だが!!」
ドグーの体にある幾筋もの溝に無数の光が集まり始める。
その様子に、アウローラで特攻をかけるティエンも即座に気付き、ハッとする。
「これで・・・どうだ!!!!!」
ドグーの巨体から無数の光糸が放たれた。
マイクロレーザー照射システム”ライトニングレイ”を起動させたのである。
放出された無数のマイクロレーザーは、その格闘間合いに入ろうとしていたアウローラの体の各部を焦がすようにして貫き、突き抜けて行く。
その衝撃にその場で崩れ落ちそうになるアウローラであったが、ティエンは必死にその結界を掻い潜りながら特攻姿勢を制御しようと試みる。
「こんなものでっ!!!
僕は止りはしない!僕しかいないんだ。今、アロイスを止める事ができるのはっ!!!
そして、姉さんを・・・いや、高雄を守る事ができるのはっ!
そうだ、”今は僕が防人”だ!!
『まっすぐ前を向いて!・・・・”どん”と構えろ、ティエン』!!!
そうすれば、『どんな厄介事だって・・・弾き返せるんだ!!』」
ティエンは自分に言い聞かせる呪文のようにその思いを口にしながら、アウローラでドグーにそのまま決死の体当たりを仕掛ける。
・・・しかし、無情にもその特攻は徒労に終わってしまった。
マイクロレーザーの結界によって阻まれ、既に勢いの減衰していた小柄なアウローラの体では、自機の2倍近くあるドグーの巨体を巻きこみ、押し倒すほどの力はなかったのである。
「・・・止まったね、ティエン。それでいいんだ。僕はなんとしても前に進まなければならない。
そして、これは僕にしか出来ない・・・必要な事なのだから。
だから、君には・・・君だけはこんな所に来ないで、留まっていて欲しかった・・・!」
アロイスのその振り絞るような声に呼応するかのように、ドグーの巨大な左手がアウローラの右足をしっかりと掴みこむ。
そして、ドグーの右腕に2本のスパイラルビームピックが展開され、無情にもアウローラの体を貫かんとその拳が突き出される。
ティエンは左腕のアンチビームコーティングシールドをとっさに構え、繰り出されるビームピックの片方に狙いを定めて受け止め、機体を貫かれるギリギリで何とかその突貫を防いだ。
しかし・・・。
ギャリリリリリリリリィィィ!!!!
劈くような発砲金属をえぐり取る轟音が響き渡る。
ティエンはその異常事態に気付き、攻撃を受け止めたはずのシールドに目を向けた。
”螺旋光角”とでも言うべきだろうか。
なんと、ドグーのスパイラルビームピックがアウローラのシールドに接触したまま、ドリルのような螺旋型ビームエッジ形状となって高速で回転し始め、シールドそのものを螺旋破壊しながら貫かんとしていたのだ。
アンチビームコーティングの施されたそのシールドを、である。
恐るべき突貫力だ。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!!」
ティエンは、コクピットに伝わるその耐え難い衝撃にたまらず苦痛の声をあげた。
動きを抑えられたまま、削り取られて行くシールドの金属片が激しい火花とともに散華する。
アウローラは最早引く事も押す事も叶わなず、正に為す術なくそのドグーの螺旋光角の餌食となっていった。
「すまない、ティエン。でも・・・僕も譲れない想いがあるんだ・・・。
君が僕の前に立ちふさがると言うならば・・・例え、友人である君の決意や想い、そして、その力たる”東アジアガンダム”の全てを砕いてでもやり通さないといけないほどの大儀が!今の僕にはあるッ!!!!!!」
アロイスの熱を帯びたその言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。
そうだ・・・僕はなんとしてもあのマスドライバーを破壊しておかなければならないんだ。
プラントを守るために。
地球連合軍が計画した、あの恐ろしい作戦を、僕が止める・・・!
”高雄マスドライバーから出撃する核攻撃第二陣”を、あの空へ飛び立たせる事のないように!!
この国で、今それが出来るのは僕しかいない。
・・・これは、コーディネイターである僕の故郷の・・・いや、僕自身の問題だ。
貴女なら、きっとわかってくれますよね?
・・・シンシアさん。
悲壮な声でアロイスが愛おしくつぶやいたその女性の名は、星のように散る火花と轟音の中に霞の如く消えていった。
≪PHASE-07へ続く≫
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