PHASE-04 −NYX− 黒夜 

「そこで何をやっている!!?」

闇の中を蠢く人影に一筋の懐中電灯がかざされる。

その光に照らされたのは、アウローラのコクピットハッチ開閉スイッチに手を伸ばし、今にも中に乗り込もうとしていた男・・・

シャライ・ミカナギの姿であった。

シャライはまぶしそうに、そして少し動揺した様子でその光を照らした人間の方を睨みつけ、その相手の顔を確認して眉をしかめる。

「!・・・アロイスか!ちぃ・・・こんな時間にこんな所で何の用だ、貴様ァ!!」
「シャライさんでしたか。それはこちらの台詞ですよ。今、何をしようとしていたのですか?」

厳しい表情で問い詰めるアロイス。
シャライの額からは大粒の冷や汗がダクダクと流れ落ちていた。

「う、う、五月蝿いっ!!貴様に言われる筋合いはない!!私の邪魔をするなっ!!無礼者ッ!」
「・・・なるほど。大方、ティエンが正式なパイロットの任命を受ける前に、アウローラを強奪しようとでも思ったのでしょうね。浅はかな人だ。」

アロイスの冷静な分析に図星を付かれたのだろうか、シャライの口調が裏返るほどにトーンアップする。

「ち、ち、違う!!私は・・・コイツの操縦練習をしようと思っていただけだ!!強奪などと・・・。
そ、そうだ!貴様こそ何しに来たんだ!!きっ、貴様こそ、自分と同じ年のティエンが新型で活躍するのが癪に障ってアウローラを奪いに来たのではないのかっ!?ええ!!?」

「・・・シャライさん。」

半狂乱気味になっていたシャライは、オペレーターであるアロイスに向かって自分でも見苦しいと感じざるを得ないような暴言を吐き捨てる。
アロイスは心底落胆したかのように、一つ深いため息を付いた。


そして、おもむろに懐へと手を伸ばす。


「・・・ご名答です、シャライさん。
ですが、僕の狙いはアウローラの方ではないし、ティエンに対抗してなどという下らない感情では動いていない。
僕が動くのは、そう。為さなければならない大儀のため・・・。」


真夜中の閑散としたそのMSドックに、乾いた銃声が響き渡る。


***


「な、なんだ?今の・・・銃声!?」

謎の発砲音に気付き、いぶかしんだのはティエンであった。
ベッドに入っても暫くの間寝付けずにいたティエンは、ふとコクピットに置いて来たアウローラのスペック表を読んで過ごそうと思い立ち、MSドックへの通路を一人再び戻っていたところだったのだ。

ティエンは走り出し、MSドックへと駆け込んだ。
そのブラウンの瞳が捉えたものは・・・


ゴォン、ゴォン・・・!!


エネルギー供給や電気系統チェックのコード類が重い金属音とともにはずれて動き出す一機の巨体の姿。

「ド、ドグー!?一体なんで・・・もしかして、アムルさん!?
い・・・いくらなんでも真夜中にこんな事するのがバレたら、下手したら厳罰程度じゃすまないぞ。
くそ・・・!おーい!!!そこのドグーを動かしている人、アムルさんですか?
応答してください!!」

ティエンの必死の叫び声に反応するかのようにドグーはその巨体を半身振り向かせ、一瞬だけティエンの姿を確認する。
しかし、ドグーは再び背を向けてバーニアを吹かし始めた。
そして、胸部のビームバルカンをドックのシャッターに向けて乱射しながら破壊し、その巨体を浮かせながら悠然と外部へ躍り出て行った。

熱風とあまりにも突然の事態にたじろぎ、ティエンは動揺の色を隠せないでいた。
そして、これが最悪の事態である事に漸く気付き始める。

「ド、ドグーが・・・強奪されたのか!!?そ、そんな!!!
こ、こうしちゃいられないよ。
誰かに連絡を・・・でも、こんな時間に今から誰かを呼んでも、出撃まで相当な時間をロスしてしまう!でも・・・!!」
「焦る・・・な・・・この俗物・・・!」

ティエンがその声に気付いて眼を移すと、足から血を流して横たわるシャライの姿があった。
驚きながらもその場に駆けつけたティエンは、直ぐさま応急処置を施そうと自分の軍服の袖を破った。

「シャライさん!!どうして・・・一体、何があったんです!!?」
「く・・・。アロイスだ。あいつが・・・ドグーを盗んで・・・」
「え・・・・。」

シャライの言葉にティエンは応急処置の手はおろか、呼吸すらも止めるように絶句した。

今、なんて?
アロイスが?・・・・そんなはずない。
そんなの・・・嘘だよねぇ、姉さん。
だって、あのアロイスが・・・

シャライは惚けるティエンの肩を息絶え絶えにがっしりを握り締め、そして告げる。

「ええい、止血など自分でも出来るッ!!
それよりもいいか、ティエン。私は新入りの癖に新型を受け取る事になった貴様の事が気に喰わん。貴様もあからさまに嫌な態度を取っている私の事を好きではないだろうから、私が今言った事が・・・アロイスが裏切ったという事が信じられないという気持ちもよく分かる。

だがな、よく聞くがいい!!

アイツは・・・アロイスは・・・・このままドグーを使って・・・マスドライバーを破壊する気らしい・・・!!!」
「そんな馬鹿な!!嘘つかないで下さいよ、シャライさん!!僕だって怒りますよ!!?」
「私は今、この耳で!アイツの口からはっきりと聞いたんだッ!!それに、私を撃ったのも・・・アイツだ。
・・・恐らくだがな・・・」

シャライは間を置き、自分でも信じられないという悲痛な表情を一瞬浮かべながら、こう繋げた。

「アイツは・・・アロイスは、ザフトだッ!!」

「そん・・・な・・・。」

あの優しかったアロイスが、いつでも隣にいたあのアロイスが・・・ザフトだなんて・・・。
しかも、あの惨劇をまた・・・今度は、アロイスが・・・?そんな・・・

シャライは出血で朦朧とする意識の中、ティエンに話し続ける。

「前を向け、この俗物が!!貴様も”魁龍クワイロン”なのだろう!?今、他の者に先駆けてアイツを一番早く追えるのは、口惜しいがこのMSドックにいる貴様だけなのだ!!
幸い貴様が駆けつけたせいか、他の機体もアウローラも攻撃を受ける事なく無事に済んだようだ。
行け!!行って、あいつを止めるんだ!!」

「い・・・嫌だ!!僕は・・・僕は・・・アロイスとなんて戦えない!戦えないよ!!!」

ティエンは頭を抱えながら、駄々をこねる子供のように頭を横にブンブンと振る。
そんな様子を見たシャライは、掴んでいたティエンの肩からそっと手を離した。
そして、シャライは無理矢理に立ち上がろうと足を踏ん張るが、銃弾が貫通した傷口からより一層の血が溢れ出し、どうしても踏ん張る事が出来なかった。

「シャライさん・・・!?何を!!?」
「知れた事。貴様が行かんなら、私が行く・・・!!私は、もう二度と!!!この国が襲われるのを防げないまま・・・ただ見ているだけ等と言う惨めな思いはしないと・・・2年前の高雄カオシュンで誓ったのだからな!!!」
カオ・・・シュンで・・・?」



2年前の高雄カオシュン襲撃事件の時、シャライは戦車隊の一員としてザフト迎撃に出動していた。
しかし、相手はザフトの新鋭人型機動兵器、MS。
戦車では相手になろうはずもなかった。
次々と爆散してゆく同軍の戦車達。
そして、シャライの乗る戦車も一機のジンの放った誘導ミサイルをかわそうとして激しく横転し、戦闘不能の状態となってしまったのだ。

命からがら、その戦車から降りる事ができたのは・・・その戦車内で最年少であったシャライ一人であった。
エンジンに引火して爆発する仲間の取り残された戦車を、ただただ涙に潤んだその瞳で見ていることしか出来なかったシャライは、その時誓ったのだ。

誰にも負けない力を手に入れてみせる。
自分が強くなって今度こそ率先して仲間を守り抜いて見せる。
それが生き延びた自分の使命であり、今度は”自分の番”なのだ、と。

シャライは我武者羅に訓練に励み、終戦まで自国で戦い抜いた。
そして、近日発足された国の最先端かつ先方を担う部隊の象徴である”魁龍クワイロン”に見事に抜擢される事となったのだ。

シャライは、”魁龍クワイロン”に配備されたあの可能性を秘めたMS、アウローラがどうしても欲しかった。
そう、東アジアの威信をかけたあの機体を一目見たときから、そう思い続けてきたのだ。
アウローラを使って、自分が先頭に立って戦う番なのだと。
自分の後ろにいる者の全てを、今度は自分が身を挺してでも守り抜くために。
それが、プライドが高く不器用なこの男の本心なのだった。

接近戦が苦手なのは自分でも充分分かっている。
今晩は、その思いから意を決してアウローラを拝借し、厳罰覚悟で戦闘訓練をしようと思っていた。
そして、明日一番にもう一度自分の力をロンファンに示そうとしていたのだった。



「僕と・・・同じだ・・・。僕も・・・僕もあの時あの町にいたんです。僕の、故郷なんです・・・。」
「な・・・何・・・だと?」

あの事件を機にこの国を守りたいと思ったその気持ち。
そのために強くなりたいと力を求めたその気持ちは、境遇こそ違えどもお互い同じものであったという事を、その時ティエンとシャライは初めて知った。

そして、ティエンは思い出す。
今の自分はただ見ている事しか・・・逃げ回る事しか出来なかった昔の自分ではない事を。
そして、今・・・アロイスを止める事が出来るのは自分しかいない・・・いや、自分がするべきなのだと決意する。

「・・・シャライさん、すみません。僕、行きます・・・!!」
「・・・フン、行くならさっさと行け!・・・あー、それと・・・何だ・・・。勝手に落っ死ぬなよ、ティエン。き・・・貴様にはまだ借りがあるままなんだからな。忘れるな!!」

少し恥ずかしそうにそっぽを向いたシャライに、ティエンはニッコリと、それでいて力強く微笑み返し、その踵を返した。


アウローラのコクピットハッチが開き、待っていたかのようにティエンの体を迎え入れる。


ドクン。


ティエンの鼓動が高鳴ってゆく。
息遣いが、やけに荒く感じる。
初めての実戦。
そして、止めるべき相手は心を許したあの親友・・・アロイス・ローゼン。


・・・でも!


ティエンの瞳に決意の光が宿る。


「もう二度と・・・・”大切な人を失う事はしたくない”・・・!
僕が・・・。今度は僕が!この”ガンダム”で、みんなを守らなくちゃいけない時なんだ!!
・・・そうだよね?姉さん!!」


ティエンの指先が触れた一つのスイッチが、その小さな守護神に息吹を吹き込む。


”ヴン!”という機械的な起動音と共に戦闘用OSが起動し、モニター正面にOS名称である”あの文字列”が刻まれていった。


 G rowing
 U nbeatable
 N atural
 D efended
 A sia
 M achine Learning System


「”アジアを守るナチュラルを無敵の者に成長させる機械学習システム”・・・。

要するに、どんなナチュラルでも優れたコーディネイターと同等以上の動作が可能な”ナチュラル専用のMS操縦高度サポートOS”って事、かな・・・?

アウローラ。
東アジアの守護神としてこの世に生まれ出たお前が、もし本当にそんな未知なる力を持っているんなら、その”ガンダム”と言う名においてこの僕に・・・力を貸してくれ!!」

プラグ類の機器が機体から脱落して行き、アウローラのカメラアイが真っ赤な輝きを放つ。



黎天ライ・ティエン!東アジアガンダム、”行くよ”っ!!」



”ズシン!”と体の芯まで震わすような振動を響かせながら、その小さき東方の”ガンダム”は戦慄の夜が待ち構えるその大地へと歩き出した。
そして、ティエンは一気にアウローラのバーニアを吹かし、闇夜に消え去ったドグーのレーダー反応を確認しながら猛追撃をかける。

「くっ・・・!すごいGだ。ホント速いよなぁ、こいつ。いや、”なんて軽さだ”という方が正しいのかな?
誰かを追うような事態になって改めて分かるよ、姉さん。
ドグーはあの巨体だ。これなら直ぐにでも追いつける!!とにかく、大変な事になる前にドグーを・・・アロイスを止めなきゃ!!」

大いなる守りの力を手に入れたティエンは、その決意を胸にアウローラを奔らせた。


***


そこでは、闇夜を割きながら幾筋もの光線が飛び交っていた。
沿岸警備に当たっていた数機のダガーLからのビームライフルをかわしながら、ライア・エリシュのこめかみがヒクヒクと痙攣し始める。

「つーかさ・・・あたしらの機体、”ステルス機構”が施された特別仕様だってのにさぁ。
・・・・・・・・・何でおもっきし上陸バレてんだと思う?・・・ゼーヤ!!!?」

「バッキャロウ!!決まってるじゃないか、ライア!!
それは、このオレが上陸の挨拶代わりに沿岸に一発、ド派手なのを御見舞いしてやったからだゼ!!向こうさんも、手荒い歓迎をしてくれやがる。うぉぉぉぉぉ、燃え・・・」

「わかってんじゃねーか、この唐変木がぁぁぁぁぁ!!!!!!どうしてくれんだよ?ええ?”こっそり潜入作戦”、台無しじゃねーかっ!!!」

ライアだけではなく、他の部下の5機のアッシュ達も必死になってダガーL部隊に応戦しながら、隊長であるゼーヤ・アルフォードに非難の声を挙げ始める。

「ええい、過ぎた事をうだうだと!!それでもお前達は熱き血潮を持った戦士達かぁ!!仕方がない。温存しておきたかったが、このオレが・・・ここん所よく聞け、最強の”SEEDを持つ者”(自己推定)であるこのオレが編み出した必殺技を見せてやるゼっ!!

うぉぉぉぉぉぉ・・・飛べ!”焦熱鎖スレイヤーウィップ”!!」

ゼーヤのグフイグナイテッドのモノアイが真っ赤に輝く。
そして、両腕から放たれた2本の”スレイヤーウィップ”がうねる様に伸びてゆく。
その縦横無尽の鞭軌道は、まるで意思をもった生物であるかのようだ。
迎撃に出ていた6機のダガーLは逃げる事もかわすことも叶わず、その不規則な動きをもつ灼熱の鞭に次々と貫かれて爆散してゆく。

「見たか!オレの” 焦熱鎖スレイヤーウィップ”捌きを!!」
「・・・普通は巻きつけて破壊するモンだと思うんだけどね、あたしゃ。まぁ、なんにしろよくやったよ、ゼーヤ!あんたアホだけど、”アホみたいに強い”から尚更ムカツクよねぇ。」

褒めているのか思いっきり貶しているのかわからないライアの世辞に、ゼーヤは得意そうにポージングをとる。

「バッキャロー、当たり前じゃないか!女神の・・・ここん所よく聞け、親愛なるラクス様の”御加護”のあるこのグフさえあれば、このゼーヤ・アルフォード、正に百人力と言う物だゼ!ハッハハハ!!」

・・・”御加護”というのは、もしやあの潜入作戦にはあまりにもそぐわないド派手なピンク色の塗装の事だろうか。
それとも、シールドにある『LOVE LACUS!!』のペイントの事だろうか。

どっちにしてもラクス様の許可なく、かつ、メカニックに無理矢理塗らせたんだろうねぇ・・・。
あんな事したって、問題起こしてクビになったって噂の”ライブ用MSパイロット”の後釜になんか選ばれはしないってのにさ。・・・・・だって、あんた戦闘目的で起用された”フェイス”じゃん?

とライアは思いながらも、それにはあえて触れずにそっとしておいた。

つか、これ以上のアホ会話は敵陣では危なすぎるし。
あたしにゃ、今のこの状況でそれほど余裕はないんだよ。

「!・・・隊長、姉御!!レーダーに新しい機影、1!ライブラリ照合・・・ありません!!ですが、我が軍と思しき通信回線でなにか交信が・・・ジャマーの影響で・・聞き取りにくいですが・・・。」

部下からの知らせを聞いてゼーヤとライアも自機のレーダーと光学映像を確認し、専用の回線にチャンネルを合わせる。

『こちら・・・アロイス・ロー・・ン。 アルフォー・・隊、聞こえますか・。・・新型・・・奪取に成功・・・。これより合流・・・』

「ふふん、ビンゴだねぇ、ゼーヤ!一時はどうなる事かと思ったけど、意外と楽に行きそうじゃないか、この任務。」
「だから言っただろう?仲間を・・・アロイスを信じろってッ!!予定外の交戦もあったが、正に”欠陥オーライ”っていうヤツだゼ!」

「ハァ!?欠陥はあんた自身だよっ!!それを言うなら”結果オーライ”だろうがっ!!
しかも、あんたがその予定外の交戦の口火を切ったんじゃないのさっ!!!

・・・はぁ、はぁ・・・。

ちっ、まあどうでもいーや。お前達!!専用回線でこちらの位置を伝えてやんな!こっちはステルス仕様だから、目視は出来てもレーダーじゃほとんど映んないからね。
”この馬鹿のピンク色のグフ”を目指せってさ!!」



基地内のMSドックより飛び去ったアロイスのドグーは、通信による誘導でアルフォード隊の元に無事合流を果たした。
間近で見るその東アジアの異形の巨人に、ライアは感嘆の声を漏らす。

「へぇ、その機体。近くで見るとそんなにデカいのに、飛ぶ事もできんのかい?ナチュラルも中々のモン作れるようになったんだねぇ。」
「アロイス!!久しぶりじゃあないかっ!熱き血潮の同志よッ!!お前と駆け抜けたあの戦場での闘いの日々・・・オレは色あせる事なくこの胸に刻んでいるぞッ!!」

「・・・お久しぶりです、アルフォード隊長。ヤキン・ドゥーエ攻防戦以来・・・ですかね。
なんでも、フェイスになられたとか・・・。またお会いできて、僕も光栄です。」

軽く再会の挨拶を交わしたアロイスとゼーヤであったが、アロイスは直ぐさまドグーのコクピットを開き、愛用しているハンディ量子コンピュータをゼーヤ達に見せる。

「ゼーヤさん。とりあえず、基地内から持ち出してきた新型2機のデータと例の”極秘作戦”の詳細と思われる書類データをまずお渡ししたい。今この量子コンピュータに入っています。申し訳ないですが、どなたかに先に持って帰還してもらっていただきたいのです。」

「なんだと?アロイス。お前がそのままその新型とともに運んでもいいんだぞ?ここは・・・ここから先はオレ達に任せてくれてもいいんだゼッ!!」

「・・・いえ、元々僕から言い出した作戦です。皆さんを置いて僕だけ先に帰還するわけには行かない。それに、ここの地理・地形は熟知しているつもりです。余計な時間のロスも省けるでしょう。僕も、マスドライバー破壊作戦に参加します。」

アロイスのその言葉に、ゼーヤは涙を流して感動する。

「そ、そうか!オレとまた熱い戦いを共にしたいというわけだな!?アロイス・・・お前ってヤツァ・・・!!熱い、熱いぞっ!!」
「ちっ、暑かろうが寒かろうが何でもいいさ。それよりもさっさと片付けちまいたいんだけどね、あたしゃ。ジョーンズ!!あっちのボウヤからデータを受けとんな!!」

ジョーンズと呼ばれたアッシュのパイロットは、コクピットハッチを開けてドグーにいるアロイスからデータの入った量子コンピュータを受け取った。

「隊長!姉御!・・・確認しました。ざっとですが・・・確かにデータが入っているようですね。」
「うむ!当然だ!!我が友、アロイスが命を賭して持ち出してくれたものなのだからな!!いいか、ジョーンズ。そのデータを必ず・・・ここんところよく聞け、世界の明暗を分けるそのデータを、必ずラクス様の元に届けるんだぞ・・・!!!」

「ラクス様にって、コンサートにでも持ってくつもりかい?この唐変木!!それこそ世界が暗になるっつの!!ジョーンズ、あたしも一緒に行く。一機で万が一追撃を受けたら厄介だしね。いいね、ゼーヤ。
あんた達も”そいつ”の使い方くらいは一応わかってるんだろ?仕掛けて、ボン!だ。簡単だろ?」

そう言うと、ライアはゼーヤのグフの入っていたステルスカプセルの中に一緒に搭載されていたMS程の大きさのある機械兵器に目を向ける。


そこにあったのは、かつてパナマを震撼させた脅威のEMP兵器、”グングニール”であった。


こんなものを一体どこで手に入れたのだろうか。
若干ではあるが、携帯用に小型化されているような印象を受ける。
そして、恐らくは自分達の手でカスタマイズしたのであろう、つぎはぎだらけであった。

それを見たアロイスは、ゼーヤに頼んでおいたその兵器が無事に手に入っていた事を確認し、少しだけ安堵の表情を見せた。

「・・・”グングニール”は旧型の兵器だ。それ故、今の時代のMSのEMPシールドを貫く事はできないかもしれないが、これを使えば・・・」

ライアはニヤリとほくそ笑みながら、アロイスの言葉をつなげる。

「その通り。マスドライバーを全壊とは言わないまでも瞬間的に使い物にならなくなる程度のダメージを与える事ができるのさ・・・!パナマで実証済みだからねぇ、あたしは。
仕掛けて、ボン!そしたらさっさとトンズラ。簡単な話だろう?
それにしても、こんな物をゼーヤの馬鹿に準備させておくなんて、中々キレるねぇ銀髪のボウヤ。」
「それはどうも。」

ボウヤと呼ばれるのが気に喰わないのか、アロイスは愛想のない空返事を返す。
そんなアロイスのドグーの前に、ライアは妖艶なる笑みを浮かべて愛機である青いアッシュをゆっくりと近づける。
そして、何を思ったのか右腕のクロウを高々と突き上げ、ドグーのコクピット部分に押し当てて構えた。

「・・・なんの真似です?」

止めに入るゼーヤに「あんたは黙ってな!」と一括し、ライアはそのままアロイスに冷たく語りかける。

「キレるって事はねぇ・・・。褒め言葉でもあるけど、裏を返せば怪しいって事なんだよ・・・。
聞いた話じゃさ、この作戦、失敗するわけには行かないものなんだろう?ねぇ、ボウヤ。」

「・・・お渡ししたデータだけでは、僕を信頼するには足らない・・・そう仰るんですか?実に下らない・・・。」

ライアの挑発的な詰問をアロイスは毅然とした態度で淡々と受けて立つ。
「不敵だねぇ」と勿論の事ライアも一歩も引かない。

「アルフォード隊は元々地球勤務。ヤキン戦に参加したのはそこの唐変木ゼーヤとその時戦死しちまった数人の部下だけ。
あたしゃ地球に残ってて参加してないからあんたの事は知りはしない。
いわば、あんたと私は初対面だろう?
なんも質問せずに、言われた事を『ハイそうですか』と素直に聞くほどあたしゃ優等生じゃないんだよ。」

この用心深さこそがアルフォード隊の副官たる由縁であり、幾度となく部隊壊滅の窮地からゼーヤ達を救ってきた彼女の機転であった。

「・・・いくつか聞かせてもらうよ。
まず・・・あんた、新型は2機あるって、言ったよな・・・。あんたは一人だ。
百歩譲って、2機も持ち出すのはよほどの事でもない限りは至難の業なんじゃないかって事はわかる。
でもねぇ、なんで、”そっちのデカブツ”の方を持ってきたんだい?・・・簡潔に答えなッ!!」

アッシュの構えたクロウにビームエッジの光が輝き始める。
正に一触即発の緊迫した空気がその場に流れ始めた。
しかし、アロイスは一瞬眉をしかめながらも「そんな事か」と涼しげに微笑する。

「・・・僕の持ってきたこのドグーの方が後期開発の機体でね。
置き去りにしてきたもう一機の技術をさらに応用してつくられた、文字通り東アジアの最新技術の結晶だからですよ。
一番の性能の差は・・・簡単に言えばその破壊力ですね・・・。
まぁ、それは見ればわかりますし、事細かく説明しているような時間もない・・・。

それに、この機体なら多少の中距離飛翔も可能なだけでなく、スペック上は海中でもスケイルモーターによってある程度自由な行動を取る事が可能・・・。
”海に面するこの島”から逃げ出すには打って付けの性能だ。

貴女なら、どっちを盗みます?もっとも、”貴女はまだデータを全く見ていない”のですから、答えられないかもしれませんがね。」

ライアのカマかけの質問を即座に見抜いてそう答えるアロイスに、ライアは続ける。

「フン・・・もう一つ。この作戦の真意・・・真実なんだろうね?」
「・・・はい。残念ながら。僕達に失敗は許されません。それだけは、信じてください。」

アロイスの返答は、振り絞るかのような悲痛な響きを持っていた。
まだ聞きたい事が山ほどあったライアであったが、唐突にドグーに突きつけていたビームクロウを降ろし、「あ〜あ、たまんないねぇ」と大きく息を吐く。

「・・・あたしゃ、まだあんたを完全に信頼しちゃいない。だが、今あんたが言っている事だけは一応信用してやるよ、アロイス。」
「フフ・・・礼を言うべきなんですかね?こういう場合。」


ビー!!!!


ライアとアロイスがそんなやり取りをしている間に、その場にいた全員のコクピット内にアラームが鳴り響く。
どうやらこちらに向かってくるなんらかの機影をキャッチしたようだ。

「なんだい?追っ手かい!?」
「ほぅ、また性懲りもなく、このオレの必殺技を喰らいに来たのか、連合軍!!うぉぉぉ、燃えるゼ!!!」
「隊長、姉御!機影1。ライブラリにはありませんが、コイツ・・・!先ほど私がそこの坊主から回収したデータにあったものですよ!
つまり、もう一機の新型です!!GDO-Xa アウローラ!!」

「なんだとっ!!」「なんだってぇ!!?」
「・・・く・・・ティエン・・・!やはり、君が来たか・・・!」

機体をそのままに置いてきた上に、ティエンにドグーの姿を見られていた以上、こうなるだろうと予期していながらも複雑な思いを隠しきれないアロイス。

しかし、迷ってなどはいられない。今の僕にはどうしてもやり遂げなければならない事があるのだから・・・!!



ちょうどその頃、ティエンのアウローラも同じように追撃のターゲットであったドグーとその側にいる7つの機影を捉えていた。

「あ・・・あのMSは・・・ライブラリ照合、ザフト軍MSアッシュ!?・・・ろ、6機も!?
もう一機は・・・ない。・・・ロールアウト前の新型か!?
そ、そんな・・・。ザフト軍がホントにいるなんて、最悪のシナリオじゃんか!!洒落になんないよ、姉さん!!」

ティエンはたじろぎながらもアウローラのシールドに内蔵されたビームライフルを威嚇するかのように構えながら接近し続ける。
もう既に、射撃可能な位置までに互いの距離を縮めているのだ。

意を決したかのようにそれを迎え撃つべく隊の前線に出ようとするアロイスだったが、ライアのアッシュがそれを制止した。

「アロイス!あんたにはアッシュ4機を貸してやる!”グングニール”を持ってさっさとあの元凶をぶっ壊してきな!!」
「ライアさん、あいつは・・・」
「フン!大方”あんたの知り合い”なんだろう?言っとくけどね、あたしの前では油断はしない事さ。あんたの様子だってさっきから逐一監視してんだからね。
それに・・・”知ってる者同志”殺しあうのは、正直するのも見るのもごめんだよっ!!」
「し、しかし・・・」
「あー、うっさい!!!従いなッ!!おい、ゼーヤ!!」

ライアの声がかかるよりも早く、ゼーヤのグフが隊の先頭に立ちふさがっていた。
右腕の”ドラウプニル”4連装ビームガンを迫り来るアウローラの方に構え、ここは通さんとばかりに仁王立ちをする。

「皆まで言うな、ライアッ!ここはこのオレが・・・ここん所よく聞け、絶大なる”SEEDを持つ者”である(自己推定)このオレが!!!命に代えても通さんッ!!」

グフの”ドラウプニル”が口火を切り、接近するアウローラに向けてビーム弾を乱射する。
先手を撃たれたティエンは、大きく動揺の色を見せた。

「あ、危なっ・・・う、撃ってきたよ、姉さん!?・・・くっ、当たり前か。これは実戦なんだ、戦闘開始の合図なんてありはしないもんなっ!!なら、こっちだって!!!」

ティエンはアウローラを繰りながらそのビーム弾をなんとか回避し、お返しだと言わんばかりにビームライフルを連射する。
拙くまばらに飛翔するその光線のいくつかをゼーヤは左腕のシールドで防ぎながら、グフのモノアイをドグーの方へと向けた。

「行けっ、アロイス、アルフォード隊!!必ずあのマスドライバーを落とせッ!!
ライア、ジョーンズ!!お前たちもそのデータを必ず・・・そう、必ずラクス様の下へお届けしろッ!!」
「ラクス様の下って・・・しつこいねっ!この唐変木!!・・・まぁ、任しときな。あんたも気を付けなよ、ゼーヤ!」


「「「「ザフトの為に!」」」」


ゼーヤのグフをその場に残し、4機のアッシュは”グングニール”と共にマスドライバーへ、そしてライア機を含む2機のアッシュは海中へ、それぞれの目的のためにアルフォード隊は散開した。
アッシュ4機が運搬するつぎはぎだらけの異様な機械を目にしたティエンは、その部隊の行こうとしている先にあるものに気付く。

「な、なんだ、あの機械!?あっちには、マスドライバーが・・・僕の故郷の街だってあるんだぞ!?ちょっと待ってよ・・・なんだよ、アレ!!」

ティエンは標的を目の前のグフからマスドライバーに向かうアッシュ部隊に即座に切り替える。
そして、コクピット上部から降りてきたスナイパーゴーグルで照準をその謎の機械にロックオンし、アウローラの左肩の小型ビーム榴散弾ミサイルを発射した。

ミサイルは空中で閃光と共に分解し、中から無数のマイクロビームが放たれた。
光のシャワーがそのつぎはぎの兵器”グングニール”に一直線に襲い掛かるが、その行く手には巨大な壁が悠然と立ち塞がっていた。

両肩の大型シールドを前方に向けて構えた巨大MS・ドグーだ。

放たれたビーム榴散弾は、その大型シールドに悉く弾かれ、金属に無数の針が突き刺さるかのような轟音を上げながら霧散する。

「ア・・・アロイス!」

うっすらと煙を上げるそのシールドを機体正面から元の位置に戻したアロイスは、漸く隊長命令に従う決心を固めた。

「く・・・仕方がない。こんな所でぐずぐずしてはいられないんだ。
この国が如何にのんびりしているからとは言え、事前に調べ上げた警備シフトが薄い今日でなければ少数部隊でマスドライバーを落とす事など出来はしない。
しかも、想定外の”機人ロンファン”の外出。

これほどの絶好の機会は他にはない・・・!

明日以降になれば、アウローラとドグーの正式パイロット認定と今後の本格的実用のために、”フジヤマ社から招かれた研究員”が来訪する。そうなれば、暫くの間は警備も数倍に跳ね上がってしまうし、”何より”・・・・・・・。
とにかく、それでは・・・それでは、遅すぎるんだ!!」

悲壮な決意を胸に、ドグーはその巨体を再び浮き上がらせ始めた。

「!アロイス、待って!!話を・・・話を聞かせてよっ!!」

ティエンからのその通信にドグーは一瞬だけその動きを止める。

「・・・さようなら、ティエン。」

アロイスは感情を押し殺したままに冷たくそう言い残し、飛び去って行った。

「待ってって・・・言ってるだろーーーー!!!」

ティエンは”グングニール”とドグーの動きを止めようと、残る右肩の榴散弾ミサイルを発射する。
しかし、空を割いて飛ばんとしていたそのミサイルは、外装が空中分解するよりも早くにピタリとその動きを制止した。

ゼーヤの放ったグフの高周波鋼鞭”スレイヤーウィップ”が、なんとそのミサイルに巻きついて動きを封じたのである。

「お前の相手は、このオレだゼ!!小さなMS・・・いや、小戦士ッ!!そら、自分の武器で自分が吹っ飛べ!!!」

ゼーヤはそのままスレイヤーウィップでミサイルを掴んだままブンブンと振り回し、なんとアウローラ目掛けてミサイルを投げ放つようにして放り投げた。

ミサイル外装が爆ぜ、ビームのシャワーがアウローラを襲う。

「うわぁ!!ミサイルを掴んで投げ返しただって!?なんて、非常識な攻撃なんだ、こいつっ!!」

アウローラの小さなシールドではそのビームの雨を防ぎきる事など到底出来ない。
装甲に幾発もの小さな銃創を刻みながらも、ティエンはアウローラのバーニアを吹かしてその場をなんとか離脱する。

「なるほど、速い・・・!単にチビっこいだけじゃあないようだなッ、その機体!!だが、所詮はナチュラルの反応速度。コーディネイターであるこのオレには、お前の動きなど手にとるように分かるっ!!」

ティエンがビームの雨から逃れるために飛び込んだ丁度その真正面―。
そこではゼーヤのピンクのグフがビームソード”テンペスト”を構えて既に迎撃体制をつくっていた。
グフの切りつける”テンペスト”が加速で止まらないアウローラにカウンターとなって襲い掛かる。

「う、うわぁ!読まれてる!?く・・・くっそぉぉぉぉーー!!!」

ティエンはスラスターを一気に逆噴出・・・せず、そのままバーニアを全開にしてさらにその身に加速をつけた。
そして、繰り出される”テンペスト”の切っ先が左腕のシールドの中央に来るように狙いを合わせて特攻をかける。

金属と金属の激しくぶつかり合う轟音が響き渡り、あまりの加速の勢いにアウローラのシールドに弾かれたグフの”テンペスト”が大きく回転しながら地面に深々と突き刺さった。

アウローラはそのまま機体諸共体当たりをかけ、2機はもつれ合うようにして大地に倒れこむ。
ゼーヤは一早くグフの身を起こし、再び間合いを取った。
アウローラもそそくさとぎこちなく立ち上がり、シールドからビームチェインソード”シィサンジン”を抜き放って身構える。

「く・・・油断した。いや、敵ながら中々魂の篭った突撃だったゼ、小戦士。
オレとお前。どちらがより熱い戦いを見せられるかなッ!?ハッハハハ!」

「!?・・・そんなの知らないですよっ!貴方に構ってる暇なんてないんだ!!僕は・・・僕は・・・!!!」

アウローラの背部バーニアが再び加熱されてゆく。

「アロイスに話があるんだっ!そこをどけぇーー!!」

アウローラはあたかもグフ目掛けて放たれた一本の矢の如く低空スレスレを飛翔する。
あのアウローラ適性試験の際、ティエンがブルースにやった事と全く同じ間断なき特攻戦法であった。

しかし、ゼーヤは焦る事はない。
グフの右腕をおもむろに振り上げ、向かい来るアウローラへと狙いを定めるかのようにしてその拳を向けた。

「笑止ッ!その攻撃は”既に一度見せてもたった”ぞ、小戦士!!」

グフの右腕の”ドラウプニル”4連装ビームガンから無数のビーム光弾が流星の如く火を吹いた。
被弾覚悟で特攻をかけようとするティエンだったが、その無数の光弾が的確にアウローラの左足を狙い撃ち、その連続衝撃で突撃体制を大きく横に崩されてしまう。
低空飛行中にバランスを崩したアウローラは、そのまま地面にヘッドスライディングするかのようにして再び大地に頭をこすり付ける。

「つ・・・痛〜〜〜〜〜!!き・・・軌道を、変えられた・・・!?」
「ハハハハ!!闘牛の如く突っ込んでも、最早オレは微動だにせずともお前を倒す事が出来るぞ?

”このゼーヤ・アルフォードには同じ技は2度通用しない”!!

覚えておくがいい、小戦士よ!
どうだ、もうよさないか!?今ならそのガッツに免じて見逃したって構わない。
何故ならオレ達・・・もうこんなに殴り合った仲じゃあないかッ!!」


ゼーヤは独特の価値観を持った人間だ。
暑苦しいほどに仲間思いではあるが、決して部隊を率いる特務兵としての統率力やカリスマ性は高いとは言えない。
そんなゼーヤがフェイスとなったその純然たる由縁は、正にその戦闘能力に他ならなかった。
特に、彼の持つ二つ名が示す能力の賜物。

”見切りのゼーヤ”―

彼は、相対する者の戦闘パターンを一度でも目にすれば、それを無意識に脳裏に焼付けてその対処法を瞬時にはじき出すという、抜きん出た戦闘センスをもっているのである。
従って、2度、3度と繰り出される同じ攻撃パターンは、彼にとっては絶好の的なのだ。

それは勿論、ゼーヤの絶え間ない修練と経験によって開花した能力ではあったが、コーディネイターであるとか格闘計算が早いなどと言う次元のそれではなく、ゼーヤが生まれ持った天賦の才であった。


ティエンはアウローラをなんとか立ち上がらせ、各部駆動に異常がないかを確認する。

「ふぅ、よかった・・・まだ、動く。まだ大丈夫だよ、姉さん!」

そして、ティエンは何度も同じような特攻を繰り返し、倒れては起き上がる事を繰り返した。

純粋なる飽くなき特攻精神。

その大和魂にも似た不屈の闘志をアウローラに垣間見たゼーヤは、双眸からブアっと涙を流しながら感動の念を口にする。

「バ、バッキャロウ!!まだ、続ける気か!?お・・・お前・・・熱い、なんという熱い男なんだ。むしろ、なんという熱き血潮の男なんだッ!!
敵ながら天晴れだゼ。
いいだろう。このゼーヤ・アルフォード、お前のその熱き想いに答えて全力を持って相手をしてやるッ。さぁ、かかって来いッ!!!」

「な、なんなんだ、この人は・・・?いや、そんな事考えてる場合じゃない。僕は一刻も早くアロイスに追いつかなきゃいけないんだっ・・・!」

ティエンは戦いながらも考える。
この格段に格上の強敵をどうやってやり過ごそうかと・・・。
力がなければ、姑息でもなんでも機転で乗り切る以外に方法はない。

「はぁ、はぁ・・・やっぱダメだ!このままじゃ無理っぽいよ・・・どうしよう、姉さん!?
こんな特攻戦法じゃ・・・いや、戦法と言うよりもこれは単なる闇雲な神風特攻だもんな・・・。
あー、こんな時アロイスがいたらいいアドバイスしてくれるのに一体何してんのさ!・・・・・・って、そのアロイスを今追ってるんじゃん!!」

何をしても通用せず、一人焦りの色を隠しきれないティエンの頭は様々な思考が滅茶苦茶に駆け巡っていた。

「ああ、やっぱ僕じゃまだ実戦では全ッ然通用しないのかなぁ・・・。そういえば、演習でもブルースさんにだって全然通用しなかった。ブルース・・・さん?・・・!!・・・あっ!!」

ティエンは再びビームチェインソードを右手に構え、今度は2本の足で全力で走り出す。
そして疾走しながらも威嚇するかのように胸部ビームバルカンを正面のグフに向けて乱射した。

「ふん、急加速特攻では、オレの連続光弾によるピンポイント攻撃には反応できないと思い、今度は普通ダッシュで格闘間合いに入ろうというのか、小戦士ッ!
だが、笑止ッ!!折角の加速性能を放棄したそのような惰弱な特攻が、このゼーヤ・アルフォードに通用するとでも思ったか!
我が”焦熱鎖スレイヤーウィップ”で貫いてくれるッ!!」

グフの両腕から”スレイヤーウィップ”が伸び、うねりながら徐々に真紅の光を放ち始める。

「・・今だ、喰らえぇぇぇ!!!!」

その時、疾走するアウローラが右腰にある投擲型ハンドマインを思いっきり投げつけた。

「!手投げ式の爆弾か?しかぁしっ!!どこに投げている、小戦士!!それでは全然届かないぞ!?」
「違うさ、狙い通りだよっ・・・!!!」

グフの少し手前に落下したハンドマインは大きな閃光と共に爆ぜ、大地を砕いて爆煙を上げた。
湧き上がるその粉塵に隠れるようにして、グフのモノアイからアウローラの姿が消える。

「む!!目隠しかっ!!?小癪な、其処ォ!!!」

煙の中に微かに捉えたその影に向かってゼーヤは迷う事なく”スレイヤーウィップ”を放つ。
しかし、それは・・・。

「な!?・・・シールドだけだと!!?」

”スレイヤーウィップ”は”切り離パージされた”アウローラの攻盾を空しく弾いただけ。
では、本体は・・・!?

ゼーヤがそう考えたその瞬間、高速で爆煙を突き抜けたアウローラが一直線にグフへと迫る。
ゼーヤが視界にその姿を捉えた時、アウローラは今正にビームチェインソードをグフに向かって振り下ろさんとする所であった。
このタイミングでは、かわせない・・・!

「ちょっと違うけど・・・見よう見まね”獣拳じゅうけん七節之構ななふしのかまえ”だっ!これでも喰らえぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
「・・・な、なんとッ!!!!!?」

ゼーヤは左腕のシールドでその大振りな斬撃を何とか受け止め、加速していたアウローラの機体加重を相殺せんとグフの両足をグっと踏ん張らせた。
それは、常人では反応できないタイミングでの反射防御であった。

激しい激突の衝撃が響き、両機のコクピットに強烈な振動が伝う。

「猪口才なッ!!だが、熱い魂の篭った一撃だったぞ、小戦士ッ!!しかし、このオレの・・・ここん所よく聞け、このオレの最大限に燃え上がった熱き魂を持つグフには、今一歩届かなかったようだゼ!!」

そのままシールドをググっと押し返し、動きの止まった小柄なアウローラを弾き飛ばそうとするグフだったが、次の瞬間・・・

「まだだぁぁぁぁ!!!!」

ティエンの咆哮と共にビームチェインソード”シィサンジン”のビームエッジがまるで鋸の刃のようにささくれ立ち、あたかもチェーンソーの如く高速で回転し始める。


ギャリリリリリリイィィィ!!!


耳をつんざくような金属を削る音が響き、”シィサンジン”の高速回転するビームエッジが接触していたグフの「LOVE LUCUS!!」のペイントが入ったシールドをそのまま削り取るように荒々しく斬壊してゆく。
ゼーヤは左腕を守るためにとっさにシールドをパージする他なかった。

「バ・・・馬鹿なッ!!!アンチビームコーティングシールドを・・・接触したまま切り壊しただとッ!!?ラ、ラクス様の盾がぁぁぁぁ!!!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁああ!!!」

そして、ティエンは動揺するゼーヤのグフに返す刀で思い切り斬りつける。
かわし切れず斬りおとされたグフの左肩のスパイクホーンが宙を舞った。
ゼーヤはたまらず背部ウイングを展開して空中へと飛び、再びアウローラとの間合いを取る。

「お、おのれ、このオレのグフを・・・ここん所よく聞け、きっと次に栄えあるラクス様のコンサート用MSにお声がかかるであろう(自己推定。と言うか、希望)このオレのグフイグナイテッドを・・・よくも傷つけてくれたなッ!!!
それ即ち、ラクス様への冒涜ッ!!!許さんぞ、小戦士ッ!!!」

ゼーヤは怒りに激しくその身を震わせた。
そして、2本の”スレイヤーウィップ”がうねり狂うように空を舞うグフの周囲に踊りだす。
最愛の盾と左肩の角を失ったその独特な理想を湛えた桃源色のグフの様は、正に憤怒の明王の如き様相であった。

「あれだけの至近距離でも、致命傷をかわされるの!?こっちは出し惜しみなしでやってるのに、やっぱメチャクチャ強いよ、姉さん。これが・・・修羅場を潜り抜けたコーディネイターの力なのか!?」

闇に染まるその漆黒の天に舞う強敵を見上げるティエンは、もう一度勇気を振り絞る。
ティエンと小さな”ガンダム”の繰り広げるその黒き夜の戦いは、まだ始まったばかりであった。


≪PHASE-05へ続く≫