PHASE-01 −GUNDAM− 守護神
死後に行き着くと言われる”地獄”という冥府の世界が本当に存在すると言うのなら、こんな感じなのかもしれないと、僕は思ったんだ。
それは僕の故郷、”高雄”の景色−。
家や物の焼ける耐え難い匂いと熱風による焦熱で朦朧とする意識の中、僕と姉さんは確かに見たんだ。
豪火に照らし出されたあのMS・・・・”ガンダム”の姿を・・・。
***
東アジア共和国−。
赤き土の大陸と呼ばれるアジアに拠点を構える地球連合構成国の一つである。
南京を首都とし、連合国内では大西洋連邦やユーラシア連邦程の大きな力はなかったが、世界有数の多くの人口に支えられた工業大国である。
そのため、宇宙への玄関口ともいえるマスドライバーを建設・保有していた。
その地方都市が、かの高雄である。
しかし、その高雄宇宙港は、C.E71.1/23、ザフトの手によって陥落する事となる。
その忌まわしきザフトの高雄基地マスドライバー襲撃事件からはもう2年余りが過ぎ、今では高雄の軍事基地も、極一部ではあったが飛び火を受けた近辺の街も、元通りとまでは行かないまでも大部分の機能が復旧していた。
高雄襲撃の後に起きた”ヘリオポリス事件”から激化の途をたどっていったあの大戦争も、第二次ヤキン・ドゥーエ宙域戦を最後に終結し、今では地球・プラント間で結ばれた”ユニウス条約”の元、世界には平穏な日々が訪れていた・・・・はずだった。
しかし、誰しもが予想し得なかった事件が起きたのである。
突如として、空から無数の流星が降り注ぎ、上海を初めとする地球上の数々の街を貫いたのだ。
”ブレイク・ザ・ワールド”−。
後にそう呼ばれるその事件に端を発し、世界は再び新たなる戦いの渦へと巻き込まれてゆく事となる。
それをいい口実として、他の連合国に発言力で劣る東アジア共和国でも、無期凍結していた”MS開発プロジェクト”の再開を決定する事となる。
モルゲンレーテやアクタイオン・インダストリーに劣らぬ技術力を持った“フジヤマ社”と提携したそのプロジェクトの発足によって、それらを扱うことのできる優秀なテストパイロットチームの結成が決定したのである。
東アジアの希望を背負って結成されたそのエリート部隊とは―。
***
「東アジア共和国・第92特務部隊、通称”魁龍”。
フジヤマ社と提携して開発を進めている新型MSの運用試験をする事が表立った任務だが、実戦運用も充分ありうる実動特戦部隊。
つまり、地球連合軍の中でも大きな栄誉を持つ、東アジア共和国のMSパイロット兵士の全てがその所属を嘱望するエリート部隊だ。」
地球連合軍・高雄基地の第3MSドックを眼前に、一人の黒髪の少年が力強く右の拳を握り締めながら立っていた。
大いなる希望をそのブラウン色の瞳に湛え、少年はそのエリート部隊の詳細を確認するかのように一人唱和する。
少年の名は黎天。
士官学校を卒業し、今日付けで晴れてそのエリート部隊への配属が決まっていた新兵である。
何でも、臨時で増員する事が決まったらしく、突然の初栄任となったらしい。
「僕はなんて運がいいんだろう。これで今日から僕も、故郷を守る事につながる栄えある任務に就けるんだ。こんなに嬉しい事はないよね、姉さん。」
独り言を言う時に溺愛する姉につい語りかけてしまうのは、彼のどうにもならない癖であった。
重度のシスターコンプレックスを持っている、と言うほどの事でもないようなのだが、本人曰く、姉の名前を口に出すことでどうやら自分が奮い立つようだ。
ティエンは2年前に故郷をザフト軍に焼かれており、家族と故郷を失ってしまっている。そして、姉と命からがら生き延びた事がトラウマとなっているためか、人一倍強い防国心を持っていた。
今度は姉を自分自身の力で守れる男になりたいと心からそう思っていた。
戦後間もなくしてから意を決して軍に志願し、士官学校でも優秀な成績を収めたティエンは、自らの希望通りの大いなる力を手にする事の出来る最新鋭部隊への配属が、今正に実現したところなのだ。
「これからは、僕がこの国を・・・姉さんを守ることができる。今日が僕のこの国の”防人”としての新しい第一歩になるんだ。」
青く初々しい決意を胸に、連合軍の新兵、ライ・ティエンは招集されていたそのMSドックの中へと足を踏み入れた。
***
「うわぁ・・・。」
毅然と立ち並ぶストライクダガーにダガーL、ウィンダムの群れ。
そこを所狭しと目まぐるしく動く整備員たち。
連合軍の中でも戦力的に大西洋やユーラシアに劣るとは言え、教習用にマイナーダウンされたストライクダガーに見慣れていたティエンにとっては、正に圧巻といえるような景色であった。
ドン!
ポカーンと大口を開けてキョロキョロと辺りを見渡しながら歩くティエンに、大きな音を立てて誰かがぶつかった。
「す・・すみません!!僕、余所見なんかして・・・大丈夫ですか?」
「いや、ええよ。ええよ。わしも余所見をしとったもんでの。あたた・・・最近腰が痛ぅて痛ぅて敵わんわい。」
焦りに顔を紅潮させながらティエンが声をかけたのは、小柄の老人だった。
つなぎの作業服を着ているところを見ると、どうやら整備士のようだ。
しかし、どう若く見ても60近そうなこんなご老人が、現役の軍人にいるというのだろうか?
そんな事を考えながら暫くポカンとしていたティエンだったが、ふと気付くとその老人がこちらの顔を覗き込んでニコニコと微笑んでいる。
ボンヤリとしていた事を失礼に思い、ティエンは自らの顔をさらに真っ赤に紅潮させた。
「機械人形が珍しいのかの。お前さん、新米さんじゃな?」
「は・・・ハイっ。僕、こんなにすごい数のMSを見た事がなかったものですから。特に、ウィンダムなんて実際には初めて見ましたよ。すごいなぁ・・・。
・・・・っと、僕・・・じ、自分は黎天曹長と言います。本日付で”魁龍”に配属になったMSパイロットです。」
改めてぎこちなく敬礼をするティエンに、老整備士は「ほっほっほっ」と嬉しそうに笑いかけながら、ある方向を指差した。
「あっちの方に”酒樽”みたいなドデカイ機械人形が立っとるのが見えるじゃろ?あの辺りが”魁龍”チーム専用の機械人形置き場になっとる。行ってみるとええよ。」
「さ・・・酒樽・・・ですか?」
意味が分からずも、ティエンが老整備士が指差す方に目をやると、確かにずんぐりとした妙な形のMSの姿が目に入る。
なるほど、遠目で見ても通常のものよりも明らかに巨体なのがわかる。
「ありがとうございます」と何度も敬礼を返し、ティエンは急ぎそのMSの元に向かってその歩を進めた。
***
「・・・見た事のないタイプのMSだよ、姉さん。」
ティエンの目の前に聳え立つ「”酒樽”みたいだ」と言われたそのMSは、隣に並ぶダガーと比較すると、1.5倍ほどの大きさを持っていた。
首がなく、頭部と胴部が一体になっているかのようなその奇妙なシルエット。
両肩に大型のシールドを備え、その頭部は連合軍特有のバイザーアイタイプの物ではなく、メインカメラがどこにあるのか分からないような形状をしている。あたかも西洋のフルフェイスの鉄兜・・・いや、頭のない鉄鎧のような印象を受ける意匠だ。
しかし、ティエンの目をより大きく引いたのは、その”酒樽MS”の隣にある機体の姿であった。
薄く茶色がかった真っ白な装甲。
そして、“酒樽MS”とは反対に、その機体は通常のMSよりもかなり小型だ。
恐らくざっと14、5メートル位ほどしかないように見える。
背面には脚部などにも多くのバーニアらしき物があるようだった。
「・・・小型化し、さらに装甲を削る事で機動性能を上げる。まるで士官学校の時に習ったオーブの”アストレイ”とかいうMSの機体概念を持っているみたいだ。それに何より・・・」
ティエンは見上げる視線をその機体の頭部に移し、呟いた。
「・・・”ガンダム”!」
「へぇー。君もコイツの事、”ガンダム”って呼ぶんだ?」
「・・・え?」
突然の背後からの声に慌ててティエンが振り返ると、そこに居たのは荷物を両手に持ちきれないほどに抱えた少女であった。
ショートカットの亜麻色の髪から覗く小さな額と瑪瑙色の大きな瞳が愛らしい印象を与える。
「うーっ・・・」と重そうに両腕を振るわせるその少女の荷物を見て、人のいいティエンは慌ててその半分を持って手伝った。
「おっ、さんきゅー。助かる〜。コレ、重くってさぁ。」
「い、一体なんなんです?コレ。」
少女の嬉しそうな笑みに頬を染めながら、視線をその重い荷物に逸らしたティエンだったが・・・。
どうやら・・・いや、どうみてもそれは買い物袋のようにしか見えない。
再びその少女の顔に視線を戻したティエンに、少女は改めて名を名乗った。
「私、アムル。アムル・シュプリー少尉よ。よろしくね。あー、コレ?コレねぇ・・・」
そう言うや否や、アムルはその買い物袋を床にドッカリと置き、一つ一つ指差す。
「えっとねー、こっちがバッグでー。こっちがお洋服、靴、アクセ。でー、君が持ってくれてるのはほぼ全部お化粧品ね。あっ、ソレ、割れ物もあるから気をつけてね。」
「は・・はぁ・・・。」
悪びれもせず満面の笑顔でそれとなく注意するアムルに、ティエンは絶句した。
なぜ、軍基地内のMSドックに大量に私物を購入して持ち歩いている人がいるのだろう・・・。
それを見て、アムルは何か思い出したかのように眉間に小さくしわを寄せる。
「あれっ?そういえば、君、誰?」
「あ・・・僕・・・いえ、自分は黎天曹長です。本日付けで”魁龍”に配属となり・・・」
ティエンの言葉を全部聞き終わる前に、アムルは大きくパンっ!と手を叩き、声をあげる。
「あーー!そういえば、今日新入隊員が来るから召集かかってたんだっけっ。いっけな〜い。・・・でも、まだ誰も来てないみたいね。セ〜〜〜フっ。」
周囲をキョロキョロと見回し、野球の審判のような大げさなセーフジェスチャーをするアムルに、ティエンは再び頬を赤らめる。
かわいいなぁ。こんな人も軍にいるのかぁ。
・・・ん?待てよ。今、この人、なんて?
アムルのいった言葉の意味を漸く理解したティエンは、慌てて敬礼の姿勢をとる。
「シュプリー少尉は”魁龍”の所属でありますか!?し、失礼しました!よ、よろしくお願い・・・」
しかし、その瞬間―
ガシャーン!
ティエンの両手の紙袋が勢いよく床に落ち、激しく何かが割れる音がした。
「「あーーーーーー!!!」」
同時に2人の声が木魂する。
「すっ、すみません!すみません!!」
深々と頭を下げてティエンは何度もペコペコと平謝りする。
さ、最悪だよ。いきなりエリート部隊の先輩隊員に失礼な事をしちゃったよ。
ど、どうしよう、姉さん!
「オイ、貴様ァ!そこで何してるっ!!」
怒号のようなその声にティエンはビクっとして振り向く。
そこには、長い黒髪を額の中央で分け、さらに後ろでポニーテールのように結わっている― いや、むしろ髷のように結わっていると言った方が正しい ―長身の男が、こちらをすごい形相で睨んでいた。
男はアムルとその周りにおいてある買い物袋の束を見て、より一層肩を怒らせながらティエンに詰め寄る。
「きっ、貴様ァ!!!ま、ま、まさかアムルと2人で・・・で、で、デートに行っちゃったりなんちゃったりしちゃったと言うのか!?だ、だ、誰に断ってそんな真似をしている、この無礼者ッ!!」
いきなり誤解からなのか何なのか、ティエンの胸倉を掴んでユサユサと乱暴に体をゆすり始めるその男に、ティエンは訳がわからず身を任す。
「おっ、シャライくん、おっーす!違うんだよ、ティエンくんとは今ここで会ったんだもん。荷物持ってくれてたんだよ?」
アムルの声にピクリと反応し、髷男はティエンから手を離す。
「何ィ!?そうなのか、アムル。このシャライ・ミカナギとあろう者が、とんだ早とちりをしてしまったようだな。フン、許すがいい、俗物。」
「は・・・はぁ。」
勘違いで無礼者呼ばわりされた上に、「許すがいい、俗物」って・・・なんて慇懃無礼な人なんだろう、姉さん。
ティエンはシャライと名乗ったその男にふとそんな事を思いながらドギマギする。
「でもでも〜、それ今落っことして割れちゃったけどね〜〜。あはは。」
「な、何だとぉっ!!!?き、貴様ァ!!この無礼者!!!」
「ひ、ひぃ!?」
再び折檻モードになるシャライだったが、アムルがひょっこり間に入って「まあまあ」とシャライをなだめ始めた。
「いーよ、いーよっ。また買えばいいんだし。それに、私も招集遅れて来たからきっと天罰よね。そゆ事だから〜、シャライ君も気にしないで。ありがとね。」
「む、アムルがそう言うなら、私は何も言わないが・・・オイ、貴様!今度から気を付けろよ!!」
続いてくるりとティエンの方に向きを変えたアムルは、ティエンの肩をポンと叩く。
「あっ、あとティエン君?『シュプリー少尉っ!!』なんかじゃなくて、アムルでいいからね。堅苦しいのってー、ウチの隊じゃ逆に可笑しいし。」
た、助かった?
満面の笑顔で許してくれるアムルが、その時ティエンには大袈裟にも本物の天使のように思えた。
「ア・・アムルさん。ありがとうございます。シャライさん・・・でしたか?す、すみませんでした。
あの、アムルさん。この埋め合わせは、必ずしますから。」
その一言を聞いたアムルは、パチン!と指を鳴らして『待ってました』とばかりニヤリと小悪魔な笑みを浮かべた。
「えー、なんか悪いね〜。でもでも〜、折角だからお言葉に甘えちゃおっかな。
私〜、おいしいフランス料理のお店をこの前見つけて一度行ってみたかったの〜。
あとあと〜、来週入荷するオーブ製のコロンとかも欲しいし〜。
あっ、お化粧品ももちろんまた買わないといけないし〜。もちろん”全部一式”!
今日買ったの普段着用のお洋服だから〜、お出かけ用のとか買えなかったんだよね〜。」
「え・・いや、アムルさん?」
「ん?ん〜ん、大丈夫よ。今すぐ行こうなんて、私言わないから。今日付けで入隊なら初任給が入るのは・・・大体この日ね〜。
おっ、予定ではその3日後、隊務休息日になってる。グッ☆タイミン〜〜!じゃ!この日、一緒にお買い物にいきましょうね、ティエン君。約束ね〜^^ あ〜楽しみだな〜。」
・・・一瞬でもこの人をいい人だと思った僕が甘かったよ。
僕の初任給、自由に使えるものはないって事だね。
しかも、あの大量な荷物持ちもさせられそうだよ、姉さん・・・。
アムルにブンブンと一方的に指切り拳万をされながら、真っ白になって固まるティエン。
そして、そんなアムルの一方的な約束を耳にしたシャライが、案の定と言うべきか顔を真っ赤にして激昂する。
「き、貴様ァ〜〜〜。一度は許してやったのに、アムルと2度までも!?おのれ、許さんぞ、この俗物がァ!!」
え、えーーーー!?
だから一度もデートなんてしてないし、カモられてるのに僕が責められるんですか!?
た・・・助けてよ、姉さん。
「アムルさん、シャライさん。そのくらいで勘弁してあげてくださいよ。」
背後から現れたのは銀色の長い髪をした少年だった。
口元に柔和な笑みを浮かべたその笑顔は女性と見紛うかの如く端整で、驚くほどの美丈夫だ。
ティエンはその銀色の髪に魅入られ、暫くの間呆然としてしまったほどであった。
「君が新入隊員だね?確か名は・・・・ライ・ティエン、だったかな?
あ、ちなみにそちらの長身黒髪の方は、シャライ・ミカナギ中尉。アムルさんと同じくこの”魁龍”のMSパイロットさ。」
紹介を受けてフンっと鼻を鳴らすシャライにティエンは改めて名を名乗って会釈する。
「挨拶が遅れた。僕はアロイス・ローゼン曹長です。
”魁龍”でオペレーターをやってる。
とは言っても、データ整理や運用試験のスケジュール調整なんかの雑用がメインだけどね。」
「あの、アロイスさん・・・そういえば、何で僕の名前を?」
アロイスは「フッ」と口元を緩めながらそのさわやかな視線を手元に持つハンディ量子コンピュータに移す。
銀色の髪がふわりと揺れる。
「一応、ここに色々なデータをストックしていてね。これから仲間になる君のデータも、勿論チェックさせてもらっているよ、ティエン。
何でも、優秀な成績で士官学校を卒業してきたらしいじゃないか。頼りがいのあるMSパイロットが増えるのは僕達にとっても心強い事さ。これからよろしく頼むね。」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
「フフ・・・実は階級も歳も君と僕は同じなんだよ、ティエン。普通に話してくれないかな?その方が、僕も嬉しい。」
アロイスはそういうとティエンににこやかに右手を差し出した。
目の前の銀髪の少年のその一挙手一投足に、洗練された優雅な雰囲気を感じ取れる。
どこかの貴族の出なんだろうかと思わされるほどに・・・。
その高貴な雰囲気に呑まれてしまったかのように何故だか頬を赤らめながら笑顔で手を差し出し返すティエンだったが、アロイスはクスリと微笑して自分の差し出していた手をおどけたように引っ込める。
「フッ、ティエン。残念だが、僕は”その気”はないのだけれど?」
「えーーーー!!ティエンくんって・・・そっちの子なの?」
「なんだとっ!?貴様、アムルだけでなく・・・はっ!!ま、ま、まさか・・・両刀なのか?汚らわしいッ!!」
「ちっ、違いますって!!!な、何言ってんですか!!!」
「あー、ムキになるところが尚あやしーっ。」
面白がってからかい始めるアムル達に必死に弁解するティエン。
アムルはティエンの純粋さに、
『うふふ。この子も”かわいい”っ。』
と心の中で一人悪戯に微笑んだ。
アムルはそのかわいらしい顔に似合わず、”お金になる事”と”人の弱みを握るような事”に関しては決して見逃さず入念にチェックを入れる。
基地内では“地獄耳少女”として、密かに恐れらている程であり、彼女に貢いで一遍どころか二遍、三遍とサイフのあの世を見た者は数知れないらしい。
だが、それでも誰からも好かれてしまうこの人懐っこさが、彼女の徳であるといえるのだが・・・。
再び助け舟を出そうと、アロイスがさらりと話題を切り替える。
「どうやら、あとは隊長だけみたいだね。”ブルース”さん!貴方も、そろそろ降りて来ませんか?」
アロイスが声をかけた方向に目をやると、そこには一機の”ダガー”の姿があった。
ふと視線をMSの上方に移してみると、その肩の上に一人の男が立っていた。
金色の髪を辮髪に結わったその男は、“妙である”としかなんとも形容しがたい独特のポーズをとっていた。
男は「阿周っ!」と怪鳥の発する音のような甲高い声をあげながら、なんとダガーの肩から飛び降り、2回3回と空中旋回しながら見事に着地した。
その超人的体裁きに驚くティエンをよそに、男は口を開いた。
「我が名はブルース・ネルフ。”祖国四千年の伝統を継ぐ拳士”也。」
「ど、どうも・・・僕は・・・」
名乗ろうとするティエンの顔の前にブルースは滑らかな動作でその右腕を上げ、スっと掌を広げてピタリと止めた。
「無用也。黎天であろう?お主がこの庫内に入った時から我は愛機の上にてずっと監視しておった。我が軍階級は中尉、齢は二十二也。以後、宜しく頼む。」
ブルースは、その刀のような印象を持った切れ長の目をギラリと輝かせながら、ティエンに向かって自分の右拳と左掌を合わせて合掌の礼を示す。
…って言うか、ずっとあのポーズしながらこっちを見ていたっていうのか、この人。
ある意味すごいヒトかもしれないよ、姉さん。
”祖国四千年”とは言っているけど・・・どう見てもヨーロッパ系か欧米系の人に見えるな・・・。
だって、明らかに金髪・青目だし。
「ねぇねぇ、ブルース君。さっきのはぁ、何の”構”なの〜?」
アムルが眼を輝かせて尋ねるとブルースはニヤリと微笑み、その場で先ほどのソレと全く同じポーズを取って、得意げにその名を口にする。
「”獣拳・猛禽之構”也。其の静、全ての獲物を見定め、其の動、迅雷の如く獲物を仕留めるものと知るがよい。」
「お〜〜〜!すっご〜〜い!!」
パチパチと楽しそうに拍手をするアムル。
ソレを受けて余計に得意げにポーズを決めるブルースに、シャライは気に喰わなそうにフンと鼻を鳴らした。
その様子を唖然としながら見ているティエンの耳元でアロイスが囁く。
「・・・もう、わかっているとは思うけれど・・・。シャライさんもブルースさんもさっきの君同様、隊内ではアムルさんの一番のカモだ。飴と鞭ならぬ、飴と飴で褒め殺すタイプの手段らしい。無数の手口を無意識に使い分けてるようだから、君も気を付けた方がいい。」
「・・・隊内で一番って事は・・・もしやアロイスも何かあったの?」
「うっ・・・。」
ティエンの鋭い質問にアロイスは苦笑いしながら微笑してはぐらかした。
アロイスの様子を察したティエンは、話題を変えようとブルースの方に声をかける。
「あ、あの、ブルースさん。”獣拳”って言ってたけど、それは一体何ですか?」
その言葉を聞いたブルースが糸の様に細いその瞳を大きく見開いて顔を紅潮させる。
え?・・・アレ?怒らせちゃったかな?
きょ、今日は”意味なく怒られる厄日”か何かですか?姉さん。
ティエンがそう思い顔を引きつらせた瞬間、ブルースがあたかも鼠のそれを彷彿とさせるような素早い独特な軌道の運歩(※拳法における足の運びの事)で瞬時にティエンに近寄り、意気揚々と雄弁に語りだした。
「ふむ、聞きたいか!そう、我が”獣拳”こそが、”伝統ある祖国四千年の拳”に他ならない。
人間は理性を進化させ、道具に頼る生活に慣れ親しんできた事で本来の獣の持つ本能の力を自ら無意識に封印してしまっておる。
祖国四千年の伝承に依る成れば、獣の持つ力とは超感覚にも似たとてつもない・・・」
ブルースの熱の篭った説明と、後からアロイスが自らのデータベースを見せて話してくれた事を総合して掻い摘むと、こういう事らしい。
ブルースの操る”獣拳”とは即ち、獣の動きを模す事で獣の持つ五感の能力をフルに生かした本来の”野生の力”を人の体に再び呼び起こすという、いわゆる擬態ならぬ擬獣拳法の極意なのだそうだ。
その”五感”を高めるという”絶技”故、”獣拳は五絶に及ぶ”とさえ言われているらしい。
実際にはそんな超人的な効果が人体に及ぼされるのかどうかは定かではないが、徒手空拳としては絶大な威力を誇り、格闘戦闘ではブルースの右に出るものは他部隊でも一人もいないとの事だ。
しかも、彼は独自にそれをアレンジし、MS戦闘でも扱う事が出来るという。その様は実にトリッキーかつダイナミックな格闘スタイルだ。
どのような経緯でブルースが”獣拳”を体得したかはアロイスには分からないそうだが、本人曰く、「まだまだ修行の身」なのだそうで、常にどこにいても肉体の鍛錬に余念がない。
話によると、かつて一度だけバリー・ホーと名乗る拳法家に手ひどい負け方をしてしまった事があるようで、それ以来自らをより強くするために日々精進しているらしい。
あの独特な話口調も、自らを律するためのものなんじゃないかな?とアロイスは言う。
・・・単なるカンフーに憧れるコスプレ外人じゃあなかったみたいだよ、姉さん。
あの妙な構えからどんな技が飛び出すというのか、半信半疑ではあるけど・・・。
ブルースの”獣拳”講釈が最大に熱を帯び始めて来た時だった。
アロイスが何かに気付いたかのように敬礼の姿勢をつくる。
それを見たアムルとシャライ、ブルースまでもが話を途中で止め、同じくピシっと敬礼をしている。
「ふむ、みんなそろっとるようじゃの。」
「あ!貴方は・・・先ほどの整備士さん。」
ティエンの言葉を聞いてアムルがクスクスと笑い出し、シャライが「無礼者!」とティエンを罵る。
老整備士は仙人の如く長く伸びた顎鬚をさすりながらニッコリと微笑み、ティエンに名を名乗った。
「ふむ。もう既に他の者の紹介は不要なようじゃの。テストチーム”魁龍”へようこそ、ライ・ティエン曹長。
わしが”メカニック 兼 隊長”の柳龍皇じゃ。皆は”老師”と呼んどる。よろしくの。」
「ロ・・・ロンファンって・・・あ、貴方が・・・地球連合軍屈指のMS工学博士であり、あの伝説の軍師、”機人ロンファン”!?・・・しかも、”魁龍”の隊長って・・・貴方が!?えええええ!!」
ティエンが驚くのも無理はない。
”機人ロンファン”
数に勝るとは言え、能力やMS性能、そしてMS戦闘の経験上ではザフトのコーディネイター達に自力では劣ると言わざるを得ない連合軍の中で、部隊を戦術的に巧みに操った数人の伝説的連合軍師の内の一人が彼である。
自らはMSに乗る事はなかったが、ザフト・アフリカ方面軍とのアフリカ戦線では、砂漠で無類の性能を誇っていたバクゥ部隊に対して巧みな誘導戦術で敵の部隊を根こそぎトラップ地帯に帯び寄せ、その弱点である脚部のみを仕留めるという見事な策を披露した。
また、かの第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦においても目視のみでいち早くジェネシスの構造のおおよそを解析。第一射のタイミングを見抜き、彼の指示によって多くの戦艦がその直撃を免れたという話は有名である。
”機人”とは、文字通り”機械”に精通し、”機”を鋭く見定める鋭い洞察力を誇る人という意味なのだ。
まさか、そんな前大戦時の伝説的英雄が自分の直属の上司となるとは。
しかも、こんな小柄で温厚そうな御老人が・・・。
「オホン!」
アロイスが入れた咳払いに気付き、ティエンはハッと我に返る。
「・・・あっ!す、すみません。また失礼な事を言ってしまって・・・」
「ええよ、ええよ」と微笑みながらロンファンはオロオロするティエンの肩を叩いた。
「話に尾ヒレがようけ付いとるようじゃが、わしゃもうとうに引退していた身じゃ。
まぁ、こうして開戦と同時にまた呼び戻されてしまったわけじゃがな。
ともかく、今日からお前さんもテストパイロット兼特務隊の一員として精進しとくれ。」
「はっ、はい!!」
ロンファンは、「ほっほっほっ」とまるで高名な仙人か老賢者であるかのように高笑いをする。
すると、何かを思い出したかのようにアムルが会話に口を挟んできた。
「あー、そういえば老師ぃ〜。聞いてくださいよぅ!ティエン君もね、老師と同じであのちっちゃいMSの事、”ガンダム”って呼んでたんですよぉ。」
「なんじゃと?・・・ティエン。お前さん、”東アジアガンダム”を知っとったのか?」
ティエンは再び、ブラウン色の瞳をその小さなMSに向け、呟いた。
「東アジア・・・ガンダム?」
そのMSの持つ奇妙な響きの名が、ティエンの心に深く染み込み、刻まれる。
それがティエンと”魁龍”の仲間たちとの・・・・そして、数奇な運命を持つ”ガンダム”との初めての出会いであった。
それは決して後世に語られる事のない王道無き物語。
黎明へと向かうその名もなき歴史の奔流が、今、始まる。
≪PHASE-02へ続く≫
[まえがき]
さて、絵師の私には誰も待ち望んではいなかったでしょうが(笑)、東アジア共和国の物語の第1話です。
最初の1話という事で、あとがきと言うよりも、”前書き”として少し書かせていただきますね^^
実質、東アジアを舞台としたものを書くのは2度目となりますが、今回は設定も抑え目に抑え目に構成しているつもりです。
実は、全8話という長編になってしまったのですが^^;、既に書きおえておりまして、随時定期更新してゆこうと思っております。
内容としては・・・どうしても、色々なものに影響を受けておりますが、正直自分でもBDさんのCruel Angelをかなり意識しているなぁ、と思ってしまっている次第なのですが^^;;、その辺は勘弁してくださいねm(_ _)m
(バ、バジリスク、描きますから・・・その辺で堪忍を^^;;;;)
少々長くはございますが、気が向いたら一読していただければ幸いです^^
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