PHASE-07 Cross Grave (中編)



感じる。

母の息吹。

女神の鼓動。


コックピットを介して全身を突き抜ける歓喜。

そしてその感覚とは裏腹に加速していく哀愁の想い。


その二つが鬩ぎ合い、オズの内部で弾けて混ざり始める。


MSの生体パーツとして調整され、プログラミングされた強化人間としての自分が、戦いに赴く事を望んでいる。

意思を持った一人の”人間”としての自分が、この先の未来を直視する事を拒み、否定と慟哭の声を上げている。


相反する二つの感情。

同時に成立するはずの無い二つの想いが、今、彼の中で次第に同化しつつある。





どこで歯車は狂ってしまったのか?


自分は唯、”家族”というものが欲しかっただけなのだ。


唯、誰かに愛して欲しかっただけなのだ。



忠実に、言われるがままに、”父”や”兄”に従っていれば、何時かは”愛”してくれると思っていた。

しかしそれは唯の自分の願望だと悟った。



”恋”を経験した。

この人に”愛”されたいと願った。

だが、それは叶わぬ夢だと悟った。



自分の願いが叶った事なんて、一度だって無い。

今までも。きっとこれからも。

永遠に。

ならば願う事は何一つ無い。


唯黙って祈るだけで・・・黙って何かを欲するだけで欲しいものが手に入るほど、運命の神は優しくは無い。

何かを手にする為に何かを捨てなくてはいけないのなら・・・・


僕は彼女を殺す。

そして家族を手に入れる。



彼女を殺せば、兄と父は自分を愛してくれる。

そうすれば、永い間待ち望んだ”家族”が手に入る。


等価交換とはきっとそういう事なのだろう。



・・・ああ、痛い。頭が痛い。

何故こんなに頭が痛むのだろう。

どうしてこんなに胸が苦しいのだろう。

もう痛いのは御免だ。

苦しいのも御免だ。・・・哀しいのも御免だ。寂しいのも御免だ。


だからもう、考えるのは止めにしよう。



今は唯、湧き上がってくるこの衝動に身を委ねよう。

それは命令に従う事と同義だ。

とても心地が良い。


例えどの様な結果になろうとも。

”母”は僕を優しく包み込んでくれる。


この場所は居心地が良い。



雨が降り出した。


これはきっと、僕の”再生”を祝う恵みの雨だ。

さあ・・・

「行こう・・・・母さんパラディオン




*****




ガードナーは、終に姿を現した”パラディオン”を見据え、臨戦態勢のまま呟く。


「よう、兄ちゃん。随分と遅いお出ましだな。

はんっ、待たしてくれただけあって、ご大層な機体だなァ、オイ。


ソイツを使って今度は何をしようって言うんだい?

先生を撃った時みてーに、問答無用で俺らも皆殺し、ってかァ?

あのアホ所長の言いなりになって、やりたくもねェ事やらされて、お前の人生、それで良いのか?」



「・・・・・」


オズは答えない。

ガードナーは更に語気を強めて叫ぶ。


「あーあー。手前で何も考えないで、唯、誰かに従って生きてりゃ、そりゃあ楽さ。

自分は傷つかねーでいれるもんなあ。

これ以上傷つきたくない。僕ちゃん可哀想、ってかァ?

この馬鹿野郎が。甘ったれるんじゃねーよ。


世界中で、手前一人が不幸みたいな面してんじゃねェ。

生きてる限り、辛いことなんてのァ、クソみてーにいくらでも出てくんだよ。


もっと必死んなって生きてみろ。

自分で考えて、自分で生きることを放棄すんじゃねえ!


悩んで悩んで悩みまくれ。


それが、”生きる”って事だろうが、ええ? 小僧ォ!!」



ガードナーはオズの数奇で薄幸なる彼のこれまでの人生を知ってしまった。

だから、放っては置けなかった。

年端もいかぬ少年が、残酷な運命に翻弄されて闇に堕ちて行く様を見たくは無かった。


だから、戦闘の最中、任務の真っ最中であろうとも、一言物申さずにはいられなかった。




「・・・・・わ、私・・・僕はっ!」


オズが動揺を見せる。

ガードナーの魂の叫びが、再び彼の心を揺れ動かしたからだ。



「どーしても解らねーってんなら、俺がとっ捕まえて教育してやんよ。

ったく、どいつもコイツも目先のことだけしか見えてねェで暴走しやがって。

手前もお嬢ちゃんも纏めてお仕置きだ。ケツ引っ叩いて解らしてやるぜ、クソガキがっ!」



イクリプスが武器を構える。


パラディオンは動かない。



と、その時、パラディオンのコックピットに通信が入り、甲高い怒鳴り声が鳴り響く。


「こォら!! オズッ!! 何をボーッと突っ立ってるんだ。

敵の言う事なんかに耳を貸すんじゃあない!! 

目の前に立つ奴は全部、お前の・・・いや、”ボク達”の敵だと思え!!」


二ール・ラガンの半狂乱の声。



「・・・二ール・・・様・・・」



「そうだ。オズ。ボクだ。・・・兄さんだよ。

なあ、さっきも言ったろ? そいつらはボク達を困らせる、排除すべき敵なんだ。

”家族”の幸せの為に。やっつけちゃってくれよ。

なあ、頼むよ、愛しい弟よ。」


今度は打って変わって猫撫で声の通信。


芝居かかった調子で二ールはオズを諭す。


「に、”兄さん”・・・解りました。・・・”家族”を守る為に・・・」



一時的に揺らいだオズの洗脳は再び効力を発揮する。


二ールには自信があった。


この”家族”という言葉。

これさえ巧みに操れば、オズは自分の手元から離れることは無い、と。


これは彼にとって、”ブロックワード”以上の意味を持つ魔法の言葉。


二ールは再び従順になったオズの様子を観察し、狂ったように笑声を上げた。




パラディオンが、右手に持ったランスを構え、戦闘の意思を示す。



ガードナーがその様子を見て舌打ちをする。


「・・・ちっ、さてはあの馬鹿所長が、余計な事吹き込みやがったな?」


出来れば戦意を削ったままで一戦交えたかった。

相手の未知数の戦力を引き出さないまま、生け捕りにしたかったからだ。

ジョーカーの言っていた事が正しければ、あの機体は”フリーダム”にも匹敵する代物。


自分が負けるとは思っていないが、搭乗者を殺さずに捕らえる自信は無い。



ガードナーが覚悟を決めて、螺旋突撃槍グラシャラボラスを構えたその時。



「ガードナー様ァ!! 何をチンタラやってんですか!? そいつ、例の新型でしょう? 

貴方がやらないんなら、俺たちが喰っちまいますぜェ!!」


血の気の多い部下達の声。

戦場の狂気に中てられ、最早歯止めが利かなくなった猛者達が、ダガーLを駆り、一斉にパラディオンに向かって襲い掛かる。




「まてっ! 迂闊に動くんじゃねェ!!」


ガードナーの制止も空しく、数体のダガーLが攻撃を開始した。



パラディオンが、攻盾アイギウスを構えてそれを軽々と防ぎきる。


そしてオズは、胡乱なる意識のまま、静かに呟く。



「さあ・・・舞い狂え”勝利の天使二ケー”。祝福の輪舞曲ロンドを。

この愚か者達の魂を涅槃へと導け。」



パラディオンの背部より、大型のミサイルユニットが切り離される。


大型ミサイルはダガーLの一群の中で動きを止め、次の瞬間、ユニットの先端が切り開かれる。

そしてその中から極小の子ミサイルが無数に飛び出した。

さながら外部から蜂の巣に刺激を与えた時の如く。



一体のダガーLが、その無数の小型ミサイルの直撃を食らって大きく爆ぜる。



「ゲェッ!? なんだこりゃあ!!?」


荒くれ者のパイロットが叫ぶ。

”へカトンケイル”は百戦錬磨の猛者達の集まりである。

故に、各々がその状況の危険性に気付き、最初のミサイルの投下地点から一斉に四散した。


その判断は間違ってはいない。否、むしろ臨機応変であったと言うべきであろう。

しかし、今回ばかりは相手が悪かったと言わざるを得ない。



小型ミサイルが・・・一つ一つがまるで意思を持ったかの様に、拡散しながら逃げるダガーL達を追いかけ始めたのだ。

逃げ切れずに被弾したダガーL達が、一機、また一機と撃墜されていく。



「”自動追尾”・・・!? まさか、こんな馬鹿げた数のミサイルがかよっ!? 有りえねェ!!」


比較的軽症で済んだ一体のダガーが、四肢を弾き飛ばされつつ、地表に逃れようとする。

だが、それは適わなかった。


必死で逃げようとするダガーLの腹部を、まるで芋虫をスコップの先端で貫く無邪気な子供のように、パラディオンのランスが射抜く。

しかし、パラディオンは最初の位置から一歩も動いてはいなかった。


槍の先端が・・・”伸びた”。

ランスの柄の部分から、ワイヤーのようなものが伸びている。

それに繋がった先端部分のみを射出して飛ばしたのだ。


ショットランサー”トロイア”と呼称される、伸縮自在の兵器である。

”トロイア”は、ダガーLの爆発を確認した後、撒き戻すように再び柄の方へと戻っていく。


「”有り得ない”などと軽々しく口にするな。それは”母さん”への侮辱だ。

逃げられるとでも思ったのか?」


オズが抑揚の無い声で呟く。



ガードナーは今の攻防を目の当たりにして、背筋が凍りつくような感覚を覚える。


「・・・成る程。こいつァ、ちょいと重たい食事になりそうだぜェ。」



パラディオンのカメラアイが、イクリプスを捕らえる。



「さあ、次は貴方の番だ。ガードナー。」


オズはショットランサーの照準を、ガードナー機に合わせた。



*****



「アハハハハハハハハーーーー!! いいぞ、いいぞォ!!

それでこそ”完成体”! ”万能なる魔法の杖”!! 

ボクに逆らう愚か者達を、欠片も残さず消し去れェ、オズ!!!」


モニターを眺めつつ半狂乱で叫び続ける二ール。

その双眸からは既に正気が失われつつある。

部下達は、自らの主のその只ならぬ様子を見て戦慄を覚えた。





時を同じくして、同研究所内の通信室。

道化の扮装をした小さな影が、戦闘の様子が映し出されるモニターを見つめながら薄気味の悪い笑みを浮かべている。



「ひひひっ、どうやら漸く完成したようですねェ。”万象の杖”は。

お膳立ては色々として差し上げた訳ですが。

感想は如何です? レスタト博士。ダレス博士?」


おどけた声で通信機に向かって問いかけるジョーカー。


別のモニターに、一人の口髭を生やした壮年の男の姿が映し出される。


「ふん。正に”漸く”だな。

どれだけ待たせる心算だ、まったく。 

”魔法の杖”に”普通の人間と同程度の感情”を学習させる。

たったそれだけの事に一体どれだけの時間を費やしたのだ。この愚物め。」



「あいや、これは済みませんねェ、レスタト博士。

でもしょうがないでしょう?

あのアーチボルト・ラガンが強引に学習期間に入る前の”魔法の杖”と未完成の”女神像”を私物化したんですから。

”権力”を振りかざし、”親権”を振りかざしてねぇ。


どっちも上辺だけのものなんですけどね。

だからと言って、正面切ってお偉いさんには逆らえませんよぅ。ひひひひ。」


悪びれもせず、ジョーカーは答える。

口髭の紳士は、酷く深いそうに眉を顰めた。



と、もう一つのモニターに、前髪だけを長く伸ばし両サイドを刈り上げた奇妙な髪型の男が映し出された。


「まあまあ、そうカッカしないことよん。タウンゼント博士?

オズ君があの馬鹿親子に引き取られたお陰で、アナタの研究は大幅に遅れちゃった訳だけど、アタシのパラディオンちゃんはこうして活躍の機会を与えられた訳だし。

こうして性能を実戦で試す機会も与えられたしね。


世の中上手く回るように出来てるのねェ。


少年は虐げられる辛さを知った。

少年は思い通りに行かないもどかしさを知った。

少年は恋をした。そして失恋の痛みを知った。



その結果・・・少年は”愛”を欲した。

自分に足りない感情を狂おしく追い求めて・・・ね。


マニュアル通りの育て方じゃあ、あんな激しい感情は獲得し得なかったはずよ?


つまり・・・純粋培養で育てるよりも、雑草に混じって育てた方が強い根を張る、ってことよね。」



顔に似合わぬ女性のような口調で、男は愉快そうに主張する。




「ふん、それは言いえて妙かも知れんがね。

だが、私は君ほど楽観的に物事を捉える事は出来んよ。


世の中には二種類の人間がいる。

・・・・否、二種類の人間しかいない、と言うべきか?


”才を持つ者”と”持たざる者”だ。

解るだろう? パレッツォ博士。


私は心配なのだよ。

才を持たざる愚物共が、私の大いなる研究成果を台無しにしてしまわないかどうかが。

”魔法の杖”のあの不安定な情緒・・・・・アレが本当に”完成体”の其れか?」



天才生物学者・レスタト・タウンゼントは溜息を吐きながら、モニター越しの戦いを見守っている。

ダレス・パレッツォは、むしろ愉快そうに事の成り行きを見守っている。


「心配性ねェ。そんな事じゃハゲるわよん。

”魔法の杖”が本当に完成したかどうか、それを見極める為に今、観察をしてる訳じゃないの。


んまあ、ぶっちゃけアタシの場合、機体の開発にチラッと関わっただけだから、本当に暇つぶし程度なんだけどね。

成功しようと失敗しようと、もうどっちでもいいわぁ。


まあ、最初から最後までアタシ達だけでやらせてもらってたら、確実に”第二のキラ・ヤマトとフリーダム”程度は作れてたとは思うけど。


でも、諸々の不確定要素がどんな化学反応ケミストリィを起こすか解らないわよ?

もしかしたら、面白いデータが取れるかも知れないじゃない。」


そう言って、”錬金術師”の異名を持つ、十三人の使徒の一人は笑声を上げた。



それに呼応するかのように、ジョーカーが甲高い声で合の手を入れる。


「ひひひ、そうですよぅ。

今は黙って事の成り行きを見守りましょう?


もしかしたら、”魔法の杖”は大化けするかもしれないし、ガラクタに成り下がるかもしれない。

余興だと思って、ね?


勿論、これまでの私の働きに見合った御代は頂きますけどねェ。ひひひひひ。」




道化師は笑う。


彼は誰の味方でもない。


金次第で誰にでも協力するが、誰にも与する事は無い。



道化師ジョーカーは永遠の傍観者であり、あらゆる情報を持った観測者なのだ。


「さぁて・・・・・ロバートさんのお手並みを拝見、と行きましょうかねぇ。

”鷹の目”さんへのパイプを繋いでくれる約束も未だ果たされぬままですし、できれば生き残って欲しい所ですが。


・・・・ちょっと難しいですかねぇ。ひひひひっ。」



*****



ガードナーは、ランスを構えるパラディオンとの間合いを計りつつ、自らの両腕の武器を構え直す。


先ほどの戦いから推し量るに、気をつけるべきは”自動追尾”ミサイル、そして”伸縮自在”のショットランサー。


だが、それだけではない。

コイツは、他にも何かを隠している。

そう直感した。

長年、戦場に身を置いてきたガードナーだからこそ感じ取る事の出来る勘。


だが、何時までもこうして向かい合っている訳には行かない。


エヴァのダガーも捕まえなければならないし、二ールの手勢の残党も狩らなければならない。



「・・・ちっ、仕方ねェなあ!」


イクリプスが動く。

”テスカトリポカ”を大きく振りかぶり、その豪腕でパラディオン目掛けて投げつけた。



「遅い。」

オズはそう呟くと、円盤型の斬斧を紙一重で交わしつつ、ランスを構えたまま、攻盾”アイギウス”からビーム砲を放った。



「へっ、青いぜェ、クソガキ!!」

ガードナーはそう叫び、フルスロットルで間合いを詰める。


パラディオンのビーム発射後の硬直を狙って、”グラシャラボラス”前方に突き出した。



だが、既にそこにはパラディオンの姿は無かった。


パラディオンの背部ユニットから膨大な量のバーニアが噴出され、一瞬にして真上に逃れていたのだ。



そのままイクリプスに向けて蹴りを放つパラディオン。

激しい衝撃がガードナーを揺さぶる。



「ぐっ!? あの重装備で、ここまで速く動けんのかよ? ・・・クソッ、反則だろうが?」



・・・否、性能の差だけではない。

それだけでは、イクリプスの豪快にして絶妙のタイミングの螺旋槍の突きを完全にかわし切る事は出来ない。



オズは、ガードナーの攻撃を”読んでいた”。

行動パターンを”理解していた”。


故に、ビーム砲を構えた時には既に、バーニアを噴出させていた。

だから硬直時間の隙を狙われる事無く、上空に逃れる事が出来たのだ。



「”読める”。・・・いや、”解る”。

貴方の行動が手に取るように解るぞ、ガードナー。


貴方の癖は既に読み切った。

だから私には如何なる攻撃も通用しない。」


オズは淡々と呟く。

確信に満ちた態度で。



「あァ!? 寝ぼけた事抜かしてんじゃねェぞ? 青二才が。

こんな短時間で手前ェみたいなケツの青いガキに見切られるほど、俺の腕はなまっちゃいねェっての。

実戦はマンガじゃねーんだよっ!」


戦場に出て20年強。

数々の戦を潜り抜けた歴戦の勇士であるガードナーには、到底その様な人知を超えた現象を受け入れる事は出来なかった。



「ならば試して見るか?

予言しよう。

次の攻撃で貴方は確実に沈む。


貴方の半分にも満たない歳の、この私の攻撃によって。」



オズの挑発。

ガードナーのこめかみに、太い血管が浮き出る。



「面白ェじゃねえか。増長すんなよ、小僧。


”完成体”だか”魔法の杖”だか知らねェが、こちとら、手前ェが生まれてくる前から相手を”壊し”続けてきてンだ。

なめんじゃねェぞ、コラ。


おう、どっからでもかかってこいや!! クソガキ!!」



ガードナーの怒りの咆哮。



「・・・流石は”壊し屋”ガードナー、と言ったところか。

怒り心頭と見せかけて、立ち振る舞いに全く隙が無い。


だが、油断していようがいまいが、興奮していようが冷静であろうが・・・同じだ。結果は覆らない。


行くぞ。」



パラディオンの背部から、”二ケー”が放たれる。

相手を仕留めるまでどこまでも追い続ける、恐るべき無数の兵器。



だが、ガードナーはそれを螺旋槍で打ち払いながら、難なくかわしてのける。


「温ィんだよ、こんな豆鉄砲! 屁の足しにもならねェぜ!!」



そう言い放つガードナー。

続いて、ミサイルの爆風に紛れて、ショットランサー”トロイア”の先端部分が絶妙のタイミングでイクリプスを襲う。


打ち払われた”二ケー”を目くらましにした二段攻撃。


だが、ガードナーは超反応にて、それを円盤斧”テスカポリトカ”を盾にして打ち落とす。


「けっ、やっぱりか? 手前こそ、見え見えなんだよォ!! 

この俺と化かし合いで勝てると思ってンのか? 100年早ェぜ!」



だがオズは動じずに返答する。


「化かし合いなど、最初からする心算は無い。


私は貴方を沈める。


ただそれだけの事だ。」



次の瞬間。


打ち落とされ、落下したはずの”トロイア”が再び軌道を変えて、ガードナーに襲い掛かった。



「何ィ!?」

仰天したガードナーだが、それを紙一重でかわした。



しかし、”トロイア”は再び軌道を変え、蛇のように鎌首をもたげてイクリプスへと戻ってくる。


「・・・”手動追尾”!? あのガキが操ってンのか!?」


ガードナーはからくりに気付く。


あの有線は、槍と柄を繋ぐ単なる鎖ではない。

操者の意思に従って動く、伸縮自在の凶器。


ガードナーはこれに良く似た武器とそれを操る男の名前を知っている。

即ち、有線式ガンバレル。 そして”月下の狂犬”モーガン・シュバリエ!



「やはり、これでも未だ仕留められない、か。

ならば。」


パラディオンが、背部ユニットをもう一つ切り離す。

大型のミサイルが、”トロイア”をかわし続けるイクリプスの元に向かって飛んで行き・・・・・


軌道上で拡散した。



自動追尾オートトレース”と”手動追尾マニュアルトレース”の二重追尾。

それを精神を乱す事無く同時にやってのけるパイロットは、最早人知を超えた集中力を有していると言わざるを得ない。



「えげつねェことしやがる! ・・・だがよっ!」


ガードナーは左手に構えた円盤斧を回転させ、ミサイルを打ち落とす。

それと同時に、向かい来る”トロイア”を右脇に抱え込むようにして、体全体で受け止め、その攻撃を無効化した。


神技とも言うべき荒業。常人を超越した動体視力。

そして何者をも恐れぬ蛮勇。


これがロバート・ガードナーの真骨頂だ。



「真剣白刃取り・・・ならぬ真槍絡め取り、ってかァ?

どうだ兄ちゃん。これが戦いの年季の違い、ってェ奴だ。


さァ、このままその仰々しいMSをぶち抜かせてもらうぜェ!?」



ガードナーはグイグイと右脇に抱えたショットランサーを引っ張り、パラディオンの体勢を崩させようとする。

少しでもバランスを崩したら、”グラシャラボラス”の痛烈な一撃を加えてやる心算でいた。


だが・・・



「成る程。”予想通りの動き”だ。ガードナー。

貴方の腕なら、きっと”トロイア”を受け止める、と想定していた。」



オズはそう言い放ち、右手に握ったレバーを一気に引いた。

それと同時に、”トロイア”の先端からビームエッジが飛び出す。


それはまるで、光の花びらのように。

触れるもの全てを切り裂く薔薇の棘のように。



イクリプスの右腕は切断され、胴体部に亀裂が入る。



「な、何だとォ!!? ち、畜生ォ!!」

ガードナーの驚愕の声。




イクリプスは破片を撒き散らしながら、重力に引かれて落下していった。



「言っただろう、ガードナー。

貴方の行動は”理解できる”。そして”読み切れる”、と。


超越した腕を持っていた事が仇となったな。


貴方の行動の全てが、私の想定の範囲内だ。」


冷淡に呟くオズ。



”他人の思考をトレースする事”。

それが”万象の杖”となったオズの獲得した形質。


”愛”を知ると言う事。

それは即ち、”他者を理解したいと願う感情”。


”相手に受け入れられたいと思う事”

それは即ち、意識の拡張。


”相手を知りたいと願う事”。

それは即ち、進化の礎。



様々な経験を経て、今、ここにオズ・ウィザーズロッドは真の誕生の時を迎えた。



「沈め、ガードナー。


貴方の撃墜を持って、私と母さんは更なる高みに登る。


祝福しろ。


我らの再生の時を。」


俄か雨の中、少しだけ顔を見せた太陽に照らされて。


パラディオンを覆う無数の雨粒が、まるで後光のように輝いた。



*****



エヴァ・シュトリーを取り囲む包囲網は、既に突破されつつある。


彼女の問いかけによって記憶を取り戻したクリス・レラージュが、逃亡の手助けを始めたからだ。


たった2機のダガーに翻弄される二ールの部下達。そしてへカトンケイルの精鋭達。



とりわけ、へカトンケイルの軍勢は、隊長たるガードナーの敗北とパラディオンの出現により、指揮系統を乱され浮き足立っている。


強化人間部隊の方も、既に覚醒を果たした二人の敵では無かった。



だが、それは決して楽観すべき事態ではない。


今、正にそれを大幅に上回る脅威が近づきつつあるからだ。




「・・・くっ・・・」

クリスが苦しそうな呻き声を上げた。


薬物を摂取してから既に30分が経過しようとしている。

彼の活動限界が迫っている。



「大丈夫? クリス。まだ動ける?」

エヴァが心配そうに声をかける。



「・・・問題無い。まだまだ行けるさ。俺を誰だと思っている?」

強がってみせるクリス。

だが、言葉の端々からその苦しみが伝わって来る。



アダムスの容態も心配だ。


エヴァは一刻も早くこの包囲網を抜ける事を決意する。



その時。


眼前を大きな影が横切った。


雄雄しく、そして優美なフォルム。

聖槍を構え、聖盾を携えたその姿はまさしく”女神像”を彷彿させる。



「あれは・・・・・」

エヴァとクリスは戦慄と共にその機体と相対した。


かくして”パラディオン”は、抵抗を続ける2機の前に悠然と立ち塞がる。




「・・・出会わなければ良かった。

貴女と出会わなければ、この様に心をかき乱される事も無く。

二ール様のご意思に違える事無く、命令を遂行できていたのだ。


貴女と出会わなければ、全ては順風満帆に進んでいたのだ。」



オズの声。

自らに言い聞かせるようにそう呟く。



「貴女は私にとっての異物だ。・・・・・エヴァさん。

よって、消し去らねばならない。

貴女は”脅威”だ。

私の”家族”の幸せを脅かす憎むべき敵!


だから・・・・・私は貴女を殺す!

お館様の為に。二ール様の為に。・・・・・・兄さんの為に! 父さんの為に!!」



次第に熱を帯びていくオズの声。

湧き上がる衝動を、情動を、罪悪感を、全て心の奥底に押し込みながら。


オズ・ウィザーズロッドは修羅となる。




「オズ君・・・・」


エヴァは哀れみの篭った目で、パラディオンを見つめた。


「きっと・・・・・君も犠牲者なんだね。・・・・・解ってるよ。

本当は戦いたくないんでしょ?

唯、寂しいだけなんでしょ?

唯、”幸せになりたい”だけなんでしょ?


・・・・・・でもね、君の言い分は間違ってるよ。


自分の周りの幸せを守る為に・・・誰かを犠牲にして良い筈なんて無い。


そんな事をしても、後で自分が傷つくだけだって、どうして解らないの?


君は・・・・一体、何が欲しいの? どうして欲しいの?」



エヴァの問い掛けが、オズの思考を更なる混乱の淵へと誘う。



「だ、黙れ!!

敵の言う事になど、耳を貸すものか・・・」



「”敵”って何?

君は何と戦っているの?

本当に自分自身の意思で戦っているの?


君が今、戦うべきなのはあたし達じゃない。

オズ君、君自身だよ!!」



魂を揺さぶられる感覚。


自分は家族の為に戦っている。だが、”家族”とは一体何だろう?


自分の意思? 自分と戦う? 自分と向き合う?


”自分”とは何だ? 

誰かの命を受け、従い、与えられた生を生きるだけの・・・・”人形”


アイデンティティの崩壊。


何をして欲しい?


自問自答を繰り返す。



「私は・・・・・僕は・・・・・・」


唯、誰かに”愛して欲しかった”。

一人の人間として扱って欲しかった。



頬をとめどなく伝う涙。

数千光年の彼方の孤独。

寂しい。自分を受け入れて欲しい。



でも・・・・・・



「貴女は・・・・・・僕を・・・・・愛してくれなかったじゃないか!!


僕の”母さん”にはなってくれなかったじゃないか!!


僕じゃなくて、その男を選んだんだろう?

アダムス・スティングレイに抱かれたんだろう!!


二ール様はっ!! 僕を”弟”と呼んでくれたんだ!!!

僕を選んでくれるんだっ!! 僕を愛してくれるんだっ!!」



誰かにすがり続ける事で自分の存在を確かめようとした。

しかし、誰一人として自分を愛してはくれなかった。


だから”自分”は生まれた時から”存在していなかった”。



それに気付いてしまった時・・・・・・彼は”壊れた”。

”万象の杖”は腐食して崩れ落ちていく。


さながら完成を目前にして、瓦解していくバベルの塔の様に。



「ああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアア!!!」

獣のような絶叫。




襲い掛かるパラディオン。

呆けたように動かないダガー。



パラディオンのランスがエヴァのダガーを貫く寸前。

クリスのダガーがエヴァ機を突き飛ばし、窮地を救う。



「・・・この馬鹿! 何を暢気に喋ってるんだ? 戦闘中だぞ!?」

クリスの怒声。


「・・・ゴメン。あたし・・・身勝手だった。

・・・・・・自分とせんせぇだけ助かろうとして・・・・幸せになろうとして・・・皆を見捨てて・・・オズ君を傷つけて・・・」


涙声で呟くエヴァの声。


「こんな時に何を言ってる? そんな反省は後にしろよ。あのMSの動き、尋常じゃないぞ?

今は戦いに集中しろ!」


クリスは暴走したオズの猛攻を何とか食い止めながら、エヴァを一喝する。



「違う・・・の。クリス。・・・・・・もう、あたし、限界みたい。

・・・きっと、罰が当たったんだね・・・」


エヴァは口元を抑えながら、激しい咳をする。

そして溢れ出る喀血。

朱に染まるコントロールパネル。



彼女が実戦投入を見送られていた理由は二つあった。


精神の不安定さ。


そして・・・・・先天的に保持している呼吸器系の業病。



激しい戦闘に耐え切れず、限界を超えた肉体が今、正に悲鳴を上げていた。



「・・・・何だと!? くそっ、とにかく機体を動かせ、エヴァ。

俺がこいつを食い止めているうちに・・・・・・」



クリスがその言葉を最後まで言い終わる事は出来なかった。

魔獣と化したパラディオンの攻撃が、彼の機体を大きく弾き飛ばす。


バランスを崩し、落下していくクリス機。



「邪魔をするな・・・・殺す・・・殺すっ!

”兄さん”の邪魔をする者は殺す。

”父さん”の邪魔をする者は殺す。

・・・・・”母さん”の邪魔をする者は・・・・・」



パラディオンの残りの背部ユニットが一斉に放たれる。

そして、”二ケー”が敵味方問わずに動く者全てを追尾し始める。




「殺すっ!!!」



無数のミサイルに追われ、悲鳴を上げて逃げ惑う兵達。

為す術も無く散っていく命。


赤い、紅い、血の雨が降る。


惨劇の幕は今、開いた。




≪PHASE-08へ続く≫