PHASE-06 Cross Grave (前編)


耳に聞こえてくるのは、ヒュゥゥゥというあばら屋を隙間風が通り抜けるような呼吸音。

そして口から溢れ出す喀血。


ああ、左肺を撃ち抜かれたのだな。

と奇妙なほど冷静な分析が頭に浮かぶ。


目の前で少年が銃口をこちらに構えている。

震えている。

目に涙を浮かべている。


アダムスは何故か少し安心した。


この子もきっと・・・犠牲者なのだな、と思うことが出来たからである。

自分を撃ったのは恐らく二ール・ラガンの命令だろう。


年端も行かぬ少年が、洗脳処理を受けて嬉々として人を殺す。

そんな姿は見たくなかった。

もしそんな事をされているなら・・・この子も僕が救ってやらなければ・・・


彼の前で悩み苦しむものは全てアダムス・スティングレイの患者。


だから彼は、震え続けるオズの顔を見て・・・微笑んだ。





オズ・ウィザーズロッドは、涙で濡れた視界の中で、心臓を撃ちぬいた筈のアダムスが、未だ息をしていることに気付く。


仕留め損なった? 動揺の為、狙いをはずしてしまったというのか?

右腕が小刻みに震えているのが解る。

怖い。人を殺すのがこんなに怖い行為だなんて・・・


親しく関わった人間の縁者を殺すのは初めての事だった。

・・・・否、人と親しく関わった事こそが初めての事だった。


しかし目の前の男は我が主・・・・そして”兄”の敵!

今度こそ確実に始末しなくては・・・


男は、オズの顔を悲しそうな目で見つめ・・・・・そして優しく微笑んだ。

その不可解な行動が、オズの恐怖を更に加速させる。


「何故・・・笑う。何が可笑しい!?」


オズは再びトリガーに指をかけ、今度はアダムスの額に狙いを定めた。





バタン、と後ろのドアが音を立てて開かれる。


ビクリと肩を震わせ、振り返ったオズの瞳に映ったのは・・・・


「な、何!? 何なの、コレッ!? 嫌ァァァ!! せんせぇ・・・せんせぇっ!?」


絶叫と共に頭を抱えるエヴァ・シュトリー。

手に持っていた紙切れがヒラヒラと宙に舞う。

そこには暖かいタッチで描かれた、アダムス・スティングレイの肖像が描かれていた。



そう彼女は、兼ねてより描き続け、完成したアダムス肖像画を彼に渡そうと思っていた。

先ほど彼の部屋を訪れたのも、それが主目的であった。

だが、思いがけず鬱の波が押し寄せ・・・その事を失念してしまっていた。


廊下でオズと会話した後、ややあってからにそれを思い出し、部屋へと引き返し・・・・・


そして目撃してしまった。この悲劇の幕開けを。



運命は何時だって残酷で、悲劇を彩る人間達を鯨飲しようと待ち構えている。



狼狽し、オズの襟元を掴んで叫ぶエヴァ。


「オズ君!?

何なのよ、コレェ・・・何でせんせぇが倒れてるの!? どうしてキミが・・・そんなもの持ってるの!?」



「エヴァさん・・・これは・・・これは・・・違・・・」


違わない。

アダムスを撃ったのは自分。明確な殺意を持って。心臓を狙い・・・


そして引き金を引いた。



「せんせぇ!! しっかりしてよォ・・・ねえ、せんせぇ!?」


アダムスの元に駆け寄るエヴァ。

呆然と立ち尽くすオズ。


そして血まみれの手で、エヴァの頬を撫でるアダムス。

声にならない言葉が、喀血と共に発せられる。


大丈夫、だ。と。




その時、回廊から大勢の足音が聞こえ、銃を持った警備兵達が数名、部屋の中に飛び込んでくる。

兵たちは、床に伏したるアダムスと、その傍に覆い被さるようにして座り込むエヴァへと一斉に銃口を向けた。

入り口は完全に包囲された。


そして、警備兵達の壁の後ろから、酷く皮肉めいた粘着質な声が響く。


「あー、お前ら。・・・・・解ってるよな? この状況、一体どのような事態だ? 報告しろ。」


警備兵の一人が淡々とそれに応える。


「はい、ラガン所長。強化人間No.12が薬物投与の副作用により精神に異常をきたし、その治療に当たったアダムス・スティングレイ医師を暴走の末殺害。

No.12は極めて凶暴な気質を見せ、我々の警告及び威嚇に応じなかった為、已む無くこれを射殺。

我々はこの事態を、不慮の事故として処理する所存でございます。」



「はい、良く出来ました。完璧だね、君。後で名前を教えなさい。」


キャンディを音を立てて噛み砕きながら、悠然と歩を進める二ール。


「・・・ラ・・・ガン・・・!」

息も絶え絶えに、アダムスが二ールを睨みつける。



「オズゥ・・・お前にはホント、ガッカリだよ。期待してたのにさあ。

でも、まあ良いや。結果はどうせ同じだし。

こんな事もあろうかと、警備兵達を控えさせてたボクに軍配が上がった、ってことで。」


二ールはオズを軽蔑の眼差しで見つめる。

オズは俯いたまま動かない。



「と、まあ。そう言う事だ。

Dr.スティングレイ。悪いけど死んでもらうよ? 

君はボクを舐めすぎた。そして反抗的過ぎた。

安心しろ、一人で死なせはしないよ。寂しくないようにそこの娘も一緒にね。

じゃ、そう言う事で。バイバイ、スティングレイ。バイバイ、No.12.」


歪んだ笑みを浮かべながら、二ールは語り続ける。


警備兵達が一斉に銃を構えた。

二ールは右手を振り上げる。



「や、やめろォォォォォ!!!」

オズが絶叫する。



警備兵がトリガーに掛かる指に力を入れ、引き絞ろうとしたその瞬間。

眼前から、アダムスとエヴァの姿が消えた。


「!?」


次の瞬間、彼は自らに起こった異変に気付く。

喉元が熱い。まるで熱湯をかけられたように。


ふと自分の咽頭に手を触れる。

間欠泉のように噴出す、動脈の血。



一瞬にして、喉笛を掻っ切られた前列の2人の警備兵は、叫び声を上げる間も無く絶命し、驚愕の表情を浮かべたまま崩れ落ちた。


エヴァ・シュトリーが、アダムスを背負ったまま、左手にナイフを握っている。

その視線は下を向いたまま。表情は窺い知れない。

その刃先からは鮮血が滴り落ちていた。



「な・・・今、何をした!? コイツ・・・」


警備兵は到底信じられない、という表情でこの少女を見つめる。

成人の男一人を背負ったまま、凄まじいスピードで二人の警備兵の咽頭を切り裂いた・・・というのか?

そんな事が人間に可能なのか・・・?



驚愕した警備兵達が、再び立ち尽くすエヴァに向けて照準を合わせたその時。


「・・・邪魔しないで!! そこを退いて。

せんせぇは死なせない! あたしが守る!!」


そう叫んで顔を上げたエヴァの双眸に、凄まじい闘志が宿っている。

警備兵達は怯み、一歩後ずさりした。


先日、所内で暴れだしたNo.8と同種の・・・狂気の瞳。

触れるもの全てを破壊する、暴走した強化人間特有の眼!



「え、ええい! 何をビビってる!? 相手はたった一人の小娘なんだぞ!

とっとと始末しろよ!! この役立たず共!!」


二ールの罵声に弾かれた様に、警備兵達は引き金を引く。

が、一発たりとてその細い身体に命中させる事は出来ない。

恐怖が彼らの根幹を支配している為だ。


一人、また一人と、行く手を阻む兵たちが薙ぎ倒されていく。


「クソッ、何だこの動き? データには無かったぞ!? 

だが、所詮は旧型!! おい、お前ら、直ちにこの小娘を殺せ!!!」


唾を飛ばしながら、二ールは自分を守る2人のSPに怒号を飛ばす。


だが、完全に覚醒したエヴァは止まらない。

困惑と驚きの表情を浮かべたまま、エクステンデットの兵達は黄泉路を歩んだ。



「ひ、ひィィィ! な、何だ、お前。一体何なんだよォォォ!?」

腰を抜かして尻餅をつく二ール。


行く手を阻む者は全て倒された。

エヴァは、そんな二ールに一瞥すらくれずに、アダムスを背負ったまま、一目散に廊下を駆けていく。


後に残されたのは、だらしなく座り込む二ールと、魂の抜けた抜け殻の様に立ち尽くすオズ。そして警備兵達の屍骸のみ。



「こ、こんな事って・・・有り得ない! 有り得ないよ・・・ボクの計画は完璧だったはず・・・」


何がいけなかったのだろう?

あの旧型の娘の戦闘能力を過小評価したことか?

警備兵達の配置を誤ったか?

それとも・・・・


二ールは茫然自失のオズを睨みつける。


「お前に、お前なんかに大事な役割を任せた所為だ!! 畜生、この役立たず!! この下賎の者が!!!」

二ールの罵声。

だがオズは動かない。


「オイ! 聞いてるのか!? オズ・・・」

様子がおかしい。

二ールは焦りを覚えた。


”魔法の杖”はボクの言う事に服従するように調整されている・・・

そのはずじゃ無かったのか?

何故、ボクを無視する・・・


先ほどのイレギュラーな事態が彼を混乱の渦へと誘っていた。

まさか、コイツまで・・・正気を無くして、ボクを裏切って・・・襲い掛かって来たりしたら・・・


ポケットに手を伸ばす。

糖分だ。糖分が欲しい。


だが既にキャンディは一つも残ってはいなかった。



「・・・さん・・・母さん・・・」

うわ言の様にそう呟くオズ。


既にその顔からは生気を感じられない。


そしてオズはフラフラとした足取りで、入り口の方へと向かう。

彼の擦り切れた精神が、”母”に抱かれる事を欲していたのだ。

女神像パラディオン”が彼を手招きしている・・・そう感じた。



ヒィッ、と叫び声を上げる二ール。


取り乱し、喚き散らす。

「待て。行くな。ボクを置いて行かないでくれ、オズ!!」


オズは反応しない。


「待てよゥ・・・ボク達は”兄弟”じゃないか!」


二ールが何気なく発したその言葉に、ピタリ、とオズの歩みが止まる。


「きょ・・・う・・・だい?」


「そうさ、”兄弟”だ。ボク達は”家族”だ。なあ、頼むよ、オズ・・・兄さんのお願いを聞いておくれよ・・・

あの娘とスティングレイが、このまま研究所を脱走して、ボクのやった事が上層部にバレたりしたら・・・

いやそれよりも、あのまま奴らがザフトの連中に拿捕されて、強化人間研究の全容が向こうに筒抜けになったりしたら・・・

もうボクもパパもお仕舞いだ。今まで築き上げたもの全て、失ってしまう。


なあ、オズ。これは、”家庭”の危機なんだよ。

兄さんの為に・・・パパの為に・・・力を貸してくれないか? ”愛しい弟”よ。」


二ールは懇願する。

それがオズに取って、最も有効な切り札である事を知りながら。

これが駄目なら・・・本当に終わりだ。



ややあって、オズがゆっくりと振り返る。


「二、二ール・・・様・・・わ、私・・・は・・・」


途切れかけた刷り込みと洗脳の効果は、辛うじて効力を取り戻したようだ。




「ああ、お前しか頼れる者はいないんだよ。オズ。

これの件が片付いたら、ボクとパパと三人で一緒に暮らそう? だから兄さんの言う事を聞いておくれよ。」


二ールは薄笑いを浮かべて、やや芝居かかった態度でそう語りかける。


「解りました。”兄さん”・・・必ずや、アダムス・スティングレイと、エヴァ・シュトリーを・・・」


オズの眼が正気を取り戻す。否、新たな狂気が植えつけられた、と言うべきか?


「殺します。”家族”の為に。」



オズは”パラディオン”の居る場所へと歩みを進める。


今度は安らぎを得る為にではない。

共に戦う為に。



*****



コントロールルームに怒号が響く。

そして忙しなく響く大勢の人間の足音。


「・・・そうだ、脱走者だ。試験体のIDナンバーは12、個体名エヴァ・シュトリー。

医療担当部主任・アダムス・スティグレイも一緒だ。

スティングレイ医師は深手を負っている。どうやら暴走した試験体に攻撃され、そして連れ去られた模様。


事は一刻を争う。

決してその試験体を外に逃がすな。

生死は問わん。見つけ次第射殺しろ。

人質の解放よりも脱走者を止める事を優先させろ。いいな。

研究所の人員を総動員させろ。

新型は勿論、旧型で使い物になりそうな奴も全部だ。洗脳処理は済んでいるんだろ?」



二ール・ラガンが通信機に怒鳴りつける様に指示を下し続けている。

その周りを完全武装した警備兵、そしてSP達が走り回っている。


その混乱の中、のっそりと大柄な男が制御室内に足を踏み入れた。


「コイツァ・・・・一体、何の騒ぎですかねェ、所長?」


二ールはその男の顔を見て、不快そうに顔を歪めた。


「ガ、ガードナー・・・」


「何の騒ぎだ、って聞いてんだよ。答えろや、所長!」


ロバート・ガードナーが今にも喰らいつきそうな目付きで二ールを睨んでいる。


「き、聞いての通りだよ、ガードナーさん。

試験体のうちの一体が脱走した。Dr.スティングレイを連れ去って。」


「脱走? No.12っつってたよな? あのお嬢ちゃんが?

ありゃ、一番安定してた部類の奴だろうがよ?

暴走するようには見えなかったけどなァ?」


ガードナーが疑惑の目で見つめている。

唯でさえ大変な事態だというのに、この男まで騙し通さなければ行けないとは・・・

二ールは舌打ちをしてそれに答える。


「さ、さあ、ボクは知らないよ、そんな事。

もしかしたら、痴情のもつれとかかもね? スティングレイはあの試験体をまるで恋人か愛人みたいに可愛がってた、って噂だし。

若しくは駆け落ち、とかね。


何れにしても、脱走者は逃がすわけには行かないよ。研究所の研究内容は外部に漏らす訳には行かないんだから。」



その時。

部下の一人が、二ール様! と慌てふためきながら自分を呼ぶ声が聞こえた。


「な、何だ? 捕まえたのか?」


「い、いえ・・・それが・・・ 格納庫に居た兵たちが全滅した模様。

そして・・・実験用に使っていたダガーの一体が脱走者によって奪われたとの報告です!!」



「な、なんだってェーーーー!?」


最悪の事態、だ。

まさか単身でそこまで到達する程、あの試験体の戦闘能力が優れているとは。

・・・そもそも、試験体達に研究所内部の構造など解りよう筈が無いのに。


だが、エヴァは研究所の位置関係をほぼ完全に把握していた。

彼女はその好奇心ゆえに、しょっちゅう居住区を抜け出して色々な施設を覗き見る事を平素から行っていたからである。



ガードナーは茫然自失の二ールの肩を叩く。


「ほう? こりゃ大変だ。正に緊急事態ってェ奴だな。

いいぜ? 俺も協力してやるよ。

ちょうどよ? 俺の前に居た部隊の部下共が近くに駐屯してるらしいんだわ。

ああ、何て素晴らしい偶然。


そいつらに協力を要請して、脱走者を捕まえる手助けをしてやる。」


二ールはそれを聞いて目を見開く。

何が”偶然”だ。抜け抜けと・・・この狸め。


「い、いや、それには及ばないよ。ボクの配下の部隊と研究所の強化人間達だけで十分さ。

ガードナーさんの手を煩わす事は・・・」



「”事は一刻を争う”んだろうが! 遠慮すんじゃねえよ。

・・・・それとも何か?


何か俺には知られたくない事でもあんのかい?

俺と脱走した嬢ちゃん達を引き合わせたくない理由でも?」


ガードナーは口元を歪めて笑っている。


この男・・・・・半ばこちらの企みを理解しているのではないか?

二ールは心の中でこの事態を呪った。



「よし、決まりだな。俺がとっ捕まえて来てやる。何も無駄に若い兵達の命を散らせるこたァ無ぇよ。

任せときな、所長。ガハハハハ。」


ガードナーはそう言いながら二ールに背を向け、制御室を出て行った。



二ールは頭を抱えて呟く。


「まずい。まずいぞ? 

先にガードナーにあいつらを生け捕りにでもされたら・・・・・」


アダムス暗殺の企て。その隠蔽工作。そして私的に兵達を動かした罪。


全ての真実が明かになり、それを上層部に報告されたりしたら・・・・・それこそラガン家の破滅の時、だ。



畜生、と二ールは叫び声を上げ、そして通信機を握り締めて再び怒号を発する。


「MS部隊、動ける奴は全員出せ!!

何としても脱走者を抹殺しろ!! 

いいか? 絶対にガードナーの部隊に先を越させるんじゃあないぞ?

・・・いや、場合によっては奴等も攻撃して構わん!!


この混乱だ。誤射もあるだろうし、第一、正規軍でも何でもなく、身元の知れない怪しい部隊だ。


目的を阻むものは全て撃て!! 


後で何とでも出来る。パパが何とかしてくれる!!!」



二ールの思考は既に錯綜している。

温室育ちの彼は、かつて無い事態に混乱の極みに達しているのだ。


警備兵たちは戸惑いつつも・・・その命令に従って出撃した。





長い回廊をガードナーは駆ける。


その眉間に酷く不機嫌そうな皺を寄せて。



「ロバートさん?」

ジョーカーの声。

何時の間にか背後に走り寄って来ていた。


「ねえ、私の言った通りでしょ?

もう少し待てば二ール・ラガンは馬脚を現し、自滅する、って。ひひひひ」


ガードナーは走りながらそのおどけた顔を睨み付けた。


「屋上にセスナを用意させました。ロバートさんを5号機の元に運ぶのに数分も掛からない事でしょう。

”へカトンケイル”精鋭部隊は何時でも出撃できますよ? 後は貴方の号令次第で・・・ひっ!?」


その時、ガードナーは突然立ち止まり、ジョーカーの首元を掴んで壁に叩き付けた。


「ジョーカー・・・手前ェよ? 

ラガンの若僧の企み、全部知ってやがったんだよなあ?

何で俺に教えねぇんだ? 先に俺に伝えてりゃ、みすみすあのガキに先生を撃たせるなんて胸糞の悪ィ事・・・」



「ひ、ひ・・・ そう言うだろうと思って隠してたんですよゥ・・・

ロバートさん、絶対止めるでしょ? 折角、あの所長を大義名分有りで処断するチャンスが来るって言うのに・・・

私は別に意地悪で教えなかったんじゃありませんよゥ・・・

そんな怖い顔しないで・・・」


解っている。

これが最も確実で、最も迅速に任務を達成させるチャンスだと言う事位は。


しかし、自分の子供より幼い少年に、中々骨のある奴だと認め、友人関係すら築けそうだった男を撃たせ・・・自分の娘みたいな年齢の少女を苦境に立たせる。


それらを黙って見過ごした上で、事が済んだ後に首謀者を捕らえる。


それが”男”のやる事か!?


自分は知らなかったとは言え・・・・・否、知らなかったからこそ、自分の愚鈍さ加減に腹が立つ。



ガードナーは乱暴にジョーカーを開放して、再び走り出す。


「あァ、胸糞悪ィ。全部ぶっ壊してやりたい気分だぜ。」


その言葉とは裏腹に、ガードナーは良心の呵責に苛まれている。

甘い男なのだ。

かつての仲間は皆、自分の事をそう評した。


「嬢ちゃん、先生・・・未だくたばるなよ? 俺が力ずくでも連れ戻してやっからな?」


屋上の光が見えた。



*****



エヴァはコックピットの座席後部にアダムスを固定させ、スロットルを全開にして研究所から少しでも遠くに去ろうと試みる。

今日の午前中に運用試験で自分が使っていたこのダガー・・・エール装備が装着されたままだったのは幸いだった。


遠くへ・・・少しでも遠くへ・・・自分たちを迫害する者の居ない場所へ。自分たちを受け入れてくれる場所へ。

彼女は逃げる。最愛の者を伴ったまま。


う、ん・・・と、アダムスが呻く。

応急処置で止血は済ませたものの、彼が危険な状態である事は明白だった。

エヴァは彼の耳元に口をつける様にして話しかける。


「せんせぇ、苦しい? 痛い? ・・・ゴメンね。あたしじゃ、何もしてあげられない。

・・・でも、もう少し飛んだら街が見えるはず。

そこでちゃんとした治療受けられるはずだから。


その後・・・逃げ切れたら・・・・・オーブに行こうね?

あそこならきっと、あたし達を受け入れてくれるよ。」


それはいつか、アダムス自身が教えてくれた事。


オーブは自由の国だ、と。何者にも属さない永世中立国である、と。

争いの無い理想郷だ、と。


かの国の掲げる理念。理想。それをアダムスは抽出して語っただけなのであるが・・・

彼女はそれを丸ごと信じた。素晴らしい国がある、と感じた。

まるで御伽噺の中の国のようだ、と。

エヴァは現在のオーブの状況など知る由も無い。



「二人で生きてオーブに行こうね? 

そしたら、一緒に暮らそう?

海岸の見える丘で、先生が街医者であたしがその助手。

あたしは大好きな絵を描きながら、患者さんの話し相手になってあげるの。

・・・・・素敵でしょ? 

だから、せんせぇ・・・・死なないで? あたしに”生きろ”って言ったじゃない・・・」


エヴァの声は次第に涙声になっていく。


ふと、アダムスが何かを呟いている。


「ん? なあに、せんせぇ? どこか痛むの?」


エヴァはアダムスの口元に耳を近づける。


「・・・ヴァ。戻るんだ、エヴァ。研究所には・・・・・・未だ、僕の患者達が居る・・・・・・

彼らを・・・・・置いては行けない。僕が助けなければ・・・・・・」


そう。この男は生命の危機に直面して尚、医者で有り続けようとしている。

守ると決めたから。自分の命すらかけて。


だが、エヴァはそれを遮って声を発する。


「嫌よ。絶対に戻らない。

戻ったら殺されるだけだもの。せんせぇ・・・お願いだから・・・自分の命を大切にして?

もう・・・良いじゃない。せんせぇは頑張ったよ。

あたし達皆、せんせぇが来てからずっと・・・幸せだったんだから。


クリスもブラドも・・・・・・皆、せんせぇに感謝してる。

だから、死なないで。

今はもう、休んで良いんだよ?

生き延びて、それから皆を助け出す作戦を立てようよ・・・・・うう・・・・」


エヴァの視界が涙で歪む。


灰色の過去。

自分たちをそこから救い出してくれたのは確かにこの人だ。


だから・・・・・今度は自分がこの人を守る。


エヴァはそう自分に言い聞かせ、決意を固めた。



その時、研究所の方角から、自分たちを追ってくる数機の機体が見え始める。

二ールの放った追っ手だ。


散開して追ってくるところを見ると、挟み撃ちにして自分を捕らえる心算だろうか?



「させない。」


エヴァはビームライフルを彼らの移動の延長線上に放つ。

一機、また一機とその砲撃を喰らって落ちていくダガーたち。


「邪魔しないで。あっち行ってよ!!」


エヴァは咆哮を上げる。

今の彼女の精神は極限まで研ぎ澄まされている。

精神的な不安定さ故に実戦投入できずにいた彼女だが、この瞬間、確かに”完成体”の高みに到達していた。


だが、その中に一際機敏な動きをする一体のダガーが居る。


その機体は、こちらの放つライフルの軌道を完全に読み・・・・・そして信じられないスピードで迫って来る。


青白色のダガー。


それはエヴァが良く見知った男の乗機。



「目標を補足。与えられた命令は撃墜。撃沈。撃破。・・・・・・落とす、沈める、破壊する・・・・」


虚ろな目で呟く青年。胸元を苦しそうに押さえながら機体を駆る。


「クリスゥ・・・・・」

エヴァは消え入るような声で、その機体の持ち主の名を呼ぶ。


血みどろの戦場に白鳥が舞う。



*****



地表を凄まじいスピードで駆ける大型のトレーラーが一台。


MSを搬送する為の物だ。


その甲板にどっしりと胡坐をかき、右手に持ったドリル型のランスを杖の様について上空を見つめる一体のMS。


ロバート・ガードナーの乗機”イクリプスダガー”だ。


彼の機体には5号機の名が与えられている。


「・・・・・見つけたぜぇ、嬢ちゃん。」


彼はそう呟き、ゆっくりと立ち上がる。



「ガードナー様、鴇の声を!!」


部下達がいきり立っている。

無理も無い。召集してからかなりの日数が経っているのだ。


何よりも血を好む彼らが、戦場を前に昂ぶるのはごく自然のこと。



トレーラーの上空を、研究所の所有するダガー達が取り囲む。


「へっ、どうやら奴さん達、俺らも問答無用で攻撃する気らしいな?

上等、上等。

オイ、野郎共!! あの黄色いダガーは生け捕りにしろ。

ラガンの小僧の悪行を世に知らしめる重要な参考人だからな。

絶対殺すんじゃねーぞ? もしやっちまった奴が居たら、俺が縊り殺してやっからな。

それ以外は、まあ・・・・・欲望のままにぶち壊せ。壊してバラして磨り潰せ。」



ガードナーがランスを前方に突き出して、声高々に叫ぶ。


「団長代行、ロバート・ガードナーが此処に命ず。

へカトンケイルの猛者共よ!


『目の前に立ち塞がる者全てを、灰燼と為せ』!!!」


鴇の声。


そして、オォォォォォ!! という歓声。



輸送トレーラーのハッチが次々に開き、”堕ちた巨神”たちが次々に姿を現し、空へと舞い上がっていく。


ダガーL。ジェットストライカーと呼ばれる飛行ユニットを背負った連合の新鋭機だ。

そしてガードナー機の背にもその飛行ユニットが搭載されている。



5号機が悠然と宙に舞う。


ガードナーはそれと同時にしゃがれた低音の声でこう呟く。


「抉り取れェ! ”グラシャラボラス”!!」


ドリルランスの先端が回転し、柄の後ろの部分から加速装置が噴射された。

イクリプスは”グラシャラボラス”の上に乗っかる様にして、凄まじいスピードで敵の群れに突っ込んでいく。


そのドリルの回転に触れたダガー達が、四肢を吹き飛ばしながら次々に地表へと落下していく。

その威力、正に螺旋突撃槍グラシャラボラスの名に相応しい。



そしてガードナーは空中で左手に持つ円盤型の斧を掲げた。


「ぶった切れ! ”テスカポリトカ”!!」

そのまま、砲丸投げの要領で機体を回転させながら、周囲の敵を薙ぎ払う。

胴体を真っ二つに分断され、破壊される敵機たち。



正に破壊の化身。

これが”壊し屋”ガードナーの真骨頂だ。



「ガハハハハ。悪くねェ。良い感触だ。

オメェにも名前を付けてやるとすっか。


・・・・・・人喰い鬼グレンデル

うん、グレンデルがいいな。


品も作法もクソ喰らえっつって、豪快に相手を喰い散らかすオメェには相応しい名だぜ。」



ガードナーはそのまま、立ち塞がる敵を薙ぎ払いながら、エヴァ機の方へと機体を動かす。




そして、エヴァ機に通信を試みる。


「おーい、嬢ちゃん。聞こえっか? 俺だ。ガードナーだ。

先生んとこで、何度か話したことあったろ? 覚えてっか?」



「・・・・・」


通信は返ってこない。



「ああ、まあ、俺が言えた事じゃねえが・・・・すまなかったな。辛い思いさせちまって。

先生は無事かい?」



「・・・・ガーさん・・・」


か細い声が返ってくる。



「なあ、嬢ちゃん。大人しく俺に捕まってくんねえか?

悪い様にはしねえよ。

今戻って治療をすれば、先生はきっと助かる。

あのクソ所長も俺がギタギタにして追い出してやるから、誰もお前らを苛める奴は居なくなる。


その後のお前らの暮らしも、今までよりもまともになる様に俺が掛け合ってやるよ。

だからよ・・・・」



「・・・・・駄目だよ、ガーさん。ゴメン。

せんせぇをあの場所に連れて帰る事は出来ない。


・・・・あたしだって、ガーさんの言う事信じたいよ?

でも、そんなの保障できないでしょ?


オズ君だって・・・・・あんなに優しかったのに・・・・せんせぇを・・・・


あたしは誰を信じれば良いの? 


もう、誰も信じられないよ!! だからせんせぇはあたしが守る!! 邪魔しないで、ガーさん!!」



通信が途絶える。


後ろから迫り来るあの青い機体と戦闘に入った為か。



「嬢ちゃん・・・・」


ガードナーは溜息を吐く。


アダムスの所に立ち寄った時に、いつもあの娘はいた。

自分のヒゲが熊みたいだ、と言って屈託無く笑っていた。

ガーさん、ガーさん、と可笑しな渾名で自分を呼び、子犬の様に人懐っこかった。



彼は、エヴァに亡くした自分の娘の面影を見ていたのかも知れない。

だからこそ、ショックだった。


あの彼女が周りを誰も信じられないとまで言った。

過酷な運命を憎んだ。



「ちっ・・・・仕方ねェ。力付くで連れて帰るしかねェのか・・・」


ガードナーはグラシャラボラスを握る手に力を込める。



と、その時、突然横合いから自機に向けて突っ込んで来た者が居る。


それをすんでの所でかわすガードナー。


襲い掛かって来たのは、赤と黒に塗り分けられたダガー。



「いよーう。オッサン。元気か? 楽しんでる?

テメェ、あん時のヒゲオヤジだよな?

闘いっぷり見て一目でわかったぜェ?」



この声は・・・・


「ああ? オメェ・・・この前の赤毛の小僧か?」


No.8 ブラド・バルバドス。

闘いを渇望する個体。


彼が正気を失い、暴れていた所をガードナーが取り押さえたのはつい最近の事。


「なあ、オッサン。俺と殺し合わねえか?

ずっと、よ? アンタの顔が忘れられなくてよ。

アンタとなら、楽しくり合えそうな気がするんだよォ・・・ハハハハハハハッ!」



「小僧ォ、テメエ、脱走者捕まえろって命令されてんじゃねェのか? こんなとこで油売ってて良いのかよ?」



「・・・・ああ。命令されてるよ? でもよ、何か気分が乗らねェんだ。何だか知らねーけど、あの黄色いのを殺しても、殺されても、

俺は気持ち良くなれねぇ。そんな気がする。」



通信を介して聞こえるブラドの声のトーンが少しだけ下がる。

彼の洗脳は他の個体よりもかかりが浅い。

そう報告されていた気がする。


薬物投与量を増やされ、記憶を改竄される前のブラド・バルバドスは、エヴァ・シュトリーと交流があったと聞く。

もしかしたら、その記憶の残滓が未だ残っているのかも知れない。

だからこそ、”殺し合いたくない”と・・・



「だがよ? オッサン。アンタは別だ。気の乗らねェ闘いを続けてたら、アンタが居た。

ハハハハハッ。最高の巡り合わせじゃねーか。

俺ァよ、ガチのタイマンのやり合いで負けたのなんて生まれて初めてなんだよ。

そう、アンタが初めてだ。


・・・ああ、勘違いすんなよ?

恨んでる訳じゃねェ。むしろ嬉しいんだ。


もう一回、あの興奮が味わえると思うとなあ。

ハハハッ、愛してるぜェ、オッサン。

楽しく殺し合おうじゃねえか。なあ?」



ブラドのテンションは最高潮に達している。

彼は”家族”を知らない。

故に自分を力でねじ伏せ、叱り付けるような存在を知らない。


即ち、”父”を。


あの時、ガードナーはブラドの腕を捻りながらこう言った。


『オイタが過ぎるぜェ、小僧。他人を傷つけるってのは、こういう事だ。

人の痛みを知れや。ええ、小僧?』



だからこう思った。


この男になら、自分の全ての感情をぶつける事が出来る、と。

この男なら、それを全て受け止めてくれる、と。




ガードナーは再び溜息を吐く。


「イカれた野郎だ。ったく・・・それどころじゃねーってのに。

しょうがねえ。ちょっとだけ遊んでやるぜ。


くたばっても恨むなよ? 赤毛ェ。」




「恨むかよ。むしろ手ェなんて抜いたら殺すからな。


さあ、行こうぜ。逝こうぜ。


この大地を、テメエの血で赤黒く彩ってやんよ。オッサン!」



ブラドは叫ぶ。


二人の戦闘狂が火花を散らしてぶつかり合う。


その様は、どこか楽しげに見えた。



*****



エヴァは理解し始めた。


強い。

クリスは・・・あたしよりも・・・強い。


試験を行っていた時もそれは解っていた。

この青年は、薬物感受性の強さから来る戦闘持続時間の短さという弱点を除けば、限りなく完成体に近い。

即ち、あの3人の”完成体”にもひけを取らない。最強の部類に数えられる強化人間・・・


その力の差は覚醒を果たしたエヴァを持ってすらも完全には埋められはしない。


ましてや今の彼女は、深手を負ったアダムスの身体を気遣いながら機体を操っているのだ。

逃走しながら勝てる相手ではない。



次第に追い詰められていくエヴァ。


凄まじいスピードで斬撃を加えるクリス。

辛うじて防ぐエヴァ。


機体を衝撃が襲う。



と、その時、クリスの独白の様な通信が聞こえてくる。


「先生。・・・・そこに居るのか・・・先生・・・」



エヴァは驚愕する。


記憶操作によって、完全に自分達のことを忘れてしまったものだと思っていたのに・・・


エヴァはクリスに返信を返す。


「クリスッ! 聞こえるクリス・・・せんせぇがね、大変なの! 重症なの!!

だからこんな風に戦ってる場合じゃ無いのよ・・・ねえ、お願い、クリス・・・見逃してよ・・・」



クリスはそれには答えず、攻撃を加えつつ、再び呟く。


「胸の穴が・・・・・広がって行くんだ。何だよ・・・これ・・・もう・・・俺の身体より・・・大きいじゃないか。

アダムス先生・・・どこに行ったんだよ・・・治してくれるって・・・言ったじゃ無いか・・・」



「ク・・・リス・・・」

アダムスは、それを聞いて苦しそうに呻く。



「エヴァ・・・お前・・・何で・・・先生を連れて・・・行くんだ?

何で・・・俺を置いて・・・グゥゥゥ・・・・アァァァァ!!!」


絶叫。

そして攻撃の手が止まる。



「クリス!!」

エヴァは逃亡の身である事すら一瞬忘れ、クリス機に近づく。



「クリス、大丈夫!? ねえ、クリス・・・」


「・・・五月蝿い。気安く俺を・・・名前で呼ぶな。俺をクリスと・・・呼んで良いのは・・・・

ああ・・・誰だ? 誰だった? 思い出せない。・・・誰だ? お前は・・・誰だ?」



クリス機が再び活動を開始する。


「お前は・・・攻撃目標。落とし、沈め、破壊すべき・・・敵。」


一瞬だけ揺らいだ洗脳効果は、まだクリスの精神を支配し続けている。



もう・・・駄目だ。

エヴァは覚悟を決めた。


そして呟く。


「クリスゥ・・・・・・・・・


お誕生日おめでとうハッピーバースデイ


・・・明日だよね? あんたの誕生日。

一日早いけど、こんな事になっちゃったから、先に言っとくね。


あんたのロッカーに・・・・約束の絵・・・・入れておいたから・・・・

あたしが死んでも・・・それ見てたまには思い出してくれると・・・嬉しいな。」




クリス機の、振り上げられたビームサーベルが・・・・・・寸前で停止した。



「ウゥゥゥゥゥ・・・・・・・・エ・・・ヴァ・・・・

アダ・・・ム・・・ス・・・先生・・・?」



割れるような頭の痛み。

そして蘇る記憶。


クリスが仏頂面で椅子に座っている。

エヴァがそれを楽しそうに笑いながらスケッチしている。

ブラドが興味無さそうにソファに寝そべっている。


それをアダムスが微笑みながら見守っている。




「ああ・・・俺・・・大事な事を・・・忘れていた。

お前らは・・・敵なんかじゃない。


俺の・・・」



”家族”

その言葉がクリスの心を過ぎった時、胸に広がるブラックホールの様な穴が、次第に収縮していくのが解った。


クリスの精神を蝕む洗脳効果は、今、その効力を失った。


振り下ろされないサーベルを見つめ、エヴァがそれを察した。


そして優しく声をかける。


「クリス・・・ゴメンね。あんたを置いてあたしたちだけ自由になろうとして。


一緒に逃げよう? ブラドも連れて。皆でオーブに・・・さ。

そして今までみたいに、皆で笑い合おうよ。


あたしたちには・・・・・・未来があるんだから。」



そう言ってクリスに手を指し伸ばしたエヴァの笑顔が、まるで聖母のように輝いていた。




*****




装甲を削り、お互いの魂を削り合いながら、ガードナーとブラドの死闘は続く。


一進一退の互角の攻防。


闘いの激化はブラドのテンションを更に向上させ、更なる力の高みを引き出す。


ガードナーは自分が押され始めているのを悟った。


これが・・・・・闘うために生み出された強化人間の力、か。



だが。



「やるじゃねーか、赤毛ェ。


どうやらMS戦闘に関しては、お前さんの方が俺よりも優れてるようだな。

だが、な。

オメーにゃ無くて、俺にはあるものが一つだけある。」



ブラドはそれを聞いて不審そうな声で返答する。


「ああ!? 何だよそりゃ。

負ける前から負け惜しみかい? オッサン。

ハッ、カッコ悪ィぜ。」



ガードナーはそれを愉快そうに笑い飛ばす。


「ガハハハハ。言うじゃねーか。嘴の黄色いヒヨッコがよ。


答えを言ってやろうか?


俺にあって、お前に足りないもの・・・それはなァ!」



ガードナーは”テスカポリトカ”をブラド機に向かって放り投げる。


ブラドがそれを難なくかわす。


それと同時に、ガードナーが”グラシャラボラス”をブラド機に突き出した。


ブラド機がそれを紙一重でかわし、イクリプスダガーに反撃を加えようとする。


ここまでの一連の行動が、一瞬の攻防。


その瞬間。


ヨーヨーの如く、最初に放り投げた”テスカポリトカ”がガードナーの手元に返って来る。


”グラシャラボラス”と”テスカポリトカ”の二段攻撃。



「”経験”だよ。赤毛ェ。

道具の使い方一つ取っても、色々とずりィこと思いついちまうのさ。」




「なッ!? 小賢しいぜッ!」


二つの武器はその重量故に目標に達するまでのスピードは、決して速くは無い。

ブラドはその脅威の反射神経で、二段構えの攻撃をかわした。


だが、そこに一瞬の隙が生まれる。



イクリプスが右膝を使って、バランスの崩れたブラドのダガーに蹴りを入れる。

そこから小規模のビームサーベルが飛び出し、ブラド機の左肩辺りに突き立てられた。



「言ったろ。”ずりィこと思いついちまう”ってな。

騙し撃ちみてェで、気が引けるちゃ引けるが。

真剣勝負だ。卑怯だなんて言うんじゃねェぞ?」



「ち、畜生ォ!」


ブラドは悔しそうに絶叫する。


ブラド機が、膝蹴りの衝撃でそのまま地表へと落ちて行く。

破壊は出来なかったが、体制を整え直してもう一度向かって来るには時間が掛かる。

ガードナーがエヴァ機を捕らえる為の邪魔は出来まい。

勿論、敢えてこちらから止めを刺しに行く必要は無い。



最初に言ったように今の闘いは”遊び”だ。

命を掛けた危険な遊戯ではあるが。



「さァて・・・お仕事に戻るとするかねェ。」


ガードナーが呟く。




ふとメインカメラに水滴が当たって弾けた。


にわか雨が振り出したようだ。



雨でこれ以上視界が悪くなる前に、決着を付けた方が無難そうだ。



何気なくガードナーが研究所の方を振り返った時・・・・・・


そこに”其れ”は居た。



曇天の雲の隙間から指す微かな光を浴びながら・・・・・悠然と天空に聳え立つMS。


白と青と赤のトリコロール。

重圧な外観から来るプレッシャー。

どこか神々しさすら感じるそのフォルム。



「アレは・・・」


ガードナーの予感は的中していた。


それこそが、最初にこの研究所に向かった彼に与えられた使命の一つ。




「へへっ、漸くお出ましかい・・・・・”女神様”」





オズ・ウィザーズロッドは、”母”の胎内で静かに呟く。


「母さん・・・・僕に力を貸して下さい。さあ、行こう・・・”パラディオン”。」




叩きつける様な雨が降り出した。




≪PHASE-07へ続く≫