PHASE-03 Calvary Hill 一目見た時に判った。否、解ってしまった。 この男とは根本から”合わない”、と。 アダムスは、高圧的な態度で自分を見下すように見つめている二ール・ラガンの蛇のような視線と、絶えず口内でキャンディを舐め回す咀嚼音に、寒気すら覚えるほどの嫌悪感を抱いた。 そして直感で解った。 ”この男は誰も信用していない”。そして、”誰も敬愛していない”、と。 新所長・二ール・ラガンは、しばらくアダムスを品定めするようにその不快な視線を纏わりつかせていたが、やがてその皮肉そうに歪んだ口から、己が呼び寄せた目の前の男へと詰問の言葉を投げかけ始めた。 「君が、Dr.アダムス・スティングレイ? 件の”不良医師”。へえ、思ったより線が細いね。それに・・・若い。 お上に逆らってやりたい放題、って聞いてたからもっとこう・・・ごつくて頑固そうな中年の親父を想像してたよ。」 「・・・確かに、私がアダムス・スティングレイに相違有りません、ラガン所長。但し、組織に逆らった覚えも不良医師などと呼ばれる理由もございません。 私は唯、本来の自分の役割を果たしているだけの、一従軍医です。」 二ールは、何の動揺も媚びる様子も無く、無表情で返答してきたこの白面の精神科医に対して、何時もの如く熱く煮えたぎる泥濘の如き怒りを募らせ始める。 そして咄嗟に心の中に浮かぶ感情。 この男は”気に食わない” ここに召喚された時点で、自分のどのような行動が上の連中から不興を買っているのか、当然理解しているはずだというのに。 まるで、自分は正しいことをしている。相手が誰であろうともその信念を曲げることなど無い、と訴えかけているようなその眼光。 高い知性と教養を感じさせるその顔立ちと、毅然とした身なり、表情、話し方も全て、”気に食わない”。 直感で感じ取る。 ”この男は誰にも与しない”。そして、”誰に対しても自分を取り繕う事は無い”、と。 それは二ールが学生の時分より最も苦手とし、嫉妬し、そして・・・畏怖して来たタイプの人間だ。 そういう人間は得てして、自分より高い学力を持っていたり、自分より優れた身体能力を持っていたり、自分よりも厚い人望を持っていたり、自分よりも”他人から愛されていたり”するものだ。 腹の底に赤黒い泥が沸く。 ”この男は気に食わない”。だから、”排除してやらねば”、と。 二ールは噴出しそうになる内心の怒りを辛うじて抑え、キャンディを噛み砕きながら再びアダムスに声をかける。 「ふん、随分と白々しい事を言うじゃないか? もうね、とっくにネタは上がってるんだよ。 連合軍が定めたカリキュラムを無視し、自分勝手にプログラムを組んで試験体達を玩ぶ。 これが組織に対する”反逆”で無くて、一体何だって言うのさ?」 「”勝手に”カリキュラムを”改変”したことは一度も有りません。定められたカリキュラムを”改善”して、ベストと思われるプログラム・パターンを幾通りか提案し、申請し、前所長の許可を得た上で適用した。 これのどこが組織に対する”翻意”なのか? 恐れながら、逆にこちらがお聞きしたい。」 反抗的、とも取れる態度。 二ールのSP達は一斉に色めき立つ。 だが、これは正論に他ならない。 確かに、今までに彼が行ったプログラムは、全て事前に前所長の了承を得てから推し進められている。 多少、強引な手法を交えた事もあったが。 彼の組んだプログラムの実用性はデータ的にも立証されつつあった。 強化人間達の安定性は、以前とは段違いに違う。 壊れかけていた試験体が、理性を取り戻した実例もある。 連合上層部が強行に彼の行動を咎められない理由がここにあった。 だが、正論を何の躊躇も無く吐く姿が二ールを更に苛立たせる。 「・・・・・屁理屈を。何が”改善”だ。結局、自分の思い通りに事を進めたいだけじゃないか、アンタは。 壊れた玩具を、ちょっと直した位で救世主気取りかい? 思い上がるなよ! 何の権力も無い、高々若僧の精神科医風情が!」 激昂した二ールの声に動じることなく、アダムスは曇った眼鏡を取り外し、白衣の袖で拭き取りつつ静かに返答をする。 「患者を救うのに、権力が必要なのですか? 僕は、確かに貴方がおっしゃるとおりの唯の若僧です。 しかし、僕には人を救うための技能と情熱がある。 権力などに興味は有りませんよ。 それは欲しい方が持っていれば良い事でしょう? 僕は、救世主になんてなろうと思ったことは無い。 唯、一人の医者で在れば、それで良い。」 二ールの顔に、凄まじい程の怒気が篭り始める。 「生意気なっ! アンタにだって、出世してやろうとか、もっと金を儲けてやろうだとか、そういう欲望はあるだろう? 奇麗事を抜かすなよ? それにアンタが勝手な事をするから、場のペースが乱される。それによって迷惑を被ってる奴もいるはずだろう? 皆、自分のやり方で仕事がしたいんだよ。でも周りの雰囲気を壊したり、上からの命令に背かないよう、自分のやりたい事を我慢しながら働いてるんだ。 協調性ってのはそういう物だろっ!? 大体、アンタが最初に言った果たすべき”本来の自分の役割”ってのは、何なのさっ!? 組織の歯車からはみ出してまでやらなきゃいけないことなのっ!?」 「無論、患者を救う事です。 それが医者の本分ですから。 それは何にも増して重要な事です。」 恥も外聞も無く、そう言い放つアダムスの視線には一点の曇りも無い。 二ールはそれを聞いて、鼻で笑い飛ばす様な素振りでアダムスを挑発する。 「”患者”だって? ハッ。一体どこに患者がいるって言うんだい?」 「ここに収容されている全ての試験体が、私の患者です。例え誰が、何と言おうとも・・・・・。 ・・・いえ、失礼しました。所長殿のおっしゃる通り、私が周りのスタッフの意見を良く聞かずに政策を推し進めた事にも問題はあるでしょうね。 申し訳ございませんでした。 ですが、強化人間達の情緒安定の研究は、連合軍に取っても不利益になるような話ではないはず。 ならば、このまましばらく私のやり方でやらせては貰えませんか? 今度は、スタッフ全員と綿密な会議を行うことを踏まえた上で。」 アダムスは屈辱に耐え、二ールへ懇願するような態度を見せる。 いくら横暴な所長とは言え、正式に任官されてやってきた人物だ。 これ以上逆らえば彼らの治療を続けていく事が出来なくなる可能性がある。 ならば、意見が全く一致しないからと言って、徒に彼の言うことに異を唱えるのは得策ではない。 若さに任せて自分の信念のみを貫き通す事が出来るほど、アダムスは幼くは無い。 だが、二ールの方は、アダムスが掲示したそんな妥協点を快く受け入れる程、成熟した精神の持ち主では無い様だ。 何よりも既に、アダムスが見せた反抗的とも言える態度は、とっくに二ールの琴線に触れている。 二ールは新しいキャンディを包装から取り出し、口に放り込みながら皮肉めいた口調でこう言った。 「時代に取り残された不良品を、今更メンテし直して一体どうなるって言うんだい? お医者さんごっこは他所でやってくれよ。あのねえ、Dr.スティングレイ? ボクの後ろにいる連中、アンタならとっくに解っていると思うけど・・・”新型”だよ? まあ、こいつらは完全体とは言いがたい粗悪品だけどね。 でも、アンタが必死こいてお医者さんごっこの相手にしてる旧式共に比べたらずっと高性能だ。 お偉いさん達も、きっとそれは認めている。 解るかい? ドクター。アンタのやってることは全くの無駄なんだよ。 MSと一緒さ。 古い機体を何回リストアしたって、新型の性能には適わない。 だったら、旧型なんて要らないよ。どんどん新しい物を作った方が効率的だ。 温故知新? 糞食らえだ。」 「・・・人間はMSとは違います、所長。」 「人間? ハンッ! ホント、わっかんない奴だなあ、アンタは。 さっきも同じような事言ったろ? だ・か・らっ!! ”どこに人間がいるって言うのさ?”」 公然とそう言い放つ二ールに、アダムスは絶句する。 ああそうか・・・この男は、最初から”強化人間を自分と同じ人間であるなどと考えてはいない”。 ・・・だが、それは軍に所属する軍人達にとって、科学者達にとっても珍しい考え方では無いのかもしれない。 実際、この研究所に配属されたばかりの頃のアダムスも、ここまで顕著では無いにしろ、そういう感覚が全く無かったとは言えない。 例え、それが、あの時の彼が、彼自身をこれ以上傷つけない為に敢えてそう思い込んでいた所為だとしても・・・・・ きっと、自分も生体CPUとして調整を受けた彼らを、特別な物を見るような目で見ていたであろう。 あの時、彼女の温もりに触れなければ。 あの時、彼らの体に自分と同じく血液が流れ、呼吸をし、生命が宿っている事を実感しなければ。 だからせめて、彼だけは強化人間達を救う事を諦めたくは無かった。 今まで彼が救う事の出来なかった患者達。その贖罪の意味も込めて。 自分だけは、彼らの味方でいてあげなくては。 例え、彼らが世界の誰からも見捨てられたとしても、自分だけは彼らの主治医でいてあげたい。 ・・・・家族でいてあげたい。 「・・・・・・・解りました。」 俯いたまま、そう消え入りそうな声で呟くアダムス。 「ん? やっと解ってくれた? そうそう。人間、素直が一番だよね。くくくく・・・・」 やっと陥落した、と二ールはほくそ笑む。弱者は所詮、権力の前には無力には屈するしかないのだ。 平素からそう考えていた二ールは、満足気に顔を歪ませて笑う。 だが、次にアダムスの口から吐き出された言葉は、二ールの予想の範疇を超えるものであった。 「ええ、良く解りました。貴方には”一切話が通じない”という事が。」 真正面を見据え、はっきりとそう返答するアダムス。 二ールは奥歯でバキリ、と音をたててキャンディを噛み潰す。 「・・・・・一体どういう意味かな? それは?」 「聞いた通りの意味ですよ。ラガン所長殿。 貴方は最初から一方的に自分の見解を述べるのみで、こちらの意見に譲歩する心算は無いようです。 だったら、これ以上話し合う余地など無い。 私は私のやり方で、”患者”の治療を進めさせて頂く。」 それを聞いた二ールは、これ以上無い程に不快そうに眉を顰める。 「それは、ボクに対する宣戦布告、と受け取っても良いのかな? Dr.スティングレイ。 ここの長で在るこのボクに・・・逆らうという行為が何を意味するか、解って言っているんだろうね?」 「私を更迭したければご自由に。・・・但し、その時は貴方にも然るべき報いを受けて頂く事になります。 貴方の横暴なやり口全てを、連合軍上層部に洗いざらい報告させて貰う。 又は、貴方の”お父上のご友人”達にも・・・・ね。」 その言葉に、二ールは目を白黒させて動揺する。 この男! 知っている・・・自分がどういう立場の人間であると言う事を。 ”父の友人”とは、紛れも無く、ブルーコスモスの次期盟主候補の面々。 そう言い放つと言う事は、この若き医師は何れかの勢力と強固なパイプを持っているという事なのか? ロゴスの老人達か? ジブリールか? チャンドラか? レギオンか? 前所長を掌の上で転がしていたのは、そういう背景があったが故のことなのか? 虫も殺せぬ様な顔をして・・・何という狡猾な狸だ!? 次に来る所長がどんな人間であるか、防御策をしっかり講じた上でこの場の呼び出しに応じた、という訳か? これで、有無を言わさずこの男を始末する事は難しくなった。 こいつは・・・・・こちらと刺し違えてでも、強化人間達を守る気だ。 「ボクを・・・・・脅す心算かい?」 「いいえ。脅す心算など微塵もございません。唯、対等の立場で話し合いをして欲しいだけの事ですよ。 ラガン所長殿?」 真っ直ぐに二ールを見据えるアダムスの濁り無き視線と、下から睨みつける様に相手を射抜く二ールの澱んだ眼光が交錯する。 二ールの背後のSP達も懐に手を伸ばし、何時でも動けるように主の命令を待つ。 まさに一触即発。粘着質に肌に絡みつくような沈黙がこの空間を支配した。 永遠に続くかの様に思われたその対峙は、豪快な笑い声によって強制的に終わりを告げる。 「ガッハッハッハッハッハ・・・・・物騒な話はその辺にしときなせぇ。 どいつもこいつも、これからドンパチ起こすみてェなツラしやがって。 おめーら。”話し合い”って言葉、知ってるよな? 決して熱くならず、自分の意見を相手に的確に伝える。 それが大人の議論。紳士の嗜み、ってえモンだ。んまあ、俺自身の一番苦手な分野でもあるけどな。ガハハハハハ。」 それまで、後ろのソファーにその巨体をだらしなく横たえて、二人のやり取りをどこか楽しそうに見守っていた、 ”補佐官”ロバート・ガードナーが突然横槍を入れる。 意表を突かれた形となった二ール・ラガンが、思わず非難の声を上げる。 「ガードナーさん? 貴方、一体どっちの味方なんだよ。口出しをしないでくれ。コイツの言ってる事は、明かに我々に対する・・・」 「所長! 今日は”意見集約”そして”厳重注意”の為の召集のはずでしょうが? そういうのはまた後回し。この場で口に出す事じゃねえ。 ・・・・・要するに頭ァ冷やしやがれ、つーことだよ。 お前さんの殺気に応じて、後ろの兄ちゃん達がえれえ興奮してんだよ。 もう少し自分の立場を弁えて、キレるタイミングを測りなせえ。 お前さんはもう”個人”じゃねえ。”所長”って言う、責任を負うべき立場の人間なんだよ。」 「う・・・・」 ドスの効いた声で、まるで子供を叱り付けるかの如く、ガードナーが語る。 二ールは思わず口を噤んでしまった。 ガードナーは、更にアダムスの方を向いて言葉を続ける。 「それとなァ、そこの若い先生。アンタも同じだ。 口調こそ冷静だが、言ってる事ァ過激そのもの。 ったく、ガキなんだよな。 手前ェの意見を通す為に、言わなくてイイ事まで全部言っちまってる。 それじゃ相手の神経逆撫でするだけだっつーの。」 「・・・・・申し訳ありません、所長殿。補佐官殿。おっしゃるとおり、私も些か興奮してしまっていたようだ。」 アダムスは素直に頭を垂れる。 「フンッ、もう遅いよ。君の本心は良く解った。君が危険な反乱分子だって事も・・・・」 二ールが怒りに任せてそう呟いたとき、ガードナーの凄まじい怒号が部屋の空気を震わせる。 「所長ォ!! 止めろっつってんだろがよ。ここを血の海にする気か? 落ち着けや。 ”新任の所長が一時の怒りに任せて、反抗的な医者を蜂の巣にしちまいました。” なーんて、三流ゴシップ記事みてーな話題、どんだけの人間が食いつくと思ってやがる? それこそ、お前さんが所長職解かれる位じゃすまねェ。 いくらお前の親父さんでも面倒見切れんぞ? それどころか、庇おうとしたアーチボルト殿の立場すら危うくなる。」 或いは、それこそがこの若い医師の狙いだったのかも知れない。 たかだか若僧の一従軍医風情が、ブルーコスモスの内部に密接に通じているとは思えない。 そうやって、この思慮の浅い新所長を挑発し、不祥事を起こさせようとする。 結果、この所長は解任され、もっと話の解る人物が派遣され、強化人間達の平穏は守られる。 後は、自分の立案したプログラムを後任の医師に行わせるだけ。 実際、この男の組んだ治療計画によって、多くの強化人間が安定の傾向を見せているのだ。 案外、上層部は容易にそれを受け入れるかもしれない。少なくとも新型の強化人間の有用性が、完全に立証されるまでの間は。 だが・・・そのお陰で、自分の命が危険に晒されている、という現状を、果たしてどこまで理解しているのか? 危機感の足りない馬鹿か、それとも命を惜しまずに目的を達成させようという大物なのか? ガードナーはアダムスの白くか細い顔をまじまじと見つめる。 「く、くそっ、解ったよ。今日のところはそのドクターの問題発言も無かった事にしてやる。 ボクは絶対に忘れないけどね。 今度そんな反抗的な態度を取ってみろ!! 必ずパパに報告して、お前の全てを奪い取ってやるからな!!」 そう叫び、二ールはキャンディを一気に5つほど口の中に放り込んで立ち上がる。 「オズ!! オズはどこだ!? 一体どこをほっつき歩いてるんだ、この間抜け!! 薄鈍!!!」 そう言って、自らの最も忠実な部下を捜し求める二ールに、呆れた表情で返答するガードナー。 「オイオイ、あの綺麗な兄ちゃんなら、所長殿が自分で『鬱陶しいからしばらく顔を見せんな』つって追い出したんだろうがよ・・・」 「ちっ・・・応用力の無い奴。ああ、ホントにムカつく。・・・馬鹿馬鹿しい。 何をしてる! お前達、とっとと着いて来い。 ボクは疲れた。もう帰って寝る!!!」 怒りに肩を震わせながら、二ールは所長室を後にする。 やや呆気に取られた表情だったSP達も、慌てて彼の後に付き従い、部屋を出て行ってしまった。 程なくして、ロバート・ガードナーと唯二人、取り残された形のアダムスが、ゆっくりと口を開く。 「・・・・・場を収めて下さってありがとうございました、と言うべきなのでしょうか、ガードナー補佐官殿。」 「ん? ガハハハハ、気にするこたァねーよ。それも補佐官の仕事だ。 ・・・・・お前さんの思い通りにならなくて悪かったな、先生。」 豪放磊落に笑うガードナー。 しかし、次の瞬間、急に真顔になってこう呟く。 「しかしよ、お前さん大した胆力だな。 あんな状況でハッタリかましやがるとは。 俺の若ェ頃にそっくりだわ。 最も、若い頃の俺よりは、アンタの方が大分男前だがな。」 そう言って彼は口の端を緩める。 「でも、アレはいけねえ。 お前さんは頭は切れるようだが、肝心な事が解っちゃいねえ。 有りもしねェお偉いさんへのコネをちらつかせる。 権力に凝り固まった連中相手には、一番やっちゃいけねえ事だ。 それでも”この状況下では自分は殺されない”とでも思ってやがったか? それとも、”自分は殺されても患者だけは守る”とかか? どっちも阿呆の考えるこった。 いいか? 手前ェの命を秤にかけるような真似、賢い人間は絶対にしちゃいけねえんだよ。 人間、誰でも死んじまったらお仕舞いだ。 仮にお前さんの作戦が功を奏したとして、お前さんが死んで試験体達が生き残ったとする。 しかし、もし次に来た所長が、さっきのクソガキに輪をかけた阿呆だったらどうする? 次は誰が強化人間共を守るんだ? その時にはお前さんはこの世にいねえんだぜ?」 ガードナーの言葉に、アダムスが苦々しそうに答える。 「・・・・・”私が死んで患者達が生き残る”案は、数あるパターンの中でも一番最悪のケースですよ。 実際、コネとまでは言えなくても、ロゴスの老人達と多少の繋がりは有る。 ”スティングレイ”は、先代ロゴス幹部の血脈ですよ、補佐官殿。 私の様な若僧が、前所長に色々と便宜を図ってもらって居られたのもその影響があったから、というのも否定出来ない。 ・・・家柄や立場を利用するのは好きでは無いですし、自分から名乗った事も有りませんが・・・ 少なくとも、ロゴスに連なる者達ならば、私をいきなり殺すような真似は出来ない筈・・・」 「甘ェ甘ェ。世の中にゃー、そんなん関係無しに、感情の赴くがままに相手を始末しちまう阿呆もたくさん居るんだよ。 それに前の幹部の親戚なんて程度の繋がりじゃ、ジジイの幹部以外はアンタの素性は知らねーわな。 実際、あの馬鹿所長は知らなかったみてーだし。俺も知らねえ。興味もねーし。 確かに”スティングレイ”って名前は聞いたことが有るが、良く有る苗字だ。 それでも、お前さんを始末する前に”もしかしたら”って頭をよぎる奴も確かにいるかもしんねーけどよ? 問題は、確実にラガンの小僧は、”感情の赴くがままに相手を始末しちまう阿呆”だって事だ。 多分、殺してから「どうしよう?」って悩むタイプだぜ。 要するに、手前ェには危機感が足りねえんだよ。先生。」 ガードナーの口調は、どこか聞き分けの無い子供の口答えを叱り付ける様な調子だ。 どうもこの男には説教癖が有るらしい。 「つまり、あの場で手前が殺される可能性は、目茶目茶高かった、ってェ訳だ。 解るか? 本気で感謝しやがれ。目一杯俺に感謝しやがれ。三度の食事前に必ず俺に感謝しやがれ。 ”自己犠牲”なんてクソ喰らえだ。 お前さんは、自分が救おうと思ってる”患者”を途中で投げ出そうとしたんだぜ? 男ならよォ、責任もって最後まで見届けてみろや。 生き延びてそいつらの面倒見るのはアンタの仕事だろ? 先生。」 「・・・・・・すみません。ガードナー殿。 そして、あの場で私を庇って頂いて本当にありがとうございました。」 アダムスは今度は心から謝罪と感謝の言葉を告げた。 先ほどまで、この得体の知れない”補佐官”に対して抱いていた疑心は、この男の言葉を聞いて完全とまでは行かないが氷解した。 少なくとも、このロバート・ガードナーという男は、あの横暴な新所長とは比較にならぬほど話の解る常識人のようだ。 「ガハハハハ、解りゃあいいのよ。解りゃあな。 ・・・いいか、先生。悪いようにはしねえ。あんまり問題は起こすなよ? ラガンの小僧の行動が目に見えておかしいと思った時は、俺が止めてやっからよ。 お前さんのその反骨精神は嫌いじゃねーが・・・ あんまり反抗的な奴ァ、どこでもはじかれちまうもんだぜ? 軍隊でも・・・社会でもだ。 よーく覚えとけ。お前さんの大切な患者達の為にもな。」 そう言ってガードナーは立ち上がり、その巨体を入り口の方に向ける。 部屋から出て行こうとするガードナーに、アダムスは最後に声を投げかける。 「・・・どうして、貴方は僕にアドバイスの様な事を? 貴方は、所長側の人間なのでは無いのですか?」 ガードナーは背中を向けたまま、その問いに答える。 「別に。俺ァ、自分の思ったままに行動してるだけだ。 ”所長側”だの何だの、そういう派閥みてェなのには興味ねーしな。 お前さんを追い出す事になんか、全く興味がねえ。 唯それだけのことよ。」 そして、そこで思い出したかの様に、こう付け足す。 「・・・・・俺にもよ、家族ってのが居たことがあんのよ。 大分前におっ死んじまったけどな。 娘が、な。 戦争に巻き込まれてなきゃ・・・生きてりゃ調度、あの位の年の頃だな。うん。 お前さんの可愛がってる強化人間のガキ共と、よ。 ケツの青いガキ共は、誰かが守ってやんなきゃいけねーよな。・・・この寒いご時世だ。 ・・・・・・いや、何でもねえ。忘れてくれ。」 その言葉を吐きながら、ガードナーは背中越しにヒラヒラと片手を振って見せる。 一人残されたアダムスは、この研究所に来て初めての理解者を得たような予感を覚えていた。 ***** 「いやいやいや・・・・お見事な大岡裁きでしたな。ロバートさん。ひひひひひひ。」 暗闇の中から、甲高く不快な笑い声が聞こえる。 ガードナーは、振り返りもせずに背後の闇に言葉を投げかけた。 「気配を絶って俺の背後に立つんじゃねえ、情報屋ァ。縊り殺すぞ?」 「おお。怖い、怖い。少々悪ふざけが過ぎましたな。とんだご無礼をお許しくださいませ。」 闇の中から姿を見せたのは、道化師のような格好に身を包んだ小柄な男・・・いや、男なのか女なのか、それすらも判別が付かない、 怪しい人物だった。 「手前ェ、次に同じ事しやがったら、その良く動く口を縫い付けてやるからな。 ったく、情報屋ってのは、どいつもこいつも得体の知れねえ変態野郎ばっかりだ。あのレギオンんとこのボルダーって野郎といい、手前といい・・・」 「心外ですな。私めは数多き情報屋の中で、最も紳士的で好感が持てる人物No.1だと評判の・・・・」 「能書きはいい。とっとと用件を伝えやがれ、 ジョーカーと呼ばれたその猫背の情報屋は、口の右端のみを持ち上げた酷く不自然な笑みを浮かべたまま、その問いに答える。 「はい、はい・・・ご依頼の件について、ご報告に参りました。 件の”女神像”と”魔法の杖”についての在り処でございますが・・・・」 「ほう? 仕事が早ェな。金は全てが終わった後払い、って約束だったが、今回は先に振り込んどいてやってもいいぜ?」 気を良くしたガードナーが、先ほどまでと打って変わって友好的な態度でそう告げる。 元来、単純で現金な男なのだ。 しかし、ジョーカーは不気味な笑みを崩す事もせずにこう答える。 「いえ、いえ・・・・御代は結構でございますよ。今回は代金の代わりに一つだけ、私めのお願いを聞いて頂きたく思っておりまして・・・ひひひひひ。」 「何ィ? 金は要らねーだァ? ・・・・・何企んでやがる。ホントに怪しい野郎だ。言って見ろ。内容によっては聞いてやる。 聞けねえ様な頼みだったら、今回の仕事の件は悪いがご破算だ。」 いぶかしむガードナーに対して、おどけた態度で返すジョーカー。 「ひひひひひ・・・・いいえ、そんな大したお願いでも無いのですがね・・・・ 私を、貴方のご友人、”鷹の目”チャンドラ・バイラバン殿に紹介して頂きたいのですよ。 どうも、あの御仁は警戒心が強すぎるようで、中々お目通りが適わないもので・・・」 「なんだ、そんな事か。別に良いぜ。手前が何を企んでんのかは知らねーけどよ。 まあ、一応忠告はしとくが、”アイツの前で嘘は吐くな”。 お前がその二枚舌で奴を丸め込もうとでもしてみろ? その瞬間にお前の首と胴体はおさらばして、別々の海底に沈む事になる。 そうでなくても一介の情報屋なんぞが、アイツ相手に商売なんて出来るかねェ。 せいぜい尻の毛ェまで引っこ抜かれてお仕舞いだろうがな。ガハハハハハ。」 「そうかも知れませんねえ・・・ひひひひひ。 ともあれ、交渉は成立、という訳で。 さて、今回のロバートさんからの依頼。 復唱させて頂きますよ。 ブルーコスモス本部から設計図・詳細データごと忽然と姿を消した、”女神像”と呼称されるMSの探索。 及び、奪われた”魔法の杖”の捜索。 この内、”魔法の杖”というのがどういうアイテムなのか、全く知らされていない不透明なままのご依頼でしたね?」 ガードナーは真剣な面持ちになって、それに答える。 「応よ。俺もそれが何なのか、全くわかんねェまま任務に来ちまった訳だしな。 ”女神像”の方は有る程度アタリが付いてんだよ。 持ち去ったのは、アーチボルト・ラガンの息のかかった科学者だ。 あの狒々ジジイ、ボケたような面しやがって、とんだ野心家だったみてえだな。 バレねえとでも思ってるのか? ”鷹の目”の前にゃ、全ての悪巧みは筒抜けだってえのに。 クーデターでも起こして、手前が次期盟主の地位にでも付く心算なんかね?」 「ひひひひ。あの御仁にそこまでの器量はありませんよ。 まあ、恐らくは、自分の愛する息子に強大な力を与え、彼を組織内で伸し上らせたい一心なのでしょうね。 だから、あの”現代科学の技術の粋を尽くした”とも噂されるMSを、自分の配下の科学者が作り上げたかのように偽装し、 その所持権を主張した。 そして、その真偽を問われる前に、現物とデータ毎別の場所に隠蔽した。 ・・・飽くまで推測の域は出ませんが、こんなところでしょうかね? ひひひひひひ。」 「おう。俺も大体似たような意見だわ。 ”女神像”を作ったのは、確か”十三使徒”とかいう、有名な科学者の一人だろ? 俺は詳しくは知らんけどな。 それをコソ泥みたいに横取りしてのうのうとしやがって・・・・いくら任務とはいえ、ああいう狡猾なジジイに取り入るのは気が引けたぜ。 しかも、その馬鹿息子にまで媚売って、尻尾振ってなきゃいけねーなんてよ。全く、”壊し屋”ガードナーの名が泣くってモンだ。」 「・・・媚を売ってるようには見えなかったですけどねえ・・・ まあそれは兎も角、”女神像”がアーチボルト氏のご子息・二ール殿の新しい勤務先である、この強化人間研究所に秘密裏に搬送され、 何処かに隠されている、というロバートさんの推測はどうやら正しかったみたいですねえ。 もっとも、上の目が隅々にまで届かないような施設というのは、他に幾つも無い訳ですけどね。」 それを聞いたガードナーは、得意げに胸を張ってみせる。 「ガハハハハ。だろ? 俺の推理も捨てたモンじゃねーって訳だ。 お陰で”補佐官”なんていう、訳のわかんねェ仕事をもらっちまったけどよ。 ホント、あの馬鹿息子の傍にいるとイライラしてくるぜェ? ありゃ、”男が腐って”いやがる。 もし俺の部下にいたら殴り飛ばしてるね。上司にいても殴り飛ばしてるけどな。 ここが戦場だったらの話な。 ・・・・・・んで、どこだ? どこに隠してやがる?」 ジョーカーの双眸が妖しい輝きを見せる。 「第13番区画、第21番区画、第36番区画、第89番区画、第108番区画、第122番区画、第148番区画にそれぞれ、 パーツごとに解体されて隠されております。 ご丁寧に、通常の量産型MSのジャンクパーツに紛れさせて、ね。 通称が、 地下の”廃棄された強化人間の成れの果て”が隠されている奥の区画ですよ。 普段は誰も立ち入る事の無い忘れ去られた地。 何かを隠すにはもってこいの場所ですねえ。」 「なーるほど。隠し場所も良く考えてるじゃねえか。 これで証拠は挙がったな。 アーチボルトが組織への反逆罪で更迭されるのも時間の問題か。 問題は、追い詰められたラガン親子が、どんな対応を見せるか、という所か。 奴らが有する 下手に刺激するのは得策じゃねえ・・・か。 ふん、念には念を押しておくか。 オイ、ジョーカー。もう一つ仕事を頼まれてくんねえか?」 「はい、はい、何なりと。”鷹の目”殿へのご推挙が適うのでしたら、雑用の一つくらいサービスで結構ですよ。」 「ラガンの手の者達に気付かれねーように、俺の”イクリプス”を搬送しろ。 もしもの時のために、鎮圧の為の人員と共にな。 ・・・・あ、但し、 あのガキ共が絡むと事態の収拾がややこしくなる。」 それを聞いてジョーカーは面白おかしそうに笑う。 「ひひひひひ。確かに。あの方達ときたら、一度暴れだしたら、この研究施設ごと破壊しつくさないと気が済まない様な気性の持ち主ですゆえに。 解りました。お引き受け致しましょう。 しかし、”イクリプス”とは・・・ロールアウトされたばかりの新型まで持ち出すとは、随分と大した念の入れようで。」 「なーに。俺も久しぶりに遠慮なく暴れたいだけよ。慣れねえお役所勤めでストレス溜まってるしなあ。ガハハハハハ。 新型の性能を存分に試すのも悪くねえ。何しろ戦争は終わっちまったんだ。本格的な戦場なんてしばらく提供されねえんだしな。」 そう言って笑うガードナーの目は、まさしく”壊し屋”の名に相応しい物であった。 「さて、それでは二つ目のご依頼、”魔法の杖”について。 奪われた”女神像”の位置が特定された上、貴方にとって、こちらはさほど重要じゃないかも知れませんがね・・・ ロバートさんは、これをどの様なものと解釈されていますか?」 ジョーカーの問いかけに、キョトンとした表情でガードナーが答える。 「ん? さーなあ・・・”女神像の真価”を極限まで引き出す存在、って聞いてたような・・・・・ 何か、機体をパワーアップさせるパーツとか、武器とかか? 画期的なOSとかの類だったりしてな。」 「んー・・・・惜しいですが、少し違いますね。 MSの性能を極限まで引き出す存在。 それは”パイロット”に他ならないのですからね。」 「それじゃ・・・・”魔法の杖”てえのは、”人間”の事なのかい?」 「”人間”と定義する事が許されるのであれば、そうでしょうね。 どちらかと言えば、”生体CPU”という扱いを受ける事が多い訳ですから。 ・・・・・ひひひひひ。ここまで言えばもう、お分かりでしょう? 貴方は、もう、とっくに”魔法の杖”に出会っているのですよ。 ”どんな願い事も適える魔法使い”の名を冠した・・・・・一人の 唯一にして無二の、強化人間の”完成体”にね。」 ガードナーの記憶に、一人の少年の姿がフラッシュバックする。 あの少年の名は確か・・・・・・ 「・・・・・”オズ”!? あの、女みてーな面の兄ちゃんが?」 「そうです。アレは、”女神像”と同じく、現代の医学の粋を尽くした強化人間の最終進化系。 かの天才医学者:レスタト・タウンゼント博士をして、” 常人を遥かに超えた身体能力・知性・操縦技能を会得しながら、薬物投与のリバウンドも無く、 惜しむらくは、とある一つの”感情”のみが欠けているという事。 それ故に、”真の完成体”とはなっていないのですが・・・・・ それが唯一にして最大の弱点でしょうね。 だが、逆に、それさえ手に入れることが出来れば・・・・・・彼は”SEED”すらも凌駕する力を手にする可能性を秘めている!」 次第に熱を帯びていくジョーカーの口調。 魔法の杖=”オズ”の事を語る彼の顔は、既に一介の情報屋が見せる表情ではなくなっている。 やや気圧された様に、ガードナーが聞き返す。 「・・・手前の言ってる事は、学の無ェ俺には良く理解できねーけどよ・・・ その・・・”オズ”に足りねえ唯一の感情、ってのは何だ?」 ひどく得意げに、そして狂気すら帯びた口調で、ジョーカーが身体を乗り出してガードナーに答える。 「それはねえ・・・・ロバートさん。 ”愛”ですよ。”愛”。ひひひひひひひ。 ”彼”はねえ、生まれてこの方、”誰にも愛された事が無いし、誰かを愛した事も無い”んです。 周りの人間、そう、”家族”にすらねえ・・・・」 「・・・・ああ? なんだそりゃ? ”愛”だァ? それは一体、どういう・・・」 と、その時、背後からコツン、コツンとコンクリートの床を踏みしめる足音が聞こえる。 「おっと・・・人が来たみたいですねえ・・・名残惜しいですが、今日は此処までにしましょう。 今のお話の詳細、もしご興味がございましたら、次の報告時にお話いたしましょう。 唯一つだけ、ご忠告を。 ”真の完成体”となった”魔法の杖”・・・・・”万象の杖”を”女神像”と引き合わせてはいけません。 それは最早、人の領域を超えた存在。恐らくは、かのフリーダムでも止められはしません。 お気をつけ下さいな、ロバートさん・・・・ひひひひひひひ・・・・」 笑い声と共にフェイドアウトしていく そこに残るは闇の残り香のみ。 「・・・・ガードナー補佐官殿? その様な場所で、一体どうなされました? お顔の色が優れないようですが・・・」 後ろから近づいてきた警備兵を、ガードナーは手をかざして制する。 「何でもねーよ。ちょっと朝から腹の具合が悪いだけだ。ちょっくら便所行ってから戻るわ。」 そう言って振り返りもせずに闇の中へと歩を進めるガードナー。 「・・・・”万象の杖”だァ? ”真の完成体”だァ? フンッ、あのクソピエロが・・・脅かしやがって・・・ 上等だ。この”壊し屋”に、壊せねェモンなんて無ェんだよ。」 それは闘争心と言う名の炎。 ロバート・ガードナーが、豪放磊落なる世話焼きの仮面を脱ぎ捨て、野生の力を解放する日は近い。 ***** 闇。どこまでも広がる暗き闇。 その中で蠢く者がいる。 未だ歳若き少年。少女と見紛う様な整った顔立ちをした。 彼の右頬には、鈍器で殴られた様な醜い青痣が刻み込まれている。 少年の目の前で無数の配線と計器が鈍い光を放っている。 どうやら少年が横たわるのは、MSのコックピットの中のようだ。 そこは少年が唯一心安らぐ場所。 母親の子宮の中へと回帰する空間。 静寂が支配する暗き無音の世界で、親指を口に咥え、まるで胎児の様に身体を丸めて呟いた。 「・・・・・母さん・・・・・どうか私に・・・・慈愛を・・・・・」 オズ・ウィザーズロッドは、その鋼鉄の女神の胎内で、安らかな表情を浮かべたまま眠りに付いた。 ”約束の日”は近づいている。 全てが崩壊に向かう、その終焉の日が。 ≪PHASE-04へ続く≫ |