PHASE-02 Via Dolorosa

医師としての情熱を呼び起こされたアダムスは、以前とは比較にならぬ程熱心に、患者との対話を試みるようになった。

毎日のカウンセリングは今までの倍の時間を費やし、試験体たちの心の声に耳を傾ける事に傾倒した。

時には休憩時間すら取らずに、睡眠時間すら削って早朝から深夜まで強化人間達と触れ合っていた。


更に彼は、強化人間達を3〜4人の小グループに分け、週ニ回のレクリエーションと、週一回のグループディスカッションを行うカリキュラムを診察時間内に設けた。

そのグループ自体も週事にローテーションさせ、最終的にはこの研究所内の試験体たちを一つの家族ファミリーに見立てる事を目標として。

彼らの精神の安定を目的にするだけに留まらず、試験体間の失われた絆を取り戻し、新たなるコミュニケーションを獲得させようと考えたのである。



最初は失敗ばかりが目立った。

薬物によって精神を破壊されかけた強化人間同士の諍いと他者への無関心は根強く、沈黙と生傷の耐えない日々が続いた。



だが少しずつではあるが、アダムスの試みは次第に実を結んできていたのである。


*****


「・・・・・先生。この息の詰まる時間は一体なんなの? 新しい実験? 今度は何のデータ取り?」

クリス・レラージュは、酷く鬱陶しそうな表情で周りの”同胞”達を見渡した。


「いいや、そんな物では決して無いよ。そんなに深く考えなくても良い。お遊びのフリータイムの様なものだと思って寛いでくれ。”クリス”。」

既にアダムスは、全ての強化人間達を認識番号やコードネームでは無く、ファーストネームで呼ぶ事を心がけていた。

試験体たちとより親密になる事を避けていたあの頃がまるで嘘のようだ。



「・・・ふん。フリータイムねぇ。だったら自由にさせてよ。俺、部屋に戻って良い? ここじゃ落ち着いて読書も出来やしない。」


そのクリスの苛立ちの言葉に荒々しく横槍を入れた者がいる。


「ウダウダ言ってんじゃねぇよ。テメェの独り言が一番五月蝿くて落ちつかねぇんだっつーの。後ほんの一時間辛抱すりゃ自由放免なんだろ? なあ、先生よ?」

ブラド・バルバドス、だ。

制服のポケットに手を入れたまま、だらしなく椅子にもたれかけている。


「・・・おい、それは俺に向かって言ってるのか? 偉そうに。・・・何様だよお前?」

クリスがブラドを睨みつける。


「他に誰が居るってんだよ。テメエこそ、黙れ、って言ってるのが聞こえ無ェのか?」


「・・・随分、大きな口を利くじゃないか。脳味噌まで筋肉の戦闘馬鹿の癖に。」


「なまっ白い優等生のモヤシ野郎如きに言われる筋合いは無ぇよ。やんのか、あぁ?」



二人が同時に立ち上がる。

一触即発の気配。



だがそこに甲高い場違いな叫び声が木霊する。


「あーーーー!! 動いちゃダメだって。二人ともぉ。じっとしててよ。やっと筆が乗ってきたとこなんだからさぁ〜。」


スケッチブックを膝に乗せたエヴァ・シュトリーが、抗議の声を上げる。


彼女の横には、既に描き終ったと思われる、数人の試験体たちのラフスケッチ画が積み重なっている。



「ああ!? つーか、お前、何勝手に人の似顔絵描いてんだよ。」

ブラドがエヴァに食って掛かる。



「ぶー。良いじゃん別に〜。減るもんじゃないでしょ? あ、そうだ。解った解った。あんたの絵は本人よりも3割り増し位で男前に描いてあげるから。

それで良いでしょ? よし。一件落着。」


「落着な訳があるかっ! 第一、要らねェよ。お前の下手糞な絵なんか・・・・」


売り言葉に買い言葉ではあったが、そのブラドの言葉にエヴァはいたく傷ついたらしい。

両目に涙を浮かべたまま俯いてしまった。


「ひどい・・・一生懸命描いたのに・・・要らないだなんて・・・ふぇ・・・」


ブラドはやや狼狽した様子を見せながら返答する。


「ああ〜・・・もう、めんどくせぇ女だな、全く・・・解ったから泣くなって。もう知らん。勝手に描いてろ。俺は寝る。」



そう言って彼は再びどっかりと椅子に腰を降ろし、傍らに在った文庫本を顔の上に乗せて眠りについてしまった。



「・・・・ちっ、止めた。興醒めだな。ホント、調子狂うよ・・・」


クリスの怒りも、二人のやり取りを見ているうちに完全に冷却してしまったようだ。



「うんうん、それが良いよ。ケンカは良くない。せんせぇも困るしあたしたちも困る。まったり行こうよ、まったり。ね?」

エヴァが満面の笑みを浮かべてクリスの顔を見つめる。


その邪気の無い笑顔に中てられて、クリスは思わず眼を反らした。


「・・・お前さ、他の奴の絵なんて描いて一体どうしたい訳? それって楽しいの?」


「えへへ〜 そりゃ、楽しいよ? だって、描いた絵は形として残る。もし・・・もしもだよ? あたしがあんた達の事、忘れちゃうような日が来たとしても、

この絵を捨てずに大切に取っておけば、こういう奴も居たな、って思い出せるじゃない? 

それに、誰がどう言おうと、ここでこうして、あたしが絵を描いているって事実は絶対に消えて無くなったりしないんだから。

だから描いた絵は全部、あたしの宝物。」


おどけてみせるエヴァの声は、どこか悲痛な色を浮かべていた。

その言葉に含まれた意味を知ってか知らずしてか、クリスはエヴァの行動と言動に皮肉めいた反発をするのを止めた。


「・・・お前ってホント、ヘンな奴。・・・ま、どうせやる事も無いし。好きに描けば?」


「うんっ! 好きに描く。出来あがったら額縁に入れて、あんたにもあげるよ、クリス!」


「何で? 自分で持ってればいいじゃないか? 宝物にするんだろ?」


「えー、何でって・・・だってぇ・・・あー・・・うー・・・それは秘密。・・・あっ、ダメだって動いちゃ。今からピクリとも動いちゃいけません。

自由時間終わるまで欠伸も伸びもトイレも禁止! できれば息もしちゃダメ!」


「・・・俺を殺す気か?」





そうして、まるで一般的な少年少女のように、・・・家族ファミリーのように、彼らは軽口を交し合う。

アダムスはその様子を微笑ましく見守っている。


・・・そう、確実に成果は出てきているのだ。

このまま戦闘が行われず、精神の均衡を保ったまま、薬物摂取を少しずつ抑えて行く事が出来れば・・・


既に廃人への一歩を歩み始めている個体達にも、僅かな光明が見えてくるに違いない。

このまま薬物依存状態を打破し、この先の人生を平穏に、本来彼らが掴み取る事が出来たはずだった幸福を、青春を少しずつ取り戻していけるはずなのだ。


 
そう・・・本気でそう考えていた。


少なくとも、この瞬間は。


*****


望まれざる者の登場は、何時だって突然だ。

もっとも、彼らが今日のこの時間、この場所にやってくる事は、運命を司る残酷なる神々にとっては予定調和の出来事だったのかも知れないが。



お供のSPを幾人も引き連れて、強化人間研究所の新所長に就任した青年、二ール・ラガンは颯爽とこの老朽化したコンクリートの床を踏みしめて歩く。


周囲の人間全てを見下しているかのようなその皮肉めいた眼光は、丸く小さい、まるで中国系マフィアが映画の中でよく着用しているかのようなサングラスに隠され、

引きつった微笑を浮かべるその口許には、さながら赤子のおしゃぶりの如くコーラ味のチュッパチャップスが咥えられている。


長年肝臓を患っていた老年の前所長に代わり、この青年が若干24歳にして新所長の地位に就いた事には、些かではあるが理由がある。



彼の父親アーチボルト・ラガンは、ブルーコスモスの母体とも言うべき巨大なる軍需組織”ロゴス”の現幹部である。

学生時代に学業に於いてこれといった成果も出さず、特別な才能を持っている訳でも無いニールが、一つの研究所の責任者という見に余る地位を与えられたのは、そう言ったコネクションの力による所が大きかった。


もっとも、本人は、この様な廃棄寸前の、草臥れた研究所を任されるという任にかなりの不満を抱いてはいたのだが。


「ふーん・・・ここがボクの新しい職場か・・・? 汚らしい所だね、全く。」


ニールはそう呟き、嘗め尽くしたキャンディのスティックを廊下に吐き捨てる。


「パパってさ? 意外と権力無いんじゃないの? ロゴスの幹部っつったって、次の盟主に選ばれる程の力量も無さそうだし。

窓際族って奴? だからこんなショボイ研究所位しか可愛い息子に与えられないんだよな。お前もそう思わない? ・・・オイ、聞いてんの? ”オズ”ッ!?」


傍らに居た”オズ”と呼ばれた男・・・いや、”男”と呼ぶには未だこの少年は幼すぎる。

少女の如き小柄さと繊細さを持ったその美少年は、恭しく返答する。


「恐れながら、私のような卑しき身に、大旦那様達の様な雲の上の存在に対する意見や見解を口にすることは許されておりません。

平にお許しを、ニール坊ちゃま・・・」


その瞬間、廊下に響き渡る「バキィッ!」という鈍い撲音。


ニールの右手には警棒が握られている。
 
そして”オズ”の右頬に付いた青痣。殴られて口内が切れた所為か、口の端から一筋の血の糸が流れ落ちる。


「口答えすんなよ、人形如きが。お前はボクの言う事に従っていれば良いんだ。

”オズ”・・・お前の主は一体誰だ?」


警棒を弄びながら、ニールはオズの顔を睨みつける様に見つめる。



「・・・・・はい、申し訳ございません。私の主はニール・ラガン様、唯一人でございます。」


「解ってるなら良いよ。次に逆らったら、お仕置き位じゃ済まさないからね。」



得意げに鼻を鳴らし、ニールは鈍色の廊下を再び歩み始める。


流れた血すら拭う事無く、オズはその後に付き従う。

さながら主に忠実なる奴隷の如く。


*****


所長の執務室の中で、一人の大柄な男が特大のサーロインステーキを貪り食っている。

歳の頃は30代後半から40代前半位だろうか?

歴戦の勇者という言葉がいかにも似合いそうな風貌だ。


浅黒く日焼けした肌と、顔の下半分を覆い尽くすまるで熊のような頬髯が印象的だ。


ガチャリ、とドアノブが回され、新所長ニール・ラガンとそのSP達が入室してくる。

熊の様な大男は一旦、ナイフとフォークを動かすのを止め、そちらを一瞥した。


「やあやあ、これはこれは。ラガン所長殿とお見受け致す。

私はロバート・ガードナーと申す者。今日付けで貴方の補佐官を勤める事になりました。以後お見知りおきを。」


髭にステーキのソースを一杯付けたまま、ロバートと名乗る大男は満面の笑みでニールに挨拶した。


ニールは眉を顰めながら答える。


「あ、ああ・・・聞いているよ、ガードナーさんだね? 貴方がパパ・・・いや、父が寄越した補佐官殿ですね?

ボクが所長のニール・ラガンです。よろしくお願いします。」


チラリと、ニールはロバートの前に置かれたステーキを一瞥する。

肉汁の匂いが執務室一杯に広がっていた。


「ああ、これは失敬。朝から何も食っていなかったものですから。厨房で料理人に無理を言って作らせたんですわ。

腹が減っては戦は出来ぬ、と。先人は偉大ですな。全く、言いえて妙な真理を言葉にして後世に残すのですから。

ガッハッハッハッハッハ・・・・・」


品の無い笑いと共に、方を揺さぶって笑うロバート。

ニールは不機嫌そうにフンッ、と鼻を鳴らし、所長に椅子に腰を降ろす。



成る程、たいした胆力だ、とニールは心の中で独りごちる。

父が言っていたのと寸分違わぬ人間性だ。


豪快にして傍若無人。

かつて連合軍に於いて”壊し屋”ガードナーの異名で恐れられた鬼軍人。


大戦時には疾うに退役していた身で有りながら、先代盟主ムルタ・アズラエルの推薦によって、ブルーコスモスの尖兵として復帰した男。

幾人かのロゴスの主要メンバーとの交流もあり、父・アーチボルトもその実力を高く評価していた。


現在は、昔の戦友であり、同じくブルーコスモス武闘派の先兵を担う”鷹の目”チャンドラ・バイラバンと言う男の元に身を寄せていると聞いたが・・・


だが、いくら英雄だろうが有能な元軍人だろうが、はっきり言って気に入らない。

自分とは相容れない性格の男だ、とニールは思った。


これから上司となるべき人間の部屋に図々しくも居座り、あまつさえ食事までしているとは・・・

この男はボクを舐めているのか? 何の力も無い、親の七光りの若僧と・・・


腹の底に赤黒い泥が湧く。


傍らのオズが、自分のその気持ちを汲んでか、ロバートの方を睨みつけているのが解る。


だが・・・と、ニールは思い直す。

この男を今、敵に回すのは得策では無い。

自分はこんな廃れた研究所の一所長として一生を終える気などさらさら無い。

いずれは父を超え、ブルーコスモス及びロゴスの幹部として台頭し、莫大な権力を手に入れる野望を抱いているのだ。


ならば、ロゴスの内情に明るいこの男を今のうちに味方に引き入れておく必要が有る。

これは野望への足がかりだ。絶えろ。と自分に言い聞かせ、ニールは懐から新しいキャンディを取り出し、口に運ぶ。


甘い食感が口いっぱいに広がる。糖分は良い。怒りをたちどころに消し去ってくれる。



「補佐官殿。少し世間話でもしましょうか? ・・・あ、構わないから食事を続けて下さい。食べながらでいい。」


「おや? これはすみませんなあ、ガハハハハ。肉料理と言うのは温かいうちに食さないと一気に味が落ちるものですからな。」

一部の遠慮も無しにロバートはナイフとフォークを動かし、モリモリと肉を頬張り始める。


ヒクヒクと頬を引きつらせながら、ニールは後の句を続けた。


「アズラエル理事の後釜について。貴方ならもう何かしらの情報を得ていたりしませんか? 知ってる限りで良いですから。

誰が次の盟主になるか・・・個人的に興味が湧いたもので。」


個人的な興味でもあるが、それは自分の野望に直結する情報でも有る。

この先、誰に付いて行くか。その選択を間違える訳には行かない。

父は無能ではないが、凡庸な男だ。だから彼の後に付いて行っても何も道は開けない。

誰の尻馬に乗るのが得策か。ここで見極める必要がある。


「ははあ、それは私も気になってる所ですな。まだ具体的に誰が盟主になるか、決まっている訳では有りませんが・・・

そうですな。逆に、所長殿のご意見をお聞きしたい。若い貴方の眼には、誰が盟主に相応しいと映るのか?」

ロバートは肉汁を飛ばしながら、質問を返す。


「・・・・・質問しているのはニール様です。失礼では有りませんか? 問い掛けに問い掛けで返すのは?」

オズが堪えかねたように口を挟む。


忠誠心ゆえの言葉だったのだが、ニールは大声でそれを窘めた。



「やかましいぞ、オズ! お前は喋るな、この薄鈍! 」


「はっ・・・申し訳ございません、ニール様。差し出がましい真似を・・・」



「いやいやいや。そこの綺麗な顔のお兄ちゃんの言うとおり、これは私が礼を欠きましたな。失敬失敬。」


ロバートが頭を掻きながら謝罪する。



「いいえ。気にしないで下さい。この男、一応有能ではあるのですが、今ひとつ空気の読めない男でして。

先ほどの質問、ボクなりの見解を述べさせてもらいましょう。


現ロゴス幹部の方々、ルクス・コーラー殿、エルウィン・リッター殿、ラリー・マクウィリアムズ殿・・・数多くいらっしゃいますが・・・


ボクはね、ガードナー殿。組織の長と言うのは、より若く、新しい風を起せるような人物がなるべきだと思ってるんですよ。

前のアズラエル殿もお若い方でしたが、今回も同じように、ね。

だから、我が父も含めて、年配の方達は盟主から除外されるべきだと思っているのです。」


ロバートは興味深そうにそれを聞いている。

同時に、部屋の端で鼠が一匹、甲高い鳴き声をあげて姿を現した。


「そうですね・・・本命馬と穴馬、超ダークホースの三つが有りますが・・・どれがお好きですか? ガードナー殿。」

ロバートは、その時部屋の隅のやや大きめの鼠に気をとられていたのだが、直ぐに視線をニールの方に移す。


「ガハハハハ、私は競馬はいつも穴党ですゆえ。・・・逆に本命からお聞きしましょうか? 楽しみは後に取っておくものですからな。」


ニールはニヤリと笑みを浮かべ、ロバートに語りかける。

「本命・・・今最も盟主の座に近い人物は・・・ロード・ジブリール殿でしょう。」


ロバートが同じように微笑を浮かべ、聞き返す。

「ほう? して、その心は?」


「ジブリール殿は、こう言っては失礼ですが、私の父と同じ”凡人タイプ”です。

だが、逆にそれが組織の長としての利点になるタイプです。皮肉な事にね。


前盟主のムルタ・アズラエル殿・・・彼も同じタイプでした。

民衆は、余りに才多き人間には嫉妬し、心から付き従おうとはしない。

適度に有能で、適度に欠点を持っていて、適度に状況を把握できる人間が最適です。


もっと言えば、アズラエル殿は”商売人”、ジブリール殿は”政治家”ですね。

この場合、間違っても”軍人”をトップに据えてはいけない。

歴史を顧みても解る通り、武官が権力を握って真っ先にする事・・・それは侵略です。

軍需産業のトップは先ず、組織内部の肥大化に目を向けなくてはならない。

それが解らない人間に、ブルーコスモスの盟主になる資格は有りませんからね。」



ロバートは満足げにその意見を聞いている。


「成る程、成る程。大した観察眼だ。

”凡人”がトップに適しているという意見は私も賛成ですな。

組織の長なんてモンは、マニュアルに忠実な人間の方が良い。

宗教の教祖や革命の指導者とは違って、余計なカリスマなんて要らん訳です。


『信念で舵を取る船頭は、いつしかその船を沈める』


名言ですな。

凡人は凡人に付き従う事で安心を得る。


その点、ジブリール殿は船頭に最適、という訳だ。

予想を大きく超えた行動は絶対にしないお方ですから。


『ゆっくりと安定した舵を取り続ける事の出来る船頭。』


嵐の来ない晴天の航海には最適の人物ですな。」



ニールはそれを聞いて嬉しそうに答える。


「お褒めに預かり光栄です。

それでは、穴馬予想、と行きましょうか?


現ロゴスのメンバーの中で、様々な分野に於いて、最も能力を有した人物・・・レギオン・ゼルファー殿が盟主となる可能性。

まあ、0では無いでしょう? 実力は十二分。少々変わり者で有る事を覗けば・・・ね。


問題は、”本人に全くその意思が無い”という事。

一体、何を考えているのか読みかねる御仁ですから。

権力に固執せず、単独行動を好む。


あれでは付いていく人間も不安でしょうし。

本人もその様な地位には興味を示していないご様子。

だから組織の長としては適した人材ではない。」


ロバートはそれを聞いて愉快そうに笑った。


「ガハハハハ・・・レギオン殿か。それは予想外の答えですな。まさに穴馬。

ふむ、若い人にはその様に思われておるのですかな? 彼のお人は。


先ほどの例えを引き合いに出してみると、レギオン殿は、


『その卓越した手腕にて舵を取る船頭。しかし、余りにも速過ぎる船に乗客が耐えられない。』


あの方に付いて来れるのはほんの一握りの天才のみ。

そういう者達に取っては至高の指導者でしょうが。生憎、ブルーコスモスは天才の集団ではない。

だからこそ、単独行動を好むのでしょうな、彼の御仁は。」


先ほどの鼠が、物陰からチゥ、と鳴き声を上げて再び顔を見せた。

ステーキを全て平らげたロバートが、膨れた腹をポンッ、と叩いてそちらに眼を向ける。


「それで・・・超ダークホースは一体どなたですかな? ここまで来ると誰の名前が出ても驚きませんよ? 

いやはや、中々楽しい問答だ。」


相手の反応にすっかり気をよくして饒舌になっているニールは更に続ける。


「ふふふ・・・最後の一人は・・・貴方の良くご存知のお人ですよ、ガードナー殿。」


「ホウ? よく知ってる人物と言うと・・・あ、やはりお父上のアーチボルト殿ですかな? 

酷評しているようで、実は尊敬していた・・・有りうる話ですな、うんうん。」


ロバートは勝手に相槌を打ち始める。


ニールは少し気分を害したような表情でそれに答えた。


「いいえ、まさか。父は正真正銘、紛う事なき凡人ですよ。『船頭の役目すらままなら無い』男です。

私が挙げたいのは・・・・・・・貴方のご友人。


”鷹の目”チャンドラ・バイラバン殿、その人です。」


それを聞いて、ピタリと・・・ロバートの仕草が止まった。

ニールは彼の態度の豹変に少したじろぎながらも、後の句を続ける。


「そ、そもそも、何故チャンドラ殿は幹部の地位にすらついておられないのですか?

あの方の現役時代に残した英雄譚・・・そして、ブルーコスモス参加後のコーディネーター狩りに於ける功績、どれを取っても幹部昇格に値するものばかりだ。


ボクには、あの方が敢えてその様にしているようにしか思えない。

”鷹の目”殿は・・・自らが前線に立ち続けねばならない、何か深い理由をお持ちなのですか?


・・・・・・ジブリール殿を盟主に祭り上げて、自らはその片腕的なポジションに就くお心算であるという噂も聞きました。

一体、何故なのです? ご友人である貴方なら、きっと知っているはず・・・


自らが与しやすい人間を盟主にして、傀儡にし、自らが組織を裏から牛耳るお心算なのですか?」


これは、父が普段から口癖のように呟いていた疑念だ。

もしそうだとしたら、チャンドラという男はとんでもない野心家であり、場合によっては自らは手を汚さずに何かを企むロゴスへの反逆者・・・という可能性もある。


ニールはゴクリと唾を飲み込む。


”鷹の目”の盟友たるこの男を前にして、些か直球過ぎたか?


逆上される恐れもあった。だが、ここは敢えて口に出して確認しておく必要がある。

反逆の意思を持った人間と親しくしていては、後の自分の出世に響いてくるからだ。


それにこの場で逆上されても、自分に危険が及ぶ事は無い。

傍らのSP達・・・特にこの”オズ”は・・・常人をはるかに超越した存在なのだから。



しばしの沈黙。

それを破ったのはロバートの高笑いだった。



「・・・・・・ガハハハハ。これは良い。あいつが盟主? または盟主を傀儡にしようと企んでいる??

・・・それはね、ラガン殿。買い被り過ぎ、と言う奴ですよ。


あいつは貴方の思っているような野心家では有りません。

”鷹の目”が前線に留まる理由は唯一つ。


”コーディネーターを狩り続けることが出来るから”


この一言に尽きます。単純明快でしょう? 奴は戦い続けたいだけなんですよ。


それにね、貴方は一つ勘違いをしている。


あいつに指導者としての適正なんて全くもって皆無ですよ?


チャンドラ・バイラバンを船頭に例えると、


『行き過ぎた信念で舵を取った挙句、沈んだ船から投げ出された乗客に、自力で丘まで泳ぐ事を強制する』ような人間です。


最初っから、手前ェの力で大海原を泳ぎきる人間しか乗せようとしない訳ですよ。

ガハハハ、狂ってるでしょ?」


その笑い声を聞いて、隠れていた鼠が驚いたように部屋中を走り出す。


「そんな奴に付き従う人間がいると思います?

居るとすれば、それは・・・・例えばこの俺のような、」


ロバートが走り回る鼠目掛けてフォークを投げる。恐るべき豪腕で放たれたフォークが、鼠の身体を貫き、そのまま壁に標本のように突き刺さる。

磔にされた鼠がピクピクと手足を動かし、間も無く絶命した。


「・・・半ば人の道を踏み外したような輩だけでしょうな。

・・・こんな答えで宜しいかな? 


残念ながら、その万馬券は無効ですわ。破り捨てちまいなさい。

詮索も結構だが・・・・・お遊びで火傷するのは面白くねーでしょ?」



ニールはロバートのその気迫に圧倒され、声も出ない状態で口をパクつかせている。


背後のSP達が色めき立ち、一斉に腰のホルスターに手をかけた。



「止めとけ! 安易にケンカは売るもんじゃねーぞ? 小僧共。そんな危ない玩具は仕舞っとけ。な?」


ロバートは威風堂々と、両手を広げてそれを制そうとする。



「止めろ!! 誰がそんな指示を出した!? 今すぐ銃を仕舞え、この馬鹿共!!」

ニールはSP達を窘め、ロバートに謝罪の言葉を告げる。



「ガードナー補佐官殿。大変失礼しました。挑発するような言葉を吐いたボクの非礼をお許し下さい。」


「ガハハハ、良いって事ですよ。若ぇうちはその位の反骨心がねーと、大物にゃなれません。

それより、後ろの兄ちゃん達、止めてくれて有難う。

こいつら、良く仕込んで有るな。本気で弾こうとしてやがったぜ? 特にそこの・・・綺麗な兄ちゃん。」


指を指されて、オズが更に怒りの表情を浮かべる。


「貴様・・・ニール様に向かってなんて口の利き様だ? 例え補佐官殿と言えど、これ以上の無礼は・・・」


「おんや? すまねぇ。一応、初対面の上司にゃ敬語使うように頑張ってたんだが、地が出ちまったか? ガハハハハ。

まあ、良いじゃねえか。気さくなオッサンキャラで通させてくれよ。」


ロバートは悪びれもせず、白い歯を見せて笑っている。



「オズ・・・・・お前、もういいよ。下がれ。外で頭冷やして来い。この馬鹿が。」

ニールはこの忠臣を、まるで虫でも見るような目で睨みつけた後、そんな指示を下す。


オズは悲しそうな表情で部屋を後にした。


「全く・・・冗談の欠片も解らない奴だよ。

・・・ガードナー殿、いや、ガードナーさんって呼ばせてもらうよ。

貴方がざっくばらんに行きたいなら、それで良いよ。

ボクも敬語は苦手だし。

お互い楽でしょ? これからは敬語無しで。」


「おうよ、話が解るな、所長。よろしくな、ガハハハハ。」



・・・・・この男は敵に回すべきではない。

ニールの勘が全力でそう告げていた。


例え、仮に反逆心を持っていたとしても、この男は利用価値がある。そして只ならぬ力がある。



「・・・・・さっきの彼、良いのかい? 随分落ち込んでたみたいだけど。

つーか、ありゃ俺が悪い。俺みたいな不審人物見たら全力で排除したくなるのが護衛の本能だし。ガハハハハ。

フォローしなくて良いのかい? 所長さんよ。」


ロバートが先ほど意気消沈して出て行ったオズを労わる台詞を吐く。


「ああ、良いんですよ、あんな奴。

まるで人形みたいに命令を遂行するだけ。

臨機応変って言葉を知らないのか、全く。

アレで”完成品”だってんだから、新しい”研究”ってのもたかが知れてる。

”戦闘”に関しては旧型とは比較に成らないほど有用らしいけど。」



ロバートはその言葉を聞きとがめる。


「ん? ”完成品”? ”研究”? ・・・・・ははあ、それじゃ、あの兄ちゃんが例の・・・”ロドニアの遺産”かい?」


「そう。もっと言うとアイツだけじゃなくて、後ろの奴らも全員そう。ボクのSP、兼実験体、って訳。

”完成品”として認識されたのはアイツだけだけどね。

他の奴らは辛うじて安定保ってるだけ。精神的にどこかしら欠けてる。


”ロドニアのラボ”が廃棄されて、実験体達は各地の研究所に散った訳だけど、ボクらの所に送られたのはこいつらだけ。

なんかアレだね。パパの権力の無さがこれでもかって位解るよね。


”エクステンデット”だか何だか知らないけど。一緒にいると気分が滅入ってくるよ。

旧型に比べて薬代がかからないって事位しかメリット無いし。


・・・忠誠心でも何でも無くて、そういう風に刷り込みさせられてるだけ。

ロボットと変わんないよ、あんなの。」


溜息混じりに辛辣な言葉を吐き続けるニール。


ロバートは無言でその台詞を聞いている。


「・・・あ、そうだ。ガードナーさん。ここでの仕事の内容について詳しく聞いてる?」


唐突に問いかけられ、ロバートは「へ?」と間抜けな声をあげる。



「あ、いんや・・・全然聞いてねぇ。アンタの補佐をしろとしか。」


「実はボクもそう。・・・だって、戦争も終わっちゃったし、特にやる事も無いよね。

むしろ、ここの”強化人間”達、何のために生かされてるんだろ?


・・・一応、前所長の引継ぎレポート読んだけど。

結局、戦時中と同じ戦闘訓練やら、試験やらを繰り返し行ってるだけみたいだね。」


ニールは新しいキャンディを口に頬張りながら、気だるそうにそんな台詞を吐く。


「だから、しばらくは同じ事やってれば良いんじゃない?

旧型の飼育を続けながら、新型の運用試験をスケジュールに組み込んで・・・戦争がまた始まるその時まで。

どうせ何年も経たずにまた始まるでしょ? あんな中途半端な終わり方したんだし。」


ナチュラルとコーディネーターの確執がそう簡単に消え去るわけも無く。

この時期の多くの人々にとって、今の停戦は一時的なものである、という考え方が一般的だった。


ロバートもその考えに賛成だったため、ニールの言葉に同意する。


「まあな。・・・でもそうなると、俺の仕事がほとんどねぇな。何のための補佐官だよ、全く。」


「アハハハハ、新型達の戦闘訓練の相手でもしてやって下さいよ、補佐官殿。

後は自由にしてて良いからさ。

どうせ新しい事する心算も無いし。


・・・・・それでね、本題なんだけど。

ちょっと相談したい事がある。」


ニールが急に真顔になって、ロバートの顔を見つめる。


「前の所長の引継ぎで聞いたんだけどさ・・・・・

ここの軍医で、とんでもない問題児が居るらしい。」



「問題児? 何だそりゃ? 全然仕事もしねぇで遊び惚けてるとか?」



「その逆。『頑張りすぎて自分の領分越えちゃってる』奴。えーと・・・ほら、この写真の男。アダムス・スティングレイ。精神科医。

前の所長にさ、いきなり『戦闘訓練を減らせ。患者達にかかる負担が大きくなる』だの、『触れ合いの機会を与えろ。』だの掛け合ったんだって。

その所長もさ、気が弱くて相手の言う事に逆らえないタイプだから、押し切られちゃって、毎日のプログラム変えちゃったって訳。」


ニールがいかにも呆れた様子でそう呟く。



「・・・ん? 別に悪ィことじゃ無いんじゃねぇのか? 一応、専門家の先生がそう言ってんだし。その方が良い結果に成るって事も・・・」


「気に食わない。特に”患者達に”って所。どこに”患者”が居るんだよ? ここに居るのは、壊れちまった人形だけ。なんかに再利用できないかなー・・・って貧乏根性出したお偉いさんの意向で生かされてるだけの。

そいつ、単純に正義感に酔っちゃってるだけのウザい人道主義者かなんかだろ? 試験体を患者に見立てて、お医者さんごっこ。んで自己満足。

余計な仕事増やされて困ってるって職員も多いらしい。」



腹の底で、赤黒い泥が湧く。

ニールが他人を憎む時、何時もそれがマグマのように湧き上がって来て止まらなくなる。

そういう時は決まって・・・相手を八つ裂きにしてやりたいという衝動に駆られるのだ。



「そういうのってどう思う? ガードナーさん?」



「うーん・・・俺にゃなんとも言えねぇな。・・・唯、それによって業務に支障が出るってんなら問題なのかも・・・?」



「だろ? これは放置しておけないよね。だからさ、その勘違い野郎のヤブ医者をさ・・・ここに呼んでくれないかな?

ちょっと話がしたい。どういう心算でやってるのか聞いてみたい。

ボクは優しいからね。いきなりクビにしたりせずに、とりあえず警告は与えておく。

・・・それでも逆らう心算なら・・・解ってるよね?」



ニールの眼に、サディスティックな色が浮かんだ。

ロバートは眉を顰めて返答する。



「オイ・・・あんまし手荒な真似はすんなよ? そいつも良かれと思ってやってんのかも知れねぇだろ?

先ずはゆっくり話を聞くってのには賛成だが・・・」


ロバートの言葉は、割って入ったニールの言葉に中断させられる。



「ガードナーさん、さっきの”船頭”の例え話、覚えてるよね?

例えば、無能な船頭によって沈まされる船があるとする。行き過ぎた信念によって座礁させられた船があるとする。


それは確かに問題だ。でもね?


『船頭の導きに従わずに、逆側に船を漕ごうとする船員』・・・これが一番問題だと思わない?

というか、在っては成らないことだよね? 周りに足並みを揃える事も出来ない人間は、組織には必要無い。


消えて貰った方が、むしろ身の為じゃないかな?

お互いの為にも、ね。」


ニール・ラガンは陰湿で残酷な暗き炎をその身に纏い、内より湧き出でるマグマの如き情念に身を任せ、他人を憎む事への快感に打ち震える。



これが彼ら、時代に取り残された者達の受難の始まりだった。





≪PHASE-03へ続く≫